10/18 A






「何飲む?」
「…とりあえずビール」
「バドワイザーしかねーけど」
「………それで良い」

暖房の効いたリビングにニクスを通し、ソファに座らせる。
ここまで酷く泥酔している姿を見たのは、久しぶりだと思う。
冷蔵庫を開け、ビールを取り出す。彼を潰すには、少なくとも後350mlサイズの缶ビールが四本は必要だろう。
そして自分用に、冷酒を取り出す。
ソファに力無く座り、ピクリとも動かない相手の頬にビールを当てると、赤い眼だけでこちらを見上げてきた。
初めて会った頃から変わることのない、赤い眼だ。

「…礼ぐらい言ったらどうだ?」
「ん、サンキュー」

気のこもっていない礼を受け取ると、隣に座りちびちびと酒を楽しんだ。二十歳を過ぎて、初めて『適正な一日の酒の摂取量』を知ったからだ。
それとは逆に、ニクスはあっという間に缶を一本空けた。
つまみも食べずに、黙々と酒を飲んでいる。日本目も空け、三本目に手を伸ばそうとした時に、そろそろ止めた方が良いかと少し考えた。
普段なら少しばかり色の白い肌は、桃色を通り越して紫色近くになっていからだ。
特に、耳が酷かった。

「…あんま飲んでっとメタボになるぜ?ニクスケ君」
「るせーよ。…黙れ」
「………」

黙れと言われたので、黙ることにした。
少なくとも彼は冷静ではない。
まともに言い合ったところで、行き着く先は見えていた。
冷酒を一合空けた後、俺は改めてニクスの横顔を見た。既に眼は据わっている。
きっと彼が飲み続けているのは自分の意思ではなく、身体が覚えていることを機械のように繰り返しているからだろう。
四本目を空けた後、ソファに倒れ込んで動かなくなった。

「(…予想通り)」

自分の考えの通りになったので、少し可笑しかった。
むしろ、後どれくらい飲めば彼が限界を迎えるかと言うことを知っている自分のことが可笑しかった。
ビール缶をゴミ箱に捨て、食器をシンクに放置する。ある程度片付けた後ソファに戻ると、ニクスは身体から力を抜いて、半分だけ目を閉じて、小さく何かを呟いていた。
彼が何を呟いているかなんて、とっくの昔に知っている。
それでも俺は、彼のことが好きだった。

「……おい。起きろよ」
「…んー…?…起きてるって…」

肩を揺らすが、反応は鈍い。
これもいつものことだった。


いつの頃からか、ニクスは俺の部屋に来るようになった。
来ると言っても、バカのように酒を飲んで、翌朝帰る。の繰り返しだ。
断る理由などなかったし、特に迷惑だとも思わなかった。何よりも、不本意ながらこうして二人だけの時間が得られたことが嬉しかった。

「(……バカだよなぁ)」

自分を少し嘲ると、ニクスを担ぎ上げて寝室に向かう。来客用の寝室と自分の寝室は別のため、いつもニクスを寝かせた後は自分の寝室で眠っていた。
特に体の関係が欲しかったわけではない。
そんなものは、ロンドンに捨ててきた。
同意のない行為など、ただの排泄行為と変わらなかった。
1人で慰めている方が、まだマシだった。

ニクスを部屋に運んでいる間、彼が呟いている譫言には耳を塞ぐ。それが一番楽だった。
部屋に入り、ニクスをベッドに寝かせると息を大きく吐いた。
いくら俺の方が若干背が高くとも、同じような体格の人間を運ぶのは多少体力を消費した。

「じゃーな。お休み」

布団を被せて『いつものように』挨拶をしてから自室に戻ろうと踵を返すと、ぐ、と服を掴まれた。
不思議に思うと、ニクスの手がしっかりと服を握っている。
その手を取り、話そうとするとニクスが体を起こした。
普段より、寝付きが悪いと思った。

「…寝惚けてんじゃねーぞ、テメェ」

ニクスの手を離し、また踵を返す。と、今度は酷く強い力で引っ張られた。
そのまま後ろに倒れ込み、頭が揺れた。視界は90度回転し、天井を映している。
一瞬、何が起こったか理解出来なかった。
揺れる思考をしゃんとさせ、体を起こそうとしたときは、すべてが遅かった。
いつの間にか、ニクスが俺に圧し掛かっている。照明が逆光になっているからだろう。
表情は全く分からなかった。
暫く、お互いに無言だった。
遠くで、時計の秒針が時を刻んでいるのが聞こえたほどだった。

「―――――――っ!」

沈黙を破ろうとしたが、破れなかった。
声を出そうとして口を開けた瞬間、強い力で首を絞められたからだ。
十秒だったのか、二十秒だったのか覚えていない。
顔の周りに血が集中して、こめかみ辺りで強く脈打つのが感じられただけだった。
やっとの思いで解放されると、咳き込みながら夢中で呼吸をした。その数秒間が、致命的だった。
ニクスは黙々と俺の服を脱がせていく。
そこまで来て、ようやっと自分に何が起きているのかを理解した。

「やめろ!!」

大声で叫んだつもりだったが、声が掠れてうまく声が出せなかった。
自分の肌が直接シーツに擦れると、鳥肌が立った。
慣れた感触なのに、今は全く異質なものに感じられたからだ。
ニクスは相変わらず黙っていた。


「(…いや、違う)」


彼が呟いている言葉に対して、俺自身が耳を塞いでいるだけだ。
冷たい指が肌に直に触れてくる。
そして首筋に、吐息とぬるついた舌の感触を感じた。
じゃり、と、傷んだ金髪が俺の肌に擦れる感触と音がした。
ニクスの唇が身体に触れる度に悪寒が走る。


――――俺は、こんな展開を望んでいたのではない。


つい数時間前までの、優しい時間が続けば良いと望んでいた。

必死になって抵抗すればするほど、腕力で以て押さえ込まれてしまう。
もはや、抵抗するだけ余計な傷が増えるだけだった。


「―――――…嫌だ…」



意識の無い相手に犯されるのが嫌だ。
今までの関係が壊れるのが嫌だ。
彼が呟く名前が耳に入って来るのが嫌だ。

そして何より。
欲に負けそうな俺が俺自身の中にいると自覚した瞬間、自分自身が嫌になった。


何もかもが嫌になり、抵抗をやめると、ニクスも力で押さえ込むのをやめた。
鈍く痛む俺の手首を取り、愛しそうにキスをして、笑っていた。



酷く、優しい笑顔だった。




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