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「(………寒ぃ…)」

ふと、夜空を見上げて息を吐く。白くなるかと思いきや、何の色もつかず、無色だった。

もう既に暑いと言える時期は過ぎ、八月の終わりに買った服では肌寒さを感じる時期だった。
寒さを感じるのは、自分の身体にアルコールが回っているせいで体温と外気温に今まで以上の差が出来ているからかもしれない。
顔の辺りがぼんやりと火照っているせいで、意識がはっきりしなかった。
そんな朧気な意識で、信号すら死んだ夜の住宅街を歩いていた。
明かりのない家ばかりかと思えば、目を細めたくなるような眩しさを放つコンビニエンスストアもあった。
青白い蛍光灯が眼に滲みて、少し痛い。
視界に入る景色になんの感情を抱くこともせずに、ただ歩いていた。


自分の感情を整理するために。


幸いなことに、俺自身には『相談に乗ってくれる頼り甲斐のある年上の知り合い』が身近に二人ほどいるが、相談以前に自分なりに考えてその上で出た結論に自分自身が納得しない場合、なんの意味もない。
答えが決まっている問題に異を唱えるなんて、バカ以外の何者でもない。

「(…本当に、……バカだ)」

異を唱えることができなかったから、自暴自棄になって酒を飲んでこんな時間まで夜の街を歩いている。
かれこれ三十分以上は歩いたかもしれないが、未だに整理される目処は立っていない。

アスファルトばかり見ていた目線をふと上げて、周りを見渡すと、見慣れた風景であることに気付いた。
どんな道筋を辿って歩いてきたのかは全く覚えていないことから、無意識に慣れた場所に向かってきたのだろう。


今時、駐車場つきのオートロックマンション。
高層マンションの各フロアにはエレベーターを待つための場所がある。
人が生活を送っているエリアでは、滔々と灯りが灯っていた。
穏やかなオレンジの照明がゆったりと建物全体を照らしている。
暗いところを歩いてきた俺にとっては、優しい色だった。
一階のロビーには、テンキーとインターホンのついた、俺の腰の高さ程度の台が一台でポツンと留守番をしている。

ふと、1人の顔がよぎった。
自分と同じようなバカだ。
付き合いだけは長かった。
しかし、そいつが充分すぎるほど優しい人間であることは、俺自身、よく理解していた。

ふらつく足取りでロビーに入る。
自動ドアが微かな音を立てて開き、暖かい空気が纏わりついた。
長く歩くことなど久々だったせいか、大分足取りは怪しくなっている。

「(……なんだったっけな…)」
台の前に立ち、暗証番号の記憶を手繰り寄せる。
暗証番号を一桁ずつ入力し、インターホンで名前を呼んだ。
酒焼けのせいで、きっと声は掠れてしまっていただろう。

「…酒、飲みてぇ。迎えに来い」

用件を言うだけ言うと、壁に凭れ掛かった。
そのまま立っていることができず、座り込んでしまった。
設置されているシンプルな壁掛け時計は、深夜0時30分を指している。
バイトが終わったのが良心的な時間であったことを考えると、少なくとも二時間以上は行きつけの飲み屋で1人で飲んでいたことになる。

「(…………眠ィ…)」

小さく息を吐いて目を閉じようとすると、頭上から声がした。
「…テッメェ…。こんな所で寝んじゃねーよ!風邪引くだろうが!!」
「………」

見上げると、いつの間にかエレベーターが到着していた。
そして、いつもとは大分違う服装をしたバカがいた。

「……酒、飲みたい」
「わかったから。立てよ」
「ん、ムリ。ここまで歩いてきてスッゲー疲れたから。無理」

俺があっさりと拒否すると、小さな溜め息の後、腕を掴まれた。
そして、肩を借りる形になる。
バカの左肩に俺の頭が乗った。
視界の端で、濃い緑色をした髪がさらさらと揺れていた。

「……今日は」
「ん?何だよ」
「…今日はバンダナしてねーんだな」
「…寝る前にバンダナ巻く奴がいるんなら、会ってみたいもんだな」

半ば呆れたような声が耳に入って来る。
それと同時に、暖かな温度が薄い布を隔ててじわりと伝わってきた。



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