広い広いマンションの一室で、正座をする男女が一組。
そしてその前には、第二次性徴を迎える前の年頃であろう少年と、扇子で口許を隠して呆れた表情を浮かべた女性がいた。




「…で?…言い訳、今のうちなら聞いてやるぜ」
サイズが全く合わないTシャツを無理矢理着ているため、裾が踝辺りまで隠している。いつもならソファに深く腰掛けても足の裏がちゃんと床についていたのに、今は爪先が微かにつく程度だ。怒りの感情が込められている声は高い。
「…う、うちはその…シロロ魔術というか…頼まれただけやし…?」
「見苦しい言い訳はせんほうがマシやで、彩葉」
「…そんな殺生な…めっちゃ足痺れたしもう堪忍してやヒー姉ェ…」
「私の部屋からまた勝手に何でもかんでも持ち出して…挙句人を巻き込むやなんて。呆れてなんも言えへんわ」

この騒動の発端は、昨夜になる。
仕事が一段落し、暫くぶりにゲーセンに顔を出すと原因となった人間1:彩葉と、その2:ニクスがそれぞれ飲み物を差し入れてきたのだ。
たまたまその日は新曲がクリア出来、気分も良かった。気温も高く、喉が乾いていた俺は疑いもなく差し入れられた飲み物を飲み干した。
そしてその夜は何となくニクスを誘い、何となく、普段通り、そのまま一夜を共にした。そして明朝、自分の体に起きた異変に驚愕し現在に至る。
「…良く俺も一枚噛んでるって気づいたな」
トレードマークとも言える帽子は、今は被っていない。赤いブラウスとジーンズも昨夜脱ぎ散らかしな物を情けとして着用させたので、いつもよりは皺が寄っている。
小一時間ほど正座をさせているからか。自慢の端正な顔には冷や汗が滲んでいた。
「たりめーだろこのバカが。俺にこんなことして得する奴が他にいるか?」
「…茶倉とか」
「茶倉はこんなことしねーよ」
「…なんだよそれ…」
ニクスは崩れ落ちるようにフローリングに俯せになる。
今朝、身体の異変に気づいた瞬間、取り敢えず横に寝ていたニクスを殴り起こした。服を着せた後、有無を言わさず正座させ、関係者を呼び出したのだ。
そして一時間後、緋浮美という飼い主に首根っこを摘ままれた猫のように彩葉がやって来た。利用されたと供述する彼女曰く、ニクスとオカルト話を信じるか否かという些細なことで言い合いになり、実践する形で件の飲み物を作ったのだと言う。
ニクスという人間が、自分の得意なことに関しては恐ろしく頭が廻ることを俺は嫌と言うほど認識している。恐らくオカルトに関して否定的な意見を言えば彩葉が対抗してくると見越して、吹っ掛けたのだろう。
「…取り敢えず。元には戻るんだよな」
「ええ。見た限り単純な術のようですから」
ぱちん、と音を立てて扇子を閉じた緋浮美は、細い指で俺の腕や首を確かめるように撫でていく。
「…ただ、術を解いて急に身体を成長させるのは非常に負担が掛かりますわ。完全に元に戻るには、一月くらいは時間が必要かと…」
「戻るんなら良いよ。一月くらいは待つ」
緋浮美は俺から離れると、携帯に何やら打ち込んでいた。そして俺は、改めて自分の身体を眺めて溜め息を吐く。
「取り敢えず解決はするみたいだからな。もう足崩していいぜ」
二人に向かって言うと、助かった、と言わんばかりの表情を浮かべて足を崩す。その足を思い切り踏んでやろうかとも思ったが、それは流石に意地悪が過ぎるだろうと思い、一端留まった。
「で。何でこんなくだらねーこと試そうと思ったんだよ」
ソファから降り、ニクスに歩み寄る。床を擦るTシャツが鬱陶しいが、子供服など持っていないため仕方ない。
ニクスは変わってしまった俺の身体を上から下まで眺めて満足そうに笑うと、さらりと理由を白状した。
「いや、前にお前のアルバム見せてもらったろ?アレさぁ、ちょうどお前が荒れてた辺りの写真無かったじゃん」
「だから見たくなったってか?」
「そうそう」
あまりにもあっけらかんと言い放ったニクスに一瞬呆れた後、変色した足を思い切り踏んだ。
相当痛いらしく、言葉にならない声をあげて、フローリングの上をのたうち回っていた。
「つーワケで。原因はこいつだからよ、彩葉のことあんま責めないでくれ。緋浮美さん」
「…そうですわね。多少、酌量の余地はあるでしょう。まぁ、私に言い訳をした時点で私刑は免れませんが」
緋浮美はまた扇子を広げると、口許を隠し彩葉に目線をやった。
「では、私達はこれでお暇しますわ。近日中にまたご連絡致しますので」
「ちょ、ちょっと待ってやヒー姉ぇ、ウチまだ足痺れて…」
「自業自得や。はよう立て」
「…そんな…」
いつもとはオクターブ低い声で脅され、立たないわけには行かないのだろう。彩葉は半ベソをかきながら立ち上がり、足を引き摺りつつ緋浮美の後ろを追っていた。
そして、ドアが閉まる音が部屋に響く。床に転がっているニクスの方を見ると、先程よりはマシな表情をしていた。
満足そうなその表情に、心底腹が立つ。
「…風呂入る。てめーはそこで転がってろ」
Tシャツの裾を持ち上げて、フローリングの上をペタペタと歩く。普段よりもかなり背が低くなっているためだろう。視界は勿論低いし、なんとも思わないはずの部屋がやたらと広く感じられる。
風呂場に着き、シャツを脱ぐと、洗面所の鏡で自分の身体の形を再確認する。
顔は幼い。鍛えたはずの筋肉はなくなっていて、柔らかかった。
いつもなら腰の高さにある洗面台が、今は胸の辺りにある。
「……そのくせ、キズは残ってんだよなぁ」
肩と腹部にある大きな傷跡は、消えることなく残っている。完全に子供に戻ったわけではない、ということらしい。
何度目かわからない大きな息を吐くと、諦めて浴室に入る。いつもと同じ調子でシャワーを浴びようとしたのだが、シャワーヘッドまで全く手が届かない。
爪先で立って、思い切り背伸びをしても、届かないのだ。
「…っのやろ」
些細なことではあったのだが、一気に堪忍袋の緒が切れそうになる。簡単な興味本意で妙な薬を作り、飲ませ、日常生活に支障を来すレベルの変化を押しつける。
取り敢えず風呂から上がったら、今度はニクスが男として生まれたことを後悔するレベルの仕返しをしよう、と決意し、蛇口のカランを捻るのだが、それも固かった。
右手、左手と順々に試していき、両手でやっと湯にありつけた。浴槽に湯を溜めながら身体を洗っていると、足の痺れから立ち直ったらしいニクスが浴室に入ってきた。
「なんか手伝ってやろうか?デュエル君」
「いらねーよ、出てけ」
ニクスの方を向くこともせず身体を洗っていると、いきなり後ろから羽交い締めにされる。
いつもなら何とも思わないのだが、手の大きさと指の太さに驚いた。
「何しやがる!」
「んー…。身体検査?」
太い指が、確かめるように俺の身体を這い回る。検査と言うよりも、情事の際の愛撫に近い。
刺激のためか、自分の胸にある、男には必要のない器官が固く存在を主張する。ニクスの指もそれに気付いたらしく、何度も指の腹で撫でられた。
「…感じる場所は変わってねーんだな」
愉しそうに耳元で囁かれると、頭の中が羞恥なのか怒りなのか解らない感情で溢れ返る。
「…うるせぇ、変態。警察突き出すぞ」
生理的な反応で、前に身体を折り曲げてしまう。視界がぼやけて、何の抵抗もできなくなる。
足がふらつき、ニクスに身体を預けるような形で背中から倒れ込むと、腰の辺りに硬いものが当たった。その、『かたいもの』が何か、本能的に理解して身体中から血の気が引いていく。
まさか、コイツは本当にそういう趣味なのだろうか、と。
「…無理だからな」
「俺まだ何にも言ってねーけど」
ニクスは俺をいとも簡単に抱え上げると、カランを捻り湯を止めた。浴槽には中途半端な量の湯が溜まっていて、二人で浸かっても俺の腹の辺りまでしか来なかった。
向かい合うような体勢になり、自然と目線が泳いでしまう。正直、大人の状態でもきちんと順序を踏まえなければ医者の世話になる必要があるような行為をだ。
今のこの体で出来るわけがないだろう。
思わずニクスの顔と股間を交互に見て、絶句してしまう。
「…そんなにガン見すんなよ。萎えるだろ」
俺の表情が楽しくて仕方ない、という表情を浮かべている。
見るだけで萎えると言うのなら、自身の身の安全のために何時間でも見てやりたくなってくる。
狭い浴槽の中で距離を取ろうとしても、全く意味はない。簡単に腕を捕まれて、抱きすくめられてしまった。
「…先っぽだけでいいから。な?」
普通、恋人と言われる存在に抱き締められたら安堵の1つでもするべきなのだろう。しかし今の俺にとってこの状況は、猫に追い詰められた鼠に他ならない。満面の笑顔での死刑宣告を下されて、正直泣き出したくなった。
「…いや、その」
先端だけと言われて、信じる馬鹿が居るのだろうか。脳の普段使わない部分をフル稼働させて、対策を練る。せめてもの抵抗として、ニクスの首に腕を回し、身体を密着させた。
「…口じゃ、ダメか?…頑張るから」
赤い瞳を見つめながらキスをする。ニクスは驚いたような顔をした後、こちらが恥ずかしくなる程嬉しそうな顔をした。
…単純な奴で良かった、と心の底から思う。
「…ん、…」
ニクスから少し離れて、浴槽の中で四つん這いになる。元々大きめの浴槽ではあるが、普段の体型ならばまずこんなプレイにはならないし、しない。
「…かわいーねー、デュエル」
ニクスのその部分は固く、熱を持っている。普段であれば口に含んで愛撫するくらい簡単な大きさなのだが、今はかなり口を大きく開けないと咥えることは出来ないだろう。
腹も立っているし、悔しいと言えば悔しいが、自分の安全のためだ。仕方がないと諦めて、ニクスのものを咥え込んだ。
唾液をたっぷりと絡ませて亀頭や鈴口を刺激すると、先走りが溢れてくる。少し身体を動かすだけで、湯が揺れて音を立てる。
「…桃みてーな尻だな」
ぐ、と鷲掴みされると、少しだけ痛かった。口を犯されている羞恥のせいか、それとも湯の温度が身体に移ったからかはわからないが、身体が熱い。
もうどうにでもなれ、とニクスのモノを深く咥えた時に、風呂場のドアが勢い良く音を立てて開いた。


「デュエルー、子供服持ってきたよー!」
「悪いな、鍵開いてたから勝手に入ったぞ。何かあったのか?」

余談だが、東京都中野区は都内でも銭湯の多い地区だ。幼い頃から風呂場で他人に裸を見られているこの二人には、浴室の戸をノックするなどという考えは無かったのだろう。
俺は意図せずに、ニクスに対して男に産まれたことを後悔させることに成功した。
しかしその時に聞いたあの悲痛な叫び声は、恐らく暫く忘れられないだろう。
「…えーと。…邪魔したかな。リビングで待ってるから、ごゆっくりどうぞ」
状況を把握し、気まずそうに頬を掻く士朗は、放心している彼の弟を引き摺るようにして風呂場を後にする。
俺は取り敢えずニクスのモノから口を離すと、カランを捻り湯を出した。
「…ま、タイミングが悪かったよな」
大事な部分に歯を立てられた痛みのため、声を出さずに悶絶しているニクスを横目に、洗面器に溜めた湯を浴びて風呂場を後にした。








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