――――ある日目が覚めると、世界は終わっていた。


気が付けば白い世界だった。
少し目を細めると、その白さは人工の光だったことが分かる。
「………………」
体を起こすと、自分の腹に見慣れない傷があった。
「…あぁ、そうだ」
確か、戦闘をした。
サイレンがリリスを誘拐しようとしたので、それを阻止するためにアルファリオンに搭乗し、追跡、戦闘をした。
そこらじゅう適当に発砲したから、いくつかの集落や森が焼け野原になった。


闘いは結局、引き分けになったような気がする。
俺がサイレンの体を切り裂いた感触がまだ残っている。
サイレンに俺の体が切り裂かれた感触がまだ残っている。

胃から競り上がってくる生暖かい温度を覚えている。
嘔吐する血の味をまだ覚えている。

殺したと思っていたし、
殺されたと思っていた。

「…でも、俺は、生きてる」
つまり俺の勝利だ。
「バカ髭が。俺に勝てるわけないだろうが」
悪態を吐き、病院着を羽織る。
どうやら手術台に寝かされていたらしい。
傷を撫でて立ち上がると、俺の服がハンガーに掛けられていた。
やはり手術着よりこちらの方が良い。
「(…これで鏡があれば最高なんだけどな)」
病院着を脱いで制服を羽織る。
ふと、違和感があった。
「……?」
自分の髪を撫でると、いつもよりも短くなっていることに気付いた。
視界に入ってくる金髪がない。
炎で髪が焼けてしまったのだろうか。
手櫛で髪を整えていると、ぷつ、と音を立てて髪が抜けた。



手に絡まった髪の色は、鮮やかな緑色だった。




「…え……?」
一気に血の気が引くのが分かる。まるで自分だけが冷蔵庫に入っているようだ。
心臓が、酷く鼓動を打っている。
震える手で輪郭を確認する。


俺の眉はこんな形だったか。
俺の眼はこんな形だったか。
俺の鼻はこんな形だったか。
俺の口はこんな形だったか。

「………え……?」
その場に座り込んで床を見る。
床は酷く手入れが行き届いていて、鏡のように俺の姿を写し出してくれた。

「……デュ、………エ、……ル…?」

忘れるわけがない。
士官学校からの同期だ。
何度も一緒に死線を潜り抜けた。


何度も、 を 。


「あら、目が覚めたの」
不意に声を掛けられた。
少し嬉しそうで、少し愉しそうだった。
「………エリカ」
「すごいわね。声まで彼だわ」
「!!」
言われて、自分の喉を押さえた。
「なに、気付いてなかったの?…まぁ、…発する声と聴く声は違うって言うから、仕方ないわね」
優しく声が掛けられる。
綺麗な声が、淡々と俺の結末を話していた。


「貴方のアルファリオンから救援信号が出たの。機体損傷によるものね、きっと。そして応援部隊が空の機体を2体発見した。そこから数百メートル西にある集落の焼け跡から、一人の遺体と、もう一人分の大量の血痕を発見したわ」
エリカは手術台に腰を掛けて、俺を見下ろしてくる。
「血液鑑定の結果、あっちのパイロットのサイレンのものだとわかったわ。他に、リリスの髪も落ちていたのだけど…その二人は消息不明ね。遺体も見つかってないの。……ここで問題。一番最初に転がっていた死体は、『誰』だったのでしょうか」

エリカの唇が吊り上がる。
室内の蛍光灯の光を受けて、、ベルベットのドレスが鈍く光っていた。

「……」
呆然としてしまい、理解することができなかった。


俺はつまり、あの時、死んでいた。


「…引き揚げられた貴方の遺体を見たときの彼。可哀想だったわ。…もう、目も当てられないくらい」

エリカは尚も続ける。

「だから私、提案したの。『パイロットとして有能な彼を喪うのは、大変な痛手だから、協力して』って」



「『貴方の体を頂戴』って。
そうしたら、彼、なんて言ったと思う?」



予想がつく。
別に、お互いがいなければ生きていけないほど、弱かった訳じゃない。


ただ、お互い、置いていかれることの痛みを理解していなかっただけだ。



「『あいつが生きてくれるなら、それでいい』ですって。素敵ね、身も心も捧げる愛って」

カツ、と音を立てて、エリカが近寄ってくる。愉しそうに、笑っていた。

「3gの質量がまだ貴方にしがみついていたから、それをそのまま移植したの。不思議ね。数十キロの化学物質に、3gしか空きがないなんて」

エリカの言っていることが理解できない。
左目から涙が垂れる。
これは一体、誰の涙なんだろうか。

「残りは余ったものだから、勿体無かったけど、棄てたわ。……酷い話ね。生身なら数十キロですむのに、完全な無機物だと数十トン近い質量が必要なのよ。それって、無駄でしょう?」


エリカは入口に向かい歩くと、出る間際、こちらを振り向いた。

「混乱して、私が言ったこともまともに理解してないでしょうから、端的に言うわ。…デュエルは、貴方のために死んだ。もうこんな奇跡は起きないわ。だって、植え替えるものがないんですもの」
そう言った後、足音は遠ざかる。





残された俺はひとり、発狂した。











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