幸い、天気は良い。
月も半分以上欠けているため、光を邪魔するものはない。
絶好の、観測日和だ。




「……だからって、なんで俺が付き合わなきゃなんねーんだ」
憎々しげに、すぐ横から声が聞こえてくる。
隣にいる人間はこの時間帯に相応しい、濃紺のアーマーを着込んでいた。太陽光の下であれば赤く光を反射するトレードマークのバンダナも、すっかり色褪せてしまっている。
「ま、同期入隊のオレ様の昇進祝いってことで」
「あーうぜぇ。明日からテメーに敬語使うのかよ」
「たりめーだろバーカ。上官だぜ?」
細やかな話題で時間を潰す。
基地から離れたこの場所は、文明の光が及ばない。
黒と、紺と、小さな青白い色だけが全てを塗りつぶしている。瞳孔が調節する光も少ないため、すぐ傍にいるはずの相手の顔がどんな表情をしているのか、よく解らない。
「つーかお前、寒いの苦手なくせによくこんなとこまで来れたな」
隣で、大きく息を吐くような音がしたので、顔を向ける。
白く濁った水蒸気が、名残のように残っていた。
「好きなことには全力尽くすタイプなんだよ、俺」
「…あー、はいはい。そーですか」
時折吹く風は、冷たいとか寒いとかそういう感覚を通り越して、痛い。俺も相手も手袋をしているとは言え、防寒用ではない。
お情け程度に整備された道路上に座り込んでいるため、冷えたアスファルトに体温は順調に奪われている。
尻の辺りが冷えすぎて、痺れているんじゃないかと思う。。
携帯用の水筒を二つ取り出し、渡す。
コップ一杯程度の量の、暖かい飲み物だ。
1つはコーヒーで。

「…すげーな。作れたのか、お前」
「バカにすんな」
お互いに蓋を開けると、途端に白く空気が濁る。
一口含むと、口の中だけ暖かかった。
飲み下すと、食道の辺りまで熱くなる。
この場所に来て、三十分。
腕時計を確認してから、空を見上げてみた。
「そろそろじゃねぇ?」
「マジで?」
二人揃って、紺色に染まった空を見上げる。

密集しているようで、絶対に縮まらない距離に鎮座している星から、一つ一つ光が溢れていく。


一つが二つに。


二つが四つに。

やがて、数え切れないほどに。






「…おー…」
「………すげー…」
首を伸ばして出した声は、いつもとは随分違う。
何処かに向かって落ちていく星を眺めていると、それ以上何か口にすることが出来なくなってしまう。
どれくらい眺めていたのかはわからないが、やがて首が痛くなる頃になり、声を掛けられた。
「…なぁ」
「んー?」
「星の光って、爆発して死んだときの光が、こっちまで届いてるんだってな」
「へー。物知りだな」
なぜそんな、誰でも知っているようなことを口にしたのだろうか。
生きている星の光だって、届いていると言うのにだ。
すっかり冷えたコーヒーを一気飲みすると、内臓まで冷やされたような気がした。
水筒を仕舞うと、立ち上がり服に付いた埃を払う。
「なぁ」
「んー?」
虫もすっかり死に絶えた今の季節、二人の会話を邪魔する雑音はない。
「いつ、終わると思う?」
ほぼ無音と言っても良いこの場所で、澄んだ声を鼓膜が拾う。
あまりにも漠然とした質問のため、どう返答をすれば良いのか解らなくなってしまった。
今陥っている、この戦争のことなのか。
それとも、付かず離れずのこの距離か。
答えを明確にするのが少しだけ恐ろしかったため、大きく息を吸い込んだ。
「…どうだろうなぁ。泥沼の膠着状態だし」
吸い込んだ息を吐きながら、答える。明言できない自分は、本当に弱虫だと思う。
「…終わったみたいだし、戻ろうぜ。寒い」
「そうだな」
無理矢理話題を変えたことに、気付いているはずなのに突っ込んでは来ない。
もう少し踏み込んでくれたなら、俺も何かしらの決断が出来たかもしれないのに、と考えた後。
自分で結論を出せないくせに責任を押し付けるのはどうなんだ、と自責した。
「お前の部屋の方が近かったよな。シャワーと寝間着貸してくれよ。あとベッド」
「全部じゃねーか」
「俺の腕枕貸してやるからさ」
「ぜってぇ要らねぇ」
並んで、雑談をしながら復路を辿る。革靴の底がアスファルトに削られる音を響かせながら、細やかな光の下、歩く。
もし、先程のデュエルの問いに俺の願望を多量に交えて答えるとするならば。











「どっちかが死ぬまで、一緒に居たい」
自分の声で目が覚めた。
そしてその直後、耳に女性の声で館内放送が入ってきた。
「…………あれ?」
辺りを見回すと、映画館のように並んだ椅子。
それから、隣にはデュエルがいた。
「……あれ、じゃねぇよ!」
小さな声で、思い切り怒鳴られる。
周りには他に客が数組。
全て、男女のカップルだ。
少しだけ不思議そうな表情を浮かべてこちらを見ている組もいる。
「寝てたのか」
「そうだよ。開始10分でだ」
デュエルは呆れたと言う表情を浮かべながら、また天井に彩られた星のような光を見上げる。
それに吊られて目を擦り、あくびを殺しながら天井を見上げる。今度は眠気に襲われる前に、室内が明るくなってしまった。
楽しんだ、と言う表情を浮かべた人たちが、ばらばらと椅子から立ち上がり、出口へと向かっていく。
「俺らも出るか」
人が殆ど出ていった頃になって、デュエルが椅子から立ち上がる。
「そうだな」
見上げた背中が酷く遠く感じられて、悟られないように少しだけ急いで立ち上がる。
「なんか変な夢見たんだけど」
「夢?」
「俺とお前がさ、マンガみたいな服着てた」
「変な夢だな」
適当な雑談をしながら、並んで歩く。
「あれじゃねぇの。パラレルなんとかって言うやつ」
「世の中には似た奴が三人いるって言うもんなぁ」
デュエルの言葉に頷くとするならば、俺に良く似たどこかの誰かはデュエルと良く似た誰かと、今の俺達に近い関係を築いていることになる。
いつの時代でも報われない、酷い話だと思う。
「星の光って、爆発したときの最後の光なんだってな」
「あ、知ってる。つーか、爆発じゃない奴もあんだろ?」
建物の外に出ると、まだ日が沈んで間もない程度の時間だった。
西の空は赤く染まっていて、逆に東の空は濃い紺色に染まっている。
「なーニクス」
「んー?」
建物の中から出た際の温度差で、一気に身体が縮こまる。ジャケットのファスナーを上げて、冷えた空気が入らないようにした。
「このままウチ来るか?今日」
「おー。そうする」
色気のない誘い文句に淡々と返事をすると、デュエルは恥ずかしかったのか少し、足早になった。



俺の前を歩く、デュエルのそんな背中を見て、確信する。
俺(彼)があの時口走った(言えなかった)あの言葉は。



星に懸けるまでもない、大気圏で燃え尽きる小惑星程度の、細やかな願いだった。








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