「このまま、1つになれてしまえたら、最高に幸せなのに」



いつだったか誰だったか。
俺の上だったか下だったか。
そんなことを呟いた人がいた。
当時の俺はどちらかと言えば乾いていた人間だったので、そんなことを呟かれても大して心に響かなかった。
しかし、それから時間が経って。
その言葉に酷く共感している自分がいることに気付いた。



『溶融』




デュエルが住んでいるマンションは、本当に広い。
ゲーセンほどではないが、そこそこに爆音を発する筐体が鎮座している部屋は防音設備が完備してある。
本来ならグランドピアノでも置かれるべきなんだろう部屋は、無駄に広い。
リビングも広い。
キッチンも広い。
風呂もトイレも広い。
ベッドも広いし、クローゼットも広い。
いつもつるんでいる連中を集めてかくれんぼをしたら、きっと図体が小さいグループはまんまと死角に入り込めるだろう。
そんなだだっ広い空間で、態々狭い思いをしている俺がいた。
「邪魔だ」
「気にすんなって」
きちんと住宅のトレンドを組み込んで、ホームシアターなんてものまで完備している部屋で、俺はデュエルにぴったりと寄り添っていた。
愛しい愛しいデュエルはスクリーンに映っている日本人俳優に釘付けで、俺は視界の端にしか入っていないようだった。
「重い。マジ邪魔。すっげぇ邪魔」
「気にすんなって」
こんなとき、デュエルの腰に手を回し服に手を掛けようものなら、もれなくエルボーをプレゼントされる。
デュエルの肩に頭を預けて、そこそこ体重を預けておく。
口ではなんだかんだと言いながらも、俺がバランスを崩してソファーから転落しないように然り気無く支えてくれている。
「(……素直じゃねーなぁ。…可愛いけど)」
暇潰しのためにデュエルのパンツのポケットから煙草を取り出すと、火を着けて煙を飲んだ。
甘い甘いミルクティーの香りがするこの煙草。この煙草だけは、吸ってもいいと有り難く許可を戴いていた。




箱の中身が空になる頃に、映画は終わった。
デュエルは何を感動したのか、目頭を押さえていた。
灰皿で煙草の火をにじり消すと、DVDを片付けようと立ち上がったデュエルを後ろから抱き締めた。
「……何だよ」
「………何だと思う?」
デュエルが俺にこれから何をされようとしているのか分からないわけがない。
こちらを向かないで声だけで尋ねてくるのがその証拠だ。
「………………」
お互いに無言のまま、時間が一秒ずつ消費されていく。
やがて、秒針が一周した頃にデュエルが小さく呟いた。
「ここでは嫌だ」と。
俺は笑顔で、それに応じた。




「ふ、……ぅ…っ、…」
薄暗い照明で照らされている寝室の中で懸命に、声を圧し殺しているデュエルがいる。
こんなに立派なマンションなのだから、隣近所に漏れるわけもないと言うのに。
デュエルの亀頭を舌で転がして、散々玩ぶ。
絶頂が近くなるとは舌を離して、焦らしてみせた。
「……まだまだ。…だろ?」
にや、と笑って唾液とカウパー液が混ざった液体を指にたっぷりと絡めると、デュエルの秘所に指を挿入した。
デュエルは声にならない悲鳴を上げて、体の中は異物を閉め出そうときつく締め付けてくる。
酷く歪んでいるかもしれないが、こうやって体を重ねているときが一番愉しかった。
自分が、相手を堕落させている。
それを、一番実感できるからだ。
「…へん、…たい、…やろっ…」
デュエルは目に涙を溜めながら、恨みがましい目線を寄越している。
それを笑顔でかわすと、指を更に奥まで入れた。
「今更じゃね」
中で指を曲げて、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
「……っひ、……っ……!」
デュエルはまた、声にならない悲鳴を上げていた。
微かに抵抗されるものの、なんの障害にもならない。
耳朶から首筋へ。
鎖骨まで順番に下で辿り、キスマークを残していく。
翌日に、デュエルが皆の前で言い訳をするのを見るのも好きだったからだ。
「…デュエル」
「…っ!!」
耳元で低く囁いて名前を呼ぶと、判りやすいくらい体が反応した。
指を引き抜き、指の股で糸を引いている粘液を見せ付ける。
少ない部屋の照明を反射して、艶かしく光っていた。
デュエルはそれを見て、耳まで真っ赤になってしまった。
「……っ…、…」
俯いてしまったデュエルの顔を上げさせると、そのままキスをしてベッドに押し倒した。
角度を変えて啄むようなキスをした後、デュエルの唇を舐めた。
抵抗するように開いた唇の中に俺の舌を潜り込ませ、ぬるついた舌どうしを絡ませ合う。
くぐもった声と、時々歯がぶつかる感触。
既に限界に達しているデュエルの肉塊の先端からは、白く濁ったものが一筋垂れていた。
「…ひく、……ふ」
デュエルは口の中を蹂躙され尽くし、軽く麻痺してしまったらしい。
呂律の回らない様子で俺の名前を呼びながら、上着を弱々しく掴まれた。
「……なんだ?」
恐らく。
デュエルしか聞いたことがないであろう優しい声で聞き返すと、デュエルの眼から涙が垂れた。
「……、……、………もう、…ヤバい…」
ただその一言を呟くだけで、デュエルは今度は首まで真っ赤にした。
羞恥心に最後まで抗う、デュエルのその姿は本当にかわいらしかった。
「…可愛い」
くしゃ、と髪を撫でると、デュエルを俯せにして、後ろから貫いた。
デュエルは身体を強張らせながら、異物感に堪えていた。
本来なら排泄のために使われる器官なのだから、辛くて当たり前だろう。
ぷつぷつと浮き出た鳥肌を撫でると、デュエルは微かにうめいた。
腰を掴み、動き出そうとすると、デュエルは弱々しく俺の手を握り、振り返った。
涙で青い眼はすっかり濡れていて、微かに体を震わせていた。
「…、……」
ぱくぱくと口を動かしているが、うまく声が出ないらしい。
「なんだよ。デュエル」
体を引き寄せ、俺の性器を根元まで飲み込ませると、ひく、と微かな悲鳴が上がった。
熱くて柔らかな肉壁が絡み付いて、頭の中がもっと強い快楽を、と指令を出してくる。
弱々しく震えている手にベッドシーツを掴ませると、俺の体は規則的にデュエルを犯した。
熱くぬるついた粘膜を擦りあげる度に、悲鳴に近い喘ぎ声が部屋中に響く。
「…いや、やめっ…っ、…ぁ…」
掠れた声を上げながら喘ぐデュエルの性器を、扱く。
体の中と外、両方を刺激されたせいか、デュエルは体を更に震わせた。
「あ、ぁ、あ…、っ…」
締め付けが強くなったデュエルの中を突き上げる度に、声が漏れて部屋に響く。
繋がっている場所からも、粘着質な音が響いていた。
デュエルは指先が白くなるほどシーツを強く握っているので、優しく手を重ねて絡ませる。
耳元でもう一度名前を囁くと、デュエルは身体を震わせて達した。
少し我慢させ過ぎたのか、冗談のように太ももががくがくと震えている。
そして俺も、少しタイミングがずれたあと。
デュエルの中に自分の欲の泥を吐いた。
繋がっている場所が更に熱くなり、汗ばんだ肌が密着しているせいで、まるでお互いが蕩けてしまっているような錯覚に陥った。
かすかにずれる心音だけが、錯覚を錯覚と認識させてくれた。
「(…………このまま)」
愛しい愛しいデュエルと、一つになってしまえたら。
本当に幸せなのだろうに。





「……………」
カーテンの隙間から差し込む光、そして、鳩の鳴き声で目が覚めた。
隣からはまだ安らかな寝息が聞こえている。シャワーを浴びようとベッドから降りると、腰に鈍い痛みが来た。
「……やりすぎだ、この馬鹿」
まるで年寄りのように腰を叩くと、風呂場に向かった。


シャワーを浴びながら、ふと、過去のことを思い出す。
「………このまま、」
一つになれたら。
確かにそれは幸せなんだろうと思う。一つになってしまえば別れることはない。
しかしそんな方法などあるわけがない。
たとえどこかのホラー映画のようにどちらかがどちらかを食い殺して、なんていうことを実行したところで、消化器官は普段通りの働きをするだろう。
「……下らねぇ」
相手を消化吸収したところで、何かが変わるわけがない。
一つになれたら、などということを考えること自体が、無意味だと思う。
汗と残滓を流し終わると、風呂から出て身体を拭く。
簡単な服を着てリビングに向かうと、ニクスが起きてきていた。
俺の顔を見るなり抱きついて、離れようとしない。
「……うっぜぇ…」
しかしながら、その体温を振り切るようなこともできない。
溜め息を吐くとそのまま二人でソファに座り込んだ。
「…………」
「…………」
何となく無言のまま、暫く時間が過ぎる。

時計の針の音。
自分の心臓の音。
それらが時間の経過を教えてくれる。
一つになってしまえば、なんて考えては時間が経てば消えていく。
一つになってしまえば、なんて考えは、セックスの時が一番強かった。
こうして、隣に違う体温がある。
リズムが違う心臓の音がある。
「なぁ」
「ん?」
声を掛ければ、声が返ってくる。
「…ほら、あの……元々、1つの物を…わざわざ欠けさせて2つにしてるやつ…あるだろ、あれさ…」
自分の考えを相手に伝える事は、簡単そうで難しい。
言葉は、一番簡単に伝える方法だが、間違えると、相手に深い傷を与えてしまう凶器になる。
「俺と、お前で…その…それ、を……持つ…、っていうか…つける、っつーか…」
「………」
よくよく考えれば、お揃いのアクセサリーだの、良い歳をした男が提案することではないかもしれない。
ニクスは暫く呆けた後、酷く嬉しそうに顔を歪めた。
「…何。…可愛いこと言うじゃん」
お前にしては珍しい、という副音声が聞こえてきそうだった。
「じゃー例えば、どんな?」
赤い眼が、すぐ間近から見据えてくる。
具体的な中身なんて何も考えていなかったから、答えにつまってしまう。
指輪にしてもピアスにしても、お揃いなどつけようものなら『自分達は熱愛中です』と公言しているようなものだ。
取り敢えず、自分の視界に入った、一番身近なものを半分に折った。
メッキを施したごく薄い鉄のプレートは、ぺき、と軽い音を立てて割れた。
「…これ。…お前に半分やるよ」
「……ドッグタグ?」
「テメーにはそれで十分だろ。…財布の中にでも入れとけよ」
「……確かに。一つが二つで、一つだな」
ニクスは愉しそうに、手のひらの中のドッグタグを指先で何度も撫でていた。
その表情が余りにも優しく、幸せそうだったので。
口を出すのも面倒になり、その仕草を見ていた。
そして暫くすると、ニクスが気付いたように声を出した。
「……なぁ、デュエル。今思い出したんだけどさ」
「…んー…?」
「天使の名前って、全部『el』って入るんだってよ」
言われて、自分の手元にあるドッグタグの片割れを見る。
俺の名前の、頭文字二字が残っていた。つまりニクスの手元には末尾二字が刻印された片割れがあるらしい。
末尾、二字。
「……バカじゃね…」
「つまりお前は俺にとって」
「もういい。最後まで話すな」

酷く下らない冗談だったが、嫌悪を催すことはなかった。
時刻は朝9時。
少し遅めの朝食を摂ろうと、俺はキッチンに向かった。






「このまま、1つになれてしまえたら、最高に幸せなのに」



いつだったか誰だったか。
俺の上だったか下だったか。
そんなことを呟いた人がいた。
当時の俺はどちらかと言えば乾いていた人間だったので、そんなことを呟かれても大して心に響かなかった。
今、もし同じことを耳元で囁かれても、恐らくは、共感などできないだろう。
もし本当に一つになってしまったら、あの体温も、鼓動も、香水の香りすら、二度と味わうことができなくなるからだ。

「…………」

事実を拒否したくなくなるほど、恥ずかしい。
要は、離れているときの感情などどうでも良くなるほど、一緒に居る瞬間が心地良いのだ。

「(……ぜってぇ言ってやらないけどな)」

ニクスと二人で過ごす時間が、何よりも愛しいなど。
本人の目の前で言えるわけがない。









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