夢から醒める様に、恋に落ちた。





いつものようにゲーセンで、気の合った仲間と雑談をする。
ゲームの攻略について、最近の天候について。たまに仕事の愚痴を溢したり。本当に、これまで重ねてきた日常と何ら変わりない。ただここ数日、その平穏な日常に陰りが射していた。
自動ドアが開き、一人の男が入ってくる。
「よーっす。おひかえなすってぇ」
場にそぐわない挨拶に、目の前にいた仲間が笑い出す。
「まーた変な日本語覚えてるし!そーゆー時は、ごきげんよう皆様って言うんだよ?」
明るい紫色のツインテールを揺らしながら、セリカは目の前の外国人に言う。
「いや、そんな丁寧語使われた方が逆に困る」
士朗はセリカに冷静な突っ込みを入れながらも、件の可笑しな挨拶が面白かったらしく、楽しそうに笑っていた。
「あぁ?じゃぁどんな挨拶なら良いってんだよ」
拗ねたように口を尖らせ、不満を漏らす。その、ほんの些細な行動の一つ一つが可愛らしく見えてくる。
これは、酷い病気だ。
「…うーん。任せた、ニクス」
「ここで俺に丸投げかよ」
もうすぐ日付も変わろうかと言う時間帯に、こうして雑談をする。正直、俺はここ数日マトモにあの男の顔を見ることができなかった。適当に考える振りをして、帽子を深く被り直す。
「……どっちでもいいんじゃねぇの?伝わりゃ」
と、なげやりな返事をすると、その場に居た三人全員から一斉に大きなブーイングを受けた。





初めて逢った時は、正に馬が合わない、と言う表現が当てはまる程お互い反発しあっていたように思う。
紅茶が好きだと言われればコーヒーの方が良いと言ったり、日本文化の良さを語られたときは欧米文化の良さを思い切りプレゼンテーションしてやった。
それがなぜ、今になって好意に繋がったのか。
全く以てわからない。ただ今は、バカみたいに相手を意識してしまっていた。
「ね、二人ともケンカとかしたの?」
昼の熱がまだ抜けきっていない夜の繁華街で、ぽそ、とセリカに尋ねられた。前列では士朗とデュエルが並んで歩いている。 人の喧騒と店から漏れてくるBGMのせいで、会話の内容までは聞き取れない。
「なんでそう思うんだよ」
「だってー、前まで一緒にバトルとかしてたのに。最近全然喋ってもないじゃん。…こう、そんなヤバイ喧嘩をしたのかって心配になっちゃうわけですよ、友人として!」
「喧嘩じゃねーよ。心配すんなって」
むしろ喧嘩であったほうがどれだけマシだったのだろうか。デュエルとは、半月前に一度バトルをして以来、マトモに喋ってもいない。半月前のその日、たまたま目標にしていた曲をお互いクリアできた。
俺もそこそこ嬉しかったのだが、デュエルの喜び様はそれ以上だった。田舎臭いイギリス英語で何やら叫び、すぐ近くにいた俺に思いきり抱きついてきたのだ。
そのせいで俺は思いきり動揺してしまい、進出したエクストラステージで有り得ないスコアを叩き出した。
只でさえ意識していたのに、その一件以降更に意識してしまったのだ。抱きついてきた時の体温や、服の下にある肌の質感、つけていたんであろう香水と汗の香り。
今でも簡単に思い出せてしまう。
ただそれだけで興奮してしまうなんて、口が避けても言えない。
「そっかー。喧嘩じゃないんだ。良かった」
安堵するセリカに若干申し訳なく思いながら、大衆的なファミレスに入る。深夜なのに席の半数は埋まっていた。一足先に入っていたデュエルと士朗が席を取り、メニューを見ている。四人席で、空いているのはデュエルの隣か、デュエルの正面。
対面する勇気などないため、大人しく横に座ることにした。
「ニクス、お前は何食う?」
デュエルがメニューを二人の間に置く。正直お前を食べたいです、なんて言えるわけもない。
「ん?あぁ、ハンバーグセット」
「じゃあ俺和風定食」
「夜なのにそんな食べたら太るよー?二人とも。あ、私は明太子スパゲッティで」
「カロリー気にするんならスパゲッティは一番避けるべきじゃないか?セリカ。あ、俺はネギトロ丼で」
セリカに然り気無く失礼極まりないことを言ったことに、士朗は気付いていないようだった。
注文用のベルを鳴らし、ウェイトレスに注文を伝える。久し振りにデュエルとの距離が縮まったからか、身体の半分を意識して仕方ない。
やがて注文の品が届き、さぁ食べ始めようとした時に、あることに気づいた。
「なぁ、お前箸使えんのかよ」
「あ」
本人が、今気づいたと言わんばかりの声を上げる。和風セットには、焼魚と煮豆が付いていた。
「仕方ねーな」
自分のメニューにセットされていたナイフとフォークをデュエルに渡し、代わりに箸を受けとる。
「お前は箸使えるのか?ニクス」
士朗が驚いたような顔をして、尋ねてくる。
「まーな。牛丼屋にそんなお上品なもんはありませんってことで」
「なるほど」
士朗も納得し、改めて食べ進めようとしたときにデュエルが声を掛けてきた。
「優しーな、ニクス」
珍しく、優しく笑うものだから、不意打ちを食らった気になった。「…別に」
不自然なほどの勢いで目を逸らし、短く返事をする。デュエルはその反応が不満だったらしく、次の瞬間に思い切り抱きついてきた。
「なんだよー。ホントに感謝してるぜ?ダーリン。愛してるって」
「……!」
意識している相手に抱き付かれ、耳元でそんなことを言われて、反応しない奴がどこにいるんだろうか。前回の時より距離が近い分、五感が様々に刺激される。
「おやー?アツアツですねー」
「そうだな。デュエルさん、式のご予定は?」
「えっとー、来年の春ですー。彼寒がりなんでー」
ふざけた雑談はほんの数分にも充たなかったはずなのに、俺は暫く固まってしまっていた。
興奮から来る身体の戦慄きを落ち着かせながら、デュエルを離す。
「ったく、バカ言ってんじゃねーよ。さっさと飯食え」
「はいはい、ノリ悪ぃなー」
デュエルは、俺が渡したナイフとフォークで器用に魚の骨を外して行く。俺は時々取りこぼしそうになりながら箸を進めた。
全員の皿が空になり、食休みも兼ねて適当に雑談をする。店に入って二時間ほど経過した頃、セリカの携帯から着信音が響いた。
ぱちん、と携帯を開き、相手を確認する。
「あ、エリだ。ごめん、ちょっと出てくるね」
セリカは携帯を片手に、化粧室に向かう。士朗は腕時計を確認し、もうそんな時間か、と小さく呟いていた。そして数分後、セリカはしょぼくれた顔をして戻ってくる。
「何時まで遊んでるの!ってめちゃめちゃ怒られた…」
「ま、年頃の女が出歩いていい時間じゃないよな」
「出るか」
会計を済ませ、店から出る。
電車の路線の関係と防犯上、セリカは士朗と帰ることになった。
駅のホームでの別れ際、士朗があくまでも爽やかに言い放つ。
「送り狼になるなよー、デュエル!」
「わけねーだろー。じゃーな、おやすみ」
別れて乗り込んだ車輌には、珍しく他に乗客が居なかった。そのせいか、やけに冷房が強く感じられる。
適当な場所に座り暫くすると、ふと会話が途切れてしまった。
沈黙が続くが、デュエルから話しかけてくることはない。
「…なぁ」
耐え切れられなくなり、デュエルに声を掛けるが、返事はない。顔を向けると、すっかり爆睡していた。
電車が駅に停車する度にこちら側に体重が掛かり、体温が伝わってくる。食事をしたからか、体温はかなり高い。
「…ガキかよ」
溜め息をつくと、車輛の出入り口に表示されている路線図を確認した。目的の駅まで、あと三つ。
眠るにも起こすにも微妙な距離で、どうしようかと迷っているうちに駅に着いてしまった。
「おい、着いたぞ」
「…んー、ぁ、マジで?」
起こすと、涎でも垂れていたのだろうか。手で口を拭っていた。
車輛から降り改札を通ると、すぐ通りに出る。珍しく人通りは全く無かった。
オレンジ色の街頭に照らされながら、並んで歩く。まだ眠いらしく眼を擦っていた。
この様子ならばと思い、手を繋ぐ。手の平は温かいを通り越して熱かった。
「…フラフラしてんじゃねーよ。危ねぇな」
「ん、わりぃ」
繋ぐだけから、指を絡ませる。女の柔らかい小さな手と違って、固く大きかった。
感触を確かめながら話し掛ける。
「なぁ、デュエル」
「んー?」
「さっきお前、俺のこと愛してるって言ったよな」
「あー、言った」
眠気がまだ抜けていないらしく、声は間延びしていた。緊張していることを悟られないように、手を意識しながら喋る。
「実はさ、俺もお前のこと愛してんだよ」
音のない静かな夜のせいで、出した声の大きさがよくわからない。
「…そっか。じゃあ両思いだな、俺ら」
あくまでも冷静に返されてしまい、返す言葉に詰まってしまう。思わずデュエルの方に向き直る。
「…わかって言ってるか?」
俺が言うと、不思議そうに首を傾ける。こいつはダメだ。全く解っていない。そう思い、帽子を取って一度深呼吸を行った。
手を離し、ぐ、と両肩を掴む。
そのままぶつかりそうな勢いで、顔を近づけた。
かさついた、柔らかいものの感触を確かめると顔を離す。キスをしたのだと言う実感が持てなくて、もう一度キスをする。
デュエルがバランスを崩し、よろけたのがわかったので、腰に手を回して抱き寄せた。
「ちょ、」
逃げる唇を追い掛けて、噛みつくようにキスを続ける。羽織っていたジャケットの肩辺りを、強く掴まれた。
無理矢理口を開かせて、舌を吸う。苦しそうな鼻息が聞こえて来たので、唇を離す。これが天気の良い昼間であれば、どんな顔をしているのかわかるのだが、今はまだ深夜で、頼れる灯りはオレンジ色の街灯だけだ。
泣きそうな顔をしているのか、怒った顔をしているのかすら判らず、反応を待った。
「…いてぇよ。離せ」
「あ、悪い」
不機嫌そうな声で少し我に返り、デュエルの身体から手を離す。
微妙な距離感を保ったまま、沈黙する。その時間が経てば経つほど、今更になって自分がしたことの重大さに気付き始める。
普通に考えていきなり、しかも無理矢理唇を奪うなど相手に悪印象を与えるだけだろう。
今ならまだ、冗談だったと言えばこれまでと同じ関係に戻ることが出来るかもしれない。
そうやって下らないプラス思考に逃げ、口を開こうとした瞬間、デュエルと眼が合った。
「目ェ瞑れ。それから歯食いしばれ」
青い眼には明らかに怒りの色が混ざっており、声は低かった。思い切り拒絶され、距離が出来てしまうよりはマシだと思い、言われるままに従う。
右から来るか、左から来るか。
それとも下半身へのダメージを優先させるため、下から来るか。
蒸し暑さからではない汗をかきながら待っていると、正面からやって来た。
先程と同じ感触が、唇にある。
驚いて眼を開けると、かなりの至近距離に眼を閉じているデュエルがいた。いきなりのことの脳が反応できず、暫くされるがままになる。唇が離れると、そのまま抱き着かれた。思わず、デュエルの背中に腕を回してしまう。
「…お前だけだと思ってんじゃねーよ。バーカ」
小さな声で悔しそうに呟かれる。それが何故か嬉しくて、堪らなかった。
耳元で、髪の毛が擦れる音がする。心臓の音まで聞こえてくるようで、時間を忘れて抱き締めてしまった。




「…つーか普通気づくだろ。あんだけ俺がくっついてんだから」
いい加減、何時までも家に帰らないわけにも行かない為、並んで歩く。デュエルは呆れたように声を上げた。
「んな事言われてもな。お前誰にでもくっついてたじゃねーかよ」
こちらも負けじと言い返す。それに、自分は恐らく自分の気持ちを抑えるだけで精一杯だった。
そのせいで、相手にどう思われているのか気付かなかったなんて、抜けていると思う。
「誰にでもじゃねーよ。エレキと鉄と、あとサイレンぐらいだろ、お前以外には」
「…そういう事じゃなくてな」
「ヤキモチか?しょーがねーな、今度からはお前だけにしてやるよ」

そう言い、に、と笑う顔が我ながらバカだと思うほど可愛らしく見えた為、思わず帽子を被り直す。
夢であってほしいと思うほど、俺はこいつのことが好きで好きで堪らなかった。









「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -