ある夜のこと。
家に帰ってきたのは家主であるサイレンではなく、彼と一緒に飲みに行った俺の愛しい人である、デュエルだった。

「…べっろべろじゃねーか。どんだけ飲んだんだよ」
千鳥足とも言えないような歩き方だったので、取り敢えずリビングまで肩を貸した。
コートを着たまま、ぐったりとソファに座り込んだデュエルに声をかける。
「……んー、わかんねぇ」
顔どころか首や耳まで赤く、瞼は半分以上閉じられた状態だ。
けだるそうなその表情に、少し色気を感じる。
多分この雰囲気に慣れていれば、キスをしてそのままベッドに雪崩れ込む…なんていうエロスな流れに持っていけるのだろう。
しかし残念なことに、俺とデュエルは信じられないほどピュアなお付き合いをしているのであった。

日本の諺に、『据え膳食わぬは男の恥』というものがある。
だが逆に言わせて欲しい。
いくら膳が据えてあったからって、食べ方がわからなかったら食えるわけがないだろう、と。
実際のところ、俺は空腹で仕方なかったというのに。

今日に限って、英利も留守にしている。酔った恋人と二人きり、なんて美味しすぎる状況だ。
まさに、据え膳と言っても可笑しくはないだろう。
俺はデュエルの隣に腰を下ろして、夢と現実の間をさ迷っている彼を横目で見つめていた。
「(……デュエルもなぁ、素面だと顔真っ赤にして嫌がるし)」
なんだかんだ言って、セックスどころかキスすら。手を繋ぐことすらしていないなんて、サイレンにバレたら腹を抱えて笑われるに違いない。
しかし案外チキンな俺は、好きな人が嫌がることなど出来ないため、進むに進めないまま今に至る。
「「……………」」
無言のまま、暫く時間が過ぎる。デュエルはいつものつれなさが嘘のように、俺に密着していた。
自分の身体を支えることができないほど酔っているのだろう。
いつもより高い体温が、服越しに伝わってくる。
「(ちくしょう、可愛いなぁ…)」
この状態で、触れたいと思わない方が異常だと思ったので。
意を決して、デュエルに尋ねることにした。
「……手。…繋いでいいか?」
お付き合いをしているのだから、本当ならいちいち断るような事ではないのだろう。
デュエルは不思議そうに俺の方を見つめると、こくりと頷いた。
ソファに置かれているデュエルのの手に俺の手を重ねると、軽く握る。女と違い固くごつごつとしてはいたが、落ち着く、優しい温度だった。
俺が少し力を込めると、デュエルも握り返してくる。その反応が余りにも愛しくて、顔がにやけてしまうのを懸命に我慢した。
「……あったけーな、お前」
「………んー…」
手を握ったからといって満足と言うわけではない。むしろ尚更、欲が出てきたようだった。
手を繋ぐことの、次の段階といえば?
デュエルの手を握ったまま、抱き寄せる。
「……キス、いいか?」
階段を一段一段上るように、関係を進展させていく。暫くの無言の後、デュエルはまたこくりと頷いた。
巻きっぱなしのバンダナを外すと、顎を持って唇を重ねる。
熱くて、少しかさついていた。
「………、…」
ソファに座っていると言うことも手伝って、俺の理性は少しずつ擦り切れて行く。
舌でデュエルの唇を舐め、息継ぎのために薄目を開ける。蕩けたような表情を浮かべるデュエルが目の前にあって、正直勃起した。
勢いに任せてゆっくりソファに押し倒すと、部屋の照明のせいだろうか。少し眩しそうな表情を浮かべている。
「…、デュエル」
なんというか、ここで改めて訊ねるのは雰囲気をぶち壊してしまうような気がしてしまう。
デュエルは俺に押し倒されたまま、抵抗も何もしない。恥ずかしいのか、少し目を伏せていた。
さすがにここまで来たら、次は何をするのかくらいの想像も働くだろう。
「……あー、その。…続き、いいか?」
頭を掻いて、デュエルを見つめながら言う。自分で言った言葉を口の中で反芻すると、恥ずかしくて死にそうになった。
もっと、ロマンティックな言葉だって言えたのではなかろうか、と。
そんな気持ちを知ってか知らずか、デュエルは俺の方を見てきょとんとして、それから微かに笑みを浮かべた。
「…んー…つづ、き、か」
アルコールが回りすぎているのだろう、若干舌が回っていない。
「…優しく、してくれんらら、…いーよ」
デュエルは舌で濡れた唇を舐めると、目を閉じて体の力を抜いた。これは、許可が降りたと判断しても問題はないはずだ。
て言うか、許可は出た。
手が震えそうになるのを抑え、デュエルの服を脱がせていく。
コートを脱がせ、ジャケットを脱がせ、ネクタイを解く。首筋にキスをして、白いカッターシャツの前をはだけさせると、顔が熱くなるのがわかった。
「(やべぇ、ホントやべぇ俺)」
デュエルのパンツに通っているベルトに手をかけて、既に限界を迎えている下半身を本能の赴くままに解放しようとした瞬間、あることに気づいた。

デュエルは目を閉じている。
そこまでは良い。
問題は、安らかな寝息が聞こえてきたことだ。


「…………えっ」
デュエルを揺らして起こそうと試みるが、全く反応がない。
擽っても、軽く頬をつねっても、何の反応もないのだ。
一気に脱力してしまう。流石にこのまま行為を続行してしまっては、マナー違反だろう。
マナー違反と言うか、犯罪だ。
「……、……」
断腸の思いで疼く下半身を押さえながら立ち上がると、寝室から毛布を運び込んでデュエルに掛けた。
まぁ、キスまで進んだだけでも大きな収穫だ、と無理矢理自分を納得させると部屋に戻ることにする。








「…………っ、……」
暗くなったリビングで、毛布が裂けそうなほど掴み上げていた。
俺は本当は、眠ってなどいなかったのだ。
キスをされた唇を指で撫でて、感触を思い出す。
ニクスの唇は、温かくて柔らかかった。舌で唇を舐められた瞬間など、声を上げそうになってしまった。
「(…反則だろ、…ちくしょう…!)」
俺とニクスの関係を知っているサイレンに、関係の発展が遅いのでは、と指摘された。
なぜバレたのかを問い詰めてみると、見ればわかる、と返されてしまった。
キスにしてもセックスにしても、俺が軽く拒否すると向こうはあっさりと引き下がるものだから、正直全く気にしてなどいなかったのだ。
ニクスは案外淡泊な奴なんだなぁ、なんて思っていた俺は、どうやらとんだ勘違い野郎だったらしい。
なのでまさかここまで一気に関係が進むなんて、露ほども思っていなかった。
俺はあと一息と言うところで怖じ気付いてしまい、寝たふりをしてやりすごすという真似を働いてしまった。
いやだって風呂にも入ってないし、エチケットとしてのゴム製品も持っていなかったし。
と、頭の中で必死に言い訳をする。
年頃の少女のように恥ずかしがる自分が可笑しく思えて、尚更混乱してしまった。
「(……明日からどんな顔すりゃ良いんだよ…)」
毛布を頭まで被ると、芋虫のように身体を丸める。暗くて暖かい毛布の中で、ニクスが残した感触を反芻させた。
触れられた部分が熱を持って疼くため、寝付けそうにない。
先程のやり取りから、約一時間が経過していた。もしかしたら眠っているかもしれないし、またもしかしたらまだ起きているかもしれない。
「…………、……」
一か八か、試してみようと思った。
ソファから降りると、毛布を持ってニクスの寝室へと向かう。
こそこそと音を立てないように歩く姿は、まるで泥棒だ。
十秒程度で目的地に辿り着くと、引き戸を静かに開けて部屋の中に入った。ニクスは入り口側に背を向けて横になっていた。
規則的に掛け布団が上下していることから、恐らく眠ってしまっているのだろう。
「(…何残念がってんだよ、俺)」
自分の心に湧いた、微妙な気持ちを振り切ると、ニクスのすぐ横に寝そべった。
大して広くはないベッドなので、成人男性二人分もの体重が掛かれば派手な音を立てて軋む。
起きたかもしれない、と一瞬肝を冷やしたが、ニクスの呼吸は相変わらず一定だった。
「……バーカ」
そのリラックスした寝顔に悪態を吐くと、今度は俺の方からキスをした。
それこそ触れるだけのような軽いものだったが、死にそうなほど恥ずかしかった。
ニクスが起きなかったことに安堵して、毛布にくるまり寝直そうとした瞬間、腰に手を回された。
「っ?!」
毛布の隙間から入ってきたのは、ニクスの手だった。シャツの隙間まで伸びた手は、俺の腰から脇腹を確かめるように撫で上げる。
「…まさか、お前に夜這いされるなんてなぁ」
羞恥のあまり、頭に血が回らなくなるのがわかった。きっと今の俺の顔は、茹で上がった蟹よりも赤いのだろう。
ニクスはさっきの俺のように、起きていたと言うことだ。
「…な、何本気にしてんだよ。からかっただけだって」
今になって、こんな言葉しか言えない自分が馬鹿みたいだと思う。しかしニクスはそんな俺の強がりも見透かしていたらしく、いつものような強気な笑顔を見せて、一言呟いた。
「…お前がなんと言おうと、こーやって俺の布団に来た以上。…好きにさせてもらうからな」
既に俺の身体からは、アルコールなんて抜けきっている。
だというのに、恥ずかしいほど俺の心臓は脈を打っていた。













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