明くる日、目が覚めた上条は一通りの身支度を整えた後、一方通行の部屋のドアをそっと開けた。
ベッドでは一方通行が静かに眠っている。
が、その表情は険しく強ばっていた。


「……うーん」
上条と一方通行の両名がこの施設に訪れてから、一晩と半日が経過した。
そしてここで、問題が一つ発生する。
一方通行が、全く食事をとらないのだ。
上条が念のためにと余分に食事を作っておいても、手が付けられた痕跡はない。
では彼が何か適当に食べているのかと豊富に取り揃えられている食材を見ても、上条が使った以上には減っていなかった。
確かに、急に環境が変わってしまったのだ。
落ち着くまで何も喉を通らないのかも知れないが、水分すらとっていないというのは問題だ。
上条は彼に与えられた部屋の中、革で張られた立派な椅子に腰を落ち着かせながら、腕を組んで思案する。
この屋敷には時計らしきものが一切置かれていないため、窓から射し込む光だけが大まかな時間の目安だ。
しかし。
「……すっげー雪」
上条は一度窓の外に視線を向けると、溜息を吐いた。
窓の外は一面の雪景色で、いつからかも解らないほどに深々と降り続いている。
昼と夜の違いこそ解るものの、たまに携帯電話を覗かないと彼自身時間の感覚が無くなってしまいそうだった。
「……」
どこまでも白いその景色は、未だ眠り続けている彼の肌を連想させる。
あの、滑らかな感触。
左手を眺めながらそれを思い出すと、何か汚らしい感情が零れ落ちてしまうような錯覚に陥ったため、頭を振って再度窓の外の景色に視線を移す。
「……どうしたもんかねー」
溜息混じりのその言葉に返答する者は、いない。





一方通行は一度目を覚ましたが、無言のままもう一度布団に潜り込んだ。
理由は至極単純で、何もすることがないからだ。
打ち止めや番外個体の相手をする必要も、色々な研究に参加する必要も、無い。
ここ二日は食事をとっていないため、空腹と言えば空腹だ。
しかしそれ以上に食欲が湧かないので、彼も無理に何かを胃に入れようとはしない。
「………」
一方通行は昨日、上条に部屋のドアを開放されてから、彼なりに脱出の糸口を掴もうと屋敷内を彷徨いた。
しかし、結果は散々だった。
窓には頑丈な雨戸が取り付けられ、玄関には部屋以上に重い扉。
キッチンに行ってみれば、確かに刃物はあった。
しかし殆どがセラミック性で、調理以外には何の役にも立たないモノばかりだったのだ。
一方通行は首筋の電極を指で撫で、小さく息を吐く。
結局、彼が学園都市に戻るため。
むしろこの屋敷から出るためすら、上条に依存しなければならないという結論は、それなりに彼のプライドを傷つけた。
「(………仕方ねェ)」
何せベクトル操作が出来ない今の彼の体力は、その辺を彷徨いている同年代の少年より明らかに劣る。
ロシアに向かった時のようにせめて能力が使えれば、多少の無茶も出来たのだが。
今の状態では、どこかで行き倒れてしまうに決まっている。
とにかく上条と過ごしておいて、脱出の機会を窺うほかに方法はない。
一方通行はそこまで思考を整理したところで、ふと思い出した。
「(そォ言えば)」
この首筋の電極を最後に充電してから、何時間が経過した?
少なくとも、丸一日と半日は経過している。彼には、どんなに多く見積もっても、あと半日程度しか稼働時間が残されていない。
無言のままベッドから起きあがった一方通行は、普段携帯している充電コードを探した。
が。
「……クソが」
コードは没収されており、彼の手元には残されていなかった。
ある意味予想通りになっている展開に対し、吐き捨てるような声で呟いた彼は、ベッドから降りて立ち上がる。
一方通行の監督役を任されているのが上条だと言うのなら、彼が充電コードを所持している可能性が高いからだ。
部屋を出た彼は、真っ直ぐに上条の部屋へと向かう。微かに射し込む外の光から察するに、恐らく今は昼なのだろう。
兎に角、一刻も早く充電する必要があった。


一方通行が上条の部屋のドアをノックすると、呑気な声で返事があった。
「ん、どうした?一方通行」
「どォした、じゃねェ。出せ」
ドアを開けて顔を出した上条は、既にこの状況を受け入れてしまっているようだ。
そう言う、表情をしている。
一方通行は若干の苛立ちを隠すことなく、上条に向けて左手を突き出した。
「出せって、何をだよ」
「とぼけてンのか?充電器に決まってンだろォが」
「……」
ここで一つ、認識の差違が起こる。
一方通行は上条に対し、自分がミサカネットワークの支援を受けて日常生活を送っていることを明言しては居ない。
そのため、首筋の電極に一定時間ごとの充電が必要であることを上条は知らないのだ。
その代わり上条は、一方通行の携帯電話のバッテリーが切れていることを知っている。
つまり。
「んー、……俺も持ってねぇな」
一方通行が携帯電話の充電器を欲していると勘違いを起こすことも、仕方がないことなのだ。
そして彼に対して余計な情報を与えないように、と嘘を吐くことも。
「……!!」
上条の言葉に、一方通行の表情が一気に険しくなる。
「(……冗談じゃねェ。コイツが持ってねェなら)」
バッテリーが切れた一方通行は、意識を持った人間ですらなくなってしまう。
上条が持っていないというのなら、残された時間全てを使って家捜しを行わなければならない。
急いで思考を切り替え、一方通行が踵を返そうとしたところを、上条の右手が引き留めた。
「どうしたんだよ。何焦ってんだ?」
「オマエに言う義理は無ェ」
掴まれたのは、左腕。
一方通行は上条を振り返ることもなく腕を振り払おうとするが、彼の指が腕に食い込んで離れない。
今の状態でさえ一方通行にとって耐え難いと言うのに、更にあんな無様な姿を晒すなど、耐えられるはずがなかった。
「んな事言うなって」
「……っ、」
一方通行は既に、コミュニケーションを成立させようとすることすら億劫だった。
無理やり振り払おうと身を捩ったその一瞬、小さな電子音が鳴り響く。

「……ァ」
ぶちり、と彼の思考回路が奪われた。

「あ、おい!?」
突然の展開に面食らったのは、上条だった。何せこれまで苛立ちを隠すことなく会話をしていた相手が、いきなり膝から崩れ落ちてしまったのだから。
一方通行が床に頭をぶつける寸前で抱き抱えると、顔をこちらへと向かせてみる。
それと同時に、聞き慣れない言葉が上条の鼓膜を揺らした。
「hjmlik」
「……何言ってんだ?」
そう言葉を返すが、一方通行からの返事はない。
むしろ、焦点が定まらないまま赤い眼をさまよわせている彼が正気とは、上条には到底思えなかった。
「jnrgwtdkbhl」
「……?」
彼の意志なのか、杖が取り付けられている右手が頼りなく床を擦る。
足も同じようにもたもたと動いてはいるものの、そこに覇気は感じられない。
とにかく、この状況を打破しなければならない。
数々の修羅場を潜り抜けたその脳でそう考えた上条は、一方通行を自室の中へと引きずり込むと、ベッドへと寝かせることにした。
「khmgjoxykgn」
「あー、こら。動くなって」
一方通行と一年程度同じ時間を過ごしていた上条だったが、彼のこんな姿を見るのは、これが初めてだった。
勝手に動けないように杖を取り去ってしまうと、その上にのし掛かる。
「一体どうしたっつーんだよ……」
上条が溜息を吐きながら彼の柔らかな白い髪を撫でると、それが心地良かったのか。少しだけ眼が細められた。
この施設に来てからの彼の行動を思い返しながら、上条は一方通行の髪の手触りを堪能する。
「(…んー。…まさか空腹のあまりぶっ飛んだとか?……んなわけねぇか、インデックスじゃあるまいし)」
「……ン、ikolpvgァ……」
微かに漏れる彼の声は、どこか虚ろな音だ。意志という名前の芯が無いからだろう。ひたすらにまとまりがない。
駄目でもともと、と腹を括った上条は、もはや私服と化した学ランのポケットから小さな菓子を取り出した。
小腹が空いたとき用に、と台所から拝借してきた、チョコレートだ。
「……食えるか?」
「…………」
一方通行の眼は、すぐ目の前に突き出された菓子を捉えていた。
包装紙を破いた上条がそっと彼の口元に運べば、ほんのりと色づいた唇が開き、それに小さな舌を這わせていく。
丸2日近く何も胃に入れていない彼の身体にとって、それは間違いなく、待ちわびていた栄養だった。
「hfjq食ikpxg」
飢えた貪欲な舌はそれを取り込もうと唾液を絡め、上条の指ごと舐め上げていく。
柔らかな唇が唾液で濡れようが、口の端から垂れていこうが、お構いなしだ。
「……っ…!」
小さく滑った舌に舐められる度、上条のささやかな理性に罅が入るような気分だった。
言葉も話さず与えられた栄養を貪るその様は、動物だと言っても問題ないに違いない。
普段は気丈に振る舞う彼の、この在られもない姿が、酷く上条の嗜虐心を刺激した。
一方通行がそうやって舌を這わせる姿を、どれだけ見守っていただろうか。
上条の手の中の菓子を全て舐め溶かしてしまった一方通行は、まだ足りないと言わんばかりに上条の指に吸いついた。
ちゅ、と。
柔らかく滑った粘膜が、上条の指に絡み付く。
「……はは、何だよ」
上条は、胸の奥から湧き上がる笑いを堪えることが出来ない。
彼のこんな無様な姿を、一体世界中でどれだけの人間が知ることが出来るのか、と。
「kmglho足pxv」
一方通行の唇は、変わらずに上条の指を吸い続ける。そのぬるりとした舌の動きは、擬似的な口淫を連想させた。
「そんなに舐めても、もうねぇって」
言い聞かせるようにそう言葉を吐き出しても、残念ながら今の一方通行にそれを理解するだけの知能はないし、上条はそれを知らない。
半ば無理矢理一方通行の口から指を引き抜いた上条は、彼の腕を後ろ手に拘束した。
「なんか適当に持ってくるから、大人しく待ってろよ?」
相変わらず焦点の定まらない眼で中空を眺めている一方通行にそう言い残し部屋から出た上条は、真っ直ぐに台所へと向かう。
一分も掛からない内に目的地へ到着した彼は、少年二人が生活するにあたって充分な食材が蓄えられている古めかしい冷蔵庫の中身を見て、なるべく胃の負担にならないものを、と選び出した。
「……」
バナナと、牛乳。
そのメニューは、決して上条が何かふしだらな想像を働かせた結果では、ない。
軽い足取りで彼が部屋に戻ると、食物の香りを嗅ぎ当てた一方通行が鳴く。
「knglm足qh、nwjvqァho」
まるで腹を空かせて上条の足下に縋りつく、かつての飼い猫のようだ。
上条は薄く笑うと再び一方通行にのし掛かり、バナナの皮を剥いて彼の口元へと差し出した。
「ん、どーぞ?」
「……、hk食npglv」
差し出されたモノに対して、一方通行は先程と同じ様に舌を這わせる。
しかし残念ながら、バナナはチョコレートとは違い溶けることはない。
彼は栄養を摂取しようと必死で唾液で濡らすものの、全く意味を為していなかった。
「駄目だってほら、ちゃんと噛めよ」
一方通行の細い顎を左手で掴んだ上条は、だらしなく開いた彼の口へとバナナを押し込んだ。
突然口の中を圧迫されたためだろう。
一方通行の赤い眼は見開かれて、細い身体はびくりと跳ねた。
「ンご、ぶ…」
「あー、悪い。深かったか」
何せ同年代の友人の口にバナナを押し込む経験など、上条には無い。
ずるりと一方通行の口からバナナを引き抜くと、透明な唾液が糸を引いて垂れた。
体温が移り生温くなったそれの先端を一口程度のサイズに折った上条は、ゆっくりと一方通行の咥内に含ませる。それから皮を全て取り去り、唾液が付いていない方の端を折ると、自らも口に含む。
「ほら、こーやって良く噛んでから飲むんだぞ」
上条がお手本のように咀嚼してから飲み込むと、一方通行も倣ってゆっくりと咀嚼した。
噛み砕かれてグズグズになった果物が飲み下されたのを確認した上条は、もう一口分と言わんばかりに新しい欠片を放り込む。


長い時間を掛けてバナナ一本を胃の中に収めた一方通行は、もう食物を強請らなかった。
ほんの少し満足げに息を吐いた後、再びぼんやりとどこか遠くを眺めている。
行く宛の無くなった牛乳を一度見た後、上条は一方通行に視線を移した。
「(……戻らねぇ)」
もしかして見当違いな行いをしてしまったのだろうか。と言う至極真っ当な意見を抱いた上条は、もし彼がこのまま戻らなければどうなってしまうのだろうか、と言うシミュレーションを脳内で展開する。
あの強い意志が含まれている眼差しも、回転の良い頭を使って編み出される言葉を吐き出すあの声も聞けないのかと考えると、心細いものがあった。
「……一方通行?」
「……kfcg、……nvk…」
ゆっくりと訊ねると、途切れ途切れに声が返された。
もしや、眠気が訪れているのだろうか。と、上条は思考する。
今まで以上に吐き出されている声にまとまりが無くなり、弱々しいモノに変わっていたからだ。
一方通行の目蓋がゆっくりと下ろされて行く様を見届けた上条は、ポケットの中に放り込まれている携帯電話に手を伸ばした。




『あー、やっぱりか。そろそろそんな頃合いだと思ってたんだにゃー』
「……んで、つまりどういうことなんだよ」
上条が土御門の番号へ発信して三回も呼び出し音が鳴らない内に繋がった挙げ句、「一方通行の様子がおかしい」と言う簡潔な報告だけで全てを見透かしていたような物言いをする彼に対し、上条は不機嫌を隠さない声で更に問いかけた。
『一方通行』の事柄に対して、上条は知らない事実を土御門が知っていると言う事実が、面白くない。
『まーそう噛みつくな、カミやん。昨日見てた細い充電器の出番だ。準備してくれるか?』
「……あぁ」
土御門に言われるまま充電器を準備した上条は、隠されているコンセントにプラグを差し込むと、一方通行の横に腰を下ろす。
今の彼は今朝とは違い、安らかな表情を浮かべていた。
「準備したぞー」
『ん、オーケー。んじゃあ端子側を一方通行のチョーカーに差し込んでくれ。あぁ、取り付けられてるボタンをあと二回押してからな』
「はいはい」
まるで初心者向けのパソコン講習を受けているような錯覚を覚えながら、上条は言われた動作を取る。
端子から電力の供給を受けたチョーカーのランプは赤く光り、一定の間隔で明滅を繰り返していた。
『よし、それでおしまいだ。数時間で充電は終わるから、ランプが緑色になったら端子を抜いて、ボタンを一回押してくれ。使い終わった充電器はまた隠して置いて下さいにゃー』
「へーへー。…で?結局俺は説明を受けてないんだが」
上条は、このままではフェードアウトしかねない話題を引き戻し、再び土御門に問い掛けた。
『んー、まぁカミやんも何となく察してる通り、今のそいつは首筋の機械から日常生活の補助を受けてる。なんで、充電が無くなっちまえば』
「こんな状態になるってか」
『そう言うことだな』
「なんでそんなことになってんだ?」
『それはカミやんが一方通行から聴くべき案件だな。俺もきちんとは聴いてない』
「ふーん……」
上条は土御門との通話を行いながら、ベッドで安らかに眠っている一方通行を眺める。
「(こいつが言ってた充電器って、こういうことかよ)」
彼が正気を失う直前に言っていた言葉を思い出しながら、上条は一人で納得した。
確かにこう言うことなら、あの苛立ち方にも合点が行ったのだ。
『んで、他になんかあるかい?』
上条からの問い合わせと言うミッションを成立させた土御門は、念のために言葉を掛ける。
しかし。
「いや、ねーよ。じゃあな」
『おう、じゃあな』
今この屋敷には、上条以外に言語を認識できる人間は居ない。
そしてその唯一である上条も、一方通行の件以外で疑問を抱くことはなかったので。
滞りなく会話は終了した。
また、部屋には沈黙が訪れる。
「………」
よく見れば、一方通行の口元は唾液とチョコレートで汚れていた。
指で拭おうとしては見るものの、冷えて固まっているせいでうまく拭うことが出来ない。
上条の日に焼けた色をしている指が彼の真っ白な口元を少し強めに擦っても、その汚れはびくともしなかった。
「……」
冷えているせいで落ちないというのなら、温めてやればいい。
上条はごくごく自然に、その結論へと行き着いた。
ベッドから立ち上がった彼は澱みのない足取りで、昨日見つけた風呂場へと赴いた。
人間二人が入っても狭さを感じない程度の湯船、それからシャワーとカランが設置されている場所だ。
この屋敷自体は酷く古めかしいのに、浴室や台所など水回りについては、やけに新しい造りをしている。
恐らくは誰かが改築を行ったのだろう、と結論付け、上条は考えることを止めた。
流石に、温度を自動で調節してくれるような親切な設計はされていなかったため、2つある蛇口からそれぞれ湯と水を出し、からだった湯船の中を満たしていく。
「(……綺麗にしてやるだけだって、そう)」
疚しいことは無い、と、上条は心の中で呟いた。





「……」
湯を張り終わった後、上条は未だ夢の世界にいる一方通行の身体を抱え上げた。
ロシアでも一度こうやって運んだことがあったが、それが随分昔のことのように感じられる。
あの時から重さの変わらない細い身体を脱衣所に下ろすと、もたついた動作で彼の服を脱がせていく。
革靴を脱がせ、靴下を脱がせ、縞柄のシャツを脱がせ、薄いグレーの細いパンツを脱がせ。
上条の視界に飛び込んできた白い身体は筋肉も脂肪も最低限しか付いておらず、肋の骨も浮いており、酷く不健康だった。
しかしそれでも、上条の何かを刺激するには、十分すぎた。
「……」
ごく、と唾液を飲み込んだ上条は自らも服を脱ぐと、一方通行の脚を割り開く。
下着はまだ脱がせていなかったが、もし今脱がせてしまえば正気を保っていられる自信が無かった。
この綺麗な存在が上条の所有物である、と言う事実が、今になって実感できたような気がしたのだ。
昨日のように彼の滑らかな肌へ左手でぺたりとあてる。一方通行が嫌がる様子は、ない。
「………」
静かな空間の中で、上条の心音だけが早い音を刻んでいた。恐る恐るという表現が当てはまる動きで右手も伸ばした上条は、一方通行の脇腹を撫でる。
その些細な刺激をどう思ったのか、ゆるゆると一方通行の目が覚めた。
「……gkmhpn寒clhvb……」
暫く裸の状態だったために、寒さも手伝ったのだろう。彼の白い肌にはぷつぷつと鳥肌が立っていた。
上条は急に現実に引き戻された気がして
一方通行をまさぐる手を引いてしまう。
「あ、あは、あはは。悪い、寒いよな」
乾いた笑い声を上げた彼は一方通行の下着も脱がせてしまうと、(その局部には視線を遣らないようにして)抱え上げた。
静かに浴室の戸を開け、一方通行をタイルの上に座らせる。微かにビクついた彼が温度差でまた驚かないように、とシャワーを掛けて身体を慣らせた。
「…熱くねーか?……つっても、わかんねぇか」
「……jmgxkhn……」
掛けられた湯は、彼の肌の上にいくつもの筋道を作って流れ落ちていく。
掛け湯もそこそこに、上条は一方通行を抱え上げて湯船へと浸け、また彼自身も浸かった。
湯温がじわりと彼らの身体へと浸透していき、温める。
反射的な行動なのか、一方通行は微かに身を震わせて眼を閉じた。それとほぼ同じタイミングで、上条の視界には透明な湯の下、微かに存在を主張する胸の飾りが見えた。
「……」
ふらつく一方通行の身体を後ろから抱き支え、そろ、とその場所を指で撫でてみる。
若干充血して固くなっており、指の腹で転がすだけで彼はその刺激に反応していた。
「……そんな状態でも、気持ちいいってのは解るんだな」
至極冷静に結論付けた上条は一方通行の胸部から手を離すと、必要最低限の充電が行われている電極へと手を伸ばした。
カチ、と小さな音がして、点灯していたライトが赤から緑へと色を変え。
意味もなく揺れていた一方通行の焦点が、一点へと定まった。
「……っ!?」
何故全裸なのか。何故上条に抱き締められるような体勢なのか。何故自分の口の周りがべた付いているのか。
様々な情報が疑問となって一方通行を襲い、怒りとも羞恥とも恐怖とも言えない感情がその表情を崩す。
「…っ、クソが!離せ!!」
「駄目だって、ギリギリしか充電してねーんだから。またぶっ倒れたくないだろ?」
「………!!」
今先程まで充電について知らなかった上条がそれを口にしたという事は、と一方通行は考えを巡らせる。
「誰に聞いた」
「誰だって良いだろ」
吐き捨てるような声で尋ねた彼を、上条は普段通りに受け流す。
「それよりほら、悪かったな。さっきお前に食わせた時に汚しちまってさ」
充分に温まった上条の指が、一方通行の口元を拭う。乾いていた粘液がまた滑り出したせいで、一方通行は眉間に皺を寄せた。
「いやー、びっくりしたよ。まぁ、怪我とかしなくて良かったってことで」
「………」
ただ一つ確定しているのは、上条が充電器を持っているという事だ。一方通行は口元を拭われながら、背後の彼に対して言葉を投げる。
「……オマエがアレを持ってンのはわかってンだ。返せ」
「んー……」
互いに、相手がどのような表情を浮かべているのかは把握していない。
声を聞いて予想するしか出来なかったが、一方通行には上条の表情が予想できた。
「嫌、かな」
本当に、普段と何ら変わりのない、笑顔。
「………」
「返したら、お前またどっかに行っちまうだろ?」
「…行かねェよ」
正しくは、『行けない』になるのだろうが。
一方通行は敢えて言い直さなかった。
「そうだとしても、返せねぇことに変わりはねぇし」
「……っ、」
ぎ、と。上条に聞こえないほどの音の大きさで、歯を食いしばる。
後はもう、彼のプライドの問題だった。
この状況を甘んじて受け入れるか、下手に出て置いて脱出の機会を見出すか。
どちらにせよ、無傷ではいられない。
「…………」
「……?」
長い(と言っても数分)沈黙を不思議に思った上条が彼の顎から手を離し、様子を窺う。
ほんの10分しか充電を行っていなかったから、もう切れてしまったのか、と。
しかしそれに反し、一方通行からは。
単語の発音を確かめるような、途切れがちな言葉が漏れた。


「…オマエの、命令、聞く、から。……何でも」


少しだけ俯いた彼の髪の隙間から、汗ばんだ項が見えた。湯のせいで、ほんのりと紅潮している滑らかな肌だ。
「……何でも、ねぇ」
あくまでもこの交渉の決定権は、上条が持っている。そして一方通行は、この生活に期限が設けられている事を知らない。
「じゃあこっちからも。今すぐはいわかりましたーって返すわけには行かないから、時間をくれ」
「……?」
怪訝そうに上条を見つめてくる一方通行の赤い眼は、少しだけ潤んでいるように見える。
無知とは、本当に罪なものだ。
「50日。俺の言うことを聞いてくれたら返してやるよ。それで良いよな?」
「………」
上条がそう尋ねたところで、答えはとうに決まりきっている。
今更返事をすることも馬鹿らしい一方通行だったが、首を微かに縦に振り上条からの提案を受け入れた。








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