第三次世界大戦から帰ってきた俺を待ちかまえていたのは、讃辞や慰労の言葉ではなく、厳しすぎる現実だった。

「もう、とうま!早くしないとお店が閉まっちゃうんだよ」
「はいはい…」
まずインデックスについて。
自宅に帰ると、泣きすぎて瞼を腫らした彼女がいた。諸々の経緯を説明し謝罪したところで、二度と離さないと言わんばかりに抱き付かれた。
銀髪を撫で、宥めている最中に感情の針が感動から怒りに触れたらしく。
どうしてとうまはいつもいつも私を心配させるのかな!?今度という今度は絶対に許さないかも、と。
いつも通りに頭に噛みつかれた。

それから学校について。
戦争が始まる前にクラスメイトの巨乳の少女が言っていた定期テストが、すでに終わってしまっていた。
入退院が多かった二学期の成績全てを決める、この大事な試験。担任が最悪の事態は逃れられるようにとなんとか手を打ってくれてはいたものの、膨大な量の課題を出されてしまった。
「(…あっれー、おかしいな。上条さんは死にそうになりながらロシアで世界を救ってきたはずなんですが)」
ある程度は魔術側からフォローされると思っていたのだが、学校の成績は関知するところではない、とでも言うのだろうか。
上条当麻は世界の危機の前に、人生の危機に瀕していた。

「くっそー!理不尽だ!不幸だー!」
「…あんまり大きな独り言は控えて欲しいかも」
そして今日は、空っぽになっていた冷蔵庫の中身を補充するためにインデックスと買い物に来ていた。
少ない食費を遣り繰りするのなら、買い溜めするに越したことはない。
食品を購入する際、彼女はいない方が良いような気もしたが、暫く独りにしてしまったことと荷物を持つ人間は多い方が良いという観点から、今日は行動を共にしていた。
今日は土曜日。補習をみっちり午後三時まで受けた後、第七学区のスーパーに来た。
「じゃあインデックスはこっちを頼む。お菓子も二個までなら買って良いぞ」
一人当たりの購入数に制限が掛かっている目当ての品物を買いた紙を渡すと、彼女は嬉しそうに返事をした。
入り口でそうして別れると、俺もテキパキと店内を歩き回り目当ての品をカゴの中に放り込む。
醤油と砂糖と日本酒と味醂は、和食を作る上に於いて組み合わせ次第で幾通りもの味を生み出せる魔法の調味料だと思う。
「(……そう言えば)」
こうして日常生活に帰ってきた中で、ふと思い出した。
あの日、一方通行と浜面とで魔術について話をした後。
別れてお互いの生活に戻ったのだが、致命的なミスを犯してしまっていたのだ。
「(……連絡先聴き忘れた…)」
これから新しい戦いが始まるというのに、まさか共同戦線を張る相手の連絡先を聞き忘れるなど、断じてあるまじき事態だ。
広い学園都市の中、どのような繋がりを介してあの2人と連絡を取ればいいのだろう。
「(…先ずは一方通行だよな。…打ち止めが一緒にいるはずだから、妹達に連絡を取ればいいのか?…いやでも、理由を聞かれたら…)」
うーん、と顎に手を当てて考え事をしている様子は、端から見れば食材を前にして夕飯のメニューを決めかねているように見えるだろう。
「(……一方通行…)」
名前を口の中だけで反芻して、最後に見た彼を思い出す。
相変わらず体つきは不健康に痩せていて、夜の闇の中で真っ白に光っているように見えた。
隣にいた浜面は、一方通行に冗談を言ったりしていた。
あれ。
二人っていつのまにそんな仲良しになったんでしょうか。
「(…逢いたいなぁ)」
溜息を一つ吐くと、100グラム98円の鶏肉がこれでもかと詰まったパックを買い物かごの中に放り込んだ。




「……クソが」
暇を持て余した昼下がりに、いつも通りコンビニでコーヒーを買おうとマンションから出たところで、保護者である2人から別々にメールが入った。
一人は警備員の女から。
「醤油と生姜が無いから買ってきて欲しいじゃんm(_ _)m」
そしてもう一人は自分と同じように暇を持て余しているはずの無職の女から。
「ペットボトルのジュースを何本か買ってきて貰えないかしら。打ち止めは炭酸が飲みたいらしいのよね」
別に、面倒なら断ってしまえばいいのだ。しかしここで断れば、あの悪意の塊のような少女からの強烈なイヤミが飛んでくるに違いない。
へぇ〜?ミサカの助けがないとあなたは一人でお買い物も出来ないんだ〜?へぇ〜?、と。
行き先をコンビニから近場のスーパーに変更して、必要な品物を購入する。
まだ11月だと言うのに店内はクリスマス商品で溢れていたが、特になんの感慨を抱く事もなく、通り過ぎる。
缶コーヒー十数本。
醤油。生姜。
ファミリーサイズのジュースを数本。
全て買い物かごに放り込んだ頃には、とても能力無しで持ち運べるような重さではなくなっていた。
缶コーヒーを諦めて数を減らせば問題はない。しかし自分の主目的より頼まれ物の方が荷物の大半を占めるという事態は、何だか屈辱的だった。
「……………」
失敗した。と、正直に感じていた。
とりあえず買い物かごをカートに乗せ、店内を移動する。
「なぁ、あの白い人もしかして第一位?」「は?そんな奴がスーパーで買い物なんかするかよ。人違いだって」
時折、小さな話し声が耳に入ってきたが、今能力を使って音を反射することは出来ない。
「(そォだよ第一位の一方通行様だよ似合わねェのはわかってンだから黙れ)」
小さく舌打ちし、カートを進めてレジに向かうところで奇怪なモノに遭遇した。
何が奇怪かと言えば、学園都市なんて言う科学崇拝にも程があるこの街で、純白のシスター服を着込んでいる少女。
が、菓子コーナーで何やら真剣な表情で大袋の菓子を選んでいた。
そして俺には、彼女と若干の面識があった。
「(…元気になった、ンだよな?)」
先日。黒夜と戦った日に見かけた彼女は酷く憔悴していた。
しかし今は、
「…う〜ん…早く決めないととうまが勝手に決めちゃうんだよ…でもでも!うすしおとコンソメのどちらかを選ぶなんて私には出来ないんだよ!…誰かにアドバイスでも貰わないと行けないかも…」
片手にチョコレート菓子を持ったまま、ポテトチップスの味で悩んでいた。
しかもかなり不吉なことを口走っている。
「(……気付かれる前に退避ってなァ)」
心持ち静かに足を運んだつもりだったのだが、微かなカートの音が耳に届いたらしい。
彼女はその銀髪を軽やかに揺らして、こちらを振り向いた後。
「ねぇねぇとおりすがりのあなた!チョコレートの後に食べるポテトチップスはうすしおとコンソメどっちが良いかアドバイスを貰いたいな!…って、あれ?」
予想通りの台詞を吐いて俺の顔を見て首を傾げた。
それから俺のことを頭の上から爪先まで見て納得したような仕草をした後、菓子を手放さずに口撃を仕掛けてきた。
「あなた、前私にご飯くれた人だよね!?あの時お医者さん呼ぶから待っててねって言ったのに、どうして待っててくれなかったのかな!?とうまと言いあなたと言い、どうして勝手に危ないことをしちゃ」
「甘いもンの後塩気が欲しいならうすしおにしとけ。コンソメはチョコレートには合わねェぞクソガキ」
余計な言葉を喋る前に、素直に彼女にアドバイスをして黙らせることにした。
それにしても、彼女がさっきから口にしている人物名。
上条当麻。かみじょうとうま。
あの日、彼から聴いた名前を口の中で反芻させる。名前自体は珍しいものではないので、まさかとは思うが。
「やっぱりあなたもそう思う?チョコレートの後は塩でさっぱり…って、話題を逸らさないで欲しいんだよ!」
彼女は話題をはぐらかせようとしたこちらの思惑に気付いたらしい。先程より口調に熱が籠もる。
そしてその声を聞いた人間が、窘めるようにこちらへと歩いてきた。
「こーら、インデックス!通りすがりの人を困らせるんじゃありません!」
その声には酷く聞き覚えがあった。つい先日、魔術がどうのこうのという話をしていた男の声だ。
「…って、…あれ?」
「…………」
声の方に顔を向けると、上条当麻がスーパーのかごに食料品を詰め込んだまま立っていた。
いつか想像したままの、日常に溶け込んだ姿だった。




どうしてこうなった。
今、俺はインデックスと一方通行の二人と一緒に、彼の買い物の荷物を運んでいた。
理由はと言えば、杖をついている彼の身体に配慮して「その荷物、運ぶの手伝うよ」と進言したからだ。
俺ではなく、インデックスが。
一方通行は怪訝そうに俺と彼女の顔を交互に見てから、気怠そうに「…勝手にしろ」と呟いた。
俺は流されるがままに飲み物が入った袋と自分の荷物を持ち、彼の少し後ろを歩いていた。
ロシアで見たときと同じ、白いコートに白いパンツに白い靴。彼がいるその部分だけ、色が無くなってしまったように見える。
「(…こ、…このままだと一方通行の家にお邪魔することになるんだよな)」
予想だにしない展開に、頭の中が軽くパニックを起こしていた。
どこに住んでいるのだろうか。
どんな家なんだろうか。
やはり打ち止めと一緒にいるのだろうか。
少し前を歩いている二人は何か話しているようだったが、これから訪れるであろうイベントで頭が一杯になっている俺にはうまく聞き取ることが出来なかった。
「おい三下ァ、聞こえなかったのかァ?」
「あくせられーたのおうち、ここだって!」
「へ?」
俺の前を歩いていたはずの二人はいつの間にか俺の後ろにいた。
そして周りを見渡すと、ファミリー向けの大きなマンションが建ち並んでいた。
「…流石、第一位にもなると立派なマンションなんだなー。上条さんの寮とは大違いだ」
感心したように声を上げたが、一方通行は特に気にも留めなかったらしく、つかつかと俺のすぐ横まで歩いてきた。
「荷物寄越せ。ここまでで良ィ」
す、と彼の左手を差し伸べられたが、そこには既に別の袋が提げられている。
「いやいや、せっかくここまで来たんだし部屋まで付き合うって。いくらエレベーターがあるからって大変だろ」
「こンなもン、元々能力使えば問題にならねェンだよ」
彼の言葉をそのまま返すなら、能力を使わないと持ち運びに支障が出る重さと言うことだ。
「あれ、おまえ今能力使ってないのか?」
純粋な疑問を口に出して尋ねると、彼は苦い顔をして舌打ちをした。
「…オマエに関係ねェ。さっさと荷物返しやがれ」
「そう言えば杖もついてるし…」
「関係ねェっつってンだろ!いィ加減…」
そう言えば、ロシアの時には気付かなかった。
そして俺は、そんな大切なことに対して今まで気付かなかった自分とまだ距離を置こうとする一方通行に少しイラついた。
彼の腕を掴むと、ぐい、と引き寄せる。
「…関係なくなんかないだろ!!俺たちはもう、」
俺たちはもう、その続きが出なかった。あの天使の少女に向かって言ったように、友達なのだから、と宣言してしまえばいいのに。
「(友達、なんかじゃない)」
友達なんかで終わらせたくない。
一方通行は、明らかに驚いた様子だった。
「一方通行!…俺、」
言葉を続けようとした瞬間、またも第三者の声が掛けられた。



「一方通行と上条じゃん。こんなところで何してるじゃん?」








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