「もう、あなたは今日も一日引き籠ってたのねってミサカはミサカはあなたの不健康ぶりに腹を立ててみる!」

ロシアでの戦争が終わり、俺を取り巻く世界には平穏というものが訪れた。
思えば、誰かに狙われない生活なんてどれくらいぶりなのだろう。
能力が発現してからは一日中研究所に監禁され、能力解析が一段落して研究所から放り出され、気が付けば学園都市第一位などという無理やり押し付けられた椅子を狙われて。
椅子から解放されようと足掻いたところで、どうしようもない現実を突きつけられて。
「(…どれくらい振り、じゃねェ。初めてなンだ)」
ぼんやりと、自分を呼ぶ声に耳を傾けながらテレビに目線をやる。
相変わらず、連日連夜戦争の際に起きた現象の解説を行っていた。
その場にいた俺でさえも解らないことを、第三者が映像だけを見て判断するなんて無理に決まっている。
そして相変わらず、『学園都市側の人的被害はゼロ』という言葉が踊っていた。
あの大国相手に無血勝利を飾るなんて、なんて素晴らしいんでしょう!とでも言いたそうな表情をしているアナウンサーに、腹が立つ。
少なくとも俺はそんなものを信じてなど居ない。情報のフィルタリングなんていくらでも可能なのだから。
しかし暗部から離れた今になって思い知る。
なぜ光の道を歩む人間はこちらに見向きもせず、少しの興味も持ってくれないのか。
当たり前だ。
そんなものが存在しているとは知らないのだから。
与えられたものを受け取るだけで生を営めるのであれば、疑うことすらしないのだろう。
「聞いてるのってミサカはミサカはあなたの隣に座ってアピールしてみたり!」
「あーはいはい。すいませンでしたァ」
現在の時刻は、午後10時。
一日の総括とでも言わんばかりにテレビの各局はニュース一色になる。
内容は全く変わらず、朝から垂れ流している映像に適当なテロップとコメントを付け足しただけだ。
見る意味が無いと判断した俺は、立ち上がる。
「どこ行くの?って、ミサカはミサカはあなたの後を追いかけてみたり!」
「風呂入って寝るンだよ」
「じゃあミサカもー!って、ミサカはミサカは着替えの準備を始めてみる」
廊下まで俺の後をついて来ていた少女は、一旦自分の部屋へと戻っていった。
一緒に風呂に入りたがったり、逆に裸を見られることを極端に嫌がったりと、年頃の少女の思考回路は全く読むことが出来ない。
自分の着替えを準備すると、さっさと風呂場に向かった。

「あ、お先にお風呂いただいたよん?第一位」

「………」
引き戸を開けた先の洗面所では、打ち止めの数年後というビジョンをそのまま具現化したような外見の番外個体がタオル一枚を体に巻いて髪の水分を拭き取っていた。
「やだなー、そんなガン見されるとミサカ困っちゃう。勃つものなんてないけど、勃っちゃうかも」
「くだらねェこと言ってないでさっさと服着ろ」
身体をくねらせて心にもない言葉を発する番外個体の横を通り、着替えを置く。
「はいはい。ところでアナタって女の体に全く興味が無さげなんだけど、何で?ゲイなの?それとも幼女にしか興味がないペド野郎なの?」
下品な言葉を紡ぎ続ける番外固体を睨み付けると、服を脱いだ。
「同じこと何回も言わせンじゃねェ」
カットソーを脱いで、パンツに手を掛けたところで着替えを用意し終わった打ち止めが洗面所に乱入してくる。
「お待たせしましたー!ってミサカはミサカは…はっ!?洗面所でやたら露出度の高い一方通行と番外個体がなにやら内緒話をしているってミサカはミサカは混乱してみる!!!」
頭をがしがしと掻いてから、追い払うような所作を番外個体に向ける。
「オラ、クソガキが混乱してンだろうが。さっさと出ろ露出狂」
「はーい。上位個体に手出さないでね?ペド野郎」
番外個体は不満そうな表情を浮かべながらも、素直に洗面所を後にする。
疲労感に全身を支配されながら、パンツも肌着も全て脱いでしまうと先に浴室へと入る。
一緒に風呂に入りたがる割には裸を見られたくないという、彼女への一応の気遣いだった。
髪を洗い体を洗い、湯船に浸かる。
数分後、バスタオルをしっかりと身体に巻き付けて浴室に入って来た打ち止めも同じように、自分で身体や髪を洗っていた。
同じ遺伝子でこうまで身体の凹凸が違うものなのか、と少し感心してしまった。
「ミサカもあなたと一緒に湯船に入りたいなー…って、ミサカはミサカは猛烈なアプローチを決行してみたり」
湯船の縁に顎を乗せて、上目遣いでこちらを見上げてくる。なんと形容すればいいのか、彼女にそういうことをされると断れない自分がいる。
一度舌打ちをすると、湯船の中で少し体を寄せてもう一人程度人間が入ることが出来るスペースを作った。
目的を達成した彼女は満面の笑みを浮かべて、湯船に進入してくる。
「ふふふ。この場所はミサカの特等席なのだー!っと、ミサカはミサカはミサカネットワークを通じて全世界に勝利宣言を発信してみる!!」
「あァそうですか」
濡れた髪をかき上げて、浴室の天井を見上げる。柔らかなクリーム色のタイルが張られていて、貼りついた水滴が今にも滴りそうだった。
それ以外、特に違和感はない。
強いて言うなら、この平和すぎる時間が違和感そのものに違いない。
湯が身体にじんわりと熱を加えている中でふと、あの無能力者の男の顔が過ぎった。
あの戦争の真っ只中で、自分に立ち位置の意味を教えてくれた男。
彼もロシアに居た。
そしてテレビの報道が真実であれば、無事に戻ってきていて平和な生活を送っている。
100%信じられるわけがないが、今の俺には確かめる手段がない。
名前も知らないような人間の安否を気遣うためにまた今の生活を捨てるのかと聞かれれば、答えは決まっている。
目を閉じて、額から伝ってくる汗を手で拭った。
「…何を考えているの?って、ミサカはミサカはあなたに尋ねてみる」
暫く何も言葉を発さないことを怪訝に思ったのか、静かな浴室の中、静かな声で打ち止めから言葉を投げられた。
俺は何もこの場面で正直になる必要など全く無かった。
にも関わらす俺の喉は何故か、勝手に言葉を零していた。
「……ロシアにいた、あの男」
「うん」
「…アイツもちゃンとここに戻ってきてンのかなァって」
声を張ったつもりはないのに、浴室内に自分の声がエコーして、予想外に大きく聞こえた。
目線は天井へ向けたまま呆けたように呟くと、打ち止めは狭い湯船の中で身体をこちらに向けて俺の顔を見つめていた。
「大丈夫だよ。あの人は約束を守るヒトだもの、とミサカはミサカは自信満々で力説してみる」
「約束ゥ?」
「おっと!これはトップシークレットでした!ってミサカはミサカは自分で自分の口を塞いでみたり!」
どんなにあなたに聞かれたって答えられないから、と言葉を続けるあたり、本当に話す気は無いのだろう。
打ち止めだって一人の人間なのだから、人に言えない事情の一つや二つあるに違いない。
なので追求はせずに、放っておくことにした。あの男との約束であるのなら、まかり間違っても問題は起きないと思ったのだ。
それから、少し自分が可笑しかった。
ろくに素性も知らないというのに、何故自分はそこまで彼を信用しているのだろうか、と。
「…下らねェ」
「むっ!その発言は聞き捨てならない!と、ミサカはミサカはあなたに向かって怒ってみたり!」
「あーそうですかァ」
打ち止めの怒りを軽く去なし、一度小さく息を吐くと、湯船に肩まで沈めて身体を温めることに専念した。




風呂から上がると、寝巻きを着て一直線に寝室に向かう。
実験対象として何かを追いかけたり殺したり、普通の学生として勉強したり明日の学校で同級生の話題についていくためにテレビを見たりしなくてもいい自分には、何もすることがないからだ。
ちゃんと髪乾かなきゃ風邪引いちゃうんだからね、と声を掛けてきた打ち止めに生返事をすると、ドアを締めてベッドまで歩く。
部屋の照明はつけていなかったが、自分の足下が分かる程度には明るかった。
カーテンを閉めているのに、隙間からビルや街灯の灯りが射し込んでいたからだ。
「……………」
普通、平穏、という今まで憧れることすら許されなかった言葉が、頭の中に響く。
今は奇襲に備えて脱出口の確保をする必要もない。
ただベッドに横になって、眠ればいい。
「(…アイツも今頃、同じなんだろうな)」
眠っている内に充電しようと、首に付いている電極に充電器を挿す。
そのまま、碌に髪を乾かすこともせずにベッドに横になり、眼を閉じた。
…明日も変わりない、平穏な日常が訪れる。




→C






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