目が覚めると、腕の中で愛しいヒトが眠っていた。
「…んー…」
部屋の中は、カーテンの隙間から差し込む太陽光のせいで明るかった。
どうやら今日は、とても良い天気らしい。
寝ぼけた頭で昨夜のことを思い出す。
彼女が家に来て、夕飯を食べて、デザートに彼女を戴いて。
どうやらそのまま、眠ってしまったらしい。
もぞ、と少し体を動かして、枕元の時計を見る。今日はインデックス達がイギリスから遊びに来るので、空港まで迎えに行く予定だった。
「(…朝の、…9時…?)」
確か、昨夜彼女から連絡があった。飛行機が空港に着くのは、朝10時だと。
ちなみに、俺のアパートから空港までは様々な交通機関を乗り継いで一時間ほどの時間が掛かる。
「………っ…!!!」
無言でベッドから出ると、大慌てでシャワーを浴びて身支度を整えた。
気付けば時刻は9時20分。
「百合子!俺、今日はインデックス達と一緒にいるからさ。何かあったら連絡くれよ?」
未だ夢の世界にいる彼女の手を取り、呼び掛ける。
おそらく意識など無いだろうに、彼女は微かに頷いた。
その仕草が可愛らしいせいで、朝からもう1ラウンドお相手願いたくなるが、流石に今は問題だ。
頬に一つキスをすると、テーブルに置いてある携帯電話を取り上げてパンツのポケットに押し込む。
履き古したスニーカーを履くと、近年稀に見る猛ダッシュで空港へと向かった。






「……ン、…」
寝苦しくて目が覚めた。
夢の世界に片足を突っ込んでいるような状態で体を起こすと、状況を確認する。
今日の日付は。8月31日。
今の時刻は。午前10時。
現在地は。上条当麻のアパート。
目が覚めた理由は。室温の上昇による環境悪化。
項目を一つずつ埋めていき、ようやっとベッドから下りた。
部屋の主が居ないのは、英国からわざわざやってくると言う友人達を空港まで迎えに行ったため。
「………だりィ…」
誰も居ない部屋で、ぽつりと呟いた。
腰が怠い。全身が汗でべとつく。
顎も痛いし、喉も痛んでいるような気がする。
とりあえずの不快感から脱しようとシャワーを浴びることにした。
浴室はどうやら彼が使ったらしい。床が水で濡れていた。
無言のままカランを捻り湯を出すと、頭から浴びる。
「………猿みてェにやりやがって」
今ここにいない人間に毒を吐くと、曇り始めた鏡で自分の身体を眺めてみた。
首筋に2つ。心臓の近くに1つ。
変色し始めた内出血痕が残されていた。
また水分を得たことで、粘液が滑りを取り戻して主張を始める。
貴方は昨夜、こんな所まで彼に愛されたんですよ、と。
舌打ちをしてから、髪と身体を洗い全て綺麗さっぱり流してしまうことに決めた。
何となく、気に入らなかったからだ。

シャワーが終わると、時刻は10時30分を回っていた。タオルで髪を拭きながら、昨日脱ぎ散らかした服を着る。
きちんと身体を洗ったというのに、自分から上条のニオイがする気がした。
「くっせェ」
吐き捨てるように呟き、ベッドに座る。
部屋の中は酷く静かなのに、外はなにやら騒がしい。まるで世界から隔離されてしまっているようにも思えた。
「………」
1人の時間なんて、一体どれくらいぶりだろうか。妹達を喪い始め、上条が俺の元に来るようになってから、都合が合う時間は全て彼と過ごしていたようなものだ。
彼が俺の前に現れるようになる前。
打ち止め達と出会う前、確かに俺は独りだった。
しかし今では誰かと過ごす時間が長すぎて、過去の自分が何をしていたのか思い出せなかった。
「……」
依存、と言う言葉が頭に浮かぶ。
彼の傍にいることが。
彼に求められることが心地良いと感じてしまっている。
打ち止めの次は上条当麻に、精神的にも肉体的にもどっぷりと寄りかかっているのだ。
打ち止め達のことを忘れてしまったわけではない。
ただ、彼と一緒にいると酷く色々なモノが和らぐのだ。
ただひたすらに優しく、俺を甘やかしながら甘えてくる彼。
もう、彼から逃れることなど出来ないのかもしれない。
「……」
買い置きの缶コーヒーを冷蔵庫から取り出しプルタブを開ける。髪を拭きながらコーヒーを啜っていると、突如チャイムの音が部屋中に響いた。
「……ァ?」
今現在、家主は留守だ。
面倒なので無視を決め込もうとするが、再度チャイムが鳴る。
今日は誰かが訪ねてくるなんて言うことは聴いていないので、恐らくは何かの勧誘なのだろうが。
鳴り続けるチャイムに苛立ちを覚えたので、空き缶を机の上に置くと玄関に向かった。
上条のアパートは家賃が安いこともあり、インターホンなんて便利なモノも、必要最低限であるはずのドアの覗き穴すらついていない。
念の為電極のバッテリー残量を確認すると、玄関のドアをゆっくり開けた。
「……何の用だ」
そして目の前には、真っ黒な神父服を着込み、真っ赤な髪をした背が高い男が立っていた。
念の為に言えば、俺の身長は168cmと同年代の同性に比べればかなり高い数字だ。
なのに、思わず見上げなくては顔が見えないほど背が高いというのは。
「…失礼。ここは上条当麻の部屋で良かったかな」
向こうも明らかに面食らったと言う表情を浮かべながら、質問を投げてくる。
意識を戻し、その問いに答えることにした。
「まァそうだ」
「上条当麻が何処にいるか知ってるかい?」
「…、」
彼は一体、何者なんだろう。
恐らくは上条の知り合いなのだろうが俺のことを知らない様子だ。
言う義理はない。と切り返そうとしたところで、聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。
「もう、そんな聴き方じゃ駄目なんだよステイル」
黒服の男の前に、ずい、と銀髪の少女が割り込んできた。
彼女には、かなり見覚えがある。
ただ俺の記憶では、もう少し背は低かったのだが。
「私の名前はインデックス。とうまが迎えに来てくれるはずだったんだけど、なかなか来ないから来ちゃったんだよ。ケータイも繋がらないから、良かったらとうまの居場所を教えてくれないかな………って、」
彼女と俺は、面識がある。
そして名前を聞いて、やはり記憶は正しかったのだと認識した。
「どうしてあくせられーたがとうまの部屋にいるの?」
鮮やかな碧色をした目が、素直に疑問の色を浮かべていた。
正直、上条との関係を今更きちんと説明することが億劫に感じられる。
舌打ちをして頭を掻いていると、また目の前に割り込まれた。
今度は溢れんばかりのバストをトップが見えそうなギリギリの位置まで露出した、金髪の女だ。
「あらぁ、ダメよ禁書目録。この時間に女の子がボウヤの部屋にいるってだけで、察してあげなきゃ」
俺と上条の関係を見透かしている、と言わんばかりの女は、物怖じもせずに俺の耳元に顔を寄せる。
「…すっごいニオイね。昨夜はボウヤと良い汗かいたのかしら?こんな所に痕まで残して見せつけるなんて、お姉さん妬けちゃうなぁ」
ぼそ、と呟かれた言葉で、一気に頭に血が上るのが解った。
挑発されているとは解ったが、今、見逃す寛容さは持ち合わせていない。
電極のスイッチを切り替え、どう痛めつけてやろうかと考えていたところで、また覚えのある声が割り込んでくる。
「わー!ストップ!ストップだぜい一方通行!オリアナも、痛い目に遭いたくなかったらこいつだけは怒らせちゃいかんぜよ」
逆立てた金髪に、サングラスに、アロハシャツ。
ここまで来て漸く、何となくの察しがついた。
「……土御門か」
「久し振りだにゃあ、一方通行。大方の事情は、今禁書目録が言ったとおりでな」
「クソガキどもの引率、ご苦労なことで」
「いやいや、慣れるとなかなか面白いもんだぜい」
「もう、もとはる!あくせられーた!」
どうやら上条は迎えに間に合わなかったらしい。むしろ無事着いたのかすら怪しいが。
インデックスに急かされたので、舌打ちをしてから部屋に戻りテーブルに置きっぱなしの携帯電話を手に取った。
そして、怒りと呆れを一緒くたにした感情を込めて溜息を吐く。
「あの野郎、携帯間違えて持って行ってやがる」
玄関に戻り、わざわざ英国からやってきた一同に報告すると、インデックスが頭を抱えた。
「…さすがなんだよ、とうま」
「待ってろ」
携帯電話の電話帳から俺の番号を呼び出し、発信する。数コール目で、上条の声が聞こえた。
『もしもし。…というか、百合子さんでしょうか』
「よく分かったなァ上条くン?俺が電話するってことは」
『…はい。何となく事態を飲み込んでます』
「とうまー!私はおなかが空いたんだよー!」
横で声高らかに叫ぶ彼女に携帯を渡すと、思い切り不満をぶちまけていた。
それから直ぐに声はトーンダウンし、合流場所の打ち合わせをしているようだった。
「お前も来るか?」
土御門が少しサングラスをずらして、こちらに声を掛けてくる。
「面倒だ」
短く返すと、彼は気にした風もなく笑っていた。
「…うん、わかったんだよ。じゃあまた後でね!」
インデックスは通話を終わらせると、携帯電話を差し出してきた。
「ありがとね、あくせられーた」
「場所わかってンのか?」
「うん!あくせられーたも一緒に行こうよ」
「面倒くせェ。用が済んだならさっさと散れクソガキ」
「ちぇー」
彼女は頬を膨らませ、不満たらたらと言った表情を浮かべている。
ふと携帯電話に表示されている日付を見て、頭の中がざわついた。

そうだ。
今日は何があっても、『彼女』に会わなくてはいけない。

「ま、一方通行にも用事があるんだからしょうがないぜよ」
「そうだね。嫌がる相手に強制するのは良くない」
「お姉さんはちょっとくらい、無理矢理くらいの方がぐらっときちゃうんだけどなぁ」
三者三様に好き勝手な言葉を吐き、次の目的地へと移動を始める。
「じゃあ、今日1日上やんのこと借りるぜい」
「今度は絶対に遊ぶんだからね、あくせられーた!」
最後に土御門とインデックスがこちらを向いて、声を掛けていく。
相変わらず、彼方側は呑気そうだと思ってしまった。


病院の一室。
暖かく無機質なオレンジ色の機材の明かりが照明代わりになっている部屋に入る。
彼女と会うのは、一ヶ月振りくらいだろうか。
「…………」
こつ、と杖をついて、部屋の中央にあるカプセルの中にいる彼女に声を掛けた。
「…打ち止め」
『……ん、』
名前を呼ばれた彼女は、静かに目を開けた。体中に、彼女の健康状態をモニタリングするための機材が取り付けられていた。
大人の意志で勝手に作り出され、勝手な都合で何度も殺され掛けた彼女は、今、自分の意志でこのカプセルの中に入っている。
『あ、百合子だ!って、ミサカはミサカは久し振りにあなたに会えた喜びを体現してみる!』
「カプセルン中で暴れンじゃねェ」
彼女がこの中に入ってから、2年の月日が経過していた。その間、外に出ることが出来たのは数回だけ。
このカプセルに入っていても死亡確率をゼロにすることなど出来ないため、機材のメンテナンスで面会謝絶になる期間まであった。
『…むぅ、織姫と彦星みたいにロマンチックな関係なんだから、思い切り甘やかしてくれたって良いじゃない、ってミサカはミサカは苦情を入れてみる!』
「年に一回しか来なくて良いってか?」
『それはだめぇぇえ!って、ミサカはミサカは自分の発言を訂正してみたり!』
相変わらず表情をくるくると変える様子は見ていて飽きない。
彼女の身体は、以前会ったときより、ほんの少しだけ成長しているように見えた。
適当な椅子を部屋の隅からカプセルの前に持ってくると、腰を落ち着かせる。
『あ、そう言えば』
打ち止めはカプセルの内側に張り付きながら、思い出したように声を上げた。
『上条当麻とは最近どうなのってミサカはミサカは素朴な疑問を貴方に投げ掛けてみる』
「………」
打ち止めは、俺と上条の仲が進展することに酷く好意的だった。
妹達の中でも決して少なくない数が彼に好意を寄せている。
彼女達の想い人さえ奪うような行動を、俺はとっているというのに。
『んー、何というか。[最近上条当麻は貴方しか見てないから、正直勝負する気も失せてきたぜ]、という通信を妹達から良く貰うから』
「………」
『貴方はミサカ達に気を使う必要なんて無いよ、とミサカはミサカはマイナス思考気味な貴方にフォローを入れてみる。と言うわけで進捗状況をプリーズテルミーとミサカはミサカは発言を促してみたり』
彼が俺と一緒に過ごすようになってから、約2年。
初めて結ばれてから、約2週間。
大した喧嘩もせずにいるのだから、順調と言えるのかも知れない。
「…まぁ、ボチボチってとこだ」
具体的に明言はせず、取り敢えず悪くはなっていないことを伝える。
すると、カプセルの中で彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。と言うことはミサカの野望に向かって一歩前進だー!とミサカはミサカはガッツポーズを取ってみる!」
「野望?」
『ミサカの今の野望は、残る妹達と貴方の子供の名付け親になることなのだってミサカはミサカは宣言してみたり!』
「オマエちょっと出て来い。その頭ン中整理してやる」
『ひっ!まさかチョップ?チョップをミサカにするつもり?とミサカはミサカは貴方の周りの静かな怒りオーラに怯えてみる』
「余計な知識ばっか仕入れやがって…」
溜息を吐きながら、がしがしと頭を掻いた。彼女は、初めて逢ったときから変わらない。

幼気で、大人びていて。
こうやって会話をすることで、俺はどれだけ彼女に救われていたのだろうか。
8月31日。
それは、掛け替えの無いモノを得た日だった。




面会終了の時間まで病院に居た帰り、上条のアパートに寄る。
時刻は夜の9時。

部屋の灯りは点いていなかったので、まだ帰宅していないのだと知る。
渡された合鍵を使って部屋に入ると、転がっている雑誌で時刻を潰した。
同棲をしているわけではない、が。
ここ数日は上条の家に入り浸っていた。やたら広い自分の部屋より、少し狭いくらいのこの部屋の方が落ち着く気がしたのだ。
「…………」
雑誌を読み終える頃には日付が変わりそうな時間になっていた。もしかすると上条は今晩は帰らないかも知れない、と考えていると。
ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。
「……………」
こんな時間に来客など、あるわけがない。そう思いながら玄関に赴くと、薄いドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
何となく状況を察知し、ドアを開ける。
「おー、お早いお出迎え有り難いぜい一方通行。ほら上やん、ウチに着いたにゃー」
「…ん〜…、…いえ…?」
「全くもう、とうまったらだらしないんだよ」
今朝アパートにやってきた知人二人と恋人が目の前にいた。
上条は首もとまで真っ赤に染まっており、足元も覚束無い。
土御門に肩を貸されていなければ、立つことも出来ていなかっただろう。
「酒飲ませたのか」
今年度中には成人になるとは言え、一応上条はまだ未成年である。じろりと金髪の方を睨むと、相変わらず飄々とした態度で「祝いの席のアルコールは黙認して欲しいもんだぜい」、と悪びれずに笑っていた。
いつまでも玄関に立たせておく訳には行かなかったので、さっさと部屋に招き入れて上条をベッドに寝かせた。
「お水とタオル借りるんだよ、あくせられーた」
「あァ」
インデックスは甲斐甲斐しく酔いつぶれた上条の世話を焼く。
俺はとりあえず、お節介な二人分の飲み物をコップに注いだ。
「いやー、上やんに彼女が出来たって言うニュースであっちは阿鼻叫喚の地獄絵図だったぜい」
「だろォな」
上条は普段の不幸ぶりをカバーするレベルで異性にモテる。今日上条の携帯電話を1日預かって、その事実を改めて認識した。
内容こそ見なかったものの、受信するメールの差出人の大半が女性だった。
「まぁ、これでとうまも落ち着くと思うんだよ。思い込んだら一直線だからね」
インデックスは上条のベッドに肘をついて、彼の寝顔を覗き込んでいた。
彼と彼女の過去を知っていれば、今更そんな仕草に嫉妬などしない。
麦茶が入ったグラスを小さなテーブルに起き、座る。
「…飲め。ンで帰れ」
「辛辣だにゃー」
土御門はグラスに手を伸ばすと、一気に呷る。
今でこそ魔術と言う事柄に対して普通に接しているが、ほんの数年前までは科学以外の法則があるなどは夢にも思わなかった。
科学では実現不可能な事柄でも、魔術でなら可能になる。
恐らくは、その逆もあり得るのだろう。
科学では実現できないことが、実現できるということは。
「(…何で、気付かなかったンだ)」
何故今の今まで気付かなかったのだろうか。
魔術であれば。
もしかしたら妹達を延命させることが出来るのではないだろうか。
「…なァ、くっだらねェこと聞くけどよ」
「んー?」
グラスに残った氷を噛み砕きながら、土御門が返事をした。
彼らは恐らく、今俺が抱えている事情などは知らないはずだ。
一度唾液を飲み込んでから、言葉を続ける。
「…その。人間の寿命を延ばしたり、甦らせたりっつゥ魔術って、あンのか?」
「んー…」
土御門が答えにくそうに頭を掻く。そして今まで上条を見ていたインデックスがこちらを向いて、良く通る静かな声で断言した。
「ないよ」
微かな望みを抱くことも許されない程、確信に満ちた声だった。彼女は水滴が付き始めたグラスを両手でも持ち、中の液体を揺らす。
「残念だけど、今あくせられーたが言った魔術は、ないんだよ。病気や怪我を治すことは出来ても、ね」
彼女の澄んだ碧色の眼が伏せられる。それからゆっくりと、水分を飲み下していた。
「そォか」
何を期待していたのだろう、と心の中で自分を恥じる。
上条はどうやら眠ってしまったらしい。部屋の中に、静かな呼吸音が響いた。
「…上やんも寝ちまったみたいだし、そろそろお暇するぜよ」
「あァ」
少し気まずくなった部屋の空気を変えるように、土御門が発言した。
「ま、待って!今飲み切っちゃうんだよ!」
インデックスは少し慌てて、水分を胃の中に流し込む。それからグラスを置いて、先に立ち上がった土御門の後を追った。
「ごめんね、力になれなくて」
「…オマエが気にする事じゃ無ェよ。ガキが気ィ遣うな」
玄関で靴を履く彼女に声を掛け、頭を掻く。日付はもう、変わってしまっていた。
「そうだぜい禁書目録。俺達はこれから、ねーちん達と一緒に上やん達のイギリスハネムーン計画を練らなきゃいけないんだからな。過ぎたことは忘れるぜよ」
「…今の冗談は聞かなかったことにしてやる。さっさと帰れ」
「わっわっ、押さないで欲しいんだよ!…あくせられーた!」
「?」
俺に押し出された彼女は、ホテルへの帰路へ着く前に此方を振り向いて、優しく笑った。
「…またね!」






「なんであんな嘘吐いたんだ?禁書目録」
アパートから少し歩いたところで、土御門から声を掛けられた。
「嘘じゃないよ。確かに死者を蘇生させる魔術はあるけど、『何の犠牲も必要としない』って言う条件を付けると古今東西誰も成功してないもん」
誰も成功していない、失敗する確率が高すぎる魔術を手段として提示することは出来ない。
「それに、…とうまが起きてたから」
つい先程のことが思い出される。
タオルの隙間から、青く澄んだ瞳がこちらを睨むように見つめていた。
寝た子を起こすな、とでも言いたげに。
「とうまは今が幸せなんだよ。その幸せを、私が壊す事なんて出来ないし」
昼間、彼女の事を嬉しそうに話す彼は本当に幸せそうだった。
彼女にその手段を与えることが彼の幸せを奪うことに繋がるのなら、言わない方が良いに違いない。
「…さすが、上やんの元女房役だぜよ」
「うるさいんだよ、もとはる!」
わしわしと土御門が私の髪を掻き乱すので、頬を膨らませて抗議した。
8月の末にもなれば、季節はもう秋だ。少し肌寒い空気を感じながら、ホテルへの道を並んで歩く。
「次、来日するときは結婚式かもにゃー」
「うーん…その時はヒコーキ丸ごと貸切にしないといけないかもなんだよ」




目が覚めると、愛しいヒトが腕の中にいた。
今朝と違うところと言えば、お互い服を着ているところだろうか。
「…百合子…?」
慣れないアルコールを飲んだせいか、少し頭痛がする。
此方に背中を向けている彼女が愛しくて抱き締める腕に力を籠めると、小さな抗議が返ってきた。
「…ってェ」
「……あれ、土御門と、インデックス…は?」
「お前を送って、帰ったよ」
「…そ、か。…ヤキモチとか、妬いてくれた?」
「誰が誰にですかァ?とっとと寝ろ、酔っ払い」
憎まれ口すら可愛く感じられて、つい笑ってしまった。
この火照った身体に、彼女の低い体温はちょうど良い。
「おぉ、そうだなー…」
白くて柔らかい髪に顔を埋め、彼女との距離を限界まで縮めてから返答する。
「(…あー、ヤバい。…幸せだ)」
回転が鈍った脳でぼんやりとそんなことを考えながら、意識はブラックアウトした。











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