もう夜と言うより深夜と言った方が正しいような、日付が変わる時間帯。
一方通行のパンツのポケットの中で、携帯電話が震えていた。
「…………」
持ち主は無言で携帯電話を取り出し画面を開くと、着信履歴から相手を確認した。
確認後、ぱち、と微かな音を立てて携帯電話を閉じると、彼は目の前にいる保護者に声を掛ける。
「芳川。今から上条ンち行く。帰りは明日になるから適当にやってろ」
声を掛けられた保護者は何の不信感を抱くこともなく、慣れた調子で微笑む。
「あら、また?夜遊びは感心しないわね」
「うるせェ」
「まぁいいわ。みんなもう寝ちゃってるし」
芳川は少し楽しそうな口調で一方通行に声を掛けてから、手に持っているコーヒーを胃の中に注ぎ込んだ。
ノートパソコンでなにやら作業を行っているようだったが、わざわざ内容を気にするほど彼は子供ではない。
「上条君に宜しく言っておいて頂戴」
「あァ」
保護者の許可が降りるとすぐに、一方通行は自室へ赴き荷物の準備を行う。
小さめのバッグの中に、ぎゅうぎゅうと着替えを押し込んだ。
準備が終わると、すぐに玄関へと向かう。杖を突いているせいで一般人よりスピードは出ないが、彼は急いでいた。
彼から連絡が来てから30分以内に、指定されたとおりに彼の元に赴くこと。
それが今の一方通行にとって、最優先事項だったからだ。
「行ってくる」
「いってらっしゃい。喧嘩しちゃ駄目よ」
芳川は、これから彼の身に何が起きるかを知らない。そのため一方通行が急いでいる理由も、足繁く特定の人間の家に足を運ぶことも、友情の1つだと考えているのだろう。
「…あァ」
短く返事をした一方通行はエレベーターに乗り込み、1階の共有ホールに到着するとすぐにトイレの個室に駆け込んだ。
今日の『彼』の指示は、「女装をしたまま家に来ること」だった。
バッグから安っぽいセーラー服と花の形の髪留め、白いソックスと革靴を取り出すと、躊躇うことなく身に付けた。
空いたスペースに今まで自分が身に着けていた服を押し込み、個室から出る。
此処までで、彼の連絡があった時間から既に20分が経過していた。このままでは到底、彼の指定してきた時刻に間に合わない。
仕方なく首元の電極を操作し、ビルの間を跳ねて最短距離で彼の元へと向かう。
時間ギリギリで彼の学生寮にたどり着くと、ゆっくりとチャイムを鳴らした。
「……」
恐らく皆が寝静まっているだろう時間帯に、電子音が大きく響く。
学園都市第一位が女装をして夜に出歩いているなんてことが白日の下に曝されれば、どうなってしまうのか。
回転の良い自らの頭で幾通りもシミュレーションを行うが、何時も途中で遮られてしまう。
キィ、と言う小さな音を立てて、ドアが開く。
それから、部屋の主が満面の笑みで一方通行を招き入れた。
「時間ぴったり。上条さんは嬉しいですよー」
「……そォか」
誘われるままに玄関に入ってすぐ。
一方通行は上条から噛みつかれるようなキスを受けた。
右手は後頭部に。
左手は腰に手を回されてほんの少しの距離を置くことすら許されない。
「…ン、…ぅ…」
上条の歯は一方通行の唇を甘く咬み、舌は唇の形をなぞる。
思うように呼吸が出来ないために、一方通行の脳は少しずつ酸欠状態へと追い詰められた。
「……く、」
体重の大半を上条に預けているとは言え、杖で辛うじて身体のバランスを取っているような状態だった。その、杖を握っている手がわなわなと震え出す。
上条はキスを続けたまま眼を開けてその様を視界に入れると、彼の白く細い腰に回されていた手をプリーツスカートの中に差し込んだ。
「……っ、ぐ…」
びくりと一方通行の身体が強ばるが、そんなことは意に介さない。
ふと、上条は気付いたように手を止めて、唇を離した。
「…は、」
一方通行は予期せぬ解放に少し驚きながらも、酸素の確保を最優先させる。
息を整えようと空気を肺に押し込んだところで、上条の声が部屋に響いた。
「……なんで男物なんだ?一方通行」
その口調に、先程とは違う意味で一方通行の身体が強ばった。
恐怖に身を竦ませた、と言う方が正しいのかも知れない。
「…ァ、…その、…買え、なくて」
上条の、ただひたすらに真っ黒な瞳が一方通行を射抜く。彼の怒りを感じ取った一方通行は、もう身体の震えを隠すことが出来なかった。
女装と言うからには、恐らく下着も女性物でなければいけなかったと言うことなのだろう。
ただ常識的に考えて、年頃の少年である彼がショップで女性下着を購入するなどと言う行動をとれるはずがなかった。
通販なども同様だ。彼宛の荷物とは言え、誰に封を開けられるか解ったものではない。
なので今日は、通常彼が身に着けている下着のまま、セーラー服を着ていた。
「…はぁ」
大袈裟に吐かれた溜息にすら、脅えてしまう。当たり前だ。
彼の機嫌を損ねてしまえば、身の毛もよだつ『お仕置き』が行われる。
「…ご、めンな、さい。…ごしゅじン、さま」
彼の怒りを鎮めるために、一方通行は上条の望む言葉を口から吐き出す。
そこに学園都市第一位としてのプライドなど、残っていなかった。
ただただ、目の前の人間の逆鱗を刺激しないことにだけ、心を配る。
「仕方ないな」
上条は一方通行の身体を一旦解放すると、短いフローリングの床を歩きベッドへと足を運ぶ。
一方通行もほんの少し遅れて、それに追従した。
上条はベッドの前で立ち止まるが、一方通行は自分が何を行う必要があるかを知っているため、そのままベッドに乗る。
それから上条によく見えるように、下着をゆっくりと下ろしていく。
色気の欠片もないグレーのボクサーパンツが、ベッドの上に放り出された。
「…っ、はァ…、…」
一度大きく息を吐いた一方通行は、スカートのファスナーを下ろし、その白く細い手を侵入させる。
それから剥き出しになっている自分自身の性器に、ゆっくりと触れた。
空いた片手は胸を愛撫して、目の前の人間を欲情させるために動き回る。
「…ン、…ふっ、…ァ」
一方通行は慎ましやかな喘ぎ声を漏らしながら、自慰行為に没頭した。幹を扱いてから敏感な性器の先端を指の腹で擦れば、腰が抜けそうな感覚が彼を襲う。
ただ、絶頂に達することは許されない。
あくまでもこれは、目の前の彼の手を煩わせないために一方通行自身が行っている準備に過ぎないからだ。
上条は、静かにその様子を見つめていた。
「ふっ…ぐ、…」
とろりとした液体が一方通行の指に纏わりつくようになると、微かな水音が部屋に響き始める。
ここまで来れば、一方通行の絶頂はもう直ぐだ。性器から手を離すと、よろよろと上条に縋り付く。
「どうした?一方通行」
「…ご、…しゅ、じンさま、…ァ」
一方通行は、上条に何度も教え込まれた淫らな言葉を呟いた。
相手を挑発するためではない、相手に懇願するための、下品で、猥雑な言葉だ。
上条は漸く満足そうな表情を浮かべると、一方通行をベッドに貼り付けてのし掛かる。
身体が通っているだけのスカートを取り去られても、一方通行の精神はもう羞恥など感じなかった。
もう何度となく繰り返されたこの行為に、彼はとっくに抵抗する気力を失っていたのだ。
「…ン、…っ…」
甘い声を上げて、甘んじて彼を受け入れる。


一方通行が初めて上条に犯されたのは、つい一ヶ月前のことだ。
打ち止めと共に泊まりに来て。
男は風呂場、女はベッド、なんていう彼の言葉に従うままバスタブの中で一晩を過ごそうとしていた時に、無理矢理身体を暴かれた。
狭いユニットバスの中、薄い壁の向こうにいる彼女達に声が届かないように懸命に声を殺したことを、彼は覚えている。
拒めば拒むほど痛めつけられたので、頭の良い彼は早々に拒むことを止めた。


「ァ、う、いっ!」
腸の中を異物が出入りする度に、肺から押し出された空気が勝手に喉を震わせる。
一方通行は脳の中が焼け付くようなこの感覚を何度味わっても、慣れることはなかった。
異物が出て行くときは排泄に似た感覚のせいで恐怖と羞恥が彼の精神を蝕むし、無遠慮に進入してくるときは吐き気にも似た圧迫感と仰け反るような快感が背筋を這い上がってくる。
そんな感覚を絶えず与えられて、心が折れない人間など居るわけがない。
「う、ェッ…ァ、ぐ、…」
「…ん、結構、感じてる?」
上条はセーラー服のリボンを解き、ボタンを外す。前を開いてしまえば、充血して硬くなっている器官が2つ、白い肌に良く映えているのが見えた。
爪でそれを引っ掻いてやれば、また一方通行の身体が反る。
「…は、ィ。…かン、じて、ま…ァ、ンッ!」
問いに答えている途中で上条が腰を揺らすリズムを狂わせれば、簡単に一方通行も乱れてしまう。
真っ赤な眼を見開いて涙を溜めているその姿は、きっとどんな聖人君子であっても残忍なサディストに変貌させてしまうに違いない、と上条は思う。
「ほらここ、辛いだろ?自分で触っていいぞ」
背中に回されていた一方通行の細い腕をとり、彼自身の股間へと導く。
白いものが混ざり始めた先走りを彼の指に絡み付かせ、2人で一緒に性器を責めた。
「ァ、!?い、ィ、ぎっ!」
細い太股が引きつったかと思うと、子供のようにイヤイヤと首を振る。
耳まで真っ赤にして眼を閉じているので、余程刺激が強いのだろう。
だが、それでこの行為を止めてやるほど彼は優しい人間ではない。
「ほら、イッちまえ。あぁ、ベッドは汚すなよ?掃除大変だからさ」
無理難題を突き付けるが、これがクリアできなければ一方通行に待っているのはこれ以上の酷い責めだ。
「…ゃ、あ、…はい…ィ…!」
一方通行は口から垂れている涎や眼から溢れている涙を拭うことなく、震える両手で自らの性器を包み込んだ。
上条は、愉しくて仕方がない。
その、必要最低限の肉しか付いていない彼の白く細い腰を両手で掴むと、これまでにない激しさで突き上げた。
「…ァが、…ッ…!!」
数回抜き差しを繰り返した所で一方通行は絶頂に達してしまい、彼の指の隙間から精液が滲み出る。
上条も少し遅れて同じモノを内臓の中に叩き付けると、繋がっている処から、ぐぶ、と何かが逆流したような音が漏れた。
「…ァ、…あ、…ッ…」
一方通行はその何かを自覚すると、先程上条から言い付けられた、『ベッドを汚すな』と言う命令を懸命に遵守しようと後孔に力を籠める。
しかし、全くの逆効果だ。
「どうした?そんなに締めて」
「…せ、えき…、ッ!…今、中に、出した、奴…!」
「それが?」
普段は真っ白な彼の顔が、これまで以上に赤く染まる。
プライドの高い彼にとって、それを垂れ流してしまうなどということは耐えられない恥辱に違いない。
上条は思い切り口元を歪めてから、必死に食いついてくる粘膜を引きずり出すように腰を引いた。
「う、ァ…!見るな!見ンなァ!見ンなァああ!!」
ちゅぽ、と音を立てて上条が性器を引き抜くと、白い粘液が橋を作る。
それから直ぐに、空気が漏れるはしたない音と共に精液がボタボタとシーツに落ちた。
恐らく、律動の途中で空気が入ってしまっていたのだろう。
一方通行は粗相をしてしまったと思ったのか、自らの精液で汚れた手で目元を隠して、泣き出してしまった。
「…ひっ、…ぐ、ェええ…」
しゃくり上げ、声も殺さずに涙を流すその姿は、酷く幼い。
上条は自分の嗜虐心が満たされるのを感じながら、一方通行の柔らかく白い髪を撫でた。
「泣くなって。今日はお仕置きしないから」
優しく言い聞かせるように言葉を吐くが、一方通行は泣き止まない。
こんなに酷く泣かせてしまったのは初めてだ、と上条は心の中で苦笑する。
「ほら、綺麗にしてやるから一緒に風呂入ろうぜ」
上条は顔を覆っている彼の手を外し、その綺麗な指に付着している粘液を舐めた。
「…弱いな、一方通行。お前ほんとに弱いよ」
くっくっと嗤いながら今度は優しく唇を重ねる。お互いの汗で湿った肌が貼り付いて、気持ちがいい。
「…ッ、…?」
何を言いたいのか、と彼の紅く潤んだ瞳が上条を見つめてくるが答えは与えない。


「(だから何処にも行かないで、こうやって俺の下で守られていれば良いのに)」
上条はただ、『学園都市第一位』や『超能力者』や『一方通行』などという彼を強がらせる理由を全て削ぎ落とし、ひとりの人間として彼を愛したかった。
彼お得意の困っている人を見捨てられないという感情と、今一方通行に対して抱いている感情は、酷く似ている。
「…ご、…しゅ……」
「上条、で良いよ。今だけ」
上条は一方通行の涙を舐め、今にも閉じてしまいそうな赤い眼を真っ直ぐに見つめた。
数回、酸素が足りない魚のように口を開閉した後、掠れた声が部屋に響く。
「か、み…」
「うん」
「…じょ、…ォ」
「うん」
よく言えました、と言わんばかりに上条が頭を撫でると、気持ち良さそうに眼が細められた。
上条から見て、彼は酷く不器用に見えていた。
涙を流すことも笑うことも、感情を素直に表に出すという行為自体が彼には難しかったらしい。
そして行き着いた結論はと言えば。

「(下らないことなんか考えられないように、壊しちまえば良いんだよな)」

お前は最強なんかじゃなく、弱い弱い人間にしか過ぎないんだ、と教え込む。
その為に、彼の全てを打ち壊す。
上条は一方通行とは正反対で、己の感情に従い真っ直ぐに突き進む傾向があることを自覚していた。
なので今行っていることに対して客観的な正当性が無いことも理解しているが、軌道修正を行うつもりはない。
彼自身が起こした行動は、偶々今まで良い方に周りの人間に受け取られただけなのだ。
「…一方通行」
「…ン…?」
一方通行は、今では上条に対して素直に感情を表している。
その根底にある感情が恐怖だろうが、そんなものはどうでも良い。
「もっともっと、泣いてくれ」

上条はただただ、彼の色々な表情を見たかった。








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スン↓マセーン↑企画
「闇9割くらいの上条さんに愛されちゃってる一方さん」
リクエスト有り難うございました!



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