一通目のメールは、「この前置いてったコーヒー、一緒に飲まないか?」

二通目のメールは、「最近うちの猫の具合が悪いみたいなんだけど、診てもらっても良いか?」

三通目のメールは、「テスト勉強見てくれ…頼む」

これらのメールは、ほぼ一日置きに俺の携帯から彼女の携帯へと送られていた。
要約すれば、『家に来ないか?』。
もっと下半身に沿った翻訳をすれば、『エロいことがしたい』になる。
そしてこのメールを受け取った彼女、一方通行は、簡潔に『わかった』とだけ返信を寄越して約束通りの時間に上条家へとやってくる。
コーヒーを飲んだり飼い猫の様子を診たり適当に勉強した後はもう、済し崩しだ。


「…………」
最初に彼女と身体を重ね始めてから約一週間。
最後に重なったのは、一昨日。
学校の昼休みに、弁当を頬張りながら今日の誘い文句を考えていた。
一通目のメールを送った時は、本当に謝りたかっただけだった。
ただ、訪れた彼女とずるずると時間を過ごすうちに本能の方が勝ってしまい。
彼女が拒否しないのを良いことに押し倒してそのまま行為に及んでいた。
正直、付き合っていないヒトとそう言うことをするのは倫理的にアウトだとは思う。
けれど、本能は倫理を軽く凌駕する。
今では、謝るために彼女を呼びだしているのか、それとも性行為をするために呼び出しているのか俺自身が判らなくなっていた。
「(…いや、あれからちゃんとゴムも付けてるし。優しく…うん、優しくしてるし。今日こそは)」
インデックスの帰宅が明日まで延びたため、部屋に一方通行を招くことが出来るのも今日が最後になる。
何度も自分に苦しい言い訳をするが、微かに残った良心がちくちくと胸を痛め続けていた。
空になった弁当箱を鞄にしまうと、ぐで、と机に寝そべった。
「(…気持ちいいんだもんなー、…あー、やりたい)」
食欲性欲睡眠欲。
これまで性欲は人並みか少し控えめだと思っていたのだが、酷い勘違いだったようだ。
今まで抑圧していた反動なのかもしれない。
彼女の体温。心拍。呼吸。
全てが身体に染み着いて離れない。
「(…もういっそストレートに伝えるべきか?いや、でも流石にそれは…)」
携帯に起動したメール画面には、一向に文字が入力されなかった。
うんうん唸っていると、頭上から声が掛けられる。
「どないしたんカミやん?元気ないみたいやなぁ」
「青髪」
女好きを自称する彼ならば、何かアドバイスでも貰えるかもしれない、と。回転の足りない頭で結論を出すと、身体を起こして頭を掻いた。
「いや、あの。知り合いのことでちょっとな」
「ちょっとて何?詳しく!青髪センセが悩める子羊を導いてあげるさかい、説明してもらおか」
青髪は勢い良く前の席に座ると、テンションを上げながらそんなことを言った。
「…おう」
彼の、予想外の喰い付きの良さに驚きながら、淡々と事情を話す。

誘われたとは言え、今まで友人だと思っていた女の子と性行為に及び、あまつさえ彼女が拒否しないことを良いことにほぼ毎日呼び出して性交をしている、と。

第三者的に俺がしたことを並べると、改めて非道な行いをしていると自覚した。
当初はふざけた表情を浮かべながら話を聞いていた青髪から、少しずつ笑顔が消えていく。
話を終えた頃には、珍しく眉間に皺を寄せ、神妙な顔つきになっていた。
「…で、そいつは悪いことだとはわかってるんだけど、」
「止められへんってことか…」
「…あぁ」
「うーん…」
年頃の少年ならば、誰だってエロいことはしたい。しかしやはりそう言うことは順序を踏まえることが大切なわけで。
不純異性交遊を否定はしませんが、計画的にしないとダメなのです。というスタンスの担任の元、健全な教育を施された俺達には難しすぎる問題だった。
「…なぁカミやん、いっこ質問」
「んー?」
ほんの少しの沈黙の後、青髪が口を開く。
「その人ってその子のことどう思ってるん?」
「…え」
ぐさり、と。
問題の根元をほじくり返すような質問が突きつけられた。
「好きなんやったら告白して付き合ってまえばええけど、何とも思ってへんのやったらきっちりケジメ付けなあかんのちゃうかなぁ」
宙ぶらりんは一番情け無いで、と一番最後に付け足した青髪は、ぐしゃぐしゃと俺の髪の毛を撫でて乱す。
「ぶ、なんだよ!」
「いやー、カミやんに彼女が出来たらええなーっていうおまじない。あと…」
髪を撫でていた手が放れ、青髪の両手が俺の頬に触れる。
「これはぶっちゃけ羨ましい僕からの餞別やー!」
ぐに、とかなり強い力で両頬が抓られた。抓りながらも、青髪は「大体こういう場合の具体名が出んのは自分自身のこと言っとるんや!」だの、「カミやんのエッチ!スケベ!変態!」だの好き勝手な言葉を叫んでいた。
結局俺自身の浅はかな考えなどとっくに見破られていて。
午後の授業が始まるチャイムが鳴るまで、その攻撃は続いた。
「(…どう思ってるか、なんて)」
そんなもの、答えはとっくに決まっている。



『話したいことがあるから、今日家に来てくれないか?』
今日のメールの文面は、そんな感じだった。
「(…やりたいから家に来てくれ、じゃねェだけマシか)」
猫だのコーヒーだの、妙な大義名分があったところで最終的にする行為に変わりはない。
それでも一番最初に比べて痛みはなくなったし、彼の気遣いも感じ取れるようになった。
ただ相変わらず彼は体力に任せた行いをとるので、こう連日続いてはこちらの体力が保たないと言うものだ。
「(……)」
しかし行為自体に嫌悪感は抱かない。
むしろ、彼の弱みを握ったような気がして少し優越感に浸ってしまう。
あの最中の切羽詰まった表情や声を知っているのは、きっと自分だけだろう、と。
「(…馬鹿か)」
いつもと同じ様にメールを返信し、手に持っていたマグカップの中身を空にしてしまうと、ソファから立ち上がった。



「で?」
夕飯も終わり、いわゆるゴールデンタイムと呼ばれる時間。
俺はテーブルを挟んで一方通行の真っ正面に座り、出来るだけ顔を引き締めた。
彼女は怠そうに頭を掻くと、缶コーヒーに手を伸ばして俺の真意を短く問うて来る。
「……えっと。お前に、謝りたくって」
「…ァ?」
「その、色々、ごめん!」
深々と頭を下げるが、俺の意図は彼女に伝わっていないらしい。
直ぐに、言葉が投げ掛けられた。
「…オマエに謝られる覚えはねェンだがな」
「いや、俺はお前に謝らなきゃいけないんだ。…その、俺の我が侭でこういう関係になっちゃったこと」
今日はテレビを消しているため、二人の声を邪魔するノイズは存在しない。
彼女の、凛とした声が部屋の中に響いた。
「最初に誘ったのは俺だ」
「でも、2回目からはずっと俺が誘ってた」
「借りがあるってンだろォが」
「だからって、それで俺がお前を…その。好き勝手して良いって理由にはならねえよ」
彼女との、落としどころが見つからない押し問答が繰り広げられる。
顔を上げると、少し苛立った様子でコーヒーの缶を指先で撫でていた。
「…借りがあるって言うけど」
「ン?」
「お前は、借りがあったら誰とでもこういうこと出来るのか?」
「………」
一つ。
俺達のこれまでとこれからを区別するために大切なことを彼女に確認する。
彼女は少し黙った後、スチール缶を握り締めた。
みしみしと、金属が軋む音が聞こえるような気がした。
そして。
「当たり前だ」
本当に短い言葉だったが、彼女の中で確実に苛立ちが怒りに変わったのがわかる。
長い前髪の隙間から紅い眼を覗かせて怒るその表情を見た俺は、とても綺麗だな、と思った。
そして確認が出来た俺は、胸の中に準備していた言葉を吐き出す。
「でも俺は、そんなの嫌なんだ」
なんて我が侭な言葉なんだろうと自分でも思う。ただこれが俺の正直な気持ちであり、嘘も誤魔化しも一切含まれてはいない。
「お前のああいう所とか、全部俺だけのものにしたい。だって、」
一度言葉を区切り、息を吸う。

「お前のこと、好きだから」

暫く、部屋の中を沈黙が襲った。
一方通行は目を閉じ、眉間に皺を寄せると舌打ちをした。
それから、本当に苦々しげに言葉を吐く。
「…オマエが、俺の話をこれっぽっちも聴いてねェのは良くわかった」
「…勘違いなんかじゃねえよ」
否定の言葉を吐かれたのが何だか悔しかったので、反論をする。
すると一方通行は更に口の端を歪めて、言葉を投げ掛けてきた。
「どォせオマエのことだ。初めてだから運命だとか責任だとか思ってンだろ?くっだらねェ」
「違う!!」
語気を荒げると、一瞬だけ彼女の動きが止まった気がした。
彼女を怯えさせるつもりなど、無かったのだけれど。
「…確かに、先にこういうことになっちまったけど。俺の、お前と一緒にいたいって気持ちは、責任とかそんな義務みたいなものじゃない」
少し声を抑えて、自分の気持ちを真っ直ぐ素直に一方通行にぶつけてみる。
彼女の紅い眼も、怖じけることなく真っ直ぐにこちらを睨み返していた。
これではロマンチックな告白などではなく、まるで喧嘩の売り合いだ。
ただ、俺は一歩も退く気はない。
一方通行も其れを察したようで、諦めたように溜息を吐くと頭を掻いた。
「せっかく情熱的に告白して貰ってンのに悪ィがな」
悪い、なんて欠片も思っていなさそうな声を響かせながら、彼女は言葉を続けていく。
「俺ァ、オマエのことそういう風には見れねェ」
拒絶。
言葉の一つ一つが弾丸になって、ざくざくと胸の辺りを抉っていく。
死ぬかもしれない。
死んでしまった方が楽かもしれない。
それくらいに胸の辺りが痛みを訴えたが、俺はまだ死ぬわけにはいかないので。
「…じゃあ、それでいい」
出来るだけ不自然にならないように頬を緩めて、笑った。
「俺が一方通行のことを好きだってことを、お前が知っててくれれば、それで」
諦めの悪さには自信もあるし、定評もある。
今はダメでも、いつか一方通行が俺の気持ちに応えてくれるまで、想い続けるくらいは出来るだろう、と、思う。
「………フン」
一方通行も何となくそれを察したのか、面白く無さそうに鼻を鳴らすと俺のベッドに移動して腰掛けた。

「ンで、今日はするのかしねェのか」

そして、俺の純情を思い切り揺さぶる発言をかましてくる。
「………へ?」
「何間抜けな声上げてンだ。それが用事だったンだろォが」
「え、あ!?」
一方通行が男らしく、豪快に、何の躊躇いもなく服を脱ぎ出すと、直ぐに白い肌と白い下着が視界に飛び込んでくる。
理性が目を逸らせ、と呟いても、本能が刮目せよ、と怒鳴りつけてくるのだ。
「す、ストップストップ!!」
これ以上は俺の理性が保たないと判断したので、既に上半身は下着だけになった彼女にジャージを羽織らせた。
折角今日は(と言うかお互いの気持ちがきちんと整理できるまでは)そういった行為をしないで置こうと心に決めたのに。
「何だ、やりたくねェのか」
「ばっ…!」
此方の葛藤など露知らず、一方通行はそんな言葉を投げつけてくる。
わなわなと唇を震わせてから、思わず本音を叫んでしまった。
「したいに決まってんだろ!!好きな子を大事にしたいという上条さんの気持ちを弄んで楽しいか!!」
下半身に逆らえない自分を情けなく思い、涙目になってしまう。
今現在臍の下辺りに血は集まり始めており、もう少しで今日履いているジーパンのファスナー部分を圧迫し始めるだろう。
「今まで散々腰振ってやがった野郎の言葉とは思えねェな」
「ぐっ…」
半ば嘲り笑うようにそんな言葉を投げつけられても、その通りなので全く反論の余地がない。
言葉に詰まっていると、一方通行は俺の胸倉を掴み上げて思い切り引き寄せた。
今までで一番近い距離で、彼女の紅い眼が俺を射抜く。
「頭ァ悪ィ癖に余計なこと考えてンじゃねェよ。お前はいつもみてェに、がっついてりゃ良ィ」
後、ほんの少しで唇が触れてしまいそうな距離だった。
そんな男らしい言葉に誘われるがままに、俺の心臓は跳ね上がる。
「…じ、じゃあ」

ごく、と唾を飲み込んで、今さっき彼女に着せたジャージをベッドに落とす。
「…お言葉に、甘えて」
「ン」
今すぐ押し倒したいという気持ちを何とか堪えて、一方通行を抱き締める。
腕の中に収まっている存在が、愛しくて愛らしくて愛でたくて仕方がない。
「なぁ、一方通行」
「ァ?」
彼女は俺の胸倉から手を離すと、その細い腕を投げ出した。
今更になって思い出したのだ。
俺達はまだ、キスも手を繋ぐこともしていない。
「…キス、したい」
勇気を振り絞るように言葉を吐くと、彼女はその唇を可愛らしく反らせる。
ほんの、一週間前のように。
「どォぞ?」
許可を貰った俺は、素直にがっつくことにした。
こればっかりはもう、我慢が利かないバカだと罵られても仕方がないと思う。






「……おい」
「んー?」
行為が終わった後の、気怠い時間。
揺らされすぎた腰は鈍痛を訴えており、鳴かされすぎた喉は少し涸れていた。
「惚けてんじゃねェよ。さっさと退け」
繋がったまま、上条は俺の上にのし掛かって動こうとしない。
俺の左手と彼の右手が指を絡ませあっているので、能力も使えない。
腹いせに脚で上条の背中を蹴りたくなるが、その振動が胎内を揺らすと第二ラウンドが開始しかねないので。
言葉でだけ現状の不満を伝えた。
「…嫌です」
「ァあ?!」
これまでこちらの言うことを素直に聞いていた上条からの反乱に少し苛ついて、声に怒気が混ざる。
しかし彼は全く怯むことなく、俺の髪に指を絡めて感触を楽しんでいた。
名残惜しそうに、と言う表現がぴたりと当てはまるような、そんな触れ方だ。
「今日は、帰したくない」
駄々をこねる子供のような言葉を、上条は吐く。
絡まった指先に力が籠もったので、本気であることは十分理解できた。
「どうしても帰りたければ上条さんの屍を乗り越えて下さい」
「……下らねェ」
借りがあると言う人間を、どうやったら殺せるというのだろうか。
結局、俺が彼を殺せないということを理解してそんなことを言っているのだ。
性格が良いのか悪いのか、判断に迷う。
「携帯寄越せ。連絡ぐれェ入れさせろ」
「おう」
俺が折れると、上条は身体を起こしてテーブルへと手を伸ばした。
密着していたせいで汗が溜まっていたらしく、不意の動きで出来た風が体温を奪う。
それから、身体の中から何かが抜けていく感覚。
「……っ…!」
「はい、携帯」
だらしない声を上げないように唇を咬んでいると、携帯電話を渡された。
溜息を吐きながら、携帯電話でメールを作成する。
こう言う時の連絡相手はほぼ100%芳川だった。黄泉川は理由をしっかり尋ねてくるし、打ち止めや番外個体は勘が鋭いので下手な言い訳は通用しない。
と言うか、乗り込んでくる可能性も捨てきれない。
「…なぁ一方通行」
「ァ?」
メールを送信し終えたところで、上条から声が掛かる。
「好き。すっげぇ、好き」
「…そォか」
素っ気ない返事をしたが、それにより彼がへこたれる様子は見られない。
全く、本当に自己中心的な人間だと思う。
「だから、こういうこと俺以外の奴とすんなよ」
「努力ぐれェはしてやるよ」

彼からの懇願を軽く受け流すと、少し顔を綻ばせながら俺の頬にキスを落とした。
この俺が身体を好きにさせる程借りがある人間など、一つの遺伝子から生まれた姉妹達以外には彼しかいないのだが。


その笑顔が何となく腹立たしかったので、黙っておくことにした。











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