掌の中にある、ボタンとスピーカーが付いた小さな端末を眺めていた。

この場所は、愛しの女性である滝壺の名前を借りて予約を取ったレンタルルームである。
あの夜。
魔術がどうのこうのという話を聞いた後、関係者全員で話し合いが出来る場所が必要だと言うことで日の目を見た。
黒夜の件でアカウントが停止されているかと思ったのだが、そんなことにはなっていなかった。
突然のテロ行為とは無関係と受け止められたらしい。
約束の時間の30分前に部屋に入り、ダラダラと携帯電話や雑誌で暇を潰していた時、ふと気付いた。
ポケットの中に、忘れられたように小さな機械が入っていた。
遠い過去のように感じられる、ほんの一月と少し前。無能力者の護身用として、リーダーがメンバーに配っていたものだ。
キャパシティダウン。
能力者の能力の源である自分だけの現実の構築を阻害し、能力を使用不可能にするものだ。
まだ実験段階のものを無理やり改造したものだったので、効果は定かではない。
何しろ、使う前に俺は色々なことに巻き込まれてしまったのだから。
かち、とボタンを押すと、甲高い音が聞こえる…ような気がした。
無能力者なりに、大切な人間を全ての害悪から守るための手段の一つ。
「(…俺。…ちゃんとあんたみたいになれてっかな)」
今はもういない、仲間のことを思い出す。
あの頃の俺は、まさかこんな状況に陥るなんて想像できていなかった。

思い出に浸っていた途中、がちゃ、とドアレバーが下がり、ドアが開く音で現実に戻って来た。
今日、ここに来る予定の人間は俺を含めて三人だ。
よりにもよって先に着いたのは、少し気まずい人間だった。
「…何だ?この音」
仲間を殺した男は部屋に入るなり眉間に皺を寄せた。
身体は病的に痩せていて、色素が抜けきった外見をしているため、一瞬同じ生物の同じ性別なのかと疑いたくなる。
顔自体は悪くない部類なのだろう。もう少し目つきが良ければ、間違ってナンパしてしまう自信がある。
「おい浜面。何なンだよこの音は」
問いに答えない俺にイラついたのか、第一位様は同じ質問をしてきた。
俺は機械が彼に見えないように掌で隠すと、数回強く押してボタンのセンサーを壊してしまった。
恐らくは、酷い音が部屋に響いているのだろう。
「音なんかするか?全然聞こえねぇけどな」
「………」
一方通行は納得が行かない様子ながらも、ビニール製の椅子に腰を下ろした。
俺と彼の間には、人二人分のスペースが空いていた。
共通する話題と言えば、まだ来ていないもう一人のことしかない。それ以外で俺と彼の関係を表すには、どうすれば良いのだろう。
一方通行は、駒場を殺しました。許さない。
一方通行は、滝壺を助けてくれました。有り難う。
貸しが一つに借りが一つ。これでフェアですね。色々水に流して仲良く手を取り合いましょうなんて甘ったれた言葉を、吐き出せるわけがない。
向こうもそれは同じようで、言葉を発することもない。
「…………………」
「……………」
無言でいればいるほど、泥のように汚い感情が降り積もっていく。
紛らせようとまた雑誌でも手に取ろうかと考えているときに、声が掛けられた。
「……俺のこと殺してェだろうが、オマエに殺されるワケにかいかねンだよ」
まるで考えを見透かされたようで、頭に血が上る。舌打ちをすると、がしがしと頭を掻いた。
「わかってるよ」
「そうか」
一呼吸置いて、更に言葉が続いた。
あぁ、こいつは案外よく話す奴なんだなぁ、と、他人事のように思っていると。
「俺を殺す奴はもう決まってるンでな。…俺の命以外ならオマエの好き勝手にしろ」
今日はいいお天気ですね、なんて世間話と同じような声色で、そんなことを言われてしまった。
三秒ほど、意味が分からなかった。
「……………」
目の前の男、一方通行の赤い眼が動いて此方を見る。全身白一色に染まっているのに、その眼だけが自己主張している。
彼の言葉を全て受け取るのであれば、彼なりに駒場の件について責任を感じていたということだろうか。
「……命以外、ねぇ」
唐突にそんなことを言われても、思い付くわけがない。
人間にとって命の次に重要なものと言えば。
「…………」
金、と答える人もいるだろう。
しかし相手は学園都市第一位。
月々に与えられる奨学金はきっと、俺の予想を超える金額のはずだ。
よって、金の要求だけではダメージを与えることにならない。
では、その次は?
「…じゃあ、取り敢えず服脱げよ。第一位」
足りない頭を使って出た答えは、『尊厳』と言うものだった。



レンタルルームの照明の下、第一位は真っ白な服を脱いで全裸でいた。
普段の生活において他人の裸を見るなんて、精々銭湯くらいだろう。妙な背徳感が感じられてしまう。
「…………で?」
一方通行は恥じらう素振りを見せずに、腕を組んでいた。
皮膚の薄い部分からは血管が透けて見える。
色素がないからだろうか、粘膜の部分は鮮やかなピンク色をしていた。
「…少しくらい恥ずかしがれよ。つまんねぇ奴」
「オマエも一回特力研で能力開発受けて来いよ、無能力者。大抵のことには動じなくなるぜェ?」
言葉に言葉を返されたので、次は手を伸ばして触れようとする。一方通行は何やら首の電極に手をやっていたが、そんなものは関係無い。
ひたり、と俺の右手が彼の左肩をを触ると、一瞬眼が揺らぐのが見えた。
何で、とでも言いたそうな。
それから俺は、予想外の収穫にほくそ笑んだ。どの程度有効かは疑問だったキャパシティダウンだったが、しっかりと仕事をこなしてくれたようだ。
「悪いな第一位。実は俺、嘘吐いてたんだ」
「…あァ?」
「この音。知らないって言ったけど」
外気で冷え、しっとりとしている一方通行の肌を確かめるように撫でると、笑いながら言葉を続ける。
「これ、俺の仕業なんだよ。キャパシティダウンっつって、名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「!」
一方通行は分かり易いほど警戒し、俺の手を振り解こうとする。しかし思い切り力を込めて、俺の手首程度しかなさそうな二の腕を掴み上げると、その整った顔立ちが歪んだ。
「さて問題です。能力に頼り切っていた第一位様は、アスリート並に鍛えている無能力者に腕力のみで勝てるでしょうか?」
以前は不覚を取ったが、今なら負ける気はしない。銃や爆弾なんてものも、この部屋にはない。
そして俺は携帯をジーンズのポケットから取り出すと、目の前にさらけ出されている裸体を撮影した。
「…何が目的だ?」
「別に。お前の鼻っ柱ぶち折ってやりたいだけ」
一方通行の髪を掴むと、無理やり跪く体勢にさせる。そして俺は椅子に腰を下ろして、緩く足を開いた。
「気持ち良くしてくれよ。どうやるかくらいは知ってるだろ?」
俺はなんて酷い奴なんだろう。
全裸の美少年に、口淫しろと強制している。でもまぁ、好きにしろ、なんて失言したのは彼の方なので。
罪悪感など全く感じない。
一方通行は眼だけでこちらを殺せそうな表情を浮かべると、俺のジーンズのファスナーに手を掛けた。
下着のスリットから俺の性器を取り出すと、汚物を扱うかのような触り方を始める。
細く、でも柔らかさなどない指の腹が、微かに震えながら幹の部分を撫でる。
「…おい、そんなんじゃいつまでも終わらないだろ?」
全員が集合するはずの待ち合わせ時間は既に過ぎようとしていた。
「早くしないと上条が来るぞ。見られたいんなら良いけど」
先程一方通行の裸体を収めた携帯電話の電話帳を操作し、上条当麻の番号を出す。
なんの躊躇いもなく、通話ボタンを押した。
数コール後に、慣れた声が聞こえた。
「もしもし上条か?お前今何してんだよ」
『悪い、浜面!ちょっとビリビリに絡まれちゃってさ。30分くらい遅れ…うわぁあっぶねぇ!!』
ビリビリ、と言うのが誰かは分からない。ただ電話の雰囲気から、トラブルに巻き込まれているというのは判断できた。
一方通行はスピーカーから零れる音を聞いて、安堵したような、追い詰められたような表情を浮かべていた。
何となくそれが気に入らなかったので。
「あぁ、了解。次からはもっと早く連絡くれよ?あと、面白い写真ゲットしたから、今送る」
『写真?わかっ…だから今電話中ですってば!落ち着いて下さいみさ』
何やら叫んでいる途中でぷつ、と通話が切れた。メールで写真を送信しようとする途中で、ぱしんと腕から携帯が払われた。
視線を移せば、一方通行が首を横に振っていた。
「…止めろ。三下には送るンじゃねェ」
「じゃあさっさとしろよ。あと30分であいつ来ちゃうぜ」
一方通行は本当に苦々しそうに舌打ちをすると、俺の性器を口に含んだ。
萎えていたものは刺激のせいで彼の口の中で体積を増して、舌や頬を圧迫する。
その無様な表情がはっきりと見えないのは惜しかったので、彼の白い髪を耳に掛けてやる。
「…ン、…ふ…」
息が漏れ、喘ぎに似た声が部屋に響く。わざと腰を浮かせて奥までくわえ込ませると、く、と喉が狭まるのがわかった。
えづいて吐瀉されてはかなわないので、悪ふざけはその一回切りにした。
「…ぶ、…」
先走りと唾液が混ざったせいで、一方通行の口の端には泡が立っていた。生理的な反応からだろう、目元には涙が溜まっている。
拙い刺激が心地良くて、滝壺もこんな感じなのだろうかと妄想する。
十数分後、俺は一方通行の鼻を摘んで口の中に射精した。






「悪い!遅くなった」
電話で話していた時間丁度に上条は現れた。かなり走ってきたのか、額には汗が滲んでいる。
「ったく、時間くらい守れよな」
「憎い…不幸属性が憎い…」
上条は防寒具を脱いで、学生鞄と一緒に椅子に置いた。
そしてふと気付いたように、
「あれ、一方通行は?」
と発言した。彼は生真面目に俺の遺伝子の塊を飲み込んだ後、服を着て部屋を出ていったのだ。
「あぁ、便所じゃねぇ?」
恐らく、トイレで口の中を洗っているのだろう。彼は何故か、上条に知られることを嫌がっていたから。
「そっか」
納得したような彼が椅子に座った瞬間、ぱき、という軽い音がした。
「「ん?」」
二人で疑問の声を上げて音の発信源を見た先では、キャパシティダウンが壊れていた。
スピーカー部分も壊れているから、もう役目を果たすこともないだろう。
「なんだ?」
「あー、それ俺のキーホルダーだ」
「えっ?!すまん浜面!」
どうやらいつの間にか床に転がり、上条が椅子に座ったときに踏んでしまったらしい。
「いーよ、どうせもう用済みだったし」
砕けた破片を集め、ゴミ箱に捨てていると、ドアが開いた。
一方通行が、立っていた。
自分がいない間に上条に何か吹き込むかもしれないと思って急いだのだろうか。
少し息が上がっていた。
「おっせェンだよ、この三下」
普段通りの態度でドアを閉めて、上条の横に座った。横と言っても、二人分程度のスペースは空いていたが。
「ごめんごめん、一方通行」
「それれ、今日はなンだって…」
一方通行は途中で発言を止めた。
俺の性器を愛撫していたせいで、舌と顎がバカになってしまったらしい。
そのまま確かめるように唇を指で撫でたかと思うと、そのまま何も発言しなかった。
彼は気付いているのだろうか。
その仕草は酷く扇情的で、隣にいる上条の視線が釘付けになっていることに。


その日は一時間程度で解散になり、その次からは一方通行は上条と一緒に来るようになった。
遅刻させないためという名目ではあったが。
「(…バレバレだっての)」
携帯に保存されている写真をパスワード付きのフォルダに写すと、携帯を上着のポケットにしまう。
駒場ならこんなことはしなかっただろうが、俺は駒場ではないし、きっと目指す必要もない。
欲しいものを手に入れるためと、大切な人を守るために善悪関係なく最良な手段を使うだけなのだから。
「はまづら、どうしたの?」
「いや、なんでも。つーかごめんな、いっつも部屋使っちゃって」
「ううん、はまづらの役に立てるんなら、私も嬉しいから」


「…そうか。ありがとう滝壺、愛してるよ」








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