記念日が終わる。
ここ数年彼にとって何でもない一日に過ぎなかったその日の夜、彼は事務所の仮眠室で身体を横たえていた。
時刻は二十三時三十分。比較的健康的な生活を送っている彼にとっては、夜更かしと言っていい時間である。
普段は事務員やプロデューサーが使っている布団は少し冷えていたが、すぐに彼自身の体温で温まった。室内は既に暗く、ドアを隔てた向こう側からは未だに楽しげな声が響いている。
ただ、それを煩いと思うことはなかった。なぜならあの馬鹿騒ぎは、彼の記念日を祝った後の二次会だからである。
「……」
もぞりと布団の中で身体を動かし枕元を見ると、本日彼に渡された贈り物が大小さまざまに積まれていた。
時期的にクリスマスと重なる為か、赤や緑の包装紙が目立つ。
「……」
そろそろと手を伸ばすと、サテン地のリボンが滑らかさを訴えてきた。いつまでも布団から手を出していると冷えてしまうので、そそくさと手を戻す。
皆、自分のことのように喜んでくれていた。
普段はそう言葉を交わさない他ユニットのメンバーも、口々に祝福の言葉を投げ掛けてきた。
プロデューサーからの指示で立ち上げていたブログやSNSにも、ひっきりなしに祝福のコメントが寄せられている。
彼。大河は突然大量に与えられた祝福に、脳の処理が追い付いていなかった。
十二月二十一日。それは彼の誕生日だ。彼は今日一つ年を取って、また大人への階段を一つ上った。
来年の今頃には十八歳になって、再来年には十九歳になって、その次には二十歳となる。
「……」
その事実に何となく、実感が湧かない。自分の思考がふわふわと浮いているような気がして、酷く落ち着かない。だから彼は、普段なら取ることのない行動に出た。
ほんの一メートルも離れていない場所で同じように身体を横たえている少年に、声を掛けたのだ。
「なあ、起きてるか」
静かな呼びかけに、微かな照明を反射する銀髪が揺れた。たっぷり十秒近い沈黙の後に、「……ンだよ」と不機嫌を隠さない声が届く。
「眠れないんだ」
「そォかよ。オレ様は眠い。邪魔すんな」
「なんだそれ。少しぐらい付き合えよ」
そんなつもりはなかったのだが、口を開けば喧嘩が始まってしまう。彼の声に普段より覇気がないことから、どうやら本当に眠いらしい。
少しの申し訳なさを覚えながら放った大河の言葉に彼はどう思ったのか。背を向けたまま、一度舌打ちをした後枕の位置を直した彼は何を言うでもなく、小さく息を吐いた。
それが『聴いてやるからさっさと話せ』と言う態度だと受け取ることが出来た大河は、ぽつぽつと小さな声で、頭で抱えきれなくなった感情を吐き出していく。
「今日、色んな奴におめでとうって言われたんだ」
「……」
「いっぱい、プレゼントも貰ったんだ。プロデューサーとか、円城寺さんとか、他にも、沢山」
「……」
「……別に、大したことじゃねえのに。誕生日なんて」
「……」
「大したことじゃねえ、って、思ってたのに。なんか、胸の辺りがザワザワして落ち着かねえんだ。なあ、笑うなよ」

「全部夢なんじゃねーのって、思う。目が覚めたら、全部無くなってるんじゃねーのかなって」

一度大きななくしものをした彼にとって、与えられた後に失くすことを想像するのは一種の自己防衛手段なのだろう。
大河の正直な言葉を譫言の一種だと聞き流していた彼は一度寝返りと打つと、暗い室内で視線を交わらせた。相談相手が突然そうやって動き出したことに大河が面食らっている内に白い腕が伸びて、指先が彼の頬肉を抓り上げた。
ひんやりとした、筋張った指先が案外容赦なく痛みを与えてくるので大河は眉を顰めて彼の手を離させた。
「……何すんだ」
「痛ェなら夢じゃねーだろ」
「そりゃな」
「っつーか、チビの癖に難しーこと考えすぎ」
「身長は関係ないだろ、今」
ふあ、と一度大きな欠伸をしたせいで、彼の瞳に涙の膜が張る。顎先まで布団に潜り込んだ彼は半分以上閉じかけた瞳をしながらも、大河の言葉に返していく。
「オマエ」
「うん」
「らーめん屋とか、あいつにモノ貰って、どーだったんだよ」
「……どう、って」
正直なところ、彼は自分自身の誕生日の存在などすっかり頭から抜け落ちていた。誕生日は誰かに祝われるもの、と言う概念すら忘れてしまっていたので、今朝、一番にプロデューサーからプレゼントを貰った時は正直驚きが勝ってしまった。
そしてその感情の整理がつかないまま沢山の祝福を与えられて、一応感謝の言葉を返したものの、どこか実感が湧いていなかった。
ただ、肋骨の内側ではずっとザワザワと何かが蠢いて。それは時間が経てば経つほど悪化の一途を辿っている。緊張やストレスとは違う、この違和感を、大河は自身の力で咀嚼することが出来ない。
少年は口籠ってしまった大河に助け舟を出すかのように。一度溜息を吐くと、小さく核心の言葉を吐いた。

「嬉しいとか、思わねーの。オマエ」
「…………あ」

酷く、あっさりと、納得がいった。
恐らく無意識のうちに、大河はプロデューサーや円城寺と言った年長者が自身の面倒を見てくれていることに対して、申し訳なさを抱いていた。
自分がもっとしっかりしていれば、彼らに迷惑を掛けなくても済むのに。探している彼らを見つけることも簡単だろうに。自分は『おにいちゃん』なのだから、もっとしっかりしなければいけないのに。
早く、プロデューサーや円城寺の負担を軽減させてあげられるような、人間にならなくてはいけないのに。
しかし今日、大河に祝福の言葉を与えた人物の中には一人もそんなことを言う物は居なかった。
大河タケルと言う名の人間を年齢相応の、十七歳の少年として扱い、片や自身の未来を重ね、片や自身の過去を重ね、嬉しそうに笑っていた。
そんな眩しい笑顔で祝われて嬉しくない人間など居るものか。つまりこの胸騒ぎは、表しきれなかった喜びだということだ。
彼は自身が口下手であることを自覚していた。ただしそれはどうやら他者に対してだけでなく、自身に対しても同じと言うことだったらしい。
大河の表情から問題が解決したことを確認した少年、牙崎は小さく鼻を慣らすと再び寝返りを打ち、今度は頭の先まで布団を被ってしまった。
対面で礼を言いそびれた大河は小さく声を漏らしたが、ここで言葉を飲み込んではこれまでと何も変わらない。
「…………サンキュ」
布団で耳を塞いでいる牙崎に届いたかは全く分からない。
だが先程までの原因不明のそわつきは名前を与えられて安心したようで。大河も布団を改めて被りなおすとゆっくりと瞼を閉じる。
今日と言う日を祝ってくれた、自分を支えてくれている人達にどのような言葉を返すか。そんなことを考えている内に、彼の意識は安らかに途切れていった。

翌朝。
枕元の包みが一つ増えていることに気付いた大河が牙崎に尋ねると、「昨日数え間違ったンだろ、これだからチビはよ」との悪態が返された。
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