「はー、終わった! お疲れさん!」
「気を抜くのはまだ早いぞ。公演はまだ残っているんだ」
「まあまあ、今日の分は終わったってことでいいじゃないですか。ね、道流さん、プロデューサー」
日付が変わった頃合の深夜の公園で、アイドルユニットDRAMATIC STARSの三人とTHE 虎牙道の一人、円城寺。それに彼らをプロデュースする男の五人は本日の仕事が終わったことに対して慰労の言葉を掛け合っていた。
「そうですね。皆さん、お疲れ様でした。今日は午前からタケルと漣くんが店舗で一日店長をするので、私はその付き添いに。皆さんは夕方からの公演に間に合うように、各自休息をとってくださいね」
「それ、師匠にそのまま返すッスよ。今回のイベント始まってから全然休んでないんじゃないッスか」
「いやー、それは……」
今回彼らがイメージキャラクターを務めているイベント、FreshGreenLiveは昼のイベントと夜の公演がそれぞれに開催される為、彼らのプロデュースを一手に引き受けている男は常にイベント会場の隅にいる。
時間拘束で言えば、確実にこれまで男が携わったどのイベントよりも長いだろう。図星を突かれた彼は眼を泳がせながら、伸ばしっぱなしで痛み始めた髪の先を指先に巻きつけた。
「それは聞き捨てならない情報だな。君が不摂生をしてどうする」
「だ、大丈夫ですよ! 円城寺さんが特製ラーメン差し入れしてくれますし、こうやって桜庭さんが気遣ってくれてるし」
男の言葉を信用できないと言わんばかりに、黒いフレームに囲われた黒い瞳がじとりと睨みを利かせてくるが、彼はそれを笑顔でかわす。
見かねた集団の一人、天道は男の背中をばしばしと叩くと、彼を心配する円城寺と桜庭に言葉を投げた。
「ま、プロデューサーがそう言ってんだから信じてやろうぜ。なんかあったらみんなで押しかけて看病してやりゃ良いんだし」
「いいですね。寮に来てもらってみんなで交代で看病するのって、楽しそうです!」
「柏木……」
公演前に体調を崩した人間が言うことではないだろう。と突っ込みを入れてやりたくなった桜庭だが、連日深夜まで続く公演からの疲れで上手く言葉を纏められない。
彼が眉間を押さえて苦々しい言葉を吐いたところで、不意に。彼らの和やかなやり取りを破るような着信音が響き渡った。音の出所は、円城寺が着用しているジーンズのバックポケットからである。
こんな深夜に電話を掛けてくる人間に心当たりの無い彼は疑問符を浮かべながらスマートフォンを取り出すと、画面を見て目を丸くする。
「……タケルだ。すんません、ちょっと」
頭を下げながら通話アイコンをタップした円城寺に、天道は気にするな、と手を振って返答する。
すでに初夏を迎えているとはいえ、深夜の公園は酷く肌寒い。昼間が暑いほどに晴れ渡っていたためになおさら、その差が疲れた身体に染みてくるのだ。
円城寺と通話相手。大河の会話はそう長くは無かった。数回驚きの声を上げた円城寺は最後に「お前さんは先に寝てろ。後はこっちでなんとかするから」と言葉を返し、通話を終了させた。
断片的に聞こえてきた会話の内容から察するに、良い報せでないことは明白だ。スマートフォンをバックポケットに仕舞い込んだ円城寺は、プロデューサーはじめ大の男四人に深々と頭を下げた。

「…………漣のやつ、寮に帰ってないみたいッス。自分が探して連れて帰るんで、皆さんは先に帰っててください」

「…………はぁ?!」
突然の申し出に対し、真っ先に反応したのは天道だった。続いてプロデューサーと桜庭が声をあげ、最後に柏木が穏やかに驚いたような声を上げる。
「か、帰ってないって? あの二人が仕事終わったのもう二、三時間前だろ?!」
「……二人は一緒に帰らなかったのか?」
「……今日、昼間にちょっとあって。別々に帰ったらしいッス」
「で、タケルが寝る前に確認したら、いなかったと」
「……はい」
「それは……大変ですね。早く探してあげないと。漣くんって、この辺りに詳しかったりします?」
「え、……いや。この辺りに来たのは多分初めてだと思うッス、けど……」
「じゃあ、まだ公園の中か、この近くにいるって考えても良さそうですね」
柏木からの提案と質問に円城寺は再び目を丸くする。彼がこれは自分たちの問題だから、と声を出しかけたところで、天道は再びその掌で円城寺の肩を軽く叩いた。
「そんな話聞いてほっとけるかっての。大体、普段はお前が一番年上だろうけど、こん中じゃ翼とおんなじ一番年下だぜ? 頼ったって罰なんかあたらねぇよ」
「……不本意だが。メンバーが欠けて公演に支障を来す事態は極力避けるべきだ。一時間までなら協力しよう」
「よーし! じゃあ決定だな。とりあえずここを一時間後の集合場所にして、公園の東西南北割り振るか。プロデューサーはここで待機でいいか?」
「いや、私も参加しま」
「待機だ。この視界の悪さでふらついて、転倒して怪我でもされたら迷惑だ。君はここで待っていろ」
「薫さん、心配してるって素直に言ってもいいと思いますよ。じゃあ、オレは北側を回ってみますね」
「曲解するな、柏木。……僕は西側を回ろう」
「んじゃ、道流と俺で南と東か」
ごくごく自然に、流れるように行き先と目的が決まった後は、行動するのみだ。桜庭と柏木は即座に行動に移ると、彼らから離れて夜の公園内へと姿を消していく。
中央に残された円城寺と天道。プロデューサーの三人は、園内の案内図を確認しながらほんの少しだけ、雑談をした。
「……ほんと、申し訳ないッス。こんな夜遅くに」
「まーだ言ってんのか。気にするなって、おんなじ釜の飯食った仲なんだし」
「さっき言ってた昼間の件って、具体的には何があったんですか?」
「…………それは、ちょっと」
設置されて大分月日が経過している案内図はところどころが色褪せていて、文字が掠れている場所すらある。
先行した柏木と桜庭の行き先に設置されている施設を指でなぞりながら質問をしてきた男に対し、円城寺は言葉を詰まらせた。ただそれだけで、天道と男は事情を察することができた。
理由あって、アイドル。彼らが所属するプロダクションはそんな言葉を売り文句に使っており、その中身に偽りは無い。それぞれ様々な事情と過去を抱えながら、アイドルと言う新しい生活を送っているのだ。
その『理由』を明らかにしている人間がいれば、ひたすらに隠している人間もいる。円城寺と同じユニットメンバーである大河はまさに後者で、彼の事情を知る人間はほとんどいない。
円城寺の反応から、彼はその事情を知っている。だが話を聞いただけの第三者が広めてよいものではない、との判断をしたのだろう。
そしてこの騒動の原因は、そこにある。
「……言えないなら無理して言う必要ねーよ。じゃあ俺は東側を回るから、道流は南側よろしくな」
「了解ッス。お二人とも、足元気ィ付けてくださいね」
「円城寺さんこそ。みんな、怪我だけはしないように」
男からの注意喚起に、天道と円城寺は同じタイミングで返事をする。幸いなことに今日は満月に近いので、明かりが少ない場所でも彼の姿を捉えることは簡単だろう。


集団から離れた天道は、注意深く深夜の公園を歩き回ることの恐ろしさを今になって思い知った。
もう少し暖かい季節になれば浮かれたカップル達の浮かれた行為を散見して夜の闇を吹き飛ばす力に変換できたと言うのに、桜の季節も終わった今、公園内に人影は無い。
綺麗に整備された歩道の両脇には鮮やかなアザレアが零れるように咲いており、盛りが過ぎた花はぼとりと地面に落ちている。
濃いピンク色の花は蜜を溜めることが有名で、幼い頃にその味を堪能した人間は多いはずだ。見渡す限りまっすぐ続く歩道上に人影を見つけられない天道は、その見事な花壇の列をなぞるように視線を動かしながら、周囲の情報を集めていく。
もう三十路を目前に控えた男が深夜の一人歩きを怖がるなど、臆病だと言う自覚はある。死者より生者の方が恐ろしいと味わった経験もある。
だがこんな時に限って、たまたま酒の肴にと借りたチープな心霊ビデオの再現映像が脳裏を過ぎるのだ。投稿された写真にあった、暗闇にぼんやりと浮かぶ白い影。
おどろおどろしいBGMと重々しいナレーション付きでテレビ画面に映し出された画像を思い出した瞬間、天道の視界の隅に、白い人影が映りこんだ。
「ぅわああっ!!?」
「………………ンだよ。うるせーな」
その人影は、歩道に設置されているベンチの上で横たわっていた身体をのそりと起こした。中途半端に街灯の光が助けになっているので、彼が赤い服を着て、ところどころ乱れた銀髪が光を乱反射してちかちかと光っている。
彼は突然大声を上げた天道を心底下らないと言いたげな目つきで睨むと、所在無さげに顔を背けた。そして天道は寿命が縮んだ実感を抱きながら胸に手を当てて、彼が探し人であることを確認する。
「ええと、漣、だよな?」
「他に誰がいんだよ」
「いや、いないけどな! 俺達以外は! ……ていうかお前、こんな時間までなにほっつき歩いてんだ。道流のやつ、心配してたじゃねーか。ほら、帰るぞ」
「……」
天道が手を差し伸べても彼。円城寺、大河と同じユニットメンバーである牙崎は、反応しなかった。ベンチの背凭れに体を預け、顔を背けたまま拒絶の意思を表している。
その子供じみた態度から、先程円城寺が言っていた『昼間の件』が影響していることは明白だ。これは説得に全力を尽くさなければいけないだろう。
天道は牙崎の隣に腰を掛けると、顔を背け続けている彼に対し言葉を掛けることにした。
「まどろっこしいこと苦手だから直球で行くぞ。何があったんだよ、漣」
「……!」
静かな。微かに聞こえる蛙の鳴き声や夜風で木々がさわついている濃紺の空の下で、銀色の髪が大きく揺れ、金色の瞳が天道を射抜く。
なぜ知っている、とでも言いたげな表情に彼はにんまりと笑いながら、ポケットから取り出したスマートフォンの画面を叩いた。
「さっき、電話があったんだよ。タケルから道流に。漣が寮に戻ってきていない、って。で、たまたま居合わせた俺らが捜索を手伝うことになったって訳だ」
「……」
「んで、プロデューサーが道流に訊いた。何があったのかって。でも道流ははっきりとは答えてくれなかった。アイツ自身が、口を挟める問題じゃないって思ったんだろうな。てことは、当事者であるお前かタケルに事情を聞くしかできねーわけだ」
「……」
プロデューサーに尋ねられた円城寺が嘘を吐くことなどできるはずがない。だがそれでも大河と牙崎の事情に配慮をしてくれたことについては、礼を言ってもいいのかもしれない。
牙崎自身、肋骨の内側にある感情を落ち着かせなければ、大河と顔を合わせることになる寮になど、戻れるはずが無いのだ。これまで様々な人間を見てきた天道にとって、そんなことを見抜くのは酷く簡単なことだった。
誰だって、話せば楽になることは多い。
だから天道は出来るだけ牙崎が話しやすくなるよう雰囲気作りを心がけた。いくら見た目や言動が常人離れしているからと言って、彼はまだ十八歳だ。
自分のことを話したがらない頑固者の相手への対応は、よくよく理解しているつもりである。無理に目を合わせる事もせずに、天道は言葉を続けていった。
「だからよ、教えてくれ。漣。全部じゃなくても大丈夫だから。な?」
「…………」
にへ、と目尻を下げる天道とは真逆に、牙崎の口角は下がる。何をどこからどう言ったらわからない、と、訴えているようにも見えた。
牙崎の反応から、諍いの理由が当事者である彼自身すら口に出来ないような事情が絡んでいるというこのなのだろう。真夜中の静かな公園で、妙な沈黙が続く。
その間に彼の金色の瞳は四方を泳いで、最後には舗装された歩道の上に落ち着いた。彼が俯いたことで銀髪がさらりと落ちて、表情を窺えなくなってしまう。
だが彼の唇が微かに動いているのを、天道は見逃さない。スマートフォンをポケットに仕舞うため、ほんの一瞬彼から視線を外した瞬間のことだった。

「…………関係ねぇ、って、言われた」

低く擦れた声で、沢山の情報を補足しなければならないような言葉が吐き出された。
「……」
だがこれまでのやりとりで、その言葉が誰から誰に向けられたものなのかなど、尋ねる必要も無い。そしてなぜそのような言葉が発せられる事態になったのか、想像も難くない。
結果として、その事態の中心にはもう一人の当事者である大河の事情が根深く食い込んでいるので、誰もが口を閉ざすのだ。
天道は頬を掻くと、自分の記憶にある大河という少年のことを思い出す。少し前に番組の企画でボクシングを始めることになった際、天道は彼に軽く指導を受けた。
彼は天道よりも早い時間にトレーニングルームに来ていて、彼の指導をしながらもその付近に持ち掛けられた映画の台本を空いた時間にずっと読み込んでいた。
多少口下手なところは確かにあったが、何事にも真面目に取り組む、今時珍しい硬派な少年だと思った記憶がある。
天道が差し入れにと渡されたお菓子を摘んでいるところを見つかった時は、その整った顔立ちでごくごく真面目に怒られた。だが賄賂として一つ差し出すと、少しだけ困ったような顔をした後に、ほんの少し表情を緩ませたのだ。
そんな彼が牙崎を突っぱねると言うには、確かに何らかの理由があるのだろう。だがだからと言って、彼らは、そんな簡単に一蹴して良いような関係ではないはずだ。
天道は腕を組むと、思った言葉を素直に口に出す。
「なんだそりゃ。タケルの奴、そんなこと言ったのか? 酷いだろ、それは」
「……っ」
大河の名前を出した途端、俯いていた牙崎は顔を上げて天道を睨み付けた。そして、続けざまに大きな声が響き渡る。

「オマエに、あのチビの何がわかンだよ!!!」

その大きな声が震えている理由が、天道にはわからなかった。だが、牙崎が大河を軽率に非難した天道に対し怒りを向けていることは、十分すぎるほど伝わった。
結局のところ、恐らくは。今回の諍いの中心である大河の事情に、牙崎自身は本当に『関係が無い』のだ。
だから大河自身からその言葉を突きつけられても反論のしようが無いし、追求することも出来ない。もしかしたら、円城寺が間に入って諍いを仲裁したのかも知れない。
だが、彼も恐らく心の隅では天道と同じ想いを抱いたのだろう。
「悪い、漣。うん、悪かった。ごめん。……けどよ」
少なくとも同じ事務所に在籍していて、同じユニットで喜怒哀楽をこれまで共有してきておいて。なおかつ、事務所に入る前からの繋がりがあると言うのなら。
天道は謝りながら。と言うよりも、宥めるように、言い聞かせるように、出来るだけ穏やかな声色で、鋭くこちらを睨み続けている少年に対し、彼の気持ちを代弁する。

「関係ねえってことは、ねえよな」

余りに簡潔な答えに毒気を抜かれたように、牙崎の眉尻が下がった。
しょっちゅう浮かない表情をしておいて、勝手に思いつめて、誰かに助けも求めることも出来ないくせに。心配してやってる、などと恩を着せるつもりなど、彼には爪の先ほども無い。
けれど。
「…………」
彼を沈ませる原因を知りたいと思うのは、悪いことなのだろうか。
牙崎の肋骨の内側は、訳の分からない想いでぐちゃぐちゃに絡まってしまっている。見えない原因を握りつぶすようにジャージの胸元を掴んだまま、彼は再び、静かに俯いた。
天道はそんな彼の背中に手を当ててやり、口元を緩ませる。そして彼の気が楽になるように、明るい口調で言葉を続けていく。
「……いやな、ウチにもいるんだよ。何かってーと『関係ない。』とか言う奴が。もー俺が心配しても知らぬ存ぜぬって感じでよー、関係ねーわけねーだろー? ここ何ヶ月かじゃ家族より一緒にいる時間長いっつーの」
天道の手に触れた牙崎の背中は、冷え切っていた。この肌寒い日没後の公園で一人、冷たいベンチの上で寝そべっていれば、誰だってそうなるに違いない。
「しょっちゅうケンカして翼にもプロデューサーにも迷惑かけてるし、俺は仲良くしてーんだけどなー。……ああ、でも最近ちょっとは柔らかくなって来たかも知れねーな。今日なんか俺たちと一緒に探してんだぜ、お前のこと。会ったばっかの頃なら考えらんねーよ」
自然の摂理に従うように、天道の体温は彼の背中を温めていく。
天道と桜庭も、彼らと同じようにしょっちゅう小競り合いを繰り返す関係だ。だが数ヶ月行動を共にすることで、確実に理解は深まっている、と、彼は思う。
「だからさ、タケルもきっといつか分かってくれるって。な? 本当に関係ないって思ってたらお前がいなくなったこと、電話してこないだろ」
二十歳を過ぎてから知り合った天道と桜庭と違い、彼らはまだまだ若く幼い。ましてや、極度に素直ではない少年と極度に口下手な少年の組み合わせならば、こう言った行き違いからのクロスカウンターも発生してしまうだろう。
けれどそれはきっと、彼らが距離を縮める為には必要な痛みなのだろう。天道は彼らの青臭さに思わず苦笑いをしながら、すっかり温まった牙崎の背中を軽く叩いた。
すっかり項垂れてしまった彼から、ぐす、と。何かを啜るような音が聞こえるが、あえて聞こえない振りをする。
「よし。じゃあ帰ろうぜ。もうすぐ皆と合流する時間なんだ。お前も帰るの遅くなって寝坊したら朝飯食う時間なくなるぜ。朝食を食べそこねたらチョーショックだぞ」
元気付けるついでに、得意の冗談を口にする。柏木はじめプロデューサーやファンからですらどうしようもないセンスだと言われようが、このポリシーを曲げるわけにはいかないのだ。
少し心を躍らせながら牙崎からの反応を待つが、彼は一度、手の甲で目の辺りを拭うだけだ。
「……あったかい布団に入って寝れば、疲れだってふっとんじまうぜ!」
「…………」
「落ち着くんなら、ホットミルクも良いかもな。ほっとする、なんてな!」
「……?」
繰り返される掛け合わせの言葉の違和感に、さすがの彼も気付いたらしい。月光の下、普段より少しだけ多い水分のせいで光を反射する瞳を大きく見開きながら、不思議そうな表情で天道を見つめてくる。
「あれ。面白くねーか?! 俺としては鉄板のギャグだったんだけどな……」
「……アンタらは、それが面白ェの?」
「…………まあな! この面白さがわからない奴もいるけど!」
というか、大半の人間からは呆れられるわ失笑を買うわの反応なのだが。牙崎にはどうやら、駄洒落を理解するという感覚が備わっていないらしい。
天道の虚勢にも見える反応をどう思ったのか。次の瞬間には瞳と口元が弓なりに反り、微かな笑い声が零れだした。
「く、はは。ははは。ンだよそれ、変なの。意味、わかン、ねーし」
「……。良いんだよ、意味とかそういうのは。ほら立って。でないと皆がこっち来るぞ」
泣いた烏がもう笑う、とはどう言った意味だっただろうか。天道は彼の笑顔を見ながらそんなことを思いながら、ベンチから立ち上がる。それと同時に、ポケットに仕舞っていたスマートフォンが震えたので手にとって見れば、プロデューサーからの着信である。
通話アイコンをタップした天道は牙崎の姿を視界の端で捕らえつつ、男にどう報告したものかと考えた。
「あ、もしもし。漣、いたぜ。今ベンチのとこでちょっと話してた。んで、ちょっと俺からの提案なんだけど」
いくら機嫌を直したとは言っても、元から色の白い彼の肌は赤みを直ぐに曝け出す。そしてその割には、なかなか引いてくれないのだ。
彼が泣いた痕を見れば円城寺は少なからず気にしてしまうだろうし、桜庭からは未成年に何をしたのかと痛くも無い腹を探られかねない。
なので天道は、四方が出来るだけ丸く収まるような策を提示する。
「俺、このまま漣のこと寮まで送ってくわ。道流には漣から連絡入れさせるし、桜庭と翼にはこっちから連絡入れようと思うんだけど」
『_____』
プロデューサーはああ見えて察しの良い男なので、なぜ天道がそんなことを言い出したのか、見抜いているのかもしれない。特に理由を尋ねられることもなくすんなりとOKが出たので、彼は男に別れと就寝の挨拶をした後、通話を切る。
続けざまに円城寺の携帯番号を着信履歴から呼び出した天道は、彼が通話口に出たことを確認し少し言葉を交わすと、牙崎と交代する。
スピーカーから漏れてくる円城寺の声は少し大きく、安堵しているような。怒っているような。尚且つ、彼に謝罪をしているような、不思議な声だった。
牙崎は天道と同じ帰路に着くことに対して不満を持っていないようで、天道が言った案をそのまま円城寺に伝えた後、「ン」と端末を差し出してくる。
お手数おかけします、ありがとうございます、と、まるで幼子を持つ親のような言葉を何度も掛けて来る彼に、彼は笑って、本日幾度となく彼にかけた言葉を、もう一度掛けた。
流れるように。柏木と桜庭の携帯番号を呼び出した彼は、現状を簡潔に報告し、謝罪する。柏木はともかく桜庭から特にお叱りの言葉が出なかったことは意外だったが、もう深夜の一時近くである。怒る体力も残っていなかったのかもしれない。
社会人にとって大切な要素である、報告連絡相談を全て済ませ、天道はスマートフォンを再びジャージのポケットに仕舞う。公園の四方に設置されている出口の場所を思い出しながら現在地と照らし合わせていれば、牙崎がのそりと腰を上げた。
脳内の地図と現在地の擦り合わせを終えた天道が行く先を指しながら歩き出すと、彼は無言でついてくる。
静かな夜の公園は二人分の足音が響くほど、静かである。寮までの道すがら、慰みに雑談でもしようかと天道が口を開きかけた瞬間に、牙崎の声がそれを塞ぐ。
「なァ」
「んー?」
「なんで、オレ様がここにいるの知ってたンだ」
「知ってたわけじゃねーよ。多分、ここからそう離れたとこには行ってねーだろって言う予想が、たまたま当たっただけだ。だから分かれて探したわけだし」
「……単なる運任せかよ。バカじゃねえの」
「まあ確かにな。正直、こん中にいなかったらどうしようかと思ってたって。手掛かりも無いのに誰かを探すくらい難しいこととか、そうそう無いからなぁ」
牙崎の問いかけに答えた後で、「もしやここはうん、と返事をするべきだっただろうか」などと下らないことを考え付いてしまった天道だったが、当の彼はそんな天道のことなど全く気にしていない。
彼の言葉が琴線に触れたことを、天道自身も気付かない。だから彼は、そのまま持論を並べていく。
「でもまあ、ほら。漣って目立つだろ? ここだとさ。だからきっと、手掛かりが無くっても見つけられたと思うぜ。まあ、時間は掛かっただろうけどな」
例えば夜空に輝く星。紺色の中の銀。良くも悪くも、牙崎の外見は人の目に強く刻まれる。言うなれば、彼の外見自体が手掛かりなのだ。
彼は比較的強い月光の下で青く染まった銀髪を指で撫でると、思いついたような言葉を口にする。
「目立った方が、探しやすいのか」
「? そりゃあな。たくさんの人の印象に残れば、それが目撃証言になるし。探す側は、それを辿ってけばいい」
「……そォか」
「?」
どうして牙崎がそんなことを尋ねてきたのか、天道には分からない。予想を立てることも出来ない。それでも彼は何かに合点が言ったらしく、再び歩み始めた。
先程までのように天道の後につくわけではなく。逆に、彼をリードするように力強く進んでいく。
「お、おい待て漣! 置いて行く気か?!」
「く、ははは! オレ様は目立つンだろ? だったら見失わねーように、ついてこい!」
「こんの野郎……!」
さっきまでしおらしく落ち込んでいたのに、なんという変わり身の早さだろう。決めた。明日道流とプロデューサーに言ってめちゃくちゃ叱ってもらおう。
もう三十路を目前にしているとはいえ、体力には自信があるほうだ。楽しげに、跳ねるように歩く牙崎を多少憎らしく思いながら。
天道は心の底から、安堵していた。

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