年が明けてまるまる二ヶ月と少しが経過した頃だ。流行疾患のニュースも徐々に鎮まり、代わりに花粉の飛散予報がテレビのニューストピックに上がるようになると、そこかしこの学校で卒業式が催される。
数ヶ月前。円城寺が所属するユニットにも卒業をテーマとしたドラマ撮影の依頼が持ち込まれ、メンバーである大河が主役として、そして牙崎がその相手役として取り上げられた。
慣れないながらに役を演じきった彼らがとても楽しそうに笑っていたことを、覚えている。春に放送されるドラマだと言うことで実際の撮影期間は真逆だったわけなのだが、それでも二人。特に彼は弱音一つ吐くことなく、あの傲岸不遜な態度を崩すことも、なかった。
「……」
そして今日は、そのドラマの放送日だ。
事務所ではプロデューサーや主演である大河。それに他のアイドル達が録画をしながらリアルタイム放送をテレビの前で心待ちにしているのだが、円城寺はその輪に混ざることなく、一人帰路に着いていた。
一緒に見られないことを残念がる彼らの態度に後ろ髪を引かれなかったわけではない。だが、どうしても彼は、彼の恋人が普段と違う表情を浮かべている様が他の仲間達に知られるのが我慢ならなかったのだ。
「……はあ」
誰も知らない二人だけの関係は、酷く清いものだった。
手は繋いだ。キスもした。だがそれ以上は、どれだけ彼から誘われても円城寺は頑なに、拒否の姿勢を貫いていた。
なにせ相手は未成年だ。色々な運が悪ければ円城寺の手が後ろに回る。
それに。
「……」
結局は自己保身なのだ。円城寺はまだぽつぽつと明かりが灯っている住宅街の隙間を縫い自宅へと向かう。
故郷より肌寒いとはいえ、元からの体温が高い円城寺にとって現在の体感温度は低いとは言えない。明日からはアウターを一段階薄い物に変えても良いだろう。
そんなことを考えながら。所々錆が浮いたアパートの階段を静かに上っていると、上りきる前に何かが彼の視界の端に映り込んだ。
それは学生服に身を包んでいて、円城寺家の玄関前に膝を抱えて座り込んでいる。階段の途中で足音が止まったことに向こうも気付いたらしく、そっぽを向いていた輪郭が少しずつ、円城寺へと向き直る。
「……」
「…………」
静かな夜に、穏やかな茶色の瞳と、揺らいでいる金色の瞳が確かに重なった。
彼は円城寺を見つけると立ち上がり。立ち尽くしている円城寺の側まで寄ると、持っていた紙製の筒で彼の首をそっとなぞり上げる。
「おっせェ」
「…………れ、漣?!」
円城寺が思わず素っ頓狂な声を上げると、うるせえ、という文句と共に筒が彼の脳天を叩く。さわさわと春を告げる風が吹く度に彼の銀髪が揺れて、円城寺の混乱は深まってゆくばかりだ。
どうしてここに。いつから。なんで。口をまごつかせている彼をどう思ったのか。銀髪の持ち主である少年、牙崎は円城寺が着ているジャケットの胸ぐらをひっつかむと、引きずるように家の前まで招き寄せた。
「入れろよ。せっかく来てやったんだから」
「そりゃ入れるけど! ……事務所にいなくて良かったのか?」
ジャケットから手を外させ、ポケットから鍵を取り出した円城寺は静かに鍵を開けながら。背後にいる少年の目を見ることなく問う。
だが。
「……オマエもだろ」
「……まあな」
言い返されてしまった円城寺はドアを開けると、先に牙崎を室内に招き入れた。当たり前だと言わんばかりに室内に入った彼はスニーカーを脱ぐと、卓袱台の前で腕を組み、仁王立ちのまま円城寺を睨みつけた。
「オレ様がなんで来たか、わかンだろ?」
「……」
テレビなど。他者の音声が紛れ込まない夜の借家の中はとても静かで。電化製品のモーター音すら聞こえてしまう。
やけに暖かい室内で問われた円城寺は答えられないまま、靴を脱いで、ジャケットを脱ぐ。
その態度に焦れた牙崎は大きな舌打ちを一度行うと、紙製の筒を彼に投げつけた。
「ほら、卒業してやったンだ。感謝しながらオレ様のこと抱けよ!」
「……」
この筒の中身を、彼は知っている。彼がドラマの中で与えられた役名が書かれている、偽物の卒業証書である。
クランクアップ記念に、と監督から渡されたもので、その場には円城寺も居た。そして彼が今着用している学生服も、その際に与えられたものなのだ。
とどのつまり彼は、子供だから抱けない、と言い逃れをしてきた円城寺に対し正面から勝負を仕掛けてきたのである。だがあくまでもこれは偽物で、本当の牙崎漣は学校など通っていないし、卒業もしていない。そもそも本当に18歳であるかも疑わしいのだ。
「……漣」
筒を拾い上げた円城寺の声に、牙崎の眉間に皺が寄った。
本当は彼だって理解しているのだ。こんなものは何の証明にもならないし、未成年であることに変わりはない。
子供のわがままと大人の理屈では、勝負にはならない。
「……ンだよ」
牙崎と円城寺の関係は、硬いようで酷く脆い。キスくらいならテレビのバラエティで罰ゲームとして強要されることもあるし、多少親しければ手を繋ぐことだってあるはずだ。
だから彼は、きちんと一線を越えて欲しかった。
大人は賢い生き方を知っているので、そうでもしなければ一時の悪ふざけだった、と言って逃げることだって簡単にできるのだ。
自分は彼の優しい手の中で調理される食材のように、原形が無くなるほど愛されたいと思っているのに、それが叶わないと言うことは、つまり。
「ガキ扱い、やめろ」
そう言った対象に見られていないと言うこと以外に、理由があるだろうか。牙崎は学生服を脱ぎ、中に着ていた赤いパーカーのファスナーを下げる。円城寺の穏やかな瞳が大きく見開かれるが、そんなことは知ったことではない。
スラックスを留めているベルトに手を掛けたところで、彼の動きを制するように、円城寺の手が白い手首を掴み上げた。
牙崎より一回り大きな掌は暖かくがっしりとしていて、しっかりと彼を掴んで放さない。真意を確かめるように円城寺に向き直れば、照明を背負った彼の顔が、牙崎の瞳に映り込んだ。
「……お前さんの気持ちは、よく、わかった」
普段は決して見ることができない、真剣な眼差しがそこにある。
真剣なだけではない。その奥に潜む想いを彼が察する前に、言葉が紡がれる。
「自分で言うのもなんだけどな。……重いぞ、覚悟しろよ」
「…………」
つまり、彼は今、牙崎の想いに応えると言い切った。
意識せずにこぼれた笑い声を殺しながら、彼は軽口を叩いてやる。
「ンなこと知ってる。痩せろ」
「……そう言う意味じゃないっての、全く」
そう言って困っているような声を上げたところで、今更止まることはない。何せ円城寺とて二十代の若者なのだ。
最近は体を動かす仕事が回ってきていないので、体力は十分に有り余っている。懸命に背伸びをした可愛らしい恋人をめちゃくちゃにするくらい、簡単だ。
「漣」
「ンだよ」
「こっち向いて」
円城寺の低く甘やかな囁きに、牙崎は素直に従った。細い顎先を上げれば、それを導くように暖かな手によって固定されて、次の瞬間には唇が重なった。
これまではそれで終わりだったが、今日は違う。唇の隙間からぬるりと舌が挿し込まれ、その質感に牙崎の肩がびくついた。近すぎて焦点が合わないので、役目を果たさない瞳は閉じられる。そのために視覚以外の感覚が研ぎ澄まされて、滑った粘膜同士の触れ合いにすっかり溺れてしまう。
すぐ近くに感じる息遣いと、覚えのある優しい匂い。
口の中を隅々まで舐られているうちに嫌でも体温が上がり、下腹には血が集まっていく。
円城寺は牙崎の滑らかな髪を指で弄びながら幾度と無く角度を変え、唇の感触を、彼の反応を楽しみ続ける。
普段の態度からは考えられないほど初々しい反応が彼を飽きさせないのだ。
ずぶずぶとぬかるみに足を取られていくようで、それが恐ろしく心地良い。唾液を絡ませながらじっくり触れ合った数分後に唇を離すと、酸欠からなのか。すっかり頬を赤く染め上げた彼が視界に映り込んだ。
「……布団敷くから、ちょっと待ってろよ」
「…………」
円城寺の言葉に、彼は首を縦に振った。
その素直で可愛らしい姿に、彼の心に火が着いた。


「ァ、……」
円城寺は牙崎を馴染みのある布団に押し倒すと、優しく穏やかな愛撫を始めていった。勢いに任せてめちゃくちゃにしてやりたい気持ちもあったが、初めてくらいは優しくするのが大人としての振る舞いだろうと思ったのだ。
彼の髪に絡まると危ないので、彼の髪と同じ色のチェーンネックレスを外し、枕元に置く。それからシャツの隙間に手を差し込んで、指先で肌の表面を撫でてやる。
ステージ衣装で彼の肌を見たことはあるし、ライブ中に高まって抱きついたこともある。だが今の触れ合いほど、邪な気持ちは抱いていなかった。
割れた筋肉の溝をなぞりながら、彼の首筋に舌を這わせながら、円城寺は自身も高ぶらせていく。不意に牙崎の胸にある小さな肉の塊に円城寺の指が触れると、大きく身体が波打った。
「……」
その反応を確かめるように。円城寺は彼のシャツをめくり上げると、今度は明確に。両の手で両方の肉の塊を指の腹で押しつぶす。すると今度は悲鳴のような喘ぎが彼の口から吐き出されて、反射的に仰け反った姿が非常に円城寺を煽ってくれる。
刺激を与えられた場所には血が集まって、触れていく内にどんどんと赤く腫れ上がっていく。それに比例して感覚も鋭くなった場所は持ち主の脳に快楽信号を送り続け、身体の内側をぐずぐずと溶かしてしまう。
「ぁ、あ、……う、っ、あ」
胸をまさぐる円城寺の手を制止するためなのか、それとも快楽を手放さないためか。牙崎の手も沿わされて、汗ばんだ肌の上で指先が絡み合う。
だが指先同士の触れ合いで満足できるほど、今の二人は清らかではない。円城寺は優しく指を解くと彼のベルトに手を掛けて、スラックスのファスナーを下ろす。
肌着の下ではすでに彼の根が熱を持っており、布地の上から触れるだけでひきつった声が漏れた。円城寺は根の形を確かめるように一度優しく撫でた後、彼の足の付け根へと手を移動させた。
その場所はすでに汗ばんでおり、じっとりと濡れた皮膚の感触が非常に、良い。太股の表面を、臀部との境目を。確認するように何度も優しく触っていれば、いつまでも肝心な場所に触れられないもどかしさを堪えきることが出来なくなった牙崎から、抗議の視線が寄越された。
「……焦るなよ。時間はあるんだから」
宥めて、黙らせるついでに優しく一度唇を食んでやると、彼の眉尻が下がり、小さく声が漏れる。湯通しした野菜のように萎び、脱力しきった牙崎の頬が可愛らしい桜色に染まった頃合いに、円城寺はようやく彼の根に触れる。
「ッ、!」
「ああ、すまん。急だったか」
急に与えられた快楽に全身を震わせた牙崎に謝罪の言葉を投げかけても、肝心の手の動きは変わっていない。それどころか肌着の中を乱暴にまさぐって、腫れ上がって敏感になっている先端に先走りを絡ませて、滑りを良くしてから苛めているのだ。
にちにちと、粘液と空気の混ざる音が室内に響いて、生臭い香りが狭い布団の中に立ちこめる。
他者に局部を触れられることに慣れていないことが、その反応ですぐに判別がつく。浅く早い呼吸の中に短い喘ぎが混ざり込んで、腿がひくひくと戦慄いている。
競り上がってくる生理反応に唇を震わせながら耐えている姿は非常に、円城寺の欲を刺激してくれた。
「……無理しなくてもいいんだぞ」
「むり、……なんか、して、ねー、……し」
「そうか?」
「ぁ、……、っ」
彼の言葉を信じた円城寺が少し手に力を込め、牙崎の根の先端を握り込むと、細い顎が仰け反りひきつったような悲鳴が漏れる。
あまり焦らしても気の毒だと思った円城寺はそのまま手の動きを早め、彼を追い詰めることにした。その手の動きに合わせるように途切れがちな涙声が響くが、彼は動きを緩めない。
案外、焦っているのは自分自身なのかもしれない。
「ら、め、や、……っ、……!」
無理矢理快楽を与えられることに慣れていない彼の声には、恐れが少なからず含まれていた。手の中でひくついていた根は直後に弾け、遺伝子をぽたぽたと吐き出した。
ふわりと香る青臭さに、円城寺の本能が煽られる。
「……脱がすぞ」
浅く早い呼吸で余韻から抜け出そうとしている彼の返答を聞く前に、すでに皺だらけになってしまったスラックスと肌着を彼の腿までずり下げた。
「ァ」
反応が遅れた牙崎は金色の瞳から涙を溢れさせながら、抵抗する間もなく衣服を剥がされる。彼の泥で汚れた指先は彼自身の、本来ならば排泄するための場所に塗りたくられ、潤滑材として使用された。
ぬるりとした円城寺の太く逞しい指は遠慮もせずに。直後に彼の中へと潜り込んで、ひくついているな内部を擦りあげていく。
「っ、ぁ、あぅ、っ、は」
身体の内側を圧迫されて、息苦しさを感じないはずがない。だが興奮から感覚器が壊れてしまっているのか、予想よりも心地よさが勝つ現状に、牙崎の理性はとろとろと溶け始めた。
比較的すぐに一本では足りないと言わんばかりに解れた後穴を満足させるため、円城寺は指を増やす。するとその場所は喜んで、彼をあっさりとくわえ込む。
「…………漣」
「ぁ、あ、……、ン、だよ」
「慣れてるんだな」
「……、は、ァ?」
身体の中を探られてい最中に掛けられた言葉に、牙崎の喉からは間抜けな声が漏れる。だが掛けた本人の表情は酷く真面目で、どこか、不機嫌なようにも見える。
「こんなにあっさり、入るもんじゃないだろ。普通は」
「っ、そ、れ……は、ァ、ちょ、ま」
「……んー?」
根本まで埋め込まれた円城寺の指は牙崎の出口をぐにぐにと開き、中のぬるついた粘膜を解して回る。その指の動きに少しの乱暴さを感じた牙崎は彼が嫉妬していることを察したが、真実を言うには与えられる刺激が強すぎた。
ごりごりと弱い場所を探られると、それだけで彼の根は再び熱を持ち、先端から先走りを垂らし始める。
それでも何とか理性を保った彼は、震える呼吸をなんとか整えながら、察しの悪い彼に言う。
「ちっ、が、……オマエが、してこねー、から」
「から?」
「……! 言わせンな!! バァーカ!!」
山より高い自尊心を持つ彼にとって一人で遊んでいたなどという事実は、口が裂けても言えるはずがないのだ。
円城寺は首元まで桜色に染め上げた可愛い恋人の表情から最悪の想像を免れたことに安堵すると、再び彼の中をまさぐる指に激しさを増す。
ぐちゅりと。空気が混ざる下品で派手な音がしてから、牙崎のしなやかな脚がひきつった。
最奥の柔らかなしこりを指で突かれる度に腫れ上がった先端からは先走りが溢れ、牙崎は掠れた悲鳴を上げる。
「ぁ、あ、ァ、あー……、ーー……っ」
これ以上は受け止めきれない。そう言外にこちらに伝えてくるように、彼は首を横に振った。銀髪が乱れて絡まっているので、円城寺は空いた手で優しく撫でつけてやる。
熱はとっくに彼の脳髄まで伝わっているようで、撫でた髪は酷く、熱かった。
「……漣」
「ぅ、……っ、あ、あ」
もう下拵えは完了したと言っても良いだろう。彼は全身を震わせながら、虚ろな表情で次に訪れるだろう刺激を心待ちにしているのだ。
円城寺とて、ジーンズの中身がはちきれそうなほどに熱を持っているのがわかる。牙崎から指をぬるりと引き抜いた後、彼は自身の衣服を乱した。
衣服という邪魔が無くなった彼の根は持ち上がり、逞しく割れた腹筋についてしまいそうなほどに反り返っている。それを目にした牙崎の口からは、唾液が漏れた。
「ら、めん、や」
「うん。もうちょっと、な」
半端に乱した牙崎の肌着とスラックスを完全に脚から抜いてやり、腰の下に枕を入れる。そうでもしなければ、身長差と体格差のせいで彼に酷く、負担を与えてしまうからだ。
乳児のおむつを取り換えるように腰を上げさせれば、先ほどまで指で弄ばれていた彼の後穴が刺激を求めてひくついている様がよく見える。
円城寺は数度先走りを入り口に塗り付けると、腫れ上がった先端を少しずつ、彼の内部へと侵入させていった。
「……ァ、あ、あ。あー……、ぁ……」
一番太い場所を飲み込んで。それからは幹がずるずると内壁を擦りあげて、根本でまた細くなる。指よりずっと大きな体積を埋め込まれ、内臓を圧迫されて、普通であれば吐き気がこみ上げてくるはずの異物感は、今の彼とってはこれ以上ない快楽だった。
「お、全部入ったな。えらいぞ、漣」
「ぁ、あ、……あ……」
細かく痙攣する牙崎の後孔はいやしく円城寺の根に喰らい付いて、その輪郭を憶え込もうとしている。だが当の本人は既に強すぎる快楽でまともに言葉を発することが出来なくなっていた。
ただその表情は酷く嬉しそうに、緩んでいる。円城寺は圧し掛かると、ひくつく彼の足を肩に乗せて緩やかに律動を開始した。根によって無理に広げられた彼の粘膜は赤くなっていて酷く痛々しいが、その光景は円城寺の欲を煽る。
餌にがっつく犬のように。円城寺は牙崎の唇に喰らい付きながら腰を打ち付けた。汗で湿った肌同士のぶつかる音が、空気と粘液と混ざる音が。それ以上に、荒い呼吸と喘ぎ声が彼らの世界を支配する。
縋る場所を探すように彷徨った牙崎の手は円城寺のバンダナを掴んで外すと、癖の強い髪に指を絡ませる。お返しと言わんばかりに円城寺も牙崎の滑らかな銀髪に指を絡ませると、次の瞬間には唇よりも先に舌先が触れ合った。
安い布団は律動の度にずり落ちて、支えに置かれていた枕もずれてしまうので、それでも離さないと言わんばかりに、崩れ落ちた牙崎の脚が円城寺の腰に絡む。
揺れる視界に映るのはどこか余裕なさげにしている男の顔で。揺らしている側の視界に映るのは銀色の睫毛を涙で濡らしたまま蕩けた表情で見上げてくる少年の顔だ。
繋がっている下腹からは相変わらず痺れるような快楽が上ってきて、円城寺は改めて、自分が男であることを自覚する。泣かせたい。鳴かせたい。啼かせたい。彼の浮かべる様々な表情を、独占したい。
ファンに夢を与える仕事に就いている人間の思うことではないが、今この空間にいるのはただ身体を重ねている二人の人間だけだ。
円城寺が律動に緩急をつける度、牙崎の悲鳴にも緩急がつく。滴る汗が唇を濡らすと、思いがけない塩味に飢えがくる。満たすために喘ぎを漏らし仰け反っている白い喉に優しく喰らい付くと、切なげな息の中に嬉しそうな色が含まれた。
「漣。れん。れ、ん」
「ぁ、あ、っ。ィぐ、あ、あ、あっ」
何度も突き上げられ、抉られ、捏ね回された彼の身体の中はすっかり蕩けきってしまい、充血し敏感になった粘膜はそれでも円城寺にしがみついて離さない。
小波のように揺り戻しのある快楽に限界を迎えたのは、牙崎の方が先だった。
びくりと一度大きく身体を震わせ、真っ赤に腫れた根の先から透明な先走りをはたはたと零した彼は、腹筋を引き攣らせながら余韻に浸る。だが円城寺の律動はまだ終わらず、ぬかるみには変わらず熱が食い込み続けた。
その刺激に悲鳴が上がるも、円城寺とて久しぶりの快楽に余裕がない。抗議の声が漏れる前に彼の唇を塞いだ円城寺は、身体を密着させて彼の一番奥を抉る。
牙崎の瞳は大きく見開き、ぼろぼろと大きな涙を流すだけで精いっぱいだった。何せ情報を受け取る脳が、機能してくれていないのだ。彼が、その余りに強すぎる快楽の為に一瞬気を失いかけた頃。ようやっと円城寺も競り上がる熱を全て吐き出して、彼の身体の中を汚していった。
根の強張りを体内で感じながら、牙崎は止まった律動の余韻を味わった。荒い呼吸音と噎せ返るような汗の香りに包まれながら呆然としていれば、彼の髪を優しく撫でる大きな手があった。
その暖かな手は髪の次に彼の頬を撫でる。まるで猫のように、無意識的に、手に頬を摺り寄せた彼は、そのまま意識を落としていった。


「……」
安らかな寝息を立ててしまった牙崎の身体の後始末を終えた円城寺は、独特の倦怠感に襲われながら、枕元に置いてある時計に視線をやった。
時刻は午後の十時三十分である。大河と牙崎が出演しているドラマは最終回スペシャルと言うことで、午後十一時を少し回った時間まで放映しているはずだ。
牙崎を起こさないように神経を使いながらテレビの電源を点けた円城寺は、目的のチャンネルに合わせ音量を小さくする。薄暗い室内に映るテレビの光はそれでも十分眩しかったので、疲労している彼の目に染みた。
ドラマの内容は円城寺の狙い通り、クライマックスのシーンを映している。満開の桜の木の下。桜吹雪と青い空を背負い、穏やかな陽光を浴びながら役を演じているのは紛れもなく、牙崎漣と言う名の少年だ。
ヒロインに第二ボタンをねだられて、告白された後に、彼が返した言葉は。

『俺も、オマエのことが、好きだ』

ライバル視している大河が恋愛関係の演技は未経験であることを燃料として煽り立てた台詞ではあるが、なかなか板についている。例えば、円城寺の胸の内をざわつかせるくらいには。
その後の展開は円城寺の頭には入ってこなかった。
「……」
彼はこの演技を行った時、誰を思い浮かべたのだろうか。自分か、それともこれまでに想った誰かだろうか。
自分の都合で彼を物理的な距離を保っていておいて、それが無くなった途端これである。自分自身の独占欲の強さにほとほと呆れながら、ふと、脱ぎ散らかされた学生服に視線をやる。
その学生服は、第二ボタンが無くなっていた。彼の性格からして共演者に渡すことはないだろうと踏んだ円城寺は、汗で湿ったままの牙崎の銀髪を撫でる。
第二ボタンが学生達の忘れ形見のように扱われるのは、心の臓に一番近いからだ。既に彼の心も体も、一番奥まで手に入れてしまった円城寺には用のないものだが、何となく気に食わない。
彼が起きたら問い質してやろう。そして思い切り彼を困らせてやろう。ふ、と頬を緩ませ良からぬ企みを抱いた円城寺は、テレビの電源を落とした。
暗くなった室内では、窓が騒がしく揺らされる音が酷く響くことに気が付いた。恐らく今頃、外では春を告げる風が吹き荒れているのだろう。
つい先程までの、彼らのように。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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