一体どうしてこんなことになってしまったのだ。

牙崎の頭の中はそんな思いで一杯になっていた。
今彼はやたら広いベッドの上で、備え付けのバスローブだけを着用したまま胡坐をかいている。
いや、『彼』というには問題があるかもしれない。なぜならば、彼の白くしなやかな両足の間にあるべき男根は消え失せていて、その代わりと言わんばかりに肉の割れ目が存在しているからだ。
原因はわからないし追求する気もさらさらなかった彼はとりあえず「そのうち治るんじゃねーの」と笑いながらプロデューサーに報告し、ほんの暫くのオフを得た。
性別が変わってしまったといっても、極端に背丈が縮んだり胸が膨らんだりと言った変化がなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
多少厚着をして喉や手首と言った性差の出やすい場所を隠せば、華奢な男性として十分に通用するだろう。鍛えた筋肉が少し落ち、落ちた分ついた皮下脂肪で少し柔らか味の増した点だけは憎かったが、なってしまったものは仕方ない。
そんな前向きな性格の彼が次に思い至ったのは、『如何にしてあのチビを戸惑わせてやろうか』という悪巧みだった。
牙崎より一歳下の彼は同年代の他の少年達に比べて、随分とストイックな生活を送ってきている。その中で異性との交流などほぼ無かったに違いない。
慣れない異性の身体で彼の純情を弄んでやろうと思ってしまったのが、運の尽きだった。
―――もともと、牙崎は彼に身体を許していた。
だからその延長線で、いつもの通り。レッスンが終わった後の帰り、日が傾き昼と夜の境目が曖昧になった歓楽街の隙間を歩いている途中で、牙崎は彼の肩を抱いた。
『おいチビ、おまえ女抱いたことあンの?』
思い切り馬鹿にした態度を隠さずに耳元で囁けば、群青色の目が鋭く牙崎を射抜く。
『……オマエに関係ないだろ』
『あー?その反応だと無ェな?マジかよだっせ!かっわいそーだな、チビ!』
『……』
けたけたと笑う彼の挑発に、珍しく大河が苛立った。少し眉間に皺を寄せた彼が牙崎の腕を自分の肩から外そうとするが、案外素直に外れてはくれない。
そうしてもたついている間にも牙崎は明確に彼を目的地がある路地裏へと引きずり込んで、彼らの姿は人目から遠ざかっていく。そんなこんなで辿り着いたのは、ブティックホテルだった。
『仕方ねーしオレ様がオマエのどーてー貰ってやる。精々サルみてぇに腰振れよ?』
『……』
大河を自分の思うとおりに弄ぶ口実が出来た牙崎は、彼の変化に気付かない。適当な部屋の写真が嵌め込まれているパネル横のボタンを押し、部屋までの案内が表示されたところで大河が小さく何かを呟いたが、牙崎の耳には届かなかった。
部屋に到着した後、先に行動したのは意外なことにタケルだった。牙崎が私物を入れていたメッセンジャーバッグを預かると、
『先にシャワー浴びてこいよ』
と言ってのけたのだ。余りに自然な言葉に気圧された牙崎であったが、ここで動揺を表に出しては情けないとも思った。
『……先にはじめんじゃねーぞ』
『わかってるからさっさと行けって』
『……』
思っていたより、大河はずっと落ち着いている。拍子抜けしながら。勧められるままシャワーを浴び、備え付けのローブに袖を通した彼が部屋に戻ると、大河はベッドに座ってスマートフォンで何かを操作していた。
彼がシューティングゲームが趣味としていることは知っていたので、恐らくはそういった類のアプリなのだろう。水分を含んでしまった毛先をタオルで拭きながら様子を伺っていると、気付いた彼が顔を上げた。
『じゃあ俺もシャワーしてくる。寝るなよ』
『寝ねーよ、バーカ』
『そうかよ』
そんな甘さの欠片も無いやりとりを交わした後、牙崎はベッドに腰を落ち着かせて現状を省みた。
ちょっと待て。なんであのチビはあんなにも落ち着いているんだ?
いくら身体を重ねた相手だからと言っても、こっちは身体が変わってしまっているのだ。普段とは違うシチュエーションに多少は動揺しても良いのではないのか。

「……」
牙崎はバスローブの襟を開き、隙間から自身の身体を覗き込む。たしかに華奢とは言えないし、かと言ってグラビアモデルのような豊満さもない。
彼らが普段目にするアイドル達のような、女性としての魅力が備わっているかといえば、イエスとは言えない。
「………………」
どこか気恥ずかしくなった牙崎だったが、今更後に引くことなど出来ない。乾いた銀髪に指を絡めていれば、シャワーを終わらせた大河が浴室から戻ってきた。
肌に残っていた水分を粗方拭き取った彼はバスタオルを適当な場所に置くと、ベッドの上にいる牙崎に視線を向け、声を掛ける。
「待ったか?」
「別に」
「じゃあするか」
「…………ン」
大河は備え付けの寝具を身に着けてはおらず、普段と変わらないタンクトップとジャージと言う出で立ちだ。それすら、まるで自分だけが意識してしまっているような現実を突きつけられるようで、牙崎は焦りから冷や汗を浮かばせた。
大河は彼のそんな思いに気付くことなくベッドに乗ると、無遠慮に牙崎の髪に指を絡ませた。反射的に引いた彼の顎を引き寄せるとごくごく自然に唇を重ね、彼が普段と違う感触に戸惑うことも厭わずに普段通りのキスを続けていく。
男性と女性とでは筋肉量に差がある。いくら牙崎と言えその事実から逃げられるわけがなく、重なった唇の温度差に、白い肌にはそわそわと鳥肌が浮かんだ。
ひどく近い距離で相対する色の視線が絡むので、先に牙崎が目を閉じて触感だけに感覚を集中させる。嫌でも肋骨の内側が跳ね上がり、大河が身動きする度に起こる衣擦れがこれから何をされるのだろうか、と言う不安と期待を煽った。
何を、と言っても、交わりの手順などテンプレートのように決まっていると言っても過言ではない。生真面目な大河のことだ、例に漏れずその中から逸れることはないだろうと牙崎が高を括っていると、幼さの残る彼の指がバスローブの紐を解いた。
安っぽいタオル地はごわついていて、牙崎の色素の薄い皮膚を守るには少し頑丈すぎる。唇を離した大河は牙崎をそっと押し倒すと、肌蹴たバスローブの隙間から現れた肌に視線を落とした。
「……ほんとに変わったんだな」
「だから、そうだっつってんだろ」
「……オマエ」
胸の膨らみに引っ掛かっているローブも肌蹴させてしまうと、掌で掴みきれるほどの柔らかな肉の塊が露出した。牙崎が呼吸をするたびにふるりと揺れるそれに、嫌でも大河の本能が刺激される。
むに、と優しく掴むだけで、牙崎の身体は面白いほど跳ねた。金色の瞳には明確に動揺が現れていて、皮膚越しに伝わる彼の鼓動は酷く激しい。
「わかってんだよな、どういうことか」
「あ?」
「初めてなんだろ。一応着けるけどよ、そういう可能性だってゼロじゃないんだからな」
「……」
直接的な言葉を使ってこない辺りが彼なりの配慮なのだろう。からかおうと思っていた相手から真面目にリスクの提示をされると、自分の行動が愚かだと言うことを言外に言われているようで、腹が立つ。
売り言葉に買い言葉ではないが、ここで引いては牙崎の山より高いプライドに傷がつく。に、と口の端を吊り上げた彼は脚で大河の背中を蹴り、笑いながら言葉を返した。
「何ビビッてンだ、バーカ。オレ様が良いっつったら良ンだよ」
この言葉が、例えば彼らの保護者的な立ち位置にいる男の耳に届いていたならば、正しい意味で受け取って貰えただろう。しかし残念ながら、大河にそれ程の感受性はまだ備わっていない。
自分の気遣いを無下にされたと思った大河は少しだけ眉間に皺を寄せると、短く了承の返事をした。
それからはもう、遠慮のない前戯の始まりだ。
牙崎の首筋に顔を埋めた大河は鎖骨を甘く噛みながら、体幹と胸の境界線をそろそろと指の腹で撫でる。外気に晒された先端は既に充血を始めていて、ほんのり色濃く染まっていた。
肋骨の膨らみから腰の括れを確認するように優しく摩る度に牙崎の喉はひくついて、色気のない声が漏れる。
これらの流れは確かに、彼が男であった時に行われていた流れとそう変わらない。変わってしまったのは文字通り、牙崎の身体である。
大河の掌が、普段よりも熱く感じられる。逞しく感じられる。こんな身体の匂いだったか、と。少年独特の青臭い香りが牙崎の鼻につく。
触れられた場所から伝わる熱はじわじわと波紋のように伝わり、下腹部に溜まっていく。それは男の時とそう変わらない。だが、どうしてこうも意識がぼんやりとしてしまうのだろうか。
大河は余計な言葉を発することなく、黙々と牙崎の身体を暴き続けている。
先端をつんと尖らせた柔らかな胸を鷲掴みにすると、左右でやわやわと捏ね回す。それだけでなく、親指の腹でそれぞれの先端を擦ったり押し潰したりを繰り返して、一瞬とて同じ刺激を与えてくることがない。
「ぅ、あ」
弄ばれている胸が、強いて言うなら身体の中身が、熱かった。嫌でも顔に血が集まっていることが自覚できた牙崎は、自分の口から漏れる情けない声を殺すついでに手の甲で鼻から下を隠してしまう。
ふ、ふ、と。明らかに荒くなっている自分の呼吸が憎らしかった。牙崎が大河に視線をやると、丁度彼の股の間に手を挿し込んでいるところだった。
「下、触るぞ」
事前報告なのかそれとも注意喚起なのか。どちらにしても牙崎の返事を待つことなく、行為は続行された。薄い陰毛と肉の割れ目を指でなぞった大河は、既に溜まっていた蜜で滑りを良くし、陰唇を撫で上げる。
「…………!!」
未知の刺激に声にならない悲鳴を上げたのは、勿論牙崎だ。男の時であれば根が熱を持つことで自分が欲情していることを客観的に把握することが出来たのが、今は出来ない。
触れられて初めて、自分の身体がそこまで蕩けていたことを自覚して、突き付けられる。
滑った大河の指が微かな水音を立てながら陰唇を抓んで、割り開いて、皮に包まれている肉の芽をこりこりと押し潰した。その一挙一動の度に牙崎の腰は反射的に跳ねて、太腿はがくがくと痙攣する。
「あ、ぅあ、あひ、イ、あっ」
全身から力が抜けるせいで口を塞いでいた手は役目を果たすことを忘れはじめ、牙崎の目からは大きな涙がぼろぼろと零れ出した。
こんな強すぎる刺激は知らない。呼吸を整えてどうにか正気を保とうと試みるも、息を吸っている途中に充血し、すっかり敏感になった肉の芽をなぞりあげられれば呼吸は中断させられてしまう。
ぶんぶんと首を振って快楽から逃れようとしても、大河の空いた手は牙崎の腰をしっかりと掴んで離さない。奥から奥から溢れる蜜のせいで潤滑は良くなる一方で、少しずつ乱暴になる愛撫も全て快感に変換されて牙崎を襲う。
「やめ、ァ、や、あたま、おか、」
「嫌だ。誘ったのはオマエだろ」
すっかり火照った牙崎の身体は全身が汗ばみ、熱を持っている。吸いつくような肌触りを楽しみながらも陰唇を探る手を止めずに居れば、牙崎の太腿が大河の手を挟み込み、背中が浮いた。
彼が全身を震わせたと同時にじゅわ、と指先に感じる水分が増えたことを感じた大河は、彼が荒い呼吸のまま、意識を天井に彷徨わせている間に避妊具を探す。
強張ったままの脚を撫で腰を落ち着かせてやれば、牙崎は蕩けた表情で大河を見上げてきた。大河だけが知っている柔らかさの唇は唾液で濡れ、室内の照明を反射して光っている。涙で潤みきった瞳とて同じだ。
だらしなく開いた脚の間にある肉の裂け目は次の刺激を欲するようにひくついている。大河だって生物の三大欲求に従いたい年頃の少年である。勢いに任せてこのまま繋がってしまいたいと思わないわけではなかったが。それでは意味がない。
持ち前の精神力で昂ぶりを落ち着かせると牙崎の脚を少し開かせて、合間に身体を潜らせた。そして未だ熱の覚めやらない彼の裂け目に再び指を這わせ、入口を探る。
「ゥ、う、あ」
ほんの少し。指が沈む場所を見つけた大河は、そのままぬるぬると指を挿入した。これまで誰も受け入れたことがない場所は細かな襞で喰らい付き、その違和感から牙崎は再びか細い悲鳴を上げる。
指の行き止まりで固いしこりに触れた彼はそれが最奥だと確信し、狭い内部を解すように指を折り曲げた。
「ィっ!? あ、え、ァ?う、う、――――……っ!」
たった指一本だと言うのに、牙崎の全身は面白い程に強張って痙攣する。丁度尿道の真裏に当たる部分を指で押し上げれば、制止を求める悲鳴が部屋に響いた。
「っも、漏れ、も、……ンか、く、く、ん……っ」
強制的に与えられる尿意と快感に耐えられないのか、牙崎は震える手で大河の腕を止めにかかる。しかし挑発したのは彼の方なので、その責任は取ってもらうべきだろう。
大河は彼の懇願に耳を貸すことなく少しだけ指の動きを早めるついでに、真っ赤に腫れた肉の芽を優しく引っ掻いた。直後にこれ以上ないほど彼の目は見開いて、溢れた愛液は音を立ててベッドシーツに染みていく。
きゅう、と。膣内はきつく大河の指を締め上げて遺伝子を強請ってくるものの、指ではその役目を果たせない。締め上げが落ち着いた頃に大河はゆっくりと指を引き抜いて、避妊具の封を破る。
「ァ、あ、う、や、まだ、だ」
初めての刺激。初めての絶頂で言語機能がバカになってしまったらしい牙崎は眉尻を下げ子供のように首を振るが、大河とていい加減快楽を味わいたい。
根に樹脂製の皮膜をするすると装着した彼は、膨れ上がった先端を解れた牙崎の入口に押し当てた。
その熱と質量にびくついた牙崎はタケルの肩を押し戻しながら、ほんの少し取り戻した正気で彼に喰らい付いた。
「んっ、だよ、オマエ!」
「……何だ」
「なんで、そんな、慣れてんだ!!オレ様ばっか、こんな」
すっかり当てが外れてしまった牙崎は、赤く上気した顔を隠すことなくぎゃあぎゃあと喚きたてる。対する大河は冷静な表情を崩さないまま。少しだけ言いにくそうに口元を動かした。
「…………別に。女としたことないなんて、言ってないだろ」
「え」
ぎし。と音がしたかのように牙崎の動きが止まった。流石に言葉の選びが拙かったかもしれない。と言うか、いくら詰められたとしても今このタイミングで言うべきではなかったかもしれない。
「後で話す」
自分の失態から逃げる為、大河は牙崎の腰を掴むと自分の腰を押し付けた。膨れた根がずるずると牙崎の胎内を押し広げて行き、潤滑が足りなかったのか。ぷつりと何かが切れる感触がした。
「――――っ!!!」
衝撃の事実の直後に痛みで現実に引き戻された牙崎は、全身を強張らせ、肺から漏れ出た空気だけの悲鳴を上げる。大河は身体を倒すと牙崎の肩に顎を乗せられるほど密着し、彷徨っている彼の両腕を背中に回させた。
柔らかな胸の膨らみと鍛えられた胸筋が密着して、お互いの早い鼓動が伝わってくる。牙崎は無意識の中腕に力を込め、しがみつきながら呼吸を整えた。
大河は静かに。それでも興奮を隠さない呼吸を行いながら牙崎の頭を撫で、耳元で小さく謝罪した。
「……痛ぇだろうけど、俺も余裕ない。ごめん」
「っ、っ、ぐ」
身体の外側からの痛みなら、牙崎とていくらでも経験がある。しかし内側から圧迫されるこの痛みは、普段尻で営んでいる時ですら感じないもので。
だがここで気遣われるのは、酷く癪だ。
「っつ、に。ぜんぜん、いたく、ねーし」
震える涙声での強がりに、大河は安堵したようだ。すっかり汗で濡れた牙崎の銀髪をくしゃりと一度乱した後、ちゅ、と音を立てて彼の頬にキスを落とす。
牙崎の膣内は何度もひくつきながら、大河の根の輪郭を覚えようと喰らい付き、締め上げる。その拙さとぎこちなさに多少の痛みを感じつつも、大河は顔には出さず、ひたすら牙崎にキスをした。
瞼に。鼻筋に。額に。頬に。唇に。何せ大河は自覚があるほど言葉で感情を表すことを苦手としているので、こんな時どんな言葉で気遣ってやればいいのかわからない。
背中に回っている牙崎の腕から震えが止まった頃合いに、彼はキスを止めた。
「……動く、から」
ぼそりと呟いた言葉に牙崎からの返事はない。ただ、密着している彼の髪が擦れて音を立てたので、首を縦に振ったのだと受け取った。
大河は漸く訪れた甘い時間に我を忘れないように気を付けながら。ゆっくり腰を引いて、同じくらいゆっくり腰を推し進める。ずるずると襞が喰らい付いてくる感触に腰が抜けそうになるが、男としてここで負けるわけには行かない。
数度ゆっくりとした律動を繰り返した後は、徐々に速度を上げていく。濡れた肌同士がぶつかる音と、絡んだ粘液同士が泡立つ音。途切れがちに、悲鳴のような喘ぎが重なり合う空間は、まるで卑猥なライブ会場だ。
力強い一定の突き上げに、牙崎は脳まで侵されているように理性を崩壊させていく。臍の真下にある場所が悦びの悲鳴を上げていて、見開いている視界には火花が散って焦点を合わせることすら不可能だ。
とん、と子宮の入口を突かれる度に愛液がびちゃりと溢れて、臀部まであっさりと濡らしていく。
「ァ?あ、ぁっ、は、あ、あぅ、あっ」
牙崎は強すぎる快楽の波には逆らえず、壊れたスピーカーのように甘い声しか吐き出せなくなった。足の指先は可愛らしく丸まり、脚は腕と同じように大河に縋りつく。
見た目だけが豪華な安い造りのベッドが悲鳴を上げるほどの律動でも、牙崎は痛みを感じなくなっていた。正しく言えば、痛み以上の快楽と被支配欲が彼の痛覚を麻痺させてしまっているのだ。
「あ、は、ぁ、腹ン、中、すげっ。全部、……ぜん、ぶっ」
「……っ、ん」
大河は少しだけ身体を離し、喘いでいる牙崎の顔を盗み見た。涙と汗と、それらで貼り付いた銀髪でぐちゃぐちゃになっているものの、自分の手で乱れていると言う現実の為だろう。とても、可愛らしく見える。
例えばの話。彼の身体がこのまま戻らずに、尚且つ今お互いを隔てている無粋な樹脂に不備があれば。彼のこの表情を独占できるのはこの先ずっと自分だけだ。
突然浮上した仄暗い欲を次の瞬間に振り払った大河は、競り上がってくる熱の勢いに任せることにする。追い上げと言わんばかりに牙崎の胎内を抉れば、これまで以上の快楽に耐えられない彼の爪が、大河の背中に食い込んだ。
「っ」
「ぅ、―――っ、か、ひ、――……!」
背中の痛みから大河が背筋を伸ばせば、予期せぬところを抉られた牙崎からは再び悲鳴が上がる。反射的に締りの良くなった肉壁に絞り上げられた大河は、直後に熱を全て吐き出した。
数度、びくびくと痙攣しながら遺伝子を吐き出す根の感触は牙崎にも伝わった。律動が止まったにも拘わらず身体の熱は牙崎の意識を灼いていて、その心地良さに抗うことは出来なかった。
「……っ、はあ」
熱を吐き出したことで落ち着いた大河は大きく息を吐くと、未だ蕩けきっている牙崎の額にキスをした。
長く細い睫毛に縁取られた瞼はとろりと落ち始め、彼が疲労のあまり眠りの世界に旅立とうとしていることを物語っている。自分の事情を話すのは彼の意識がしっかりしている時の方が良いに決まっている。
そう判断した大河が子供を寝かせるように牙崎の頭を撫でると、瞼はすんなりと閉じられた。大河も熱が落ち着き始め、纏わりつく匂いや汗に違和感を覚えるものの。今はまだ牙崎と肌を合わせていた方が心地良い。
彼が目を覚ましたら、一緒に風呂にでも入ろう。そんなことを考えながら、大河は牙崎の柔らかで、ささやかな胸の谷間に顔を埋めた。


「……つまりは、まあ、そういうこと」
「ンだよそれ……」
数時間後。目が覚めた二人は仲良く並んでだだっ広いバスタブの中にいた。しかし牙崎は広い湯船の隅で膝を抱え、恨みがましい視線を大河に向けている。
取りあえず大河は、自分が過去に体験したことを正直に告白した。
タケル君って可愛い顔してるわね。女の人に興味ないの。おねーさんが教えてあげる。
彼はびっくりするような三段跳びの理論に巻き込まれ初恋を覚える前に経験を済ませてしまったことで、身体的な経験値は人より多かったのだ。
だからオマエも似たようなこと言った時、正直嫌だった。と嘘偽りなく言えば、牙崎はぐっと言葉を詰まらせる。
「っせーな。オマエがそういう顔してンのが悪いんだ」
「意味わかんねーよ」
心地良い温度の湯を肩に掛けながら牙崎の言葉に返し湯船の中で脚を広げると、その分牙崎が身を縮ませた。
赤らんだ膝に隠れている顔が湯に浸かっている部分以上に赤くなっている原因が大河には分からない。ただ、誤解を招く表現であったことに間違いはないと思った彼は、出来るだけ言葉を選んで、牙崎に言葉を投げた。
「けど、…………本当に、好きなやつとするのは、オマエが初めてだから。それじゃ駄目か」
「……っ!!」
少し憂いだ表情で、凛々しい顔立ちをした少年が牙崎にそんなことを言う。普段はバカにしているが、彼とてアイドルになることが出来るほど容姿が整っているのだ。
認めたくはない、惚れた弱みによるフィルターで多少は良く見えることを差し引いても、そんなことを言われてNOを言える人間がいるのだろうか。
「…………………………別に。どーでもいい」
自分の浅はかさで彼に不快な思いをさせてしまったと言うのなら、今回のような無体も多少なら目を瞑ってやらないこともない。
素直に謝罪が出来るはずもない彼も大河と同じように言葉を選んで選んで、最終的に残った色気のない言葉を投げつける。
少なくともマイナスではない意味合いの返答を受けた大河はほっと息を吐いて、安堵したように頬を緩ませた。
「そうだな。オマエの初めてが俺ってことはもう、変わりようがねーし」
「…………」
直後。最後の最後でデリカシーに欠いた発言をした大河の顔には、牙崎の照れ隠しによる温かな水飛沫が浴びせられた。
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