秋も深まり、昼夜の気温差から紅葉も見頃になったこの季節。どういった経緯かは分からないが、円城寺含むアイドルユニット、THE虎牙道は某県にある寺で十日間程度の修行体験を行うことになった。
豪勢にもメンバー一人につき一つ部屋が与えられ、行う修行は写経や座禅と言ったものだ。静かな環境の中、身体の外面より内面を豊かにするということは、確かにこれまでの彼らには縁遠い。
映画の撮影と言う大きな仕事が終わった後の、休息も兼ねたリフレッシュ期間のつもりなのかも知れない。
彼が信頼するプロデューサーの真意を予想しながら。綿で織られた作務衣に袖を通した円城寺は荷物を整理すると縁側に出た。
秋晴れの、高く澄んだ青空と対するように赤や黄色に染まった山々の景色は大変に素晴らしい。ほんの少し寒さを感じる程度の気温も、身体を動かしていればそう気にならない。
むしろ、このくらい寒い方が眠気でぼうっとすることもなく活動できるというものだ。
周囲の景色を楽しみながらひんやりとした板張りの廊下を歩いていれば、襖が開いている部屋が視界に入る。
「(不用心だなあ)」
襖の時点で防犯もなにもあったものではないが、こうも無防備に開けっ放されているとつい、気になってしまう。着替えの後は一度本堂に集合する段取りになっていたので、通りがかるついでだと思った円城寺はちらりと室内に視線をやった。
その。畳の部屋の真ん中では。和だとか日本らしさだとか。そう言った言葉からはかけ離れた外見の少年が着替えを行っていた。
「どうした? 早くしろよ〜」
こいつ襖開けっ放して着替えてたのか。思わず出かかった言葉を飲み込んだ円城寺は襖の傍に立ち少年に声を掛ける。
が。
「え…? いや…、……別に……」
それまでもたもたと着替えを行っていた少年の手が止まった。そして金色の瞳は所在無さげに円城寺の右手側へと彷徨い、色素の薄い顔はどこか薄らと赤らんでいる。
円城寺はそれで直ぐに事態を察知することが出来た。目の前の彼は作務衣の着方が分からなかったらしい。彼が気に入っている真っ赤なジャージの上に濃い青色の作務衣が乱れたままになっているのが可笑しくて、つい苦笑してしまった。
彼の高すぎるプライドが、「着方がわからない」と口走ることを許さないらしい。しゃーねえなあ、と一度頭を掻いた円城寺は室内に足を踏み入れると、ぐちゃぐちゃに絡まっている作務衣の紐を解く所から入った。
「ジャージの上から着てどうする。ほら、脱いで」
「全部か?」
「……パンツは脱ぐな」
円城寺が作務衣を一旦預かると、少年。牙崎は何かを恥じらうことも躊躇うこともなくジャージのジッパーを下げ、その白い肌を曝け出した。生来の色素の薄さと皮膚の薄さがあるのだろう、ほんのり肉の色が透けて、彼の肌は薄い薄い桜色をしている。
ばさりと音を立てて畳の上に放り出せば、彼は完全に上半身裸である。普段露出の多いステージ衣装を着用しているとは言え、今はそれ以上の面積を円城寺に晒している。
しかし彼の無自覚なストリップはそこでは終わらなかった。セットになっているズボンのウエストゴムに指を入れた彼はそのままずるりと下げて、普段は誰も見ることが出来ない白くしなやかな脚を露出する。
下着は丈の浅いボクサーパンツだった。余計な体毛らしいものも見当たらず、彼が身体を動かすたびにとろりと揺れる銀髪が日の光を反射して、眩しく光っている。
と言うか、普通アイドルであるなら多少は人の目を気にするものだろうに。円城寺は背後に誰も通らないことを祈りながら脱ぎ散らかされた牙崎の服を手早く畳むと、作務衣の下を渡してやる。
「寒いだろ。早く着とけ」
「……」
渡されたものが普段よく見るズボンと同じ構造であることを察知した牙崎はン、と短く返事をすると、脚を通してするすると腰まで穿き込んだ。
彼の素肌の眩しさを円城寺が直視できなかったことはどうやらばれなかったらしい。こっそり安堵しながら彼は立ち上がり、今度は作務衣を羽織らせた。
「ハイ、袖通して」
「ン」
「ここまで来たら後は簡単だな。待ってろ、ここはこうして……」
恐らくは牙崎が悪戦苦闘していたのだろう、折り皺がついた合わせの紐を、円城寺は手際よく結んでいく。もしかすると、目の前の少年はこれまで浴衣だとか甚平だとかの簡素な和服に触れることなく生きてきたのかもしれない。
適度なゆとりを持たせて蝶結びをした円城寺は仕上げに裾を軽く叩き、終わったことを宣言する。牙崎がまじまじと自分が着用している服を眺めている様子が微笑ましかったので、「よく似合ってるぞ」と声を掛ければ、白い顔が少し赤らみ、無意識的な言葉が途中まで紡がれた。
残念なことに彼は途中で気付いてしまったので、最後まで発されることはなかったが。
「当たり前だろ!」
「あははは」
鼻を鳴らして強がる彼が可愛らしくて堪らない。そして不意に、先程視界を占拠した生白くきめ細やかな身体が思い浮かぶ。
これから暫く共同生活を行っていく上で、毎度毎度あのような無防備な姿を晒されては堪ったものではない。まして自分以外の人間がついうっかり謝って、勢いに身を任せた行動を取ったらどうするつもりなのだろうか。
どこか上機嫌な様子で前を歩き始めた牙崎の背中に一抹の不安を覚えた円城寺は一度咳払いをすると、頭を掻きながらごにょごにょと声を掛ける。
「……あー、漣。今度から着替える時はちゃんと襖閉めとけな」
「何で」
「……」
間髪入れずの無邪気な疑問に、円城寺は次の言葉に詰まってしまった。どこか自己評価が低い彼は、自分がどこかの知らない誰かに劣情を催されるとは爪の先ほども考え付かないらしい。
「変な人が入ってくるかもしれないだろ」
「ここにはオマエとチビと坊さんぐらいしかいねーし」
「その中の誰かがお前のことどうこうするかもとかって、思わねえ?」
「何で」
「…………」
あまりに純粋すぎる信頼を有難く思いながらも、この考えを人々の欲望溢れる芸能界の中で貫き通されては、困る。
まるで自分が最低な下衆に成り下がったような感覚を抱きながら、円城寺は言葉を続けていく。
「あんまり俺のこと信用し過ぎるなよ。襲うぞ」
「やってみろよ。できンならな」
くはは、と笑いながら円城寺の心配と挑発を簡単に踏み躙った牙崎は歩く速度を上げ、とたとたと前を進んでいく。はあ、と大きな溜息を吐いた円城寺は大きな歩幅で牙崎との距離を縮めると、秋の冷たい風で靡いている銀髪に手を伸ばした。
「漣、髪に糸くずがついてる。こっち向け」
「あ?」
言われるがまま、少年は首を曲げて後ろを振り返る。金色の瞳は本当に油断しきっていて、これから何が起こるかなど予想だにしていないらしい。
身長差13cm。体重差21kg。相手の動きを封じるには充分な体格差である。
動きが止まったところで案外華奢な身体を引き寄せて、白く細い顎を掴んで上向かせた。
鼻先が触れ、牙崎の呼吸が止まったことがわかる。大きく見開かれた金色の中に自分を映し込んだ円城寺は、半分ほど瞼を閉じた。
牙崎が釣られるように瞼を全て閉じたところを見届けると触り心地の良い銀髪に指を絡ませて更に引き寄せて、距離をゼロにする。
円城寺の唇と、牙崎の頬との距離を。
「…………」
空気が乾燥しているからなのか案外円城寺の唇は乾いていた。反対に牙崎の頬は滑らかで、流石十代。と円城寺を感嘆させる。
すっかり身体を強張らせた牙崎の背中を撫でながら身体を離すと、恐る恐ると言った様子で再び瞼が開かれた。穏やかな茶色の瞳と竦んだ金色の瞳が交差した直後、円城寺はにんまりと笑ってやった。
「………………!!!」
それだけで全てを察した牙崎は一瞬で首元まで赤らませ、抗議の言葉を吐く前に掌底で円城寺の顎を狙ってきた。
ひゅ、と空気を切る音に肝を冷やしながらも円城寺は軽くそれらを躱し、着実に距離を開けていく。
「ほら、早くしないと集合時間に遅れちまうぞ。今頃はタケルも本堂にいるだろうし、早く行かねえと」
「うるせえ!!!!一発殴らせろ!!!!」
「やなこった。お前さんの一撃重いんだから」
掌底の次は上段蹴り。それから軸足に重心を移しての回し蹴り。さすがダンスの天才と言われているだけのことはある。惚れ惚れするほどスムーズな体重移動だ。
ある程度距離が開いた所で円城寺は牙崎に背中を向け、一気に駆ける。どたたた、と騒々しい足音と、「らーめん屋ァ!!」と言う怒号が、静かな寺院の中に響き渡った。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -