それはいつも通りの、何も変わらないはずの朝だった。
視界に入る髪の色が白く変わっていることと、頭と腰から何やらもふもふしたものが生えていることと。
全く声が出ないことを除けば、だが。


「……」
「全く、アンナにも困ったものだな」
数時間後、拠点施設内にある医務室では二人の少年が呆れたような。どこか諦めも交えた雰囲気で溜息を吐いていた。
暗い茶髪を短く切った少年は不機嫌を隠さずにベッドで寝転がっている少年をもう一度。確認するように、頭の先から足の指先まで視線をやった。
普段は肩口まで伸ばされている橙色の傷んだ髪は真っ白に変わり、背中の中程まで延びている。
少年が試しに触れてみれば、酷く艶やかで柔らかかった。この髪を狩り集めれば、着心地の良いコートが仕立てられるだろうと思う。
アンナ、と言う少女は少年と同い年の、とても頭の回転が速い同僚だった。元が研究員であったこともあり、新しく開発した薬をチームメイト達に飲ませることがこれまでも無かったわけではない。
「……」
今までは偶々被害が出なかったので問題にならなかったが、こうして実害が起きるまでに彼女の研究が進んでしまったと言うのであれば話は別だ。
とにかく、早く目の前の少年の身体を早く元に戻してやらないと。
そう思いながらも、少年は無言のまま目の前の毛の塊の感触を楽しんだ。
「……ッ!!」
そんなことをされてたまったものではないのは、被害者である少年だ。がばりと身体を起こした彼は弄っていた手を払い、ベッドの隅へと身体を寄せた。
「(何しやがる!触るんじゃねぇ!)」
犬歯が見えるほど口を歪ませながら。青く鋭い瞳が少年を射抜く。しかしはくはくと動いた口から音が漏れることはなく、掠れた空気の音が響くだけだった。
ついでに言えば、彼の頭部からは髪と同じ、白く柔らかな毛に覆われた耳が一対生えている。
それは誰が何処からどう見ても兎の耳で。
彼が声を失った原因もそこにある。
「身体の一部を兎化させるなんてなあ。一体何の研究をしてるんだ……」
柔らかな肌触りを失った少年。カミヤは、手の中で感触を覚えながら、事実を口にした。
そして被害者たる少年、クライブは、苦々しげに舌を打つ。
兎と言う動物の特徴である二つの長い耳と、丸く短い尻尾。そして声帯もそれらに倣って退化してしまい、声が出せなくなっている。
兎に角これでは鋼鉄虫など狩れる状態ではない、と言うわけで医務室にやってきたのだが、常駐している筈の医師はちょうど席を空けていた。
「(知るかよ……)」
カミヤの言葉に相槌を入れても、彼の耳には届かない。顎に手を当てながら医務室内をうろうろと歩き始めた彼に、クライブはじろりと視線を向けた。
「…………」
なぜならば、つい今まで触れられていた場所が、熱を持ってずくずくと疼き始めていたからだ。
兎の特性としてもう一つ有名なものに、異常なまでに旺盛な性欲があげられる。
見た目に表れない変化にカミヤは気付かなかったようで、クライブとて自分の浅ましい姿を好き好んで見せたいわけではなかったので。
加速度的に悪化する身体の疼きを必死に、堪えていた。
「(……ち、っきしょ……)」
先程カミヤに触れられたのは神経の通っていない髪である。しかし仄かに感じられた彼の掌の温度と、乱されたと言う感触がアレルギー反応のように頭皮から、首筋の薄い皮膚から、背筋にまで電気信号として走り、クライブの腰に熱を孕ませた。
そこまで熱が行き渡ってしまえば、後は早い。
嫌な汗が身体の奥から噴き出して、クライブの部屋着をべたりと湿らせた。
「(…………や、べ)」
全身に行き渡った熱はあっさりとクライブの脳を焼き焦がし、座り込んでいることすら出来ないほどの異常に陥った彼は音を立ててベッドに倒れ込んだ。
「……、っ」
その滑らかなシーツが肌を擦る感覚すら、何だか巨大な生物に舐められているようで気持ちがいい。
刺すような刺激に思わず笑みを浮かべながら、身動ぎをするだけで自慰をしているような快楽を味わえてしまうこの状況に底知れない恐怖を抱く。
一方のカミヤは壁に貼り出されている掲示物に視線を奪われており、クライブの方を見ることすらしていない。
クライブの青い目にじんわりと涙の膜が張り、唇からは切ない息が絶え絶えに漏れる。
「(……か、……み)」
全身の熱が高まっていることが、嫌でも理解出来た。口の端から垂れた唾液はシーツにシミを作り、汗で貼り付く衣服の感触すら快楽だ。
言うまでもなくクライブの下腹部は熱で火照りきって、根は下着の中で固く張り詰めている。
クライブは男だ。なので普通であれば「犯したい」と言う欲求を抱くのだが、如何せん彼とカミヤは一線を越えた関係で。
近頃の主導権はカミヤにあった。
「(……ぁ、やべ、やべ……っ、)」
後ろの孔が切なげにひくつき。奥の前立腺は刺激も受けていないのに錯覚した快楽を訴えている。
身体の内側から乱されきった彼がベッドの上でのた打つ様子にカミヤが気付いたのは、それからすぐだった。
「……クライブ?!」
白い顔を真っ赤に火照らせて全身を汗で濡らしているクライブを見た彼は慌ててベッドに駆け寄ると、敏感になりすぎた肌を気遣うことなくべたべたと触る。
「おい、どうした?!凄い汗だぞ!」
「(ぅあ、あ、……あ)」
確かめるように額を、首筋を、胸元を、幼さの残る手が這い回った。身体をひくつかせながら、何とか理性を保とうと彼の肩を掴み引き剥がそうと試みるが、元より筋力はカミヤの方が上なのでそれも叶わない。
彼の指がクライブのもふもふとした兎耳に触れた瞬間、視界には火花が飛び散った。
「…………っ!!」
じわりと。生温かく湿った感触がクライブの内腿に広がっていく。
抵抗する体力も失った彼は再びベッドに倒れ込むと、すっかり欲で淀んだ瞳でカミヤを見た。
「く」
それに射抜かれたカミヤも、言葉を失ってしまう。
濡れた唇に、程良く上気した肌に、とろけきっている表情。
幾度と無く見たことのある姿に対し頭に血が上った彼は、ベッドを囲むカーテンを勢いよく閉めた。
「く、くらい、ぶ?」
「……っ、……ぁ、……」
火照りきった空気の中に、嗅ぎ慣れた生臭さを感じる。一度ごくりと生唾を飲み込んだカミヤは、クライブが着ているジャージの隙間から手を差し込んだ。
普段カミヤより低いはずの体温は熱さを感じるほど上がっており、じっとりと湿っている。
そのまま勢いに任せて下着の下にまで手を入れれば、汗でへたった尻尾と形良く引き締まった尻の肉に触れた。
「っ、っ、っ!」
彼のその動きに、クライブは何度も身体を強ばらせながら声を上げずに鳴く。ひゅ、と空気が通る音だけが今のクライブに許された唯一の表現方法だ。
一度達したというのに身体の熱は冷めることなく、奥から次々に溢れ出る。ねとつく下着の中で再び首を擡げ始めた根が圧迫される感触が、彼の理性を溶かしてしまう。
「ぁ、……ぃ、ぁっ……」
吐息と唇の開閉だけで目の前の少年の名を呼んだクライブは、尻尾の感触を楽しんでいる手を取った。ついでに空いた片方の手を自分の股間に潜らせると、ねちゃりと粘液を指に絡ませる。
ドラッグを使用しての行為は、細胞の一つ一つが絶頂に至るほど強い快楽を齎すらしい。
クライブにその経験はないものの、今の状態はきっとそれに近いのだろうと思考する。
今の彼は、カミヤと繋がることしか考えられなかったからだ。
「っ、っ、……っ、……」
指で掬った粘液を入口周辺に塗りたくったクライブは、慣れた手付きで皮膚の皺に馴染ませてから指をぬるりと挿入する。
たった一本、しかも自分の指だというのに、それだけでクライブの背筋は波打った。
だらしなく口の端から涎を垂らしながら、子宮の名残を腸壁越しに探られる快感にすっかり溺れている。
聴き慣れている嬌声が無いとは言え、息遣いや身体の反応から、どれだけ乱れてしまっているか。
経験が豊かとは言えないカミヤでも、十分に理解できた。
「……クライブ」
ここまでの痴態を見せつけられて我慢できるほど、彼は大人ではない。ベッドに倒れ伏したまま自慰を続けるクライブの手を掴みマットレスに押し付けると、ジャージと肌着を一気にずり下ろした。
直ぐに生臭い淫らな匂いと湿り気を含んだ空気が漂い、ほんのり赤く染まった彼の臀部が露出した。
よくよく見れば、短く柔らかな毛が生えている兎耳もほんのりと上気しており、どれだけ彼が発情しているのか、よく判る。
「っ、ぃっ、っ」
時折腹筋に力を入れながら。
カミヤを視界の端に入れながら、クライブは懇願の言葉を吐く。
鼓膜にその音は届かないが、理解は出来た。
「わかってる」
クライブに密着しながら被さったカミヤはじりじりとスラックスのファスナーを下げ、彼と同じように下肢を露出する。
汗ですっかり湿ったジャージをめくり上げ背骨の凹凸に沿って舌を這わせれば、塩気で舌がひりひりと痛んだ。
カミヤの根もまた、既に充分な堅さを保っている。普段と違う、白くふさふさとした髪に隠れる彼の背中に幾つかの鬱血を作りながら。
ひくつきながら男を誘うクライブの後孔に、カミヤはゆっくりと根を沈めた。
「っ!!」
飢えていた孔は根に吸い付くように絡み付き、笠の括れから浮き出た血管の凹凸まで全ての形を刺激として貪っている。
普段とは比べられないほどの快楽に、クライブの涙腺は壊れたように涙を流す。
何かを訴えるために思考したところで、根が与えてくる熱がずたずたに引き裂いてしまうのだ。
「ぁっ、ェ、っ、ぁっ!」
先走りと腸液を繋ぎ目からこぼしながら。
クライブは必死に酸素を取り込んで、少しでも快楽を逃さないようにと狂ったように腰を振る。
濡れた肌がぶつかり合う音と、医務室のベッドが軋む音が室内に響き、時折それに水音が混ざった。
常軌を逸した快楽は、容赦なく彼の理性を打ち壊す。
ただただカミヤの肉に最奥を抉られる心地よさに、彼の薄い唇が弧を描いた。
「っ、……ふ……」
対するカミヤも、容赦なく食らいついてくる肉壁の感触に息を漏らした。早々に果ててしまわないように気を紛らわす意味で、尋常ではない発汗でぬるつくクライブの肌を撫で、背骨の形を指でなぞる。
その些細な刺激も。
変わらずに突き上げてくる熱による刺激も。
「……っ、……、……っ!!」
彼の残り少ない体力を根こそぎ奪うには十分だった。
ガクガクと全身を震わせ、青い眼をすっかり涙で澱ませ、酸欠状態に陥りながら。
クライブは二度目の絶頂に達し、ベッドシーツに精液を吐き出した。
ひくつく腹筋の動きに連動するように腸内も痙攣し、カミヤの根を絞り上げる。背筋を駆ける心地良い電気刺激に、彼もごくりと唾を飲む。
「……もう少しだ」
身体を倒しクライブと身体を密着させた状態で、ひくついている兎耳に残酷な言葉を囁いたカミヤはゆっくりと律動を再開した。
その熱に中てられたように、普段とは違う体内の変化をクライブは感じ取る。
下腹部が。強いて言うなら臍の下辺りがぼてりと熱い。
「(……は、ぁっ?……あっ、ち……腹、ん、……中……)」
違和感のある快感に恐怖しながらも、前立腺をごりごりと抉られる快楽には逆らえない。
ベッドに顔を押し付け尻だけを高く上げたような状態で涙と汗と唾液で顔面をくちゃくちゃにしながら、クライブは何度も軽い絶頂へと至ってしまった。
ぷちゅ、と何度も吐き出された精液はすっかり薄くなり、腸液と先走りが混ざる入り口はすっかり泡立って下品な音を立てている。
「……っ、あ……!」
その、視覚触覚から与えられる強い刺激に、カミヤもとうとう限界を迎えた。
短く声を上げるとクライブの腰を掴み、一番奥に欲の泥を注ぎ込む。搾られる感覚に腰が抜けそうになりながらも持ちこたえ最後まで射精を終えると、余韻に浸りながら大きく息を吐いた。
ふさふさとした白い髪は汗ですっかり萎びてしまい、耳もひくひくと戦慄いている。
すっかり行為に夢中になっていて気付かなかったが、カミヤの下腹にも震える尻尾が密着していた。
「(……可愛い)」
香ってくる甘い汗の匂いも心地良い。
表情は判らないが髪の隙間から見える肌が真っ赤に染まっているので、すでに限界を迎えていることは明らかだった。
汚してしまったシーツは仕方がないとして、取り敢えず当直の医師が来るまでにシャワーでも浴びておかないと、と。
どこかすっきりした表情で考えながら身体を起こすと、クライブは弱々しく繋がったままのカミヤの下腹に自らの臀部を擦りつけた。
「っ?!」
明らかにその動きは欲を貪るもので、体力に余裕のある彼は否が応でも反応し根が体積を取り戻す。
予想していなかった反応に慌てながらも、俯せになっているクライブの身体をこちらに向かせ様子を窺えば、涎で塗れた唇が動いた。
「……ぉ、……ぁん、ぇ……」
声はない。
吐息の発音だけで、カミヤは察することが出来た。
止まらない、と。今にも泣き出しそうな顔で彼は言っている。その表情に情欲を煽られたカミヤは生唾を飲み込むと、蕩けてしまったクライブの唇を奪い、再び彼の身体を貪ることにした。



「やあクライブ。その後、体の調子はどうだ?」
「……ジャスティンかよ。……もう一生分抜いた気ィすんぜ」
数日後、駐屯地内の食堂にて。
被害者だった少年の外観はすっかり普段のものに戻っており、食事に邪魔なのだろう。
肩口まで伸ばされた橙色の髪は雑に纏めて結われている。
その表情は端から見て疲れ切っており、目の下にはくっきりとクマが出来ていた。
ジャスティン、と呼ばれた男は苦笑しながらハンバーガーを掴み頬張り、クライブは鉄板で熱せられていたステーキ肉をがっついた。
結局、クライブは元に戻るまでの約48時間もの間、常に何らかの性的刺激を受けていたような状態だった。
精も魂も尽き果てた状態でも腰を振ることを止められない彼の症状を放置することは出来ないと、ジャスティン率いる開発チームとアンナの古巣である研究チームがタッグを組んで彼の兎化を解消したのである。
「災難だったな」
「……まぁこんだけ大騒ぎになったんだ。暫くアンナが大人しくしてんだったらそれで良いんじゃねえの」
「それもそうか」
ハッハッハ、と笑うジャスティンに突っ込みを入れる体力もないクライブがもそもそと肉を頬張っていれば、プレートに山盛りの白飯と揚げたての豚カツ、それに千切りキャベツと味噌汁の定食を載せたカミヤが現れた。
何の恥じらいもなくクライブの横に腰を下ろした彼は、ジャスティンと同じように少年に声を掛ける。
「元に戻れて良かったな。一時はどうなることかと思ったぞ!」
「……そーかよ」
「……?」
二人の遣り取りを見て、ジャスティンは首を傾げた。クライブの態度が普段以上に素っ気ないのだ。
カミヤも同じことを感じたようで、クライブの顔をのぞき込もうと距離を縮めてみるものの、彼はさっと顔を逸らしてしまう。
幾度と無くその動きを繰り返しているうちに、男はふと、とあることを思い出した。
「(兎は、飼い主の愛情に敏感なんだったか)」
つまりは、兎状態の時に彼から普段与えられている愛情の大きさに気付き。人間に戻った今は気恥ずかしいということなのだろう。
「クライブ?どうした、まだ具合が……」
「うるっせえな!なんでもねえよ!!」
徐々に顔を赤らめ始めた少年の初々しさと、本気で気付かずに心配している様子の少年の生真面目さに思わずこみ上げる笑いを堪えながら、ジャスティンは食後のコーヒーを口に含んだ。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -