ふわり、と。清潔感を感じられる香りが室内に充満している。香りの次に感じられるのは心地よい温度と湿度だ。
彼らがいる場所はS.I.V.A第二駐屯地・医療棟に設置されている傷病者向けの浴室である。濃い銀色の髪を濡らした青年は椅子に腰を下ろし、その背中を石鹸のついたタオルで洗っているのは金髪の女性だった。
無論場所が場所なので彼らが身に着けているのはタオル一枚で、その事実が受け入れがたいのか女性の頬はほんのりと赤く染まっている。
「キョウコ、もう少し強くても良いぞ」
「……」
青年から手元の指摘を受けたキョウコと言う名の女性のフルネームはホダカ・エクレール・キョウコと言う。ここS.I.V.Aにて鋼鉄虫を殲滅せんと活動するハウンド達のマネージャーである。
鈍感な男の言動に少し腹を立てた彼女は仕返しとばかりに、彼の背中に爪を立てた。
「っ?!」
その痛みに思わず背筋を正した青年が振り向こうと首を動かした瞬間に浴槽から汲み上げられた湯が視界を覆い、目と鼻に与えられた刺激に悶絶する。
「見ないで」
「っ、……ああ、うん。……いや、そんなに恥ずかしがることでもないんじゃないか?俺達なら」
「……」
ホダカは彼からの言葉に言葉で返事をすることはなく、タオルを上下させる腕に再び力を込めた。目の前にいる青年はつい数週間前に長い失踪期間を経て彼女の元へと帰ってきた。
正しくは、彼と共にS.I.V.Aから離反したブラフマンと言う名の老人に心身共に消耗しきった状態で暴走しているところを、彼女が率いたハウンド達によって力尽くで救出された。
失踪期間の前、彼らは男女の仲にあった。
身体を重ねたことも一度や二度ではない。
彼女も彼が戻ってくることを心待ちにしていたので、素直に甘えたいと思う反面、彼がいない間に手に入れた強さがその邪魔をする。
「あなた、そんなことしか考えてないの?」
言いたい言葉は山ほどあるが、彼女の整った唇から溢れるのは憎まれ口ばかりだった。自分のとても素直とは言えない性格に自己嫌悪を抱きながら、先程付けたばかりの赤く変色した爪痕を撫でると、青年は言葉を吐く。
「恋人と一緒に風呂に入って『そんなこと』を考えない男なんていないさ。まして、魅力的な女なら尚更だ」
「バカなのね、男って」
「ああ。その意見に賛成するよ」
「……」
ホダカは青年に対し、圧倒的に不利だった。それは彼の失踪以前から変わっておらず、それが彼女がまるで成長していないことを示しているようで素直に受け入れることが出来ない。
無言のままに彼の背中についた泡を湯で流すと、逞しく引き締まった体躯が視界に入った。長い間異常な生活を送っていたために彼女が記憶しているものより痩せてはいるが、それでも貧弱さなどは微塵も感じない。
「(……良かった)」
その背中にもたれ掛かりたくなる衝動を堪えながら、彼が戻ってきたと言う事実を何度も確認する。静かに心を落ち着けた彼女がタオルから泡を流してしまおうと立ち上がったところで、不意に青年から言葉が発せられる。
「じゃあ次はキョウコだ。座ってくれ」
「え?」
「してもらってばかりじゃ申し訳がないからな。さ、座ってくれ」
青年は短い髪から少しでも水分を飛ばそうとがしがしと頭を掻きながら、ホダカに対し満面の笑みを向けた。その中に少し有無を言わせまいとする彼の意志を感じざるを得なかったホダカであったが、言われるままというのも気に食わない。
「わ、私は朝にシャワーを浴びたばかりだから」
思わず身体に巻きつけているタオルが緩んでいないかを確認し辞退を申し込んでは見たものの、臙脂色の瞳は青い眼を射抜いたままだった。
魅入られたホダカは背中の中程まである長く豊かな金髪をクリップで改めて留め直し、立ち上がった青年が今まで腰を下ろしていた樹脂製の椅子に腰を下ろす。
「タオルをつけたままじゃ洗えないぞ」
「わ、わかってるわ!待って……」
男に肌を晒すなど、実に数年振りのことである。角を曲がったと言われても可笑しくはない年齢の女が明るい電灯の下で肌を晒すことがどれだけ恥ずかしいことなのか、どうやら男には全く解らないようだ。
嫌でも顔が熱くなることを自覚したホダカはタオルで身体の前面を隠し、きゅ、と内腿を閉じた。白く、傷一つないしっとりとした肌は嫌でも青年の視界に飛び込んで、首や耳が赤く染まっていることが尚更に可愛らしさを抱かせる。
「……お願い」
「OK。わかった」
男はタオルを手に取ると、滑らかな肌の上を滑らせた。当たり前だが、平均的な体型である彼女の背中の広さなどたかが知れている。数分も掛からずに満遍なく洗い尽くした青年は余った泡を手に取ると、きつく閉じている彼女の太腿や脇腹に手を這わせた。
当然のようにホダカはビクリと身体を強ばらせるが、男はその手を止めない。長らく触れていなかった目の前の彼女を記憶の中の彼女と合致させるように、丁寧に表面を撫でていく。
「ちょっ、と。どこ、触ってるの」
「脚と、腰だが」
皮膚の薄い部分を触れた途端に耳の色はさらに濃くなり、彼女が彼に触れられていることを意識していることは目に見えて明らかだ。
背後から身体を密着させるように抱き竦めた青年は汗と湯気で湿った彼女の項に首筋を埋め、付近の香りを自分の記憶と照合する。
「香水変えたのか、キョウコ」
「前のは、……ブランドが無くなってしまったの」
「そうか」
「……嫌い?この香り」
「いいや。……よく似合ってる」
「良かった」
ホダカの背中には青年の心音がよく伝わった。湯で十分に温まった彼の身体は冷えたホダカにじんわりと熱を伝え、嫌でも彼女の強がりを溶かしてしまう。
彼女の身体に籠っていた力は抜け、濡れたタオルは今にも床に落ちそうな危うさで彼女の身体を覆っていた。一瞬体を離すことで反射的に動くホダカの首の動きを予測した青年は、その柔らかな唇を吸った。
「ん」
ホダカ自身に驚きは無かった。
懐かしささえ抱く感触に身を預けた彼女は目を閉じて、身体の力を抜く。その仕草が合意を表していることを経験から知っている男は白い肌の上を這っていた手で彼女の頭を両手で掴んだ。
表面同士が触れ合うようなキスでは足りず、互いにどちらからともなく唇を開き舌を絡ませ合う。
二人分の生々しい水音は浴室内によく響き、ホダカの羞恥を煽っていった。
「んっ、……ぅ、ん……、はぁ……」
唇を離すタイミングさえ、まるで見計らったかのように同時である。自分の思うように呼吸が出来なかったホダカは白い頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で男を見上げてくる。
彼は一瞬だけ下腹に力を込め熱を制すると、設置されているレバーを下げシャワーでホダカの身体に残されたままの泡を流し落とした。
当然のように重力に従う水を吸い込んだタオルは音を立てて床に落ち、彼女が懸命に隠していた身体の前面が露わになる。
豊かな胸の先端は柔らかな桃色に染まり、既に充血をしていた。
「相変わらず、キスに弱いんだな」
「誰の、せいだと、思ってるの」
「それは、自惚れても良いってことか?」
他の男であればたじろぐ彼女の睨みも、彼には全く通用していない。ホダカからの答えを待たないままに男は柔らかな乳房を優しく掴み、敏感な先端を弄ぶ。
「あっ、……ん、ぅ……んっ」
久方振りに与えられる刺激にホダカの唇からは切ない息が漏れた。直後、響きわたる自分の声を耳にした彼女は右手で口を覆い、声を殺す。
「せっかくシャワーを出しているんだ。気にすることじゃないだろう?」
男は低く獰猛な声で彼女の鼓膜を揺らすが、華奢な白い頸は横に振られるだけだった。
少し不満ではあるが、恥じらう相手を鳴かせるというのも男にとっては中々に良い状況である。
一度頬を緩めた男は彼女の敏感な場所を攻める手を止めないままに、真っ赤に染まった耳の形を舌でなぞり上げた。
「……んっ!んんっ!」
ひくりと、大きく背中が波打つ。括れた腰の下からは悩ましげに揺れ、何かを欲しているようにも見える。
すっかり力の抜けた股に手を這わせた男はゆっくりと足を開かせて隙間に掌を忍び込ませて行った。
その、行き止まりに触れた時だ。
温かな湯が床を叩く音に掻き消されない水音が、二人の耳だけに響き渡る。
「んっ、んんんっ、ん」
これまで触れてもいなかった場所なのに、男の指の動きを助けるように愛液が絡み付く。
包皮に隠れていた芽が充血し堅さを持ったことを知った彼は、節くれ立った指の腹で丹念に転がした。
ほんの小さな場所を可愛がるだけで恋人が乱れる光景は嫌でも嗜虐心を擽るし、男の下腹にも血が集まる。
ゆるゆると開いた脚を更に開かせると、彼はホダカの膣口に指を挿入した。
「んっ!んんっ!」
彼女の視界には、背後から延びている男の手が彼女自身の身体を蹂躙している光景が映る。
火照りきり、潤んだ肉壁を擦られる度に脳が痺れ平衡感覚が失われる。意図せず男の身体にもたれ掛かってしまっているが、彼には何の負担にもなっていない。
「キョウコ」
愛しさを込めた声で名前を呼ばれる度にホダカの身体は戦慄き、身体の奥からは止め処なく愛液が垂れ落ちる。
男の指に吸い付く肉壁は本当に正直で、一刻も早く繋がりたいと訴えているようだ。
そろそろと口元から手を退けたホダカは今にも零れそうなほどの涙を湛えながら、切なげに男を見る。
「……ジャス、ティン」
形の良い唇から発されたのは男の名だ。
「ジャスティン、お願い。……苦しい、の」
普段は到底見られない彼女の嘆願に気を良くしたジャスティンは一度音を立ててホダカの指先に唇を触れさせると、床に落ちていたタオルを適当に広げ、彼女をそこに座らせる。
入浴者に介助が付くことが前提になっているこの場所は大の大人二人が寝転がっても十分なほどのスペースが確保されている物の、やはり床は堅く、交わりに適しているとは言えない。
椅子を端に寄せたジャスティンもその場所に腰を下ろすと、胡座をかいた脚の上にホダカを座らせた。
ちょうど向かい合うように、だ。
「ちょ、ちょっと?!こんな……」
「お前の顔が見たいんだ。良いだろ?」
「…………、もう」
歯の浮くような言葉を何度も、悪びれずに投げてくるジャスティンに対し、ホダカは手も足も出ない。
返事の代わりに彼の首に腕を絡ませ足を開くと、ずるずると指ではないモノがホダカの中へと侵入する。
「ぁっ……あ、ふ、……んんっ」
ジャスティンの。亀頭の括れから幹の膨らみまで、彼女の身体は覚えていた。欠けていた場所が満たされる感覚が、快感と安堵として脳を支配する。
「ジャス、ティン。ジャスティン……っ」
脚を彼の腰に絡ませたホダカはただひたすらに名を呼び続けた。甘く熱の籠もった声で呼ばれるジャスティンも、ただただ愛しさを腕に込めて繋がりを実感する。
もう二度と叶わないと思っていた時間が、今こうして現実となっている。
それが何よりも嬉しいのだ。
「キョウコ」
余計な言葉を発することはなく。ジャスティンが徐にに律動を始めると、ホダカの吐息は激しく乱れた。
濡れた肌同士がぶつかる音が規則正しく室内に響き、最奥を突かれる度にホダカの子宮口は蕩けていく。
先走りと愛液の混じった液体が容赦なく潤滑を良くしてしまうので、激しい突き上げすらも快楽としてホダカの脳は受け取ってしまう。
「あ、ぁ、っ、ジャス、ティ」
譫言のように名を呼び続ける彼女に、ジャスティンはキスで返事をした。身体に押し付けられている柔らかな乳房の感触が心地よく、甘い香りは欲を煽る。
律動の激しさから纏め上げた金髪が一房、二房と乱れていくがホダカにそれを直す余裕はない。
力の入らない腕で何とかジャスティンにしがみつくのが精々だ。
しかし彼とて久方振りの触れ合いに限界が速まっており、根は熱を吐き出そうと彼女の胎内で脈を打っている。
「キョ、コ……っ」
追い打ちを掛けるように彼女の細い腰を掴み突き上げを激しくすれば、強い刺激に堪えかねたホダカはイヤイヤと首を横に振った。
だからといって貪ることを止められないジャスティンは勢いのままに奥を突き上げ続け、限界の一歩手前で喘ぐホダカを更に追い詰める。
その行動がもたらす結果など、分かり切っている。
「ぁ……っ!」
ホダカはジャスティンの腕の中で一度大きく身体をしならせると、引きつった声を上げた。
呼応するように胎内は根を締め上げ、ジャスティンは無遠慮に遺伝子を奥まで注ぎ込む。蕩けた子宮口は甘んじてすべてを受け入れて、ホダカは絶頂の余韻からぐたりと脱力した。
かたかたと震える身体の内側は今までないほどに騒がしく、潤んだ唇の端からは唾液が垂れている。
熱を発散したことで若干クールダウンしたジャスティンではあったが、素直に腕の中に収まっているホダカには相変わらずの愛しさを保ったままだ。
「……足りなかったか?」
くすりと笑いながら。冗談めいた口調で彼女に問いかけると、本当に小さな声で答えが返される。
絶え間なく温かな湯が床を叩いているせいで、その返事はジャスティンの鼓膜しか揺らさなかった。







「期待外れね。貴方にそのスーツは重いかしら?」
数日後、ミッションに復帰したジャスティンに投げ掛けられた言葉は大変に辛辣なものだった。
チームメンバー四人のうち、ミッションに対する貢献度が最下位であった為である。
彼と彼女の関係を何となく察しており、且つ彼より高い貢献を勝ち取ってしまった中年の男、サイードと成人を間近に控えた少年、クライブはホダカが退室した後、フォローの為に彼を囲む。
「ま、気にしなさんな。復帰直後なんざこんなもんだろ」
「つーかよぉ、あの女マジで容赦ねぇなぁ。もーちょい可愛げってもんがあってもバチは当たんねーだろ」
二人の心遣いを感じながらも、ジャスティンは特にダメージを受けてはいなかった。
少し頬を緩めると、とびきりの惚気を口に出す。
「そうか?口うるさい女って言うのも悪く無いものだぞ」
「「……」」
何だフォローして損した。男と少年は素直にそんな表情を顔に出して、顔を見合わせる。
そんな三人の様子を、貢献度一位を獲得した今回のMVP且つチームリーダーであるカミヤが頭に疑問符を浮かべたまま眺めていた。




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