切欠は、本当に些細なものだった。

「なあ、お前ってオナニーとかすんの?」
「……はァ?」
恋人同士となって一年と少し。同居して数ヶ月。記録的な猛暑となった季節のある晩に、同居人である黒い髪の少年(辛うじて)があっけらかんと言葉を放つ。
あまりにも唐突すぎる下品な質問に白い少女(こちらも、辛うじて)が眉間に皺を寄せ、怪訝な視線を送っても意に介する様子はない。
夜に飲むには適さないという理由からカフェイン除去処理のなされたコーヒーをマグカップに湛えながら、少女は少年の隣に腰を下ろした。
「オナニーじゃわかんねぇか。マスターベーションっての?」
「言い換える必要なンか無ェわボケ。質問の意図を教えろ。俺の返答はそれからだ」
「んーとだな。ほら、俺って結構なんてーの? 溜まりやすいって言うかさ。やっぱどうしようもない時は色々自分でしたりするわけですよ」
「そォですねェ。偶にゴミ箱妊娠させンじゃねェかって心配になるわ」
「……」
「続けろ」
「……お前にはそう言う時ってねーのかなって。いっつも俺からだし」
互いに風呂も夕食も済ませ、残りは就寝までの僅かな時間を過ごすだけだ。コーヒーを一口飲み込んだ少女は液体を口の中で転がしながら、少年からの質問に対する返答を練る。
正直な話、少女は少年と出会うまでそういった事とは無縁だった。身体を重ねるということは単なる繁殖行為であって、それに感情が伴うなどとは考えることすらなかった。
彼が何を期待しているのかは予測がつかないが、敢えて嘘をつく理由もない。自分の問いに返された答えに満足した少女は、彼に同じく返答する。
「……無ェな。そもそもそっち方面は誰かのおかげで不自由してねェし」
「ほう」
その言葉に、少年の黒い眼がきらりと光る。それを自らの赤い眼で確認した少女は、失敗したと心の中で舌打ちをした。
彼があのような表情を浮かべる時は、ろくなことを言い出さないことを知っているからだ。
「なあ一方通行」
「あ?」
「俺、お前が一人でしてるとこ見たいな」
「…………」
一方通行、と呼ばれた少女の眉間に、先程以上に深いシワが刻み込まれた。少年はそんな彼女など構うことなく、「な?」と追い討ちを掛けている。
正直な話。彼らを傍から見た場合力関係は少女に軍配が上がるように見えるのだが、実際はその真逆だ。少年に笑顔で頼まれごとをされてしまっては、断ることが出来ない。
のろのろとマグカップを目の前のテーブルに置いた一方通行は、自らの弱さにぼりぼりと頭を掻く。
「……脱がねェぞ」
「おう」
「……」
小さな、一度の舌打ちの後、一方通行は寝間着のボタンをぷちぷちと外しだした。しかしそれは二段目で止まってしまい、白く華奢な鎖骨が上条の視界に飛び込んでくる。
思わず生唾を飲んで見守っていれば、彼女は何の躊躇いも無く左手をその中に差し込み、ウエスト部分がゴムになっている寝間着のズボンの中へと右手を侵入させた。
そして。もぞりもぞりとその服の下で彼女の手が動いている。
「……っ、……」
安請け合いをするものではなかった、と一方通行は今になって実感した。食い入るように視線を送ってくる少年の目は飢えた犬そのもので、今にも首筋に噛み付いてくるのではないかと微かな恐怖を抱く。
少年に愛撫される際の触れ方を思い出しながら、肌着の下にある粘膜と突起をそれぞれ刺激する。少年と目を合わせることが出来ずに、目を伏せたままで硬くなり始めた胸の突起を指の腹で擦り上げると、下腹がじわりと熱を持ち出した。
「(ァ)」
スイッチが入ってしまった。と、一方通行は自覚する。上半身よりも敏感に刺激を拾う下半身へと意識は集中し、柔らかな肉の割れ目を撫でている指先にはぬるりとした液体がまとわりついた。
彼らの目の前にあるテレビは深夜のスポーツニュースを放送しているが、ハイライトで報じられているスポーツの歓声より。濡れた肉を掻き分ける音は二人には大きく聞こえてしまう。
「っ、ゥ、あ」
放り出されていた両足はすっかり膝を立たせ、ゆるりと間を空けていた。ただ指で弄っているだけだというのにこうも簡単に乱れてしまう自らの身体のだらしなさに、思わず羞恥を抱いてしまう。
間抜けな声を漏らさないようにと歯を軽く噛み締め、唇の隙間から短く呼吸を繰り返す彼女の顔は既に桃色に染まっており、肩につくほどに伸ばされた細く白い髪は頬に貼り付いてしまっていた。
「っ、っ、くっ」
陰部を刺激することで齎された熱は徐々に脳内を焦がし、平衡感覚を失った一方通行はずるりと身体を横たえた。それでも肉を掻き分ける指の動きは止まっておらず、少年には布地がもぞもぞと官能的に動く様子が見て取れる。
入り口から溢れている液体はすでに、一方通行の右手をベッタリと汚してしまっていた。もうここまで見せてやれば少年も満足しただろう、と指の動きを止めかけた彼女だったが。
更なる刺激を既に知っている下腹が、それを許してはくれなかった。
表面の敏感な部分や入り口を探られているだけでは足りないと、赤く腫れた肉が自身の白い指を誘い込む。
「ァ、ン、……っ」
中指を根元まで飲み込ませた一方通行は全身を震わせながら、次の段階へと進んでしまう。濡れた襞は些細な刺激を増幅させ、彼女の身体を痺れさせた。
この痺れには覚えがあった。今、目を皿のようにしている少年が、彼女に常日頃与えてくるものだ。これがもっと強く、激しいものになると、彼女の思考はホワイトアウトしてしまう。
どうせ彼のことだ。彼女が『そうなる』まで行為を続けろと言うに決まっている。
そう判断した一方通行は羞恥心を堪えながら、早くこの行為を終わらせようと指の動きを激しいものに変えた。空気と混ざった液体は泡立ち、くちゅくちゅという音を遠慮もせずに立てている。
少年が責めることで自覚した自らの弱点を擦り上げる度腰が跳ね、奥から溢れる液体の量も増えていく。
しかし、どうしてもあと少しが足りないのだ。
「……っ!」
あとほんの数秒、もしくはもっと短い時間刺激を与えるだけで解放されるのに、その時間に彼女は脱力してしまう。その度に蓄積された熱はさらに彼女を責め立てて、全身に快楽と言う痺れを染み込ませていく。
自分ではその場所に到達することが出来ない。では、どうすれば。
理性が崩壊しかけた茹だる脳内で、一方通行は思考する。すでに全身は震え、汗をかいた為だろう。甘い香りが少年の牡を刺激して止まない。
いつの間にか溢れていた唾液ですっかり濡れてしまった唇を小さく開けた一方通行は、一音一音、区切るように発生した。
「か、み、じょ」
「……んー?」
「ひと、り、じゃ、でき、ねェ、か、ら」
「……おう」
「て、つだ、……ェ」
彼女が発した言葉の最後は消え入りそうなほどに小さかった。それが何を意味するかを知り尽くしている上条はにやけを止められないまま、彼女にのしかかる。
「仕方ねぇなぁ。上条さんにお任せ下さい」
どこか得意げな声だが、彼自身にも余裕は爪の先ほども残されていなかった。出来るだけ紳士的な手付きで一方通行の寝間着を乱した上条は、その汗ばんだ肌にキスをする。

彼らの夜は、まだ終わらない。

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