「まぁ、こんなところか」
ミッション達成後、集計された貢献度のグラフを眺めながら青年は一人納得した。
暫くぶりにハウンドとして参加したミッションでの順位は、二位。しかしそれでも一位であるチームリーダーの少年とはかなりの僅差である。
「まだまだ訓練が足りていないな」、と自戒のように呟く少年を横目で見ながら、青年、ジャスティンは制服の襟を正した。
「じゃあ、今日はこれで終了よ。各自、ゆっくり休息を取るように」
監督役のホダカからの号令で、本日のミッションは終了となった。
この後、次のミッションまでの空いた時間は各々自室や休憩所で束の間の休息を満喫するわけなのだが。
彼にはそれが出来ない、とある事情があった。
「……はぁ」
一つ大きな溜め息を吐いた彼はミーティングルームから出ると、他のハウンドとは違う方向に歩き出す。
目当ての場所は、S.I.V.A駐屯地内のマーケット。目当ての物は、病人用の流動食。
十分もしない内に目標を達成した彼は、今度こそ他のハウンド達と同じ場所へと足を運んだ。
娯楽施設やトレーニングルームを素通りし、更なる施設の奥に進めば『居住区画』と表示されている液晶モニターが見えてくる。
「……」
この先に進むのは、非常に気が重い。
だが、だからといって部屋に戻らないという選択が出来るわけでもない。
ジャスティンは手に提げたナイロン製の小さな買い物袋を揺らしながら、あてがわれている自室へと重い足取りで向かっていく。



「戻ったぞ。起きてるか?」
入り口の自動ドアを開け、暗い室内に声を掛ける。彼がいる場所は単身者が身を寄せる区画であるので、普通であれば彼の行為は何の意味も為さないのだが、
「……う……ぁ」
彼にとっての『普通』を脅かす覇気のない声が、応答した。
ジャスティンが室内に入り電灯を点ければ、青白い人工照明の下に一人の青年が照らし出される。
銀に近い灰色の髪は無造作に伸ばされ、幾つかの毛束は根元から紫色に変色している。元々、そう色素の濃くない肌からは血の気が感じられない所為で、更に不健康な雰囲気が醸し出されている。
極めつけは、眼だ。
本来であれば髪と同じ灰色をしている筈なのだが、今は赤く変色し不気味な鮮やかさを湛えている。
それは数時間振りの光に対し反射的に眼球付近の筋肉を歪ませながら、部屋の隅に設置されているベッドの隅で膝を抱えていた。
「食事だ。どうせ買い置きには手を付けてないんだろう?」
「……ぅ……」
「もっとこっちに来い」
ジャスティンは買い物袋から流動食のパウチを取り出しながら、彼との距離を無遠慮に詰める。
「俺に、……俺に、近づく、な」
「そうは行かない。お前の世話をするのも俺の仕事の範疇なんだ」
「ぁ、……ぁ……」
ジャスティンが近付けば、青年は壁側に身を寄せて距離を取ろうと足掻く。しかしそう広くはないベッドの上では直ぐに逃げ場は無くなり、青年はその赤い眼に混乱の色を浮かばせた。
逃げ場が無い。
しかしどこへ逃げればいいかが分からない。
やせ細った指でかりかりと壁を引っ掻く様はどこから見ても無様で、ジャスティンの気に障る。
「……全く」
青年はどう見ても食事を摂ることができる精神状態ではないが、彼の精神が落ち着くのを待っていたら恐らく彼自身が餓死してしまうだろう。
ジャスティンは諦めたようにパウチを手に取り封を切ると、中身を少量口に含む。
壁際に青年を追い詰めたのは偶然とは言え、中々に都合が良かったかもしれない。
壁に背中を貼り付かせている彼の顔を無理矢理上げさせると、かさつきひび割れている唇に自らの唇を押し付けた。
「っ、ぐ」
眼を閉じていない為、大きく見開かれた赤い眼がジャスティンの灰色の眼を射抜く。
しかし彼は動じず、青年の鼻を抓み上げた。
「っ、!」
酸素の供給を突然絶たれた彼は当たり前のように抵抗するが、ジャスティンはそれをあっさり制す。
何とか口から酸素を取り込もうと青年が口を開いたところで、体温が移った生温かい流動食が青年の口の中に流れ込んだ。
「……ん、む、ぁ……っ、ん……ぐっ」
これを飲み込まなければ呼吸が出来ない。
本能的にそれを察した青年は、与えられるがままに食事を飲み下していく。
その様子を眺めて、漸くジャスティンは静かに息を漏らし。唾液混じりの流動食を飲み下した青年は微かに咳き込みながら、漸く意志のある言葉を吐き出した。
「ぅ、あ、……お前、は、……誰、なんだ……」
「……」
彼の喉から絞り出された音は、ジャスティンのものとよく似ている。
問われた彼は流動食で汚れた青年の唇に指を這わせ、汚れを拭いながら。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、回答する。
「……俺は、お前だよ。ジャスティン・カートライト」
「……っ……!」
ひ、と。
その言葉を聞いた『ジャスティン』の空気で喉を詰まらせた音が、静かな部屋の中に響き渡った。


約一ヶ月前。
高濃度のネクロエナジーに汚染・浸食されたジャスティン・カートライトと言う名の一人の青年は、ホダカ率いるフロック、『COBALT BLOOM』により救出・保護された。
過去の功績とこれからの戦力としての価値を見出された彼は幸運にも『解剖』を免れ、ネクロエナジーの除去処置を施される。
しかし彼の身体に蓄積されたエネルギーの総量は凄まじく、作業後、除去に携わった研究員らの予想を大きく外れた事態が起きてしまった。
それが、二人目の『ジャスティン・カートライト』の出自である。


「……ぁ、あ、あ……」
ジャスティンからの答えで漸く自覚を持てた彼は、かたかたと震える両手で自らの顔を覆う。
「……殺して、くれ」
目の前の青年と自らの輪郭は全くの同一で。
過ちから生まれた存在がその過ちを悔いる姿は、ジャスティンの傷を抉る。
最も安らかだろう選択を懇願されたところで、執行する権利を持っているのはS.I.V.Aという組織である。
彼は『ジャスティン』からの願いを眉間に皺を寄せることで返答すると、顔を覆っている手を外させた。
元は同一であるというのに、彼の手は酷く冷たく、また筋肉も脂肪も最低限しか付いていないため、骨ばり腱や筋がいくつも浮いている。
「それは出来ない。お前には、やって貰わなければならないことがまだまだあるんだからな」
「…………ぁ、……」
大の男二人分の負荷が掛けられたベッドは派手な音を立てて軋み、シーツと制服の擦れ合う微かな音をかき消してしまう。
無事、ネクロエナジーの除去が完了した側のジャスティンには、研究班から様々な『実験』の依頼が舞い込んだ。
『ジャスティン』との会話は成立するのか。
『ジャスティン』は何を糧としているのか。
『ジャスティン』に生殖能力はあるのか。
ネクロエナジーの塊である『ジャスティン』に、相反するエナジーを与えた場合、どうなるのか。
どれもこれも彼らを人間と思わないような内容だが、拒否権は存在しなかった。
(ネクロエナジーから派生した『彼』を人間扱いしろと言う方が、無理があるのだろうが。)
「力を抜いて、天井のタイルでも数えていろ。すぐ終わる」
「ぁ、あ、……俺、……俺に、近付くな!」
彼からの拒絶にも、ジャスティンは構うことなく。彼が着用している簡素な寝間着の隙間から手を差し込むと、骨の浮いた腰を撫でた。
「抵抗はするなよ。自分に暴力を振るう趣味はないんだ」
これは、盛大な自慰行為に他なら無い。
ジャスティンは自身に言い聞かせるように心の中で呟きながら、彼の寝間着を探る手を進めていく。
「……ぅ、う……ぅあ、あ、あ……」
引きずるように彼を仰向けに寝かせ、節くれだった指の腹で、柔らかさなど欠片もない身体の表面を撫でる。
男と寝た経験はないが、知識としてならやり方は知っている。好い場所を探しながら寝間着をめくり上げ肌を露出させれば。
『ジャスティン』にも羞恥心があったらしい。恐怖で竦んでいた赤い瞳の中に羞恥の色が混じり、土気色の肌には赤みが差した。
もし相手が好意を抱いている相手であれば。表情の変化も行為を盛り上げる材料になるのだが、世の中、中々そう上手くは行ってくれていない。
彼の胸の内に溜まるのは、吐き気だけだ。
こんな茶番はさっさと終わらせてしまうに限る。
そう思考を切り替えたジャスティンはすっかり抵抗の無くなった彼のズボンを脱がせるついでに肌着まで引きずり下ろし、脚の間で萎びている彼の根に優しく指を這わせてやった。
「ぅ、あ゛、っ!!」
生まれて初めて性感を刺激された『ジャスティン』はひきつった声を上げジャスティンが逃れようとするが、その願いは叶わない。
これまで生死の境を彷徨う事しか知らなかった彼の身体は生存本能に正直に従い、直ぐに膨張し先端から先走りを垂らす。
それを逃さないように指に絡ませ、ジャスティンは自慰の要領で彼の根を根元から扱き上げた。
「あ、っあ、ぅ、い、ぎ、う」
くちくちと小さく響く水音と、途切れがちに喘ぐ声。
腹の下にいる『ジャスティン』はあっさりと限界を迎えた様で、掌に包まれた根は数度強張りを繰り返し、上体は微かに浮き上がった。しかし何故か、中々射精には至らない。
情けなく、ジャスティンの指の動きに合わせるように腰を揺らしても、亀頭を派手に擦り上げられてもだ。
「……?」
ジャスティンは視線を彼の根から顔へと戻し、その理由を知る。
「……っ、っ、……っ」
彼は、懸命に耐えていたのだ。
目尻から涙を溢れさせ、歯を立てた唇から血を流し、火照った身体を戦慄かせながら。
「……」
それはいつかのジャスティン自身だった。
ネクロエナジーに侵蝕され自我を失いかけながら、それでも限界まで自らの使命を全うしようとした、『ジャスティン・カートライト』だった。
「……!」
思わず、ジャスティンの口から舌打ちが漏れる。
一旦彼の根から手を離すと、無理矢理に俯せにさせた。
乱暴な扱いに『ジャスティン』は呻き声を上げるが、気遣うこともなくジャスティンはぬるついた指を彼の後孔へと挿し込んでしまう。
「ぎっ、ぐ……っ!」
痛みから来る喘ぎに甘さなど全く含まれない。が、本来であれば受け入れることすら不可能なはずの排泄器官がジャスティンの指を受け入れられたのには、相応の理由があるのだ。
それはジャスティンにとって、屈辱の記憶でしかない。
乱暴に突き入れた指で腸壁の腹側を擦れば、びくりと白く筋張った足が強ばり、腰が浮く。
「ぁ、あう、ん、ぅっ」
「……気持ちが良いんだろう?だから、逃げられない。人間はそう言う風に出来てしまっているからな」
「あ、うぁ、あ、ぃ、嫌だ、やめっ、……っ、……っ、……きょ」
後孔の入り口はきつくジャスティンの指を締め上げながら、子宮の名残を圧迫される感覚を味わっている。
彼が縋ろうとしている最後の一人も、彼のことは単なる搾り滓程度の認識でしかない。
「キョウコ、き、きっ…………!!」
耳障りな喘ぎに苛立ちながらジャスティンが一際強く前立腺を腸壁越しに擦り上げれば、『ジャスティン』の全身が一度大きく痙攣した。
皮膚の薄い部分はすっかり汗で湿ってしまい、体内は燃えるように熱い。
ジャスティンが溜め息を吐いて指を引き抜くとぬるりと糸が引き、直後にぷつりと切れて落ちた。
「……」
はっはっと荒い呼吸を繰り返す彼に何の愛情を抱くことも無く。ジャスティン自身も服に手を掛けるとコートを脱ぎ捨てベルトを外す。
手早く下肢を露出させた所で、自分がほんの少しばかり劣情をもよおしていたことに気付き、耐え難い吐き気を覚えた。
「……ぁ、うあ、……っは、……ぎっ……」
一度精を吐いた『ジャスティン』は呻きながら身体を起こし、這うようにジャスティンから距離を取ろうとしている。
無駄な足掻きだ、と彼は長く柔らかな彼の髪を鷲掴みにすると、そのまま枕に押し付けた。
「う、っぶ」
「抵抗するなと言ったはずなんだがな」
半分ほど硬さを保った根を生え際から扱けば、疲労から生存本能を訴えすぐに熱を持ち始める。
先程まで指を受け入れていた後孔に熱を感じ、自らの未来を悟った『ジャスティン』は、それでも脚をばたつかせ抵抗を続けた。
「はな、れろ!ちか、ぁ、づく、な!」
「自惚れるな。俺だってやりたくてやってるわけじゃない」
立ち上がった根を手で支えながら、薄い尻の肉を掴んで割り開く。赤く充血した孔に先端をめり込ませると、『ジャスティン』の口からは息が漏れた。
苦痛など含まれない、甘やかな吐息だ。
「っ」
本能に負けた瞬間を見計らい、ジャスティンは一気に根を捻り込む。指とは比較にならない体積を受け入れた彼はびくりと身体をひくつかせ。
直後、ベッドシーツにじわりと水分を浸透させた。
「ぁ、あ゛――、ぁ―……」
余りにも人間としての尊厳を蹂躙されている。
『ジャスティン』は羞恥からか屈辱からか両目から止めどなく涙を流し、子供のように泣きじゃくる。
どうしようもないことなのだ。
ネクロエナジーはスティールエナジー同様鋼鉄虫に有効であって。
ハウンドである『ジャスティン』が使命に駆られ、手を伸ばすのは当たり前であって。
それが身体を侵蝕し、淫売のように他者のエナジーを欲することなど、予想外にも過ぎて。
誰が、予見できたというのだろうか。
「ぅあっ、あ、ぁっ、んぐ、ぅ、あ」
『ジャスティン』は揺れる視界に火花を散らしながら、腸内から全身に染み渡る快楽に酔い痴れた。
赤い目は枕カバーの織り目だけを映し、口の端からはだらしなく唾液が溢れじわりと勢力を広げていく。
ジャスティンはその様子を冷めた目で見つめながら、腰を打ち付け彼を抉る。異物を排除しようと分泌された粘液はただ律動の潤滑を助けるだけで、その役割は果たされていない。
「う、うぅ、あ、ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛ー……っ!」
程良く火照り、汗で湿らせた髪を乱しながら、彼は快楽を否定するように首を振る。
しかし対照的に体内はジャスティンに絡み付いて、早く生者のエナジーを寄越せと強請る。
自らの矛盾と絶えず襲い来る快楽に苛まれながら、『ジャスティン』はカチカチと歯を鳴らした。
「(もう一息、か)」
機械的なピストン運動でも、性感を得ることは出来る。ジャスティンは自らの下腹が熱くなっていることを察しながら、『ジャスティン』の腰を掴み更に律動を早めてやった。
それが、互いにとって最善と判断したからだ。
「やめ、やめろ、いやだ、い、……っころして、殺し、て、くれ、もう、……」
幾度と無く聞いた懇願の言葉は、誰にも届かない。
元々の体力が少ないことも関係しているのか。『ジャスティン』は再び身体を大きく戦慄かせると、直後に脱力し意識を失ってしまった。
強すぎる快感に身体が耐えられなかったのかも知れないが、ジャスティンにそれを確認する手段は無い。
弛緩してしまった粘膜は些か刺激が足りないので、腰を引き根を半分ほど埋め込んだままで扱きあげた。
「っ、……」
こめかみを伝う汗に。競り上がる精液に拭いがたい嫌悪感を孕ませながらも最後までやり遂げた彼は、萎えた根をぬとりと引き抜く。
『ジャスティン』はもう、何も言葉を発しなかった。
嫌な熱気が籠もった部屋にただ一人残されたジャスティンは簡単に服を直すと、ベッドから下り設置されている小さな冷蔵庫へと足を運ぶ。
「……」
がばりとドアを開けた先に広がっているのは、大量の流動食とミネラルウォーターだ。その中からミネラルウォーターを取り出し手早く閉めると、渇いた喉を鳴らしながら胃の中へと流し込む。
これから彼がすべき事は『性行為を終えたジャスティンの経過観察』だ。研究者達の悪趣味さに眉を顰めながら再びベッドへ戻った彼は、静かに腰を下ろし、『ジャスティン』の顔に貼り付いている長い髪を指で寄せてやる。
現れた顔は涙や唾液で汚れている上、瞼に至っては少しばかり赤く腫れ上がっていた。
彼に対し。鏡に映った自分自身に好意を抱くつもりなど全く無いが、今この瞬間に彼を哀れむ事くらいは許されても良いだろう。
絞り出すように腹に力を込めたジャスティンは、小さな声で呟いた。
「……お前には、心から謝らなければならない」
繰り返すが、ジャスティンに『ジャスティン』を殺す権利は無い。
彼が抱く罪の意識を取り除くことも、彼には出来ない。
ジャスティンの罪を全て背負わされ生まれた『ジャスティン』は、何一つとして自由が許されていないのだ。

「本当に、すまなかった。……許してくれ」

せめて彼が知能を持たない、虫同然の存在であったなら、実験道具として見捨てることも出来ただろう。
しかしその考えすら、彼に責任を転嫁しているだけだとジャスティンは気付いている。
誰にも聞こえない謝罪の言葉は、空しく部屋の空気を揺らすだけだった。


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