「なぁ一方通行、暑くねえ?」
「……あン?」

五月も終盤に差し掛かったとある夜のことだ。
静かな学生寮の一室で、家主である上条と客人である一方通行は一つのベッドの上で並んで寝ころんでいた。
上条が壁に背中を向け、一方通行が背中から上条に抱きすくめられているような体勢で、だ。
唐突に投げ掛けられた質問の意図を計りかねながら、白く細い首で支えられた頭は数回左右へと揺れる。
「そりゃ良かった」
「暑いのか、オマエは」
「まぁ、ちょっとだけな」
テレビも点いていない静かな部屋の中は、二人の声と衣擦れの音しか響いていない。
換気のためにと10cmほど開けられている窓からは昼の熱気が嘘のような、ひやりとした空気が入り込んでいる。
「……」
つまり一方通行からしてみれば、どちらかと言えば『肌寒い』と言える室温だ。
「暑いならクーラーつけりゃ良いだろォが。人のこと保冷剤扱いしてンじゃねェよ」
少し、距離を取るようにベッドの上で蠢けば、上条は慌てたように一方通行を抱き直す。
日に焼けた腕に込められた力は先程までより強く、「離したくない」と言う上条の意志を嫌でも察することが出来た。
「バレてたか、悪い悪い」
「……チッ」
上条と触れ合っているのは背中の全面と、彼が左手を回している腹部と、頭部を預けている右腕の肘より根元の部分だ。
残念ながら服を着ているので心音までは伝わってこないが、耳には上条の血液が管の中を通る音が聞こえている。
「でもお前だって人のこと言えねえだろ。冬場、人のことカイロ扱いしてくれてた訳だし」
「……」
まぁくっついて貰えて嬉しかったけどさ、と続けた上条の言葉に、嫌でも心音が激しくなる。
二人の関係はこう見えて非常にプラトニックで、未だにキスもしていない。無論、若い思春期の少年に性欲が無いわけではなく、一方通行が『したい』と言うまでは我慢しよう、と言う上条の涙ぐましい努力により、成り立っているのだ。
「ほら、図星だからって黙んねえの」
「うるせェなァ……」
「はいはい、そりゃどーも」
「……」
上条の温かな体温は一方通行の冷えた肌に吸われてしまい、今ではすっかり生温くなっている。
それが何となく気に入らなかった彼は視界に映る上条の右手に左手を伸ばし、何の気なしに触れてみた。
「っ?」
案の定、突然冷たい手が触れたことで上条の腕は一瞬緊張し、直ぐに弛緩する。
構わずに、中途半端に広げられたままの掌の肉を指でなぞり、間接を抓み、ぐにぐにと指の腹の肉の感触を楽しんだ後、指同士を絡ませるように重ねてみせる。
「……」
一方通行の意図を読み取ることが出来ない上条だったが、絡まされた指を握り返すくらいのことは出来た。
日に焼けて健康的な色形をしている指と白く華奢な指が絡み合う姿は、擬似的なセックスを思い起こさせる。
「上条」
「んー?」
「オマエ、冷てェ身体触ってて楽しィか」
「……んー、楽しいってか、お前とこうしてられんのは嬉しいな。いい匂いするし、可愛いし」
「……可哀相なノウミソをお持ちですねェ」
「何を言いやがりますかこのヤロウ。てか、冷たいばっかでもねえだろ。この辺とか」
悪態の仕返しと言わんばかりに抱き締める腕に力を込めた上条は、一方通行の足の間に手を差し込んだ。
外気にさらされることの少ないその場所は上条の手からしても生暖かく感じられ、また触れられ慣れていない場所を突然触れられた彼はびくりと身体を強ばらせる。
「あ、悪い」
「……どォってことねェ」
返事のように上条の手を太股で挟めば、パンツ越しに感触を味わうことが出来た。
そう薄くはない生地越しだと言うのに手が触れている場所はぴりぴりと電気が走ったように痺れ、じわじわと火照り始めているようだ。
「ン……」
その感触がどこかもどかしく、一方通行は思わず身動ぎをする。そして上条は至近距離で確認できる、白く滑らかな髪の隙間から見える耳がほんのり赤く染まっていることから、漸く自分がとんでもない場所に手を突っ込んでいることに気が付いた。
「(あれ……この……もしかして俺ヤバいことしてんじゃ……)」
性欲を持て余している少年が、恋人の足の間に手を差し込んでいる。もう少し手の位置を変えれば、彼しか知らない場所を探ることが出来るわけで。
かぁ、と頭に血が上る感覚を覚えながら手を引き抜こうかと迷った上条だったが、今このシチュエーションを失うのは惜しかった。
「……ァ?……ン……」
そんな上条が懸命に本能と戦っていることなど露知らず、一方通行は変わらず彼の手と擦り合わせるように太股を擦り合わせる。
それが何を意味するかなど想像すらせずに、上条の体温を味わっているのだ。
「あ、あ、あの、一方通行さん?……顔、あ、赤いけど大丈夫か?」
「ン……、まァな」
一方通行が背中を向けている所為で、どのような表情を浮かべているのか解らない。
それが惜しいような、今の時点では助かったような複雑な気持ちを抱きながら、上条は一方通行を傷つけないように、何とかこの状態からの脱却を試みる。
「上条さん、そ、そろそろ寒いからさ、窓、閉めたいんです、けど」
「……ンゥ」
この温もりと、心地よい痺れを失いたくない。
そう判断した一方通行は絡ませたままの指に少し力を込めると、彼が断ることが出来ないような言葉を、と、世界一の頭脳で纏め上げた。
「……俺ァ、暑い」
「え?」
「暑いから、このままで良ィって言ってンだ」
「そ」
殺生な、と言う思いを抱きながら、しかしこうして甘えてくる一方通行と言うのも非常に稀少なシチュエーションな訳で。
どうせ時間はあるのだ。
扱いに焦って壊してしまわないように、今からゆっくり慣らしていけばいいだろう。
そう結論付けた上条は腕の中で少しずつ高まる一方通行の体温を感じながら、達観したように呟いた。
「……それじゃ、仕方ねえか。眠かったら寝て良いぜ。黄泉川先生には、俺から連絡しとくから」
「あァ。……頼む」
「あぁ」
短い返事の後、一方通行は上条の腕に頭を擦り付ける。長い間数キログラムある有機物の塊の下敷きになっていたせいでほんの少しの痛みが走ったが、それも愛しいものだと息を吐く。
会話の無い、それでも安らかな空間の中で、心地良い温度が二人を包んでいた。







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