「ジャスティン。次のミッションはこの布陣で行こうと思うんだが……」
「どれどれ、……中々良いと思うぞ。だが、どちらかと言えばもう少しハウンド同士を近くに配置しても良いんじゃないか?これだと回復が」
「あ、ジャスティンさん!この前はサンプル収集ありがとうございました!おかげでコンプリート出来そうです!」
「大したことじゃないさ、任務のついでだったからな」
「ジャスティン、ちょっと良いかしら」
「すまないキョウコ、少しだけ待って貰えないか?モテる男は大変でな」
わいわいと賑やかしい談話室でのやりとりを、その輪の中に入らずじっと睨みつける人物が一人、いた。


「……気に食わねぇ」
「まぁまぁ、落ち着けよ」
場所はハウンドの一人、サイードの自室である。部屋の主である中年の男は氷の入ったグラスに飴色の液体を注ぎながら、肴であるサラミを一つ口に放り込む。
彼に諭されているのは肩に付くほどの橙色の髪を持つ、十代の少年である。
「エリートぉ?伝説ぅ?知らねーっての。カミヤもホダカもノアもユンも!みんなチヤホヤしやがってよぉ!」
「まぁまぁ、お前さんもハウンドの端くれならわかんだろ?あの南米でのミッションがどんだけ凄いことなのか。まともに武器も無い時代にだ、」
「あー――!!知らねぇ!ぜんっぜん知らねぇ!!」
説得の言葉に被せるように大声を上げ、首を左右に振った少年は、男と同じ液体の入ったグラスに口を付け水のように流し込む。
「(高ぇ酒だってのに…)」
苦笑しながら、男は煙草に火を点けた。
彼とて本当は解っているのだ。少年が気分を損ねているの理由は、下の兄弟が知らない人間に懐くことを良しとしないそこらの子供と変わらないことに。
人見知りの激しい猫の癇癪だと思えば、可愛らしいと思えないこともない。
サイードが煙草をくすぶらせている間も少年はガブガブと酒を飲み、白い肌は見る見るうちに赤く染まっていく。
普段であればサイードを負かすほどアルコールに耐性のある彼だが、乱暴なペース配分のせいだろう。青い眼は徐々に据わり始め、呂律が怪しくなってきた。
「一々上から目線らしよぉ、言われなくても解ってるんだっつーの!」
「はいはい、そうだな。ほら、今日はそこまでにしておきな。明日に響くぜ」
「………………」
サイードが彼からグラスを取り上げると、拗ねた子供のようにぶすくれる。
そのまま暫く沈黙を貫いていたかと思えば、ふと思いついたように少年が言葉を発した。
「ボコる」
「ん?」
「ボコって上下関係ってもんを教えてやる」
「おい、冗談だろ…って、こら待て!クライブ!」



「何だか騒がしいな」
「そうだな」
談話室のテーブルで、カミヤとジャスティンは今現在開発されている武器について意見を交わしていた。
彼らの周りには年若い三名とどちらかと言えば不真面目な男二人を除く全員が皆興味深げに資料を眺めている。
廊下から聞こえてくる声は二人分。
そして、それらは徐々に距離を詰めている。
「(……嫌な予感しかしないんですけど)」
キーパーツの写真を見て悦に入っていたノアが冷や汗をかいた瞬間のことだ。
ガン。と大きな音を立てて、談話室のドアが開かれた。
「オイ、そこのエリート様ぁ!この俺と勝負していただけませんかぁ?!」
「……え?」
室内に乱入してきたのは、アルコールで顔を真っ赤に染めた少年、クライブだった。
その背後では「やっちまった」と言わんばかりのサイードががしがしと頭を掻いており、談話室内にいた他の人間にはいまいち状況が解らない。
クライブは千鳥足でジャスティンの前に立ちはだかると、バン、と大きな音を立てて机を叩く。
「聞いてなかったんですかぁ?オレとぉ、勝負しろ!」
「え、えぇ?……何故俺がお前と勝負しなくちゃならないんだ、意味が分からないぞ」
「……ていうか、すっごい匂い。サイード、どれだけ呑んでたのよ」
「まぁ、二、三本ってとこだな。ストレートで」
「クライブ、とにかく落ち着け、な?ジャスティンも困ってるじゃないか」
今にもジャスティンの襟元を掴み上げそうな酔っ払いに対しカミヤが諫めれば、青い眼はジロリと彼に向く。
殴られるだろうか、とカミヤが椅子から立ち上がり身構えるが、クライブは予想に反する行動をとった。
「んだよ……。カミヤまでこいつの味方すんのかよぉ〜……」
笑う膝で体重を支えることも出来なくなったクライブは、よろりとジャスティンへと倒れ込んだ。座ったままでは自分より華奢とは言え、子供とは言えない人間を支えるのは難しい。クライブが床に倒れ込む前にイスから立ち上がったジャスティンは、その身体を支えてやる。
「味方というかな、俺達皆仲間だろ?」
「うるっせぇ、ぶぁーか。バカミヤぁ」
「酔っ払いに言われたくはないぞ!!」
言い合いを始めてしまった二人を目の前に、ジャスティン含む見物客は皆溜息を吐いた。
「と言うか……、一体どうなってますの?」
「気にしなさんな、拗ねてんだよ」
「……なるほど」
ギャーギャーと響く言い合いに頭を痛ませながら、ジャスティンはクライブの顔を両手で掴み上向かせる。
目はトロンと半分ほど閉じられており、アルコールの所為で色の白い肌は火照り軽く汗ばんでおり。
「まぁ、しかし。……悪さをする子供には仕置きが必要だな」
「んぁ?誰がガキだ、」
相変わらず呂律の怪しいままにクライブが反論をしようとした瞬間のことだ。
彼より頭半分背の高いジャスティンが少し背を丸め、端正な作りの顔を引き寄せる。
「え」
「ちょっ」
「……」
「きゃっ」
「?!」
三者三様に目の前の光景に驚きの悲鳴を上げたが、最も驚いているのはクライブだろう。
限界まで見開かれた青い眼はジャスティンの少しばかり笑みを湛えた銀色の眼を捉え、揺れている。
唇を塞がれているからだろう、クライブは呻き声を上げながらじたばたと抵抗するが、体格差がその抵抗をすべて無に帰した。
「……オエッ」
予期せぬ男同士のラブシーンを見たからなのか、酔いが回ったからなのか。サイードがえづいている内に、クライブの身体が解放された。
バタン、と派手な音を立てて床に倒れ込んだ彼の意識は最早無く、目を開いたまま気絶しているようだ。
ふぅ、と息を吐いて制服の襟元を直しながら、ジャスティンはカミヤへと向き直る。
「すまないなカミヤ。こいつのこと、後は任せても良いか?」
「え?え、えぇ?わ、わかった」
衝撃的なシーンを見てしまったショックから立ち直る前に声を掛けられたカミヤは、言われるがままにクライブへと歩み寄る。
そして、しゃがみ込んだ瞬間、クライブの異変に気が付いた。
彼の鼻から下。粗野な言葉を吐き出す唇がある場所に、幅の広い粘着テープがべたりと貼り付けられている。
「……えぇっ!?」
「え、何、どうしたの?……何これ、麻酔テープ?」
カミヤの声に驚いたアンナが駆け寄り同じ物を視界に入れると、冷静に分析して見せた。
「ど、……どうなってるんですか?」
皆の視線を一気に集めたジャスティンは笑いを堪えるように口元を隠しながら、ポケットから医療用麻酔テープの剥離紙を取り出した。
「どうなって、も何も、見たままだぞ。ハッハッハッハ、お前達皆釣られすぎだ」
とうとう笑いを堪えられなくなった彼は高らかに笑うと、すたすたと出口に向かう。
つまりキスしたと見せかけて、口元を麻酔テープで覆うことで酔っ払いを鎮静化させたのだ。
「じゃあ、俺はこれで失礼するよ。皆、寝坊するなよ?」
爽やかな言葉を残し彼が去った後、不意の沈黙が室内を包む。
「ありゃ勝てねぇな……」
ぼそりと呟いた年長者の言葉に、残された皆はただ頷くことしか出来なかった。





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