「……はぁ」
S.I.V.A某国駐屯地内に、溜息が響いた。
昼の一時ということで施設内の大半の人間はミッションに参加しており、普段は賑やかしい居住区画には殆ど人影が見られない。
昼のミッションに参加しない人間は夜のミッションに参加するため、皆自室で仮眠をとっている。だから尚更に、施設内は静かだったのだ。
その中で何の予定もない『少女』は一人、共同浴場の扉の前で立ち尽くしていた。
「僕、こっちで良いのかな……。いや、でも他に誰か入ってきたら……かと言って部屋のお風呂だと……」
『彼』の監督役であるホダカの趣味なのか、出入り口にはそれぞれ赤と青の暖簾が提げられており、日本語で性別を示す文字が書かれている。
左の青。右の赤。うろうろと歩きながら散々に迷った末に、彼は赤い暖簾を潜った。
幸いなことに先客はいない。それを確認しておきながらも後ろめたさが晴れない彼はこそこそと脱衣場の一番隅の籠に着替えを置いた。
ゆるいシルエットのセーターと、レギンス。それに赤いフレームで縁取られている眼鏡を外し、下着に手をかける。
「…………」
彼の胸には、大きな脂肪の塊が2つ貼り付いていた。そして股間からは、十数年苦楽を共にした相棒が消え去ってしまっている。
それもこれも、彼が敬愛するアンナが発した「ねぇノア、あなたにしか頼めないことがあるの。お願い!」と言う口車に乗ってしまったことが発端だ。
「セレスティーヌさんの言ってたこと、本当だったんだ…」
相棒の代わりに現れた乳房はかなり立派な質量で、チーム内でも一、二を争うサイズである。本来の性別時であれば揺れ動く様子に目を奪われもしただろうが、持ち主となれば話は別だ。
「なんだか肩が重い、ような……」
性別が逆転してから、およそ一週間。
少しずつ慣れてきたものの、その違和感は簡単に拭い去れるものではない。
ノアは晴れない気分のまま、自分以外には居ないにも関わらずタオルで前を隠し、浴場へと足を進めた。


何時だったか、先輩かつチームリーダーであるカミヤに教わった公衆浴場のマナーを守り、慣れない手つきで身体を洗う。
泡を流し終え空になった桶を床に置くと、カコンと音が響いた。
「はぁ……」
彼の気分が晴れやかでないのは、理由がある。
周囲の人間が色々と尤もらしいことを言っていたが、要約すれば『危ないから引っ込んでろ』と言うことだ。
ぺたぺたと湯船に移動し、少し熱めの湯に足先から浸していく。ちゃぷりと音を立てて座り込むと、ぼんやりと天井を見上げてみた。
「(……せっかく慣れてきたとこだったのになぁ。……それに)」
湯に暖められながら、ノアはぼんやりと一人の男を思い浮かべた。ノアが今の状態になってからと言うもの、一度もその男と『恋人らしい』ことが行われていないのだ。
主な理由は彼がミッションに出撃するためなのだが、それでも以前であれば少ない時間を合わせて一緒に時間を過ごしていた。
しかし今は。
「(……メールで予定を聞いてもはぐらかされちゃうし。……あれ、もしかして僕、避けられてる……?忙しいのに逢いたがるなんて邪魔、とか……しつこい、とか……)」
自身でも不謹慎に思う内容の悩みだ。誰に相談をすることも出来ないしこりは、ぶくぶくと膨れていく。
広い湯船の隅で膝を抱えながら口元まで湯に浸かり、こぽこぽと酸素を吐き出しても、気分が晴れることはない。
「(そんなことばっかり考えてるって知られたら……嫌われちゃいますよね……)」
あの男に嫌われる。想像しただけで、ノアの胸の内は鈍く重い痛みを訴えた。
柔らかな緑色の眼にはじわりと涙の膜が張り、鼻の頭が熱くなる。ほんのりと色付いた唇を噛みしめ俯くと、

「何やってんだぁ?お前」

水面越しに、オレンジ色の髪を雑に纏めた少女と眼が合った。
「???っ、く、クライブさん?!なんでここに……」
「何でって、風呂に決まってんじゃねぇか」
「……決まって、って」
当たり前のようにクライブは全裸で、白くスレンダーな身体を惜しげもなく晒している。
彼女も元はノアと同じ男だったのだが、またノアと同じようにとある薬の実験台となって性別が逆転してしまっていた。
フン、と一度鼻を鳴らした後、クライブは湯船に身体を浸しノアの元へと距離を詰める。
反射的にノアが腕で身体を隠せば、ニヤリと笑みが浮かべられた。
「何も隠すもんなんかねーだろぉ?ほら、俺らは今オンナ同士、なんだからよ」
「いや、あの、そうです、けど……!」
同性と言いながらも、やはり他人の裸を見ることには抵抗を抱いてしまう。しかしそんなノアの都合などお構いなしと言った様子のクライブは、湯船の中身をちゃぷちゃぷと跳ねさせながら近付きノアの腕を手に取ると、あっさりガードを解いてしまった。
「おぉ、ウマそうなもんついてんじゃねぇか!」
「……や、ヤダー―――!やめてくださー―――い!!」
湯船にたゆんと浮かぶ形の良い白い乳房は、電光の下に晒されて、羞恥の余りノアの顔が赤く染まる。
「あぁん?何恥ずかしがってんだっつーの!どーせオッサンに揉まれまくってんだろ!?」
「もっ……!さ、サイードさんとはまだそんなことしてません!!」
「…………あ?」
今までにやついていたクライブの顔から笑みが消え、まるで信じられないものを見るかのように眉間に皺が寄る。
「んだあ?テメーもカミヤみたいに『結婚するまでそんなことダメですよぉ!』とか言うタイプかよ」
乱暴に腕を解放されたノアは湯に腕を浸し、掴まれていた部分をさすりながら。悪意たっぷりに口調を真似るクライブに対し抗議の視線を送った。
彼とて、今の状況を望んだ訳ではないのだ。
「そこまでは言わないですよ。……最近は、サイードさんと時間が合わなくて……なんだか、避けられてるような気がして……」
「……へーぇ。そーかよ」
「クライブさんは、もうそういうことしたんですか?……カミヤさんと」
同じ境遇に陥ったもの同士と言うことで、ノアは期待の視線を送ってみるものの。
「あ?この身体になった日の夜に迫ったら『女を抱いたことがない』とか訳解んねぇこと抜かすからよぉ」
「はい」
「腕縛って俺から乗っかった」
「(……カミヤさん、すみません)」
やはり自分とクライブは性格が根本から異なるのだと、ノアは思い知るだけだった。それどころか尊敬するカミヤの知ってはいけない面を知ってしまった彼は、心の中でそっと謝罪する。
「まー、あっちからこねぇんならこっちから行くしかねぇよなぁ?せっかくいいもん持ってんだ。オッサンの寝込み襲っちまえよ。挟んで擦るくらいは出来んだろ?」
「……は、さん……っ?!」
『胸で出来ること』があることは知っているが、さすがに堂々と言われると羞恥が勝つ。
が、求められるのを待つだけでは駄目だというクライブの理論にも一理ある。反論を止め、ノアが再び水面に視線を向けた所で、聞き慣れた声が響いた。

「おーい。そっち、誰かいねぇかー?」

「……!」
まるで飼い主に名前を呼ばれた犬のように、ノアは反射的に顔を上げ声が聞こえた方向を見る。
男湯と女湯を隔てている仕切りの、天井近くの大きく空いた部分。そこから、サイードの声が漏れてきていたのだ。
「は、はいっ!何かご用ですか?!」
「おぉ、ノアじゃねぇか。久し振りだな」
「……は、はい……っ」
ただ、ほんの少し会話が出来ただけで。
面白いほどに鬱ぎ込んでいた気分が軽くなる。ノアは自らの現金さに呆れながらも、サイードに対し更に言葉を投げ掛けた。
「あ、あの。それで……」
「あぁ、石鹸が無くなっちまってな。そっちに余ってるのがあったら投げて寄越して欲しかったんだが」
「了解しました!石鹸ですね」
クライブがにやついても構うことなく、ノアはサイードに求められる行動を取る。湯船から素早く上がったノアは洗い場の石鹸を一つを取り、そっと壁の向こうへと放り投げた。
ことん、と堅いものにぶつかる音が壁の向こうから響いた直後、サイードからの礼の言葉が飛ぶ。
「お前さんには感謝しねぇとな。身体はもう良いのか?」
「は、はい!……ご迷惑お掛けしちゃって、すみません」
「いやいや、お前さんが謝ることじゃねぇさ」
本当に他愛もない、当たり前の会話だ。
顔も合わせていない声だけの繋がりだと言うのに、それでも今のノアにとっては大切な繋がりだ。
嬉しさの余りににやけていれば、それに留まるなと言わんばかりにクライブがジェスチャーをする。
横目でそれを見たノアは一度深呼吸を行うと、サイードに向けて言葉を放った。
「……あの、サイードさん!僕、今晩サイードさんの部屋にお邪魔しても良いですか?……お話、したいことが、あるんです……」
「……あー、そりゃ。今晩じゃねぇと駄目か?」
「……っ」
余り。と言うより、明確に都合の悪そうな答えを返されたことに、晴れていたノアの心が再び曇り出す。
しかし、ここで引いてしまっては状況は何も変わらない。そう考えたノアは首を大きく左右に振ると、食らいついた。
「はい。……ダメです」
「……そうかよ、そうかよ。……じゃあ、2030に俺の部屋、な。それで良いか?」
「……はい!ありがとうございます!」
「はいよ。……石鹸、ありがとな」
「いえいえ。それじゃあ、また後で」
「あぁ。後でな」
二人の会話が終わるまで、クライブが割って入るようなことはなかった。約束を取り付けたノアが眼に涙を溜めながら湯船に戻ってきたので。彼は彼に腕を回し背中を叩く。
「よぉーし、やりゃあ出来んじゃねぇか!」
「っ、は、はい……!ありがとう、ございます……!」
汗で湿った栗色の髪を思い切りくしゃくしゃと乱されても、今は不思議と不快と感じない。
余り大きな声を上げるとサイードに気付かれてしまうため、互いの言葉の音量は先程の半分程度だ。
「……このチャンス、逃すわけには行かねーよなぁ?俺から、とっておきのアドバイスをプレゼントしてやんよ」
可愛い弟分の努力を褒めながら、クライブは赤く染まったノアの耳元で囁いた。




「お邪魔、します」
「おう、入んな」
サイードに指定された時間の通りに部屋を訪ねたノアは室内に入ると、一度きょろりと周囲を見渡した。
ハウンド達に割り当てられている個室にも幾つかの種類がある。サイードは部屋をほぼ酒を飲んで寝ることにしか使用しないため、その内装はひどく簡素だった。
10畳程の室内にあるのは、ベッドとテーブルとイスが一つずつ。後は簡易キッチンと少しの衣類が収納されたクローゼットが部屋の隅にあるのみだ。
所々に置かれている空の酒瓶や雑誌。それに吸い殻と灰が山のように盛られている灰皿。以前部屋を訪れた時よりも、少なからず荒れているように見受けられる。
「んで、話ってのは?」
「あ、……えっと」
ベッドに座りながらウイスキーを嗜んでいるサイードの横にちょこんと腰を落ち着かせたノアは、目線を泳がせた。
しかし、この男の前でバレない嘘を吐くことなど出来る筈もない。
「……最近、一緒にいる時間が減っちゃって。寂しかったんです。……すみません、忙しいのに」
すぐ隣にいる男の服を掴むことも出来ない手は、行く宛もなくノア自身の寝間着の裾を弄くった。
サイードから言葉での返事はない。
彼はグラスを簡素なテーブルに置くと、無言のままノアの腰に腕を回して抱き寄せた。
気にするな、とでも言いたいのだろうが、今ノアが欲しているモノとは若干の差異がある。
「サイードさん、……僕、何でも出来ますから」
淫乱だと、不謹慎だと罵られようが、一週間振りに恋人の腕に抱かれたノアの体温は一気に上がる。
「何でも、しますから……」
すり、と身体を寄せれば、サイードの腕に若干の力が籠もる。大きな喉仏がこくりと上下する様を見たノアは、彼の膝の上へと跨がった。
「(後は、クライブさんに教わった通りにすれば……)」
柔らかな生地で出来たブラウスのボタンを上から順に外していく。二つ目のボタンを外した所で、サイードの視界に飛び込んできたものは。
「…………そりゃあ」
「……っ」
普段着用している機能を重視したシンプルなデザインとは正反対の。
まかり間違えば下品と取られかねない、真っ白なレースと最小限の生地だけで作られた下着だった。
サイードの目が驚きで見開かれた直後にノアの首から上は真っ赤に染め上がり、小さく呻き声が漏れる。
「……っ」
サイードからの言葉に応えることなくノアはズボンにも手を掛け、一気に膝までずり下ろした。彼の下腹を被っているのは、これまた真っ白なレースと最小限の生地だけだ。
寝間着を中途半端にはだけさせたまま、ノアはサイードの首筋に顔を埋め、キスをする。
そのまま彼が着用しているタンクトップをたくし上げようと手を伸ばした所で、制止するかのようにサイードの手が重なった。
「……そうがっつくなよ。悪い俺が出て来ちまいそうだ」
ついで、耳元に低く甘い声で囁かれる。ノアはそれだけで身体の中心が疼くような感覚に酔いながら、ぺたりとその場に座り込んだ。
「まぁ、幾つか確認したいことはあるが……。取り敢えず、お前さんのそれ、誰からのアドバイスだ?」
「え、ぁ」
ノア一人であればこんな淫らな格好を思い付くはずがない。サイードの読みは正に的中しており、ノアは口の中をまごつかせながら問いに対し言葉を返す。
「く、クライブさん、です」
「……やっぱりな」
「あの、違うんです!僕が、落ち込んでいた時にアドバイスをくれただけで……だから、その」
「あぁ、すまんすまん、そんなつもりじゃなかったんだ。……可愛いと思うぜ。本当にな」
責められたと感じ萎縮してしまったノアの腰に手を回し、身体同士の隙間が無くなるほどに抱き寄せ、密着する。
柔らかな胸がむにゅりと当たる感覚に、サイードの下腹も熱くなる。
結局、我慢していたのはお互い様なのだ。
「か、可愛い、なんて」
「本当のこと言って何が悪いんだ?……ほら、よーく顔見せてくれよ」
「……」
羞恥から顔を俯かせていたノアだったが、男からの頼みを反故には出来ない。視線を鎖骨から首筋へ。首筋から顎へ。少しずつ上向かせていく途中で、彼の華奢な顎を太い指がそっと持ち上げた。
「ぁ、」
息を吐ききる前に、唇が重なる。視線の遣り場を失ったノアはそっと眼を閉じて、久方振りの感触を味わうことに専念した。
表面を摺り合わせてから、息継ぎの序でと言わんばかりに開いた唇の隙間に舌が潜り込む。
ぬるりとしたものが口の中の粘膜を撫でる度にノアの身体には鳥肌が立ち、意識がふわりと浮かんでしまう。応えるように舌を絡ませれば、くちゅりと音が立った。
「ん」
サイードは猛る下腹を堪えながら震えるノアの下着に手を伸ばすが、まだ早いと自制を重ねる。
唇が火照り始めた頃に漸く距離が開き、すっかり潤んだ緑の瞳がサイードを貫いた。
「……いやあ、たまんねぇな。うん」
「?」
困ったように呟く男の様子に、ノアは首を傾げるしか出来ない。サイードは節くれだった指でノアの唇を撫でると、観念したように言葉を吐きだした。
「……まぁ、情けねぇ話だ。俺ぁそういう……慣れてる相手となら腐るほどあるんだが、本当に、お前さんみてぇなお嬢ちゃんとは……無くてな。上手くしてやれる自信がねえ」
かちゃりと眼鏡を外し、あどけなさの残る輪郭を太い指が撫でる。元々華奢な体つきではあったが、性別が逆転してからはそれが更に際立っている。
その癖に出るところは出ているという何とも男を煽る身体の為、妙な虫が付くのではないかとサイード自身ここ数日は気が気ではなかったのだ。
「その癖、お前さんを見てるとどうにも辛抱が利きそうに無くてなぁ。……遠ざけちまうようなことして、悪かった」
「いえいえ!そんな、サイードさんが謝ることじゃないですって!……だから、あの」
頭を下げるサイードの頬をノアの両手が包み込み、慌ててフォローをする。
心の底で思っていることは二人とも一致していた。その事実が喜ばしいノアはふにゃりと頬を緩ませると。
「……続き、してください」
熱の籠もった声で、男を誘う。
「……はいよ。お安いご用だ」
サイードも、何一つ迷うことなくその誘いに乗り込んだ。すでにしっとりと汗ばんでいるノアの首筋に一つ二つと吸い付きながら、羽織っているだけだった寝間着を床に落とす。
レース一枚と、少しの生地と、リボン。ただそれだけしか身に着けていない肌は色濃い部分を透かせ、充血し存在を確かにし始めた胸の先端の形を明らかにさせてしまっている。
しかしサイードはその場所に触れることはなく、腰回りや首筋を丁寧に撫で、時にはやわやわと引っかくだけだ。
「……は、……っ」
もどかしい。擽られるような愛撫に身を捩りながら、ノアはゆっくりと息を吐く。背中やへそを丹念に撫でながら、たまにその質量を確かめるようにサイードが豊かな胸をふにゅりと揉んだ。
思わず声が漏れそうになるのを堪えサイードへと視線を送れば、穏やかな眼にしっかと情欲の色が宿っているのが見える。
その表情に、ノアは下腹が火照ることを自覚した。
「……ぁ、うっ」
気付けば、サイードはその両手で下から支えるようにノアの乳房を愛撫していた。下着はずれてしまい既に役目を果たしておらず、柔らかな桃色の先端をさらけ出してしまっている。
しかしサイードはその場所には触れず、その周囲を丹念に愛撫し続ける。
触れて欲しい、と思っても、流石にそれを口に出す勇気はノアには無い。身体をひくつかせながら愛撫に身を任せていれば、ぬるりとした感触が敏感な先端に触れた。
「……ひ、っ?!」
「おお、悪いな。急すぎたか」
「いえ、あ、っ、ぁ、っ」
サイードが先端を口に含んでいた。舌の広い面で擦り上げられたかと思えば、ちゅ、と吸われてノアの背中が反る。サイードに言葉を返そうにも伝わる刺激が強すぎる為に上手く舌が回らない。
男は片方を甘く食みながらもう片方を指の腹で丹念に愛撫する。少しその動きを激しくするだけでノアの唇からこぼれる声は上擦り、呼吸すら危うげだ。
「あ、ぁっ、あ、っ、ぃ」
腕の中にいる恋人の体温が上がってきたことを肌で感じたサイードは空いた手を背中に回し、下着を固定している頼りないリボンに手を掛ける。
しゅ、と言う小さな音と共に胸に乗っていた下着はただの布切れへと変わり、はらりと床に落ちた。
「は、ずかし、い、です、っ、……っ、サイード、さ、ん……」
「いいねぇ。……いいじゃねぇか」
一糸纏わぬ上半身を、男は堪能し続ける。舌と指の動きを激しくすればノアの喘ぎも連動し、甘さと切なさがどんどんと増していく。
先端への愛撫をノアが今まで受けていなかったわけではない。ただ、女性として味わう快楽が強いだけだ。
首もとまで真っ赤に染め上げながらはふはふと息を吐くノアの顔は、大変に愛らしい。細く柔らかな身体のひくつきから彼の限界を感じ取ったサイードは、ほんの少しの痛みを感じる程度の強さで先端を噛む。
「ひっ、……や、ぁ、あ、あー――……!」
びくり、と。ただそれだけでノアはサイードの腕の中で一度目の絶頂に達してしまった。触り心地の良い肌はすっかり汗ばみ、触れればしっとりと掌に吸い付いてくる。
脱力しもたれ掛かるノアの額にキスを落とした男は、そっとベッドに彼を寝かせた。
唯一身に着けている、生地の少ないショーツはサイドのリボンだけで頼りなく固定されており、肝心の場所を覆っている生地はすでにぐしょりと濡れそぼっている。
吸収されきらない水分は、しっとりとしたノアの内腿を伝っていた。
「……脱がせるぞ、ノア」
「は、……い……」
必死に意識を保ちながら。ノアは腰を浮かせ、枕を弱々しく握り込む。丁寧すぎる程の手つきでサイードはリボンを解くと、ショーツを脱がせた。
とろりとした愛液が糸を引きショーツを繋ぐ光景が酷く淫猥で、思わずサイードはこくりと生唾を飲み込んでしまう。
薄い下生えの下にある割れ目は甘い香りを放ち、男を誘っている。そろ、と壊れ物に触れるような辿々しさでその場所に指を這わせると、びくりとノアの腰が跳ねた。
「っ、ひゃっ?!」
「すまんすまん。ちょっと辛抱してくれ、な」
「は、っ、はぃ、ぁっ」
サイードはノアの股を割ると、太股をそっと押さえきめ細やかな内腿にそっと舌を這わせる。穢れを知らないノアの入口は柔らかなピンク色をしており、可愛らしい肉唇は閉じていた。
再び、丁寧すぎるほどの手つきでその場所に指を這わせたサイードは、右手の中指を第一関節までをつぷりと挿し込んで行く。
「(……きついな)」
「あ、ぁっ、なか、なかに、っ?」
「あぁ。痛かったら遠慮なく言ってくれよ」
これまでサイードが抱いた相手であれば、今までの愛撫だけで充分挿入に耐えられる程に濡れていたのだが。やはり処女はそう簡単には行かないらしい。
サイードはそっと指を引き抜くと、ノアの足の間に潜り込み。代わりと言わんばかりに舌を挿入した。
「ひっ?!っさ、さい、サイード、さっ!そこ、そ、舐めるとこ、じゃっ」
突然、滑ったモノが胎内に進入してきたことに驚いたノアが足をひく付かせるが、サイードはその抵抗を封殺する。
「ほら、慣らはねえと、な」
「あ、や、ひゃべるの、ひゃべるの、だ、だえれ、あっ」
サイードの舌が。息が。敏感な場所を擽る度にノアの脳内が沸き上がり、呂律が回らなくなってしまう。
はたはたと愛液が顎を伝いベッドを汚すが、それが止まることはない。舌で内壁をねっとりと舐め上げ、襞の一つ一つに唾液を塗りたくるように愛撫を繰り返せば、ノアの喘ぎからは理性の色が消えていく。
舌を膣壁に締め付けられながら口を大きく開けたサイードは、止めと言わんばかりに。包皮に包まれたままの小さな肉芽をこり、と歯で引っ掻いた。
「……ぁ、……っ!!」
一瞬、理解が追いつかなかった。
指の先が白くなるほど握り込んだノアは、与えられた快感に耐えることしかできない。
腰を。脚を。身体全体を戦慄かせながら、涙を止めどなく溢れさせながら、背中を弓形に反らせながら。
声を発する余裕すら無くしたノアは、滲んだ視界で天井を眺めるだけで精一杯だった。
「ぁ、あっ、あ、サイ、ド、さ。サイード、さ、ぁ……」
蕩けながら名前を呼ぶノアに対し、サイードは彼の太股を撫でることで返事をした。
唾液と愛液で充分すぎるほどに潤った胎内は、既に舌程度であれば出し入れは容易だ。ちゅる、と舌を引き抜き口の周りを拭うと、サイードは再びその節くれだった指を挿入する。
「ひゃ、ぁっ、あっ!」
先程までと違い、一本の指は易々とノアの胎内に飲み込まれた。出し入れを行う度にくちくちと濡れた音が部屋に響き、細い腰は指の動きと連動して揺れ動く。
「(……もう少し、だな)」
細く長く息を吐き、今すぐにでも貫きたい衝動を抑え込みながら、丁寧な前戯に専念した。中の蕩け具合から次の段階へと移ることを決めたサイードは、く、と胎内で指を折り曲げる。
「ふぁ、あー――……っ」
身体全体から力が抜けたノアは腰だけをひくつかせながら、その快感を貪った。きゅ、と押し込むように尿道を圧迫された後に、膣内を解される。
「なんか、きひゃ、ぁ、あ、や、また、また、また、きひゃい、ま」
腹の奥の熱が、再びノアの脳内を焼き焦がす。イヤイヤと首を振りながらも膣内は指に吸い付いて離さない。
なので、ほんの少しだけ。サイードは指の動きを激しいものへと変え、ざらつく胎内を擦り上げた。
「ひ、……っ!!」
甲高い悲鳴の直後に、ぷしゅ、と言う音を立てて液体が溢れ出す。とろみのある愛液とは別の生暖かな液体はポタポタとサイードの手を伝い、ベッドに幾つもシミを作った。
「ぁ、僕、……ぼく、ぇ?漏らし、て……っ、ごめ、なさ……わざと、じゃ、……」
かたかたと華奢な顎を震わせながら、ノアはサイードの服の裾を弱々しく握り込む。
下半身がまるで別の生き物のように火照る所為で、なんの言うことも聞いてくれない。こんな時に粗相をするなど、軽蔑されてしまったかも知れない。
目尻から、目頭から涙を溢れさせたノアは、サイードからの返答を待つことなく言葉を重ねていく。
「ごめ、なさ……ご、め……っ」
ぐす、と嗚咽を漏らしながらサイードの服を掴む手に力を籠めた所で、ぬるりと指が引き抜かれた。
「ぅ、っ」
異物が去る感覚に心細さを抱きながら、やはり軽蔑されてしまったのかと考えたノアの胸の奥が痛む。
しかしサイードが次に取った行動は、酷く荒々しいキスだった。
「っ」
唾液が垂れようが、多少唇の位置がズレようが構わないと言わんばかりのキスに籠もる愛情は、鈍くなったノアの脳でも十分に理解できる。
「(……情けねぇ、なぁ)」
優しくする、などと言っておきながら、自分の手で乱れるノアの姿を見て辛抱が堪らなくなってしまうなどと。
自分の半分も生きていない子供に汚い欲をぶつける自分に嫌悪感を抱きながらも、この衝動を止める術も見つからない。
かちゃり、とベルトを緩めたサイードは自らのスラックスや肌着を手早く下ろし根を露出させ、充分に潤ったノアの膣口へと擦り付けた。
赤黒く充血し先端から先走りを垂らすその姿は、グロテスクとしか言い様がない。
ちゅ、と最後に音を立てて唇を離したサイードは、懸命に酸素を取り込もうとするノアの耳元で優しく囁いた。
「……そろそろ俺達、幸せになろうぜ」
粘液で濡れていない左手でサイードに縋りついているノアの右手を外させて、しっかと指を絡ませる。
少しだけ冷静さを取り戻したノアは今にも落ちてしまいそうな意識を何とか保ちながら、応えるように握り返す。
「ご迷惑じゃ、……なければ」
どこか嬉しそうな。掠れた声での了承を得たサイードの胸の内は、幸福感で満ち溢れた。数えることも億劫な程にノアにキスをしてから、その細い腰に右手が伸びる。
ノアが痛みから腰を引かないように掴まえておくためだ。ちゅ、と先端で何度も粘液同士を絡ませながら馴染ませて行き。
「……行くぜ」
最後に小さく呟いた後、サイードはいきり立った根をノアの中に沈ませる。
亀頭から笠までは丁寧な前戯のためかぬるりと入り込めたが、問題は残りの幹だ。
「は、……っ」
指や舌などと言ったものよりずっと太い幹は容赦なくノアの胎内を圧迫し、その息苦しさに彼は乾いた息を吐く。
サイードが腰を進める度に異物感と痛みが襲うが、それ以上に繋がることが出来た喜びが大きい。なので、彼が痛みを訴えることはなかった。
「ん、……、っ」
サイードが幹を少しずつ飲み込ませる度に、ぷつりぷつりと何かが切れてしまう感覚が伝わってくる。しかし今ここで止めてしまえば辛いのはノア自身である。
彼はノアの頬や首筋に幾つもキスを落としながら、ゆっくりと時間をかけて太い根を根本まで埋め込んだ。
「……入ったぜ、ノア」
「は、っ、……い……」
互いの汗と体温が混じり、まるで一つの塊になってしまったような感覚が二人を支配する。やけに煩い心音も、今は心地よく皮膚を叩いているだけだ。
ノアの茹った脳で感じられるのは、繋がっている場所からの熱だけだった。痛みと快楽が混じったその感覚を、分けて理解することが出来ない。
「大丈夫、か」
「……」
男からの言葉に、ノアは頷くことで返答する。ただ繋がっているだけで痛みと快楽の疼きが下腹に響くので、言葉を発する余裕が全く無かったのだ。
しかし、自分の顔を覗き込む男の顔には大袈裟すぎるほど気遣いの表情が浮かんでおり。これ以上彼に心配をかけるのは申し訳がない。
これまで散々甘く愛されたのだから、次はこちらが彼を受け入れる番だろう。
「さいーど、さ……、う、ごいて、くださ」
「……良いのか」
「はい、……だいじょう、ぶ、ですから」
ノアはサイードの手を握る手に力を込めると、彼へと律動を促した。見え透いた強がりであったが、今のサイードにその誘いを断るほどの余裕はない。
「すまねぇな」
短く侘びの言葉を囁いたサイードは、ゆっくりと腰を引き。
「……っ!」
引く時よりは少し荒く、ノアの最奥を突き上げた。
「ぅ、……っ!!」
ただそれだけの動きであったのに、身体の全てが串刺しにされるような錯覚をノアは抱く。しかしここで苦しげな言葉を吐けば、恐らくサイードはまたその動きを止めてしまうだろう。
ひくつく脚を男の脚に絡めると、離さないと言わんばかりに。左腕を背中に回し体を密着させた。
「……っ」
予想していなかった恋人の行動に情欲を煽られたのは、サイードだ。用済みになった右手をノアの浮いた背中に回すと、同じように引き寄せる。二人の間に入るものは空気ですら無粋だと言わんばかりに、だ。
気付けば男の律動は激しいものに変わっており、汗で濡れた肌同士のぶつかる音と濡れた肉が掻き混ぜられる音が規則的に部屋に響く。
互いに言葉を発する余裕などとっくに失ってしまい、獣のような息遣いだけが二人の鼓膜に響き渡る。
「ぁ、ぁ、あっ、あ」
サイードの首筋に顔を埋めながら、ノアはきらりと光るドッグタグを目で追っていた。サイードの律動に合わせて揺れるそれが照明を反射する姿を、蕩け切った脳内がどこか愉快だとでも思ったのかもしれない。
汗と混じる金臭さには、どこか血の匂いを感じさせる。匂いを覚えようとする犬のように頬を擦り付けながら、ノアは揺らされていうことを聞かなくなり始めている下半身を叱咤した。
「ノア」
「……さ、いど、さ」
男はそれに気付かないままに彼の名前を呼び、汗で湿った額にキスをする。白い肌はすっかり上気したせいで首まで赤く染まっており、穏やかな碧色の目は涙で淀んでしまっていた。
熱で茹る脳で名を呼ばれたことを理解したノアは、本能的に名前を呼び返す。彼の胎内は早く穢せと言わんばかりにサイードの根に絡みついており、サイードも疼く熱の一刻も早い解放を望んでいる。
徐々に激しさを増す律動に対し、限界を迎えるのは当たり前のようにノアの方が早い。しかしこれまで二回絶頂させられ、ただでさえ堕ちてしまいそうな中で三度目を迎えれば、恐らくはサイードが達する前に気絶してしまうだろう。
きゅ、と。一度下唇を噛んだノアは、譫言のように彼へと要求する。
「さい、どさ、すき、だいすき、です。だ、から、……はやく、いっぱい、くださ……っ!」
「……っ!!」
その言葉に、サイードの背中には興奮からくる電流が走った。返事の代わりに一際深く突き上げることでノアの胎内が収縮し。
そして、それが限界だった。

「あ、っ、あつ、あっ?……、ぁー――……っ」
溜りに溜まった濃度の高い蕩けた遺伝子が、余すことなく濡れた肉壁を白く汚していく。熱く脈打つ根と、それを注ぎ込まれる感覚を味わいながら。ノアも三度目の絶頂を迎えてしまった。
ぼんやりと、盛った猫のような喘ぎには力が籠っていないものの、肉壁や四肢はしっかとサイードにしがみ付いている。
律動や収縮が収まった後部屋に響くのは、二人分の荒い呼吸だ。サイードはノアの背中に回していた手を抜き彼の身体をそっとベッドに寝かせると、汗で萎びてしまった栗色の毛に指を絡ませる。
「……ノア」
「は、ぃ……」
男からの呼び掛けに応える声は掠れており、序に言えば震えていた。腕の中に収まってしまうほどの愛しい存在を壊してしまわぬようにと、絡ませていた指の力を一旦抜き、また籠める。
「……愛してる」
「っ、……」
余裕など一欠けらもない男の言葉に、心も体も茹ってしまったノアは返す言葉を見つけることができなかった。
返答のようにサイードの首筋に頭を摺り寄せると、彼はそのまま意識を失ってしまった。




「……」
ぱちくりと目を覚ませば、見慣れた天井が視界に入る。自分が置かれている状況を理解しようと周囲を見渡せば、視界に入るのは空の酒瓶や灰皿である。
そして下半身に残る鈍い痛みと、汗や粘液でべたつく身体。そこまでしてようやく自分が意識を失うまでの過程を思い出したノアは、その白い頬を赤く染め上げた。
「……っ」
自分から誘っておいて先に堕ちてしまうなど、全く無責任にも程がある。囁かれた言葉や体温を思い出すだけで再び身体が熱を持ち始めてしまう恐れがあったので。
彼は勢い良く首を左右に振ると、意識を切り替えるために部屋の主の姿を探した。
「ていうか、今何時なんだろ……」
彼のトレードマークである赤いフレームの眼鏡も見当たらないため、上手く周囲の情報を得ることができない。
カーテンの隙間から穏やかな日光が差し込んでいるため、朝であることは確からしい。上半身を起こし手探りで眼鏡を見つけたノアは手早くそれを着けると、眼鏡の横に置かれているメモ用紙に気が付いた。
その文字は勿論サイードが書いたもので、内容もノアの予想通りのものであった。
メモ用紙を宝物のように抱え込んだノアはぼすんと音を立ててベッドに沈み込むと、まるで本人に甘えるように、枕に自分の髪を擦り付けた。


「お前にゃ苦労〜♪かけち〜まぁったな〜♪」
「……随分機嫌がいいな。何かあったのか?」
ミッション終了後のシャワー室に、男の歌声が響き渡る。その声色から上機嫌であることを察した同チームのハウンド、カミヤは、身体を洗う手を止めて横の個室にいるサイードへと声を掛けた。
両名は只今他のチームに所属のハウンドと共に、恋人のいる駐屯地からかなり離れた場所の駐屯地に滞在している。と言っても、あと数時間後には移動用航空機に搭乗し、また戻るわけなのだが。
「いや、さっきノアからメールがあってな。可愛い奴だよ、本当に」
「それは何よりだ。仲良きことは美しきかな、だな」
疑問を解決したカミヤは再び身体を洗い始め、シャワーで泡を洗い流す。彼の頭に思い浮かぶのも、素直ではない恋人のことだ。
しかし残念ながら、彼の恋人からはそのような便りは無い。
「……羨ましくなんかないぞ。ああ。決して羨ましくなんか。……羨ましくなんかない!」
「おいおい、声に出てるぜ」
サイードはにやつきを抑えないままにカミヤの独り言に反応すると、得意げな表情を浮かべたままに彼へと言葉を重ねていく。
「どうした。うまく行ってねえのか?オジサンに相談してみろよ、な?」
お前の恋人には借りがあるからな、と言う最後の言葉を飲み込んで、カミヤから悩みを引き出したサイードは、『実に的確なアドバイス』を行った。

それによりカミヤの恋人がどうなったかは、神のみぞ知ることである。






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