風丸の喜びそうな下着を選んでるでやんす | ナノ

本当にいい加減にして欲しい。目の前でニコニコとコーラのMを飲む一之瀬の笑顔を見ながら、心の底からそう思った。
率直に言おう。私は一之瀬一哉という男が苦手だ。ルックスも性格も申し分ない、良い奴だとは思う。けれど私には、いつも笑顔を浮かべていて決して弱音を吐かない、典型的なイケメン男子一之瀬一哉がどうにも胡散臭く思えて仕方が無かった。なのにどうして、こうやって一之瀬と二人でファストフード店にいるかというと、これはまた簡単なようで複雑なはなしである。
私は、何故かわからないけど一之瀬一哉に告白された。それも昨日、金曜日の昼休み学校の廊下にて、だ。もちろん目撃者はたんまりと居て、相手はなにしろ男女構わずおモテになる一之瀬だ、私は質問攻めにあった。もちろん前に述べたとおり私は一之瀬が苦手なので、告白は(ちなみに「好きだ、付き合ってくれ」という彼にしては実に簡潔な内容だった)丁重にお断りした、の、だけど。
「な、なんで一之瀬がいるの」
「秋から、ここにいるって聞いたんだ」
「いや、そうじゃなくて」
「君が好きだから、じゃダメ?」
だからほんといい加減にして欲しい。今日は両親共に出掛けていて、昼ご飯がないからハンバーガーでも食べようと店にやって来て、オーダーをしたあとお盆を持ってあらかじめとっておいた二人席に戻ると、当然のように一之瀬一哉がいた。秋、今回ばかりは恨むよ、なんてことしてくれたんだ。君が好きだからとか、簡単に言わないでくれない。思わず口をついた言葉は意外と大きく、あまり人のいない店内に少しだけ響いた。他のお客さんが怪訝そうに振り返る。私は慌てて下を向いた。
「本当のことなんだ、別に言ってもいいだろ?」
「よくない!…あの、あー、えっと…私、一之瀬のこと振ったよね、だからそういうのは…」
「そんなこと関係なくないか?」
「ある!大体どうして私?」
「その声その顔その性格、すべてが俺のタイプそのものなんだ」
「は、…な、なにそれ。意味わかんない」
普通は異性にこんなこと言われたらすっごく嬉しがるんだろうけど、なにしろ相手は一之瀬だ。あんまり嬉しくない、嬉しくないけど不思議と悪い気分はしなかった。心臓の鼓動がすこし速くなる。それが悔しくてしょうがない。
「あ、そうだ俺、ちょっと思いついたんだけど!」
「私はなんも思いついてないから、」
「あのな!」
もうほんと嫌になる。さっきからこいつ、全く人の話を聞かないのだ。私がぼーっとするとふて腐れる癖に。まったく理不尽な奴だ。私は昨日、確かに一之瀬を振った。一之瀬だって「そっか、わかった」とだけ言って私の前から去って行ったというのに。はあ、とわざとらしく溜息をついたあと、行儀悪く肘を立てて顎を乗せた。これで呆れてお前なんかごめんだ!とかなんとか言って帰ってくれたらいいんだけど。でもそれは所詮夢物語で、一之瀬は眉ひとつ寄せることなく嬉々とした表情のまま、早口でいろいろとまくし立ててきた。
「俺は君のことが好きだけど君は俺のことは好きじゃないていうかむしろ苦手の部類に入るんだろうけどそんなんじゃ俺は諦められないし諦めるつもりもないだから俺思いついたんだ!」
「…何を?」
「既成事実作っちゃえばいいんじゃないか、ってね」
言い終わるか否か、一之瀬の顔がググっと近くなり視界が一之瀬で遮られた。え、ちょっと。身動きひとつとれないまま一之瀬の腕が私の首にまわる。他のお客がひゅっと息を呑むのが聞こえた。ゆっくりと触れ合ったくちびるにじわじわと熱が集まったのを感じる。ああ私今一之瀬とキスしてるんだ、そんな馬鹿な。初めてのキスはレモン味なんかとは程遠い、コーラの味。はっと我に帰り一之瀬の肩を押しのけ、椅子を下げて距離をとった。顔が熱い。まわりの客はそわそわしながらこちらを見詰めていた。恥ずかしい恥ずかしい今なら死にそう。一之瀬を思いきり睨めば、本人はまったく気にしていないかのようにニッコリ笑って、ぺろりと舌で唇を舐めた。一瞬どきっと胸が高鳴ったのはまわりの客のせいだと思いたい。
「ごちそうさま!」
やっぱり、私は一之瀬一哉が苦手である。

少女Aのドラマ

100814 藤島
(Dear.空さん)