涼野だって長袖着れるもん☆ | ナノ
例えばのおはなし
もし、例えばだよ?例えば私と南雲がつきあったとするじゃん。はあ?だから例えばっつったじゃん話し聞いてなよバカだなあ。でさ、恋人なんだからちゅーしたりハグしたりいろいろするわけよ。いろいろはいろいろだよ。それ以上でもそれ以下でもありません。…なんで男って、はいはい、ごめんごめん。男女差別ですね。で話し戻すけどいろいろするでしょ?そんないろいろやっちゃってさ、別れることになったら…え?展開はやい?いいんですー、例え話だから!で、そしたら今までの行為って何だったんだろうね、ってことになんない?考えすぎ?そんなことないって。いいから答えてよ。
「…そうだな」
俺は顎に手を乗せ低い天井を見上げた。急にマシンガンよろしくオカシナことを言ってきた名字はうんうん!と身を乗り出し俺を見ている。その目はきらきらと輝いていた。その間に考えがまとまり、よしと口を開く。
「俺は意味があったと思うぜ?」
「…なんで?」
名字は心底わからないとでもいうように首を小さく傾げて見せた。さらりと髪がゆれ、甘い匂いが鼻をかすめる。
「だって好きだったからキスしたんだろ?抱きしめたんだろ?」
「うん」
「ならそれでいいじゃねえか」
そう言って笑った俺の顔をまじまじと見つめ、それからふっと破顔した名字は「そっか、そうだよね」と呟いて自分自身の指を絡めた。そしてまっすぐに見つめてくる。
「やっぱり南雲に聞いてよかった」
至極真面目にそう言いはなった名字にどきりとしながらも、急になんだよとからかうと「南雲でよかったなってさ」へんにゃりとした締まりのない笑顔を寄越してきた。
「こういうのことはヒロトのほうが適任だろ」
「そうかな?基山は優しいから自分の考えてることと違くてもその人が欲しい答えに合わせてくれそうじゃんか。でも南雲は違うでしょ」
ゆっくりと何の雑じり気もない聡明な瞳が俺を射ぬく。
「私が欲しい答えじゃなくても南雲はちゃんと自分が思うことを言ってくれるじゃん」
ね?と名字が覗き込むように視線を合わせてきた。俺は俺で無性にうるさい心音を抑えるのにいっぱいいっぱいで上手く反応できない。そんな俺をよそに「まあ、例え話だから」とけらけら笑った名字がじゃあ、と席を立つ。その瞬間、なにを思ったのか、俺は素早く彼女の手首を掴んだ。「へ?」驚いたように名字が声をあげる。ほぼ無意識に、かつ無我夢中で掴んでいた俺も自分の行動にびっくりして名字の顔を凝視した。でもその時、俺は掴まないといけない気がしたのだ。
「名字」
じんわり手のひらから伝わってくるぬくもりを感じながら呼ぶと名字の表情が幾分か強ばって緊迫した雰囲気が辺りを包んだ。何の考えもなしにこの状況を作ってしまった当の自分は未だに回らない頭とうるさい胸をシャットアウトして揺らぐ彼女の目を見る。
「例えば、もし、俺がおまえを抱き締めたいだとか、キスしたいって言ったらどうする?」
ごくりと飲み込んだ唾がのどを潤す。本当に、なにを、ばかだな。どうしてこんな考えにいたったのかまったく理解できない自分の思考回路に呆れた。けど、この手を離したら一生後悔すると早鐘のように脳がすべての神経に伝達する。俺は懇願でもするように名字から目を離さないでいた。「私、は」赤く染まった頬の名字がわずかに口を動かした。掠れた声に一抹の不安がよぎった。
「私は、南雲になにをされても、いいよ」
小さく小さく呟かれた言葉は俺の耳を通して瞬く間に体全体を駆けめぐった。やばいやばいやばい!にやけそうになる口をきつく結ぶ。
「で、でも、例えばの、話だから!」
口早に言いはなった名字は今度こそ教室を出ていった。その駆ける足音が遠退くまでなにも考えられずにぽかんとしていた俺は弾かれたように机に突っ伏す。
「あ、れは、反則だろっ、!」
騒ぎたつ胸をそのままに駆け出したのは言うまでもない。
わかめ。さんへ!
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