涼野だって長袖着れるもん☆ | ナノ
水も誘うよ愛ならば




夏が過ぎても沖縄の暑さは変わらず、しかしどこか秋の匂いがしてきた海へなにをするわけでもなく寄ってみた私は、赤く燃えるような夕日を眩しく見つめていた。湿気の少ないからりとした風と潮が髪やスカートをもてあそんでは私の横を過ぎ去っていくのを感じていると、「おーい、名字ー」その風の流れに逆らうように後方から名前を大声で呼ばれた。その人物を予想しながら振り返ると、案の定そこにはチャラ男よろしく腰パンをはいた綱海がこちらにむかってにっかりと笑っていた。
奇抜なピンク色の髪にこんがり焼けた肌を持っているというのに目に映る男がただのチャラ男に見えないのは彼の人の良さを知っているからだろうか。そんなことを考えながら近づいてくる綱海をじっと見ていると、目の前まできた彼は私と同じように視線をあわせてきた。漆黒の瞳が時折黒曜石のようにきらめくのを夜に瞬く星空のようだとしげしげ見つめ返していると、さすがに気恥ずかしくなったのか、綱海が乱暴に私の髪をかきまわし始めた。先ほどから風にさらされていた髪がさらにひどくなっていくのを想像して慌てて綱海の手をつかむ。すると彼はいたずらを思いついたように白い歯をみせた。

「せっかくだから海、入ってこようぜ」

「でも制服…」

「大丈夫だって!足までしか入んねえからさ」

そう言って裾を捲り始めた綱海を半ば呆れた目で見つめていた私の視界に、彼の足首に巻いてある赤いミサンガが映った。なにか願い事でもしているのだろうかと目を奪われていると、いつのまにか準備ができあがっていたらしい綱海ががしりと私の手首を掴んだ。はっとして顔をあげると、「ほら、行くぞ」と彼は言い、走り出した。私も引きずられるように走る。靴が脱げて転びそうになる。

「う、わ」

冷たいという感覚が瞬く間に広がった。脱ぎ忘れた靴下が海水を吸って質量を増すのが肌で感じられた。

「やっぱ少し冷てーな」

そう言いながらも楽しそうな綱海の横顔を眺め、それから繋いである手を見つめた。「ねえ」「ん?」彼がこちらを見た瞬間、全体重をかけてその腕をひっぱった。油断していたらしい綱海は声にならない悲鳴をあげる余裕もなく体ごとこちらに倒れこんできた。想像通りの大きな飛沫を冷たく青い海水のなかで聞きながらにやりと笑った私はすぐに海面へ顔をだした。綱海も続くように顔をあげる。「お、まえ!」ゲホゲホ咳き込む綱海の髪がいつものふんわりとした髪質を失いぼたりぼたりと大きな水滴をこぼしていた。

「びっくりした?」

「ったりまえだろーが、よ!」

ばしゃりと綱海がかけてきた海水が顔を直に襲う。むきになった私もやり返す。ばかみたいに騒いだ。受験とか制服とか悩んでいることだとか全部が全部どうでもいい気がした。初めて夏を恋しく感じた。



「おまえそれで帰んのか」

騒ぎに騒いだ後、浜辺で沈む夕日を見つめてながらぼんやりしていた綱海がぽつりとつぶやいた。夕日にやっていた目を綱海にむける。彼のきれいなサーモンピンクの髪は少しずつ元のやわらかさを取り戻しつつあった。意図が読めない私はその髪を見て、それから頷いた。すると彼は少し考える素振りをみせたあと、よし!と膝に体重をかけて立ち上がった。

「じゃあ送ってってやるよ」

じゃあの意味がわからない私は生半可にはあ、と呟きながら同じように立ち上がる。彼はにかりとこちらに笑って自分と私の鞄を当たり前のように手にした。そしてそのまま歩いていってしまう。「ねえ、綱海」大きい背中に問いかけた。「なんだ?」綱海が言う。とくに用もなかった私は少し考えて、「あのさ」口を開いた。

「足にミサンガ、つけてたじゃない?」

「おう」

「なんか願い事でもしてるの?」

綱海が振り返った。私もそれにあわせるように足を止める。彼の目は薄暗くなったなかできらりと瞬いた。

「あんまり考えたことなかったな」

「そ、そうですか」

少し拍子抜けした。けど綱海らしいとも思った。私は少しだけ駆け出して綱海の隣りに並ぶ。「それじゃあさ」大きく吸い込んだ空気は磯の香りがした。

「お願いごと、決まったら教えてね」

私は呼吸ひとつして空を見上げた。星がチカチカと自己主張をするように瞬いている。その輝きがやっぱり綱海の瞳に似ているとひとりほくそ笑んだ。彼は暗闇のなかでも見失わない。きらきら輝いてずっとずっとそこにいるような不思議な人。それが綱海に対する私の評価だった。綱海のような明るい人に生まれてみたかったと思うときがあった。あの人を安心させるような笑顔が私も欲しかった。どんなに願ってもそんなこと、得ることはできないけど。それくらい彼は私を惹きつけて離さなかった。

「俺はよ!」

急に横から声をあがり、はっとして綱海を見れば、彼も先ほどの私と同じように空を見ていた。私はその横顔を見ながら言葉の続きを待つ。そしたらこれまた急に綱海がこちらに目をむけるもんだからドキリ、と胸が騒いだ。そんな私を見透かすように綱海がゆっくりと笑う。ひゅ、と呼吸が止まる。

「俺はおまえとずっと一緒にいたい」

胸が焦がれたような気がした。
ずっとなんてそんな言葉、私なら口が裂けても言えない。なのに綱海が言うとなんでこんなにも現実味を帯びながらも確かな形となって心にじんわりと伝わっていくんだろう。もうそんなことができないとわかる年頃なのに、無性に信じたいと思ってしまうのはなんでだろう。瞳にうつる綱海がだんだんぶれていくような気がした。今さらになってこのどうしようもなく彼を求めてしまう思いが恋なのだとわかった。






尚ちゃんへ!