もしもーし、運命の人ですか?




右手にずしりと重く頑丈な紙袋を、左手にはバッグを持って夜の街を歩く。大学時代の友人の結婚式帰りという事もあり、心は弾んでいる。

親戚の式を除けば、ゲストとして出席した結婚式は今日が初めてだ。ヴァージンロードを淑やかに歩く美しい友人の横顔や、フラワーシャワーの花びらが舞う中満ち足りた新郎新婦の姿がとても素敵で印象に残った。プロフィールムービーでは行く先々で撮影したと思われる2人の写真に、2人の時間を確かに積み上げて今日があるのだなと羨望の眼差しを向けた。

大学時代の友人達で一塊になったテーブルでは、新婦のお色直しのドレスの色当てクイズ何にした?という話からこの料理美味しいねと話が尽きる事は無かった。
そんななか、不意に友人の1人が照れたように切り出してきた。
「実はね、最近プロポーズされたの。まだ何時にするかは決まってないんだけど、結婚式やる予定なんだ。みんな来てくれる?」
その言葉に私達のテーブルがわぁと湧く。おめでとう!なんてプロボーズされたか聞いてもいい?結婚したらどこに住むの?祝福と様々な質問が飛び交い、一段落した頃にはもう1人実は私も…と小さく挙手をしたのだから驚いた。これが結婚ラッシュというやつかと身をもって感じた瞬間だ。

友人の新婦は勿論だが、結婚を控えたその2人がとても幸せそうで、素直に羨ましいと思った。そして、婚活しよう。いや、まずは彼氏からだと決意を固めた。


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「と、いう訳なので不死川、誰か良い人いたら紹介してよ」

食事をする人で賑わう社員食堂で、向かいに座る長年の同期である不死川実弥に頭を下げた。当の本人はというと、眉間に皺を寄せ不快そうに顔を歪めている。

「…ンで俺に言うんだよ」
「不死川って顔広いじゃん。前に紹介してくれた宇髄さんや冨岡さん、だっけ?あの人達とかどうかなぁ?彼女いるの?」
「知らね」
「冷たーい!私本気で彼氏が欲しいの!お願いします」
「まぁまぁ。名字もさ、もっと身近な人で探すっていうのはどうよ?」

不死川の隣に座っている、これまた同期の粂野匡近が笑顔で提案してくる。

「例えば実弥とかさ」
「っ、オイ匡近!」
「うーん、不死川かぁ……考えたことないなぁ」
「……そうかよ」


不死川とは入社後の新人研修でたまたま同じグループになった事が縁で仲良くなった。同じ営業部に配属されて以来、仕事でミスして落ち込んだ時は優しく、時に厳しく励ましてくれるし、そそっかしい私のフォローをさり気なくしてくれる、本当に出来た人間なのだ。不死川に助けられた事は、小さなことまで含めれば100は優に超しているだろう。

いつかの同期会では、ベロベロに酔っ払ってしまった私は、気付いたら不死川の家のベッドで寝ていて、家主は床で寝袋に包まって寝ていたなんて事もあった(なんで寝袋を持っているのか聞いたところ、弟が泊まりに来た時用と教えてくれた)。申し訳無いと恐縮する私に、2日酔いに効くぞとあさりのお味噌汁を出してくれたものだから感激してしまった。
不死川ってお母さんみたいと褒めちぎれば「ンな事よりも、自分の限界位ちゃんと知っとけェ!他の飲み会では絶対にあんな飲み方すんじゃねぇぞ」と怒られた。でもその後「こんなんで良ければ何時でも作ってやる」と静かに言うのでやっぱり優しいんだよなぁと、お碗を傾けながら思った。

余談だが、同期からあの後どうなったのよと、楽しそうに聞かれたので包み隠さず一部始終を話したところ「不死川が不憫でならない」と嘆かれた。やっぱり家主を床で寝かせちゃまずかったよねぇと答えれば、同期は堅く目を瞑り無言になってしまった。なんなんだ。


このように、私にとって不死川は異性というよりも、お母さんのような存在に近いのだ。もしくはお兄ちゃん。
それを伝えれば、不死川は「あーもー、そーかよォ」と項垂れる。

「で、話は戻るけど良い人いたら紹介してね。先輩とか他の同期にも声掛けしてるんだけどさぁ、みんな「もっと身近に良い人いるよ」って紹介してくれないんだよねぇ」
「あはは。なんでだろうなぁ、実弥?」
「知らねェ」
「あーあ、いっそマッチングアプリとか登録してみよっかなぁ」

そう呟きながらも、なかなか良い案ではないかと思えてきた。結婚相談所に行くより手軽でお金もそこまで掛からなくていいじゃないか。早速検索してみようかと手に取ったスマホは、大きい手によって取り上げられた。不死川の手だ。
「オイ、そういうのはマジで止めとけ。名字は男を見る目がねぇんだから、速攻でヤリ捨てられて終わるぞ」
仏頂面で忌々しそうに私のスマホを見つめて言う。

「私、そんなに男を見る目がないかなぁ。ねぇ、粂野?」
「え、俺に聞く?」
「匡近が言いにくいようだから俺が言ってやろうか。振られたりなんかあったりする度に泣きながら電話してくるから、歴代のクソ共の事を言えんぞ?」
「あ、いいです」

結局、釈然としないままお昼休みは終わった。ならばお金はかかるけど、ここは手堅く結婚相談所だろうかと悩んでいた所、結婚式に参列した友人から合コンのお誘いが来た。それに喜んで返事をし、指折り数えて迎えた当日。私は出会ってしまったのだ。

運命の人ではないかと思える相手に。


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お昼の食堂で、手付かずのAランチセットを前に嬉々としてスマホを見つめている。
相手から送られてきたばかりの文面を、何度も何度も読み直しては悦に入る。
そんな私の前の席に不死川、その隣に匡近が座り込み「なに1人でニヤニヤしてんだ」と不審がる。

「へへ。実はさ、出会っちゃったかもしれないんだよね。運命の人に」
「「はぁ?」」

仲の良い2人の声がキレイにハモる。
どういう事だと聞いてくる不死川に、ここ最近の出来事を話す。
合コンで趣味も好きなアーティストも食べ物も嘘でしょってくらい好みが合う人がいた。話が弾み過ぎて合コン中は、ほぼその人とだけ話をしていたくらいに一緒にいて楽しいと思える人だ。相手も女の子とこんなに会話が合ったのは初めてと笑い、俺らって相性いいねと微笑んだ顔も素敵だった。そしてそんな彼から、たった今、ご飯に行こうとお誘いメッセージが来たのだ。
最近読んだネット占いにも「あなたにとって運命を大きく変える出会いが」と書いてあり、これはきっとあの人の事で間違いない。あの人は私の運命の人なんだと悟ったと説明をした。


「名字はさぁ、仕事だって出来ないわけじゃないのに、恋愛の事になると短絡的というかなんというか…」
「おい匡近、気を使わなくていいぞ。こいつはただバカなだけだ」
「ちょっとちょっと!そんなヒドイ事言うなら不死川は私の結婚式には呼ばないよ!?」
「行きたくねぇから呼ばなくていいわァ」

シッシッと犬を払うような仕草に、ムッとした。険悪になりかけた私達に、粂野がまぁまぁ落ち着いてと割って入る。

「ところでさ、そろそろ同期会やろうって話がでてるんだけど、名字も参加するだろ?今の季節だからビアガーデンでやるらしいぞ」
「ビアガーデンかぁ。夏って感じでいいね!参加するー!」

そうして同期の誰それが今こんな仕事をしているらしいと話題は移り、険悪な雰囲気も徐々になくなっていった。


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「やっぱり夏はビアガーデンだよねぇ」
「屋根がついてりゃ雨の心配しなくていいんだがなぁ」
「えー、夜空の下で飲む非日常感がいいんじゃん」

同期会の帰り道、遅いから送ると申し出た不死川に1度は断ったものの、せっかく言ってくれているんだからと、周りの勧めにより送ってもらう事にした。他の同期達とはビアガーデンがあるビルを出た所で別れたので、駅へと続く道を2人で歩いていく。金曜日の夜という事もあり、道行く人の数は多い。この後カラオケどうですかぁ?とプラカードを持ったお兄さんに割引券の入ったポケットティッシュを押し付けられつつ不死川の隣を歩いていると、隣から質問が飛んできた。

「で、その後どうなんだ」
「え?」
「例の運命の人かもって奴だよ」
「あー、あの人ね。毎日連絡取ってるよ。明日ご飯に行くんだ」
「ふーん……どんな奴なんだよ」
「あ、不死川も気になってきた?性格はねぇ」

性格から外見まで詳しく話し終えた直後、不死川はピタリとその場に立ち止まり、私の肩を軽く叩く。

「おい、それってもしかして、あんな感じの奴かァ?」

指差す方向にあるのは、湾曲な植え込みに沿って設置されたベンチで、待ちあわせ場所としても有名な所だ。相手待ちなのか1人で座っている者や、そこで熱心にお喋りをしているグループの姿もある。
そんな場所で、脚を組みスマホを見つめている彼にそっくりな男性の姿が目に飛び込んできた。

「そうそう!あんな感じ…っていうか、本人かも…?」

奇遇だなぁ、誰を待っているんだろう。会社の人かなと話しかけようかと思った矢先、彼の側に近寄る女性が。女性に気付き、にこやかな笑顔で立ち上がったかと思えば腕を絡めて歩き出した。

「き、きっとあの人は妹さんかお姉さんなんだよ!漫画とかであるあるの展開じゃん!」
「妹でも姉でもどっちでもいいけどよォ、向かってる先はホテル街だぞ」
「…でも確かあの先にも飲み屋さんとかあったよね?」

一縷の望みをかけ、気付かれぬようにそっと後をつければ2人で入った先は飲み屋ではなかった。

「……不死川、何も言わないで…」
「まだ何も言ってねぇぞォ」
「ああもうっ!2件目行こう、今から!」



適当な居酒屋に入れば自棄酒でもしようと焼酎のロックを頼んだが、すぐに不死川により取り消される。代わりに私がいつも頼むカクテルを注文し直してくれた。
酔っ払いのゲロの始末とか勘弁しろと言うが、おそらくは私の体を気遣ってのことだろう。こんな急な誘いにも関わらず付き合ってくれるし、つくづく不死川は良い奴だ。
おかんかってくらい口うるさく言う時もあるけれど、そのどれもが私の為を思っての言葉なのはわかっている。わかってはいるのだが、時と場所によっては大人しく聞けない。

「だから言ったろ。お前は男が見る目がねぇって」
「うーわー、今それ言う?抉ってくるねぇ…」

間違いなく今は大人しく聞けない時だ。真新しい傷口に塩を塗り込まれて、余計にジクジクと痛む。
ここに着いてすぐに、悪足掻きとは思いつつも件の男性に今何してるの?と送れば「家でテレビ見てるよ」と返ってきた。
そうなんだね。さっきどこそこであなたにソックリな人が女性と歩いてるのを見ちゃってーと追撃すれば、既読はついたものの返事は来ない。
つまりは、本当にそういう事なのだ。


「不死川にはわかんないよ。私の気持ちなんてさ。友達はどんどん相手を見つけて、結婚へと進んでいっているのに私は何もないし。取引先に行けば彼氏いないの?早く良い相手を見つけなきゃ売れ残っちゃうよなんて余計なお世話を言うオッサン達もいるし…焦るなって方がムリだよ…」

大体売れ残りって何よ!今どきそんな時代遅れな言葉を言う化石みたいな奴がいるのがおかしい!時代は令和だぞ!?そもそも御社のコンプラはどこにいったんだコンプラは!と、一通りがなりたててからはぁと深いため息が出た。
溶けた氷により分離してしまった飲み物を撹拌するようにグラスを揺らしていると、それまで黙って聞いていた不死川が静かに口を開く。
「…全然わかんねぇよ」
ゴクッゴクッとビール会社からCMのオファーが来るのでは、という程の素晴らしい音をさせてビールを飲み干し、空になったグラスをドンと置いて続ける。

「なんでお前が俺の事をそういう対象として見ないのか、全っ然わかんねぇよ。いい加減、ちゃんと俺の事を見ろよ」

ゆらゆらとグラスを揺らす手が止まる。グラスから不死川へと視線を移せば真剣な顔をした瞳とぶつかった。

「…不死川さ、私の事、男を見る目がないって言ってるじゃん」
「現にわりぃだろ」
「だからさ、私が不死川の事を好きになったら不死川もそういう括りに入っちゃうんじゃないの?」
「なんっでそうなるんだボケがァ!俺の事を見てないから見る目がねぇって言ってンだろうが!わかれってんだ!!」

言い終えてからふーっと細く長い息を吐き、落ち着こうとしている様子が伺える。冷静になったのか、怒鳴って悪かったと律儀に謝ってきた。

「めちゃくちゃ自己評価高いじゃん」
「ならテメェは、自分が納得いかない商品を顧客に売ろうとするのかよ」
「ううん……しないね」
「プレゼンしていいならいくらでもするぞ。…ああ、母親だか兄貴みたいだって言ってたかァ?上等だ。これからいくらでもドキドキさせてやるから覚悟しとけェ」

フンと鼻を鳴らして不敵に笑う姿に、頼もしいと思い頬が緩む。不死川は有言実行を地でいく男だ。そう宣言した時点で私が彼に落ちるのは時間の問題になるだろう。

「気になるんだけどさ、あの占いはなんだったんだろ?」
「クソ男と出会ってようやく俺の事を見るってなったんだから、大きく変わったろ。運命ってやつが」
「なるほどー。なら不死川が運命の人ってことなのかな?もしもーし、運命の人ですかぁ?」
「そォでーす。ずっと待ってたんですけどォ。社会人なら5分前行動してくださーい、っていつまでこの寒いやり取りを続ければいいんだァ?」

あははと笑う私の胸は、これからの事を思い期待に膨らんでいく。
ノリがいいだけじゃなくて、優しくて仕事ができて、酔い覚ましにお味噌汁作ってくれて私のフォローもしてくれる。こんなに出来た人物が身近にいたのに好きにならなかったなんて、確かに私は男を見る目がなかったのかもしれない。




20210717
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