夜明けはいつも、目の前に 後編




接吻というものはかくも凄いものなのか。

あの日以降も実弥さんは継子の女性を連れて度々お店に来ている。相変わらず継子の方に阻まれてあまり会話は出来ないが。それでもふとした時に実弥さんと視線が絡めば、あの日を思い出してじわりと頬が染まってしまう。そんな私を見て実弥さんは「何考えてんだァ?」と楽しそうにからかうのだから意地悪だ。
女性が「師範、早く帰りましょう」と腕を絡めたり実弥さんの体に触れるのを見ても、そこまで悲観せずにいられるのだから接吻は本当に凄い。何も思わないわけではないのだが。
実弥さんも実弥さんで「だから必要以上にくっつくな。テメェは他人との距離が近ェ!」と小言を言っているお陰もある。

そんな余裕のある私の態度が面白くなかったのだろう。日に日に継子からの当たりが強くなった気がする。注文のために近付けば、そっと足を踏まれる。そこまで広いわけではないとはいえ、やたらに彼女とぶつかる。鍛えているでもない私はというと、何度か踏ん張りが効かず転倒してしまった。それを実弥さんが手を取って起こしてくれるのだが、その時に私を見る継子の方の目が怖い。憎悪に染まる冷めた瞳に、ぞくりと背筋が凍る。
実弥さんに相談することも考えたが、結局は止めた。私の考えすぎであるかもしれないし、実弥さんが継子を庇ったらどうしようと思ったからだ。


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今日は半年に一度の柱合会議の日。
両親と私は隠の方に連れられて鬼殺隊の本部である御館様の邸宅に来ている。目的は柱合会議後に設けられる宴席に料理をお出しするためだ。毎回ではないのだが、時折こうして会議後に腕を振るう機会があるのだ。食材は予め隠の方と打ち合わせをしており、選り勝った食材を用意してもらっている。
料理を作るのは父で、私と母は補佐役に回る。特にまだまだ人様に料理をお出しする腕がない私は、皮むきや根菜の泥落としなどの雑用や配膳を行っている。
柱である甘露寺様や煉獄様は非常によく食べられる御方だ。そのため御館様付の使用人の方々と頻繁に板場を往復しないといけない。大変ではあるが「美味しいわ〜」と喜んで食べてくださる甘露寺様を見るとこちらも嬉しくなる。そして何よりも、他の柱の方とお喋りしている実弥さんを見るのが密かな楽しみなのだ。


宴席には柱の方だけでなく継子の方々も参加される。提供する食事の量が多いため、到着した昼間の内から手分けをして作業に当たらねば間に合わない。根菜類を洗うため、用意された食材を次々と籠に移していると一人の女性が来た。

「師範から手伝うように言われて来ました」

実弥さんの継子だ。人受けするような笑みを浮かべて父に何か話し掛けている。びしりと固まる私を他所に、断る父を遂に言い包めてからこちらを向く。

「では私も洗い物をやりますね。それしかお手伝いできませんから」
「本当に申し訳ありません。おい名前、その御方の分も用意しろ」
「…、はい」

2人で外に出て、井戸の傍らにしゃがみ込んで作業を始める。2人の間に会話はなく、ちゃぷちゃぷと根菜を洗う音だけがただ辺りに響く。
会話をする気持ちにもなれず、早く終わらせてしまいたい。その一心で盥に水を貼っては野菜を洗うを繰り返していた。

「ねぇ」

突如話しかけられ手が止まる。上擦った声で返事をすれば、プッと嘲笑を含む笑みを零す。

「貴女みたいな人、師範はどうして好きになったのかしらねぇ」

そんなのは知らない。どこを好きになってくれたのかは私も常々疑問に思っているが、聞けずにいることだ。

「貴方、まだ師範と褥を共にしたことないでしょう?」
「なっ…!」

お天道様が高いうちに飛び出す内容ではないと顔が赤くなる。私の初心な反応に、眉根を寄せておかしそうに笑っている。

「ああ、やっぱりねぇ。こんな事で真っ赤になる貴方みたいなお子様じゃあ師範のお相手なんて到底無理ね。これからもあの人のお相手は私がするから、貴方は手を引いてくれる?」
「どういう…」
「おぼこい貴方じゃ師範は満足しないってことよ。知ってるかしら?鬼を斬った後は興奮状態になって男女の仲になる隊士が多いのよ。私と師範が既にそういう仲だって言ったら、貴方どうする?」

ずんと体に重しがのしかかったようで動けなくなる。実弥さんとこの人が、男女の仲?接吻ごときで真っ赤になるような私じゃ実弥さんは満足できなかったのだろうか?
負の疑問が重しのように次々と体に伸し掛かる。それでも追い打ちをかけるように女性は続ける。

「藤の花の家紋の娘だから無下にできないだけで、あなたへの興味はもうとっくにないのよ」
「本当はお前が一番だって、優しく抱いてくれるの」
嘘だと叫びたい。
だが口から出るのは、ハッ、ハッという粗い呼吸だけ。ずきずきと胸が痛くなる胸をぎゅっと押さえつける。そんな私の姿に満足したのか「ちゃんと自分から身を引いてよね」と言い残し、洗い終えた野菜を持って板場へと消えてしまった。


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「ちょっと名前、酷い顔だけどどうしたの?」
「なんでもない…」
「そんな顔で御館様や柱の方々の前になんて出たら失礼でしょう」
「わかってるよ!!…ちゃんとするから、大丈夫だから…少し放っておいて…」

半ば八つ当たりのように母に怒鳴り返す。
ただただ私を心配してくれているだけなのに、こんな事を言ってしまうなんてと自己嫌悪が更に伸し掛かる。
実弥さんの口からちゃんと聞きたい。でも継子の言うとおりだと言われたら、一生立ち直れなくなるから聞きたくない。
あんなに優しい人だと思っていたのに、裏ではアイツはおぼっこくて面倒だと他人に漏らしていたのだろうか。
誰を信じればいいのか、何を信じればいいのかわからない。様々な思考や感情でグチャグチャになり、私の許容を超えたところで「もういいや」とストンと感情が落ちた。考えることを放棄したと言ってもいい。

今は今日の宴会を終わらせることに専念しよう。母の言う通り、このままでは柱の方々へ失礼になる。
深呼吸を繰り返してから、御膳を持って母の後をついていく。床に膝をつけ障子が開けてから深々と頭を下げる。悲しいかな、いつもの癖で頭を上げた時に実弥さんの姿を探しだしてしまう。目が合ったが瞬時に視線を逸し、御膳へと視線を落とす。視線を逸らす間際、実弥さんの隣で勝ち誇るような笑みを浮かべる継子の顔が頭から離れない。

宴会の途中で御館様が下がれば、それからは宇髄さんや煉獄さんの声が廊下まで聞こえるほど賑やかな宴席となった。
甘露寺様と煉獄様の食事速度や次々と空く酒瓶に対応するため、私達は忙しなく動き回っている。
御手洗いにでも立たれたのか今は実弥さんがいない。今この場にいないことに安堵しつつ、空いたお銚子やらお皿を下げていく。

「ねぇ、これも下げてくれない?」

声のする方を見やれば実弥さんの継子が空になったであろう徳利を揺らしている。畏まりましたと返事をしてお盆の上にそれらも載せていく。なかなかな重さになったので一旦下がろうと立ち上がり、足を一歩踏み出した時、何かが足にあたりそのまま転倒した。膝や肘を畳に強かに打ちじんじんと痛む。だがそれよりも陶器が割れる音がしたため顔が真っ青になりながらも上半身を起こせば、眼前に広がる惨事に絶句した。粉々に割れたお皿や徳利、そこに僅かに残っていたであろうお酒が畳にシミを作っている。私の粗相によりあれほど賑やかだった宴席も水を打ったように静まりかえってしまった。

「申し訳ございません!」

畳に頭を擦り付けるようにして非礼を詫てから、直ぐに割れた陶器に手をつける。急ぐあまり破片で手を切り血が滲むも、構わず懸命にお盆の上に残骸を載せていく。自分の犯した失態と惨めさで涙が迫り上がってくる。

「おい、手が血だらけじゃねぇか。止めろ」

私の手首を掴んだのは幾つもの古傷が走る大きな手。箒と塵取りを持ってきた使用人の方が「私がやりますから大丈夫ですよ」と優しく言ってくれる。場所を空けるようにと実弥さんに立たされたものの、どうすればいいのかわからず、また自分の歯痒さに唇を噛んで下を向く。

「あー、うちのが悪かったな」
「おいおい不死川、うちのって地味に自分の身内みたいな言い方するじゃねぇか」
「付き合ってんだから身内みてぇなもんだろ」

実弥さんのその言葉に、静まり返っていたこの場が突然騒がしくなる。

「え?お前マジで?女に興味ありませんみたいな顔しといて裏では宜しくやってたのかよ。ド派手におもしれぇじゃねぇか!やっべ、酒が進むわ」
「きゃーー!!素敵!!きゅんきゅんしちゃう。お二人の馴れ初めが聞きたいわぁ!」
「おい不死川、甘露寺がこう言ってるから話せ」
「っせぇなァ!まずはコイツの怪我の手当が先だろうが」

騒がしさを取り戻した宴席を抜け出し、手を引かれるままに歩き出す。途中で出会った使用人の方に何か指示を出し、再び迷うことなく歩き続けた先に辿り着いたのは一つの部屋。中に入ればようやく手を離された。勝手知ったるというように灯りをつけ、部屋の隅に積み上げられた座布団を一つ置いてそこに座れと言う。座布団の上に座るのは気がひけ、迷った末に座布団近くの畳の上に座る。

「なんでそんな所に座んだ。座布団の上に座れよ」
「……ごめんなさい」

一度謝罪の言葉を口にすれば、もう止まらなかった。ごめんなさいと譫言のように繰り返しながら涙がボロボロと流れ落ちて畳を濡らす。涙を拭おうと上げた手は実弥さんにより止められた。

「…手当の道具を持ってきてもらうように言ってあるから待ってろ。そんな傷だらけの手じゃ涙が滲みて痛ぇぞ」

代わりに実弥さんの手が、私の涙をそっと拭う。その顔は怒っているでも呆れているでもなく、いつもの優しさしかなかった。

「…ごめんなさい」
「もう謝んな。別にあれ位大した事じゃねぇよ。冨岡なんか場の雰囲気を何度ぶち壊したかわからねェ。お館様様だって器が割れた位で怒るような御方じゃねぇよ。俺からも謝っておくから、気にしなくていい」

そうじゃない。
それだけじゃないのだ。

「それもありますけど、違うんです」

頭を振り、時折鼻を啜りながらも説明をする。藤の花の家紋の娘に気まぐれに言い寄ったら、想像以上に私が熱を上げてしまってさぞや困っただろう。私がのぼせ上がって周りが見えていなかったばかりに、別れたがっている貴方の気持ちに気付かなかった。一刻も早く私から解放してあげなくてはいけない。だから

「別れましょう」

とは最後まで言えなかった。途中で実弥さんが床をダンと叩いたからだ。手の甲から肘先にかけて浮かび上がる血管に、いかに拳を力強く握っているかが伺い知れる。顔は伏せているため表情はわからないが、今まで見たことがないほどに怒りを纏っている。何故こんなにも怒りを顕にしているのかがわからず、こんな姿の実弥さんを見るのも初めてだったので、戸惑いが隠せない。もしかして女から別れを切り出されるのは矜持が許さないのかしら。
すると、控えめなコツコツという音が耳に入った。直後に開いた障子戸から姿を見せたのは蛇柱である伊黒様だ。

「持ってきてやったぞ」

伊黒様の手には応急処置の道具が入っている籠が。それを実弥さんに手渡してから、ひっそりと耳打ちをする。何を話しているかは、この静かな部屋であっても私には聞こえなかった。ピクリと体を動かした実弥さんは、そこでようやく顔を上げて伊黒様を見やる。

「……その話、本当かァ?」
「他でもない甘露寺が言うんだぞ。間違いない」
「伊黒、一つ頼みがある」
「おおよその検討はつく。任せておけ」
「わりぃな」

伊黒様が静かに退出し、再び部屋は二人だけになる。再び訪れた気まずい雰囲気に耐えかねて、両親の元に戻ろうと腰を浮かしかけた。だが、実弥さんが私の手を取るので、再び腰が落ちる。

「血、固まっちまったな」

湯気を上げる手拭いを籠から取出し、私の手にこびりつく血をそっと落としていく。傷が深い所は触れるだけでも痛く、時折眉が顰む。慣れた手付きで傷の処置が進み、あっという間に私の手の半分が包帯で覆われる。実弥さんはそっと私の手を取り、いつかの神社でしたように親指で私の手の甲を擦る。触れたら壊れる繊細な物のように。静かに、優しく。

「お前、俺に言ってない事あるだろ」
「え…?」
「ならこう言った方がわかりやすいかァ?今までアイツに何か言われたりされたりしただろ。言ってみろ」

突如出た継子の女性の名に動揺が走る。なんでと驚く私に、嘘や誤魔化しは許さないと力強い瞳が訴えかけてくる。

「……実弥さんは、その…本当は私と別れたがってるから自分から手を引けと…言われました。実弥さんとは、もう男女の仲だからと…」

ポツリポツリと言葉を漏らせば、実弥さん
は胡座をかいた脚の上に肘を置き、そのまま額を抑えた。ふーっと深く長い息を吐き終えてから、他にはァ?と催促する。他には…と口にした時、廊下より騒がしい足音が聞こえてきた。
足音はこの部屋の前で止まり、勢いよく障子戸が開く。そこにいたのは宇髄様だ。実弥さんの継子を俵担ぎにして仁王立ちしていた。女性は恐怖からかピクリとも動かず固まっている。

「よぉよぉ、お前が不死川の女かぁ。へぇー、なるほどなぁ」

手早く継子の女性を下におろしたかと思えば、いつの間にか距離を詰められ美しい顔が眼前に迫る。その御顔は新しい玩具を見つけたかのように楽しげで、右手で顎の下を擦っている。こんな美丈夫に間近で見つめられれば誰だって照れが出るだろう。相手は柱だというのに失礼だと分かっていても顔を逸らしてしまう。
と、実弥さんが見世物じゃねぇんだぞ、離れろと私から宇髄様を引き剥がす。

「はーん、不死川がねぇ…ふーん」
「いいからさっさと向こうに戻りやがれェ!!!」
「はいはい。名字って言ったか?今度メシ食いに行くからよろしくな」
「来んなァ!」

嵐が去ったように静けさを取り戻した部屋には、実弥さんと継子の女性、そして私の三人だけとなった。

「で、聞きてぇんだがよ。お前、コイツに何した」
「別に…私を何も…」
「オイ…俺はコイツから全部聞いてるからな。一つでも嘘をついてみろ。どうなるか分かってんだろうなァ…」

ハッタリと共にギロリと睨めつけるその形相に、睨まれているのは私ではないのに背筋がゾッと寒くなった。

「っ…、お店に行った時、ワザとぶつかったりしました」

それを聞いて、やたらぶつかるなと思ったのはやはりワザとだったのかと思う。

「…他にはァ?」

実弥さんの追求は終わらず、その女性の口から次々と語られた嫌がらせ。薄々そうではないかと思ったものもあれば、アレはわざとだったのかと、己の鈍さを嘆く内容もあった。

「これくらい、です…」
「オイ、俺は嘘は許さねぇと言ったよなァ?まだあんだろ。俺と男女の仲にあるって吹き込んだのはなんで言わねぇ」
「っ…、それはっ…」
「なんでそんなくだらねぇ嘘をついた」

嘘という言葉に弾かれるように実弥さんを見やる。

「お前がいんのにそんな事するわけねぇだろ。お前もなんで信じるかねェ…」

心外だと言うようにハァと息を吐かれ、ぐっと言葉に詰まる。実弥さんを信用せず、他の人の言うことを鵜呑みにした私が確かにいけない。

「で、なんでそんな嘘をついた」
「……って…。だって嫌いだったんですもん!その女が!私の方が師範と…実弥さんと長い時間いるのに!私の方が貴方の事を好きなのに!鬼と戦うこともなく安全な場所でのほほんと暮らして、その上実弥さんに愛されてて…私が欲しい物を全部持っててズルい!」
「だからわざと足を引っ掛けて転ばせていいって理由にはなんねぇだろ!」
「……」
「さっき、コイツの足を引っ掛けて転ばせたのを、甘露寺が見てたんだとよォ」

見られていたとは思わなかったのか、女性の顔は真っ青になる。弁解しようと震える声で口を開くが要領を得ない。実弥さんはもういいと静かに告げる。

「お前との継子は解消する」
「やだっ…!嫌です!」
「お前は、仮にも俺の継子だったんなら、俺がどんだけ鬼を憎んでるか知ってるよなァ?お前の心の中には俺がこの世で一番憎い鬼が棲んでやがる。そんな奴は例え男であったとしても側には置かねぇ。鬼殺隊だって強制じゃねぇんだ。イヤならとっとと抜けろ」

有無を言わさぬ気迫。何度か口を開こうと動かしてきたが終ぞ声は出なかった。結局、これ以上留まる事は良くないと察したのか女性は渋々と立ち上がった。廊下の外に出て障子戸を閉めようとした矢先、それまで黙ってその様子を見ていた実弥さんが口を開いた。

「お前はそこらの男と比べても根性が座ってるし、剣筋も悪かねぇ。俺の稽古にも必死にくらいついていたのは評価してた」

継子だった女性は俯いたままズッと鼻を啜る音をさせた後、深々と礼をして静かに戸を閉めた。そのやり取りに、女性が少し羨ましく思えた。私が例え隊士だったとしても、実弥さんからそんな評価は貰えないだろう。女性としては兎も角、一人の隊士としては、彼女は確かに信頼されていたのだ。

「…悪かったな。俺のせいで嫌な思いさせちまって」
「い、いえ…」
「…もう、俺のこと嫌いになったか?」
「嫌いになんて、なってません…というか、簡単に嫌いになんてなれませんよ…」
「そうか…ならもう、頼むから別れるとか言わないでくれ」

悲痛な面持ちで私を見る実弥さんに、申し訳無さが募る。今度は自分から実弥さんの手を取る。ぎこちないながらも、いつもしてくれるようにそっと手の甲を撫でると、手を引かれてそのまま実弥さんの胸へと飛び込むような形で抱き締められた。

実弥さんの匂い。
頬に感じる体温。
聞こえる胸の鼓動。

それら一つ一つがたまらなく愛おしく、背中を擦る手がもう大丈夫だと言い聞かす。

「もう、言いません…」
「ん。頼むわァ」

背中と腰に回された手が力強くなる。どれくらいそうしていたかはわからない。心身ともに落ち着きを取り戻した私は、今なら聞けるかもと疑問をぶつけた。

「あの、聞いてもいいですか?」
「おう、なんでも言ってみろ」
「その…どうして私を好きになったのか知りたくて」
「………それ、言わなきゃダメかァ?」
「ずっと気になっていて…それがわかれば、もっと自信が持てそうなんです。実弥さんの恋人だって」
「……あー、引くなよ?頼むから絶対に引くなよ?」

不意打ちともいえる煮物の味で母を思い出し涙を流した日。なんとか取り繕って店を出たは良いものの、人前で母恋しさに涙を流すなんてらしくもねぇと己を強く恥じた。もうあの店には行けねぇと思っていたのだが、気付けば店の前にいた。
本当にこれが最後だと暖簾を潜れば、独楽鼠のように店内を動き回る私の姿を母と重ねたらしい。女手一つで多くの子供を育てるため、母は就寝時以外は常に動きっ放しであったという。追想に耽っていると酔っ払いに絡まれる私を見て、いつもこうなのかと心配になった。藤の花の家なのに匂い袋も持っていないのかと頭を抱えたくなったが、もしかしたらこちらの落ち度であるかもしれないと、急ぎ用意させる。届けた時に「ありがとうございます」と嬉しそうに笑う姿に、母でなく、一人の女性として好ましいと思ってくれたようだ。

「そうだったんですか」
「おー…、一時とはいえ母親と重ねてたなんて親離れできてないみたいで引くだろ…」
「そんなことないですよ!むしろ嬉しいというか…」
「そぉかい…まぁ、笑っててくれよ。お前に泣かれるのは、色々と辛ェ…」

居心地が悪そうに頭を掻くその姿に、私はにこりと笑うのだった。



この柱合会議の翌日から、我が小料理屋は柱が集うことで鬼殺隊の中では有名なお店となった。

「よぉ姉ちゃん、注文いい?不死川との惚気話をド派手に一つ頼むわ」
「宇髄ィィ!!さっさとメシ食って帰れェェ!!!」




20210924
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