夜明けはいつも、目の前に 前編




私の家は小料理屋を営んでいる。
今は亡き祖父が興したこのお店は、朝と晩に分けて商いをしている。単身者の職人や労働者が立ち寄る時間を考慮してのことだ。料亭の板場で腕を振るっていただけあり、祖父の料理の腕は確かであった。料亭時代のお客さんが常連になってくれたこと、朝餉に利用する職人さんが多かったこと、競合相手が近くにいないこと。様々な幸運が重なり、祖父と祖母だけで切り盛りしていたお店は俄に活気づいた。

ある晩思っていた以上の客入りのため、翌朝の分の材料すらも尽きようとしていた。そこで祖母が今のうちに手に入りそうな食材を買ってきますよと言い出す。まだそう腹は出ていないものの、当時父をお腹に宿していたので祖父は大層心配して止めたらしい。だが、祖父母の2人だけで切り盛りするお店には、他に頼める人がいない。結局大丈夫ですからと朗らかに笑う祖母に託して1人で買い物に行かせた。
その祖母が戻ってきたのは数時間後の事。一人で出掛けたはずの祖母は黒服を纒った男性と戻ってきた。買い物帰りに鬼に襲われた祖母は、あわやという所でこの鬼殺隊士の方に助けて頂いたらしい。深く感謝した祖父は、その一件から藤の花の家紋を掲げる事にしたそうだ。

それと同時に鬼殺隊の方々の生活に合わせて、朝の商いの時間を少し変えた。従来より更に早い夜明けと共に暖簾を出し、昼は準備中の札を出しその間に休憩や買い出し。夕暮れ前にまた暖簾を出して夜は早めに店仕舞。歳月を経てお店の看板と共に藤の花の家紋が祖父から父に引き継がれた今もそれは変わらない。
これらの話を父から一人娘である私へと聞かされたのは十七の時。学生でもなさそうなのに同じ黒服を纒った人達が頻繁に来ること。その方達からお代を受け取らないこと。様々な疑問が線となって繋がった日だ。その話を聞いてから、意識も新たにお店を手伝おうと奮起する私に、1人の男性との出会いがあった。

暖簾を出す前にお店周辺の塵芥を拾うことから私の朝は始まる。夜の内にどこから飛来したともわからぬそれを拾い集めていると、背中に声が掛かった。
その服装から鬼殺隊士であることは一目瞭然。白髪で背丈が高く体格も良い。特筆すべきは体の至る場所にある傷だ。この人がどれだけ過酷な戦地を駆け抜けたのかを物語っている。
早朝独特の爽やかで仄かな冷気を纏うその人の背後には、東雲の空が広がり色素の薄いその人の髪色と一体化しているかのようだ。夜明けそのもののような人。それが第一印象だった。

「お館様より預かって参りました。お納めください」

父に会いたいと告げたその人は、猛々しい雰囲気とは正反対に静かな所作で懐より取り出したる包を父へと差し出す。中を見なくてもそれが何かはわかる。お金だ。前述したように、我が家は鬼殺隊士の方々からはお金は取らない。代わりに御館様よりこうして毎月お金を頂いている。

「最期の食事になる子もいるだろうから、美味しいものを食べさせてあげてほしい」

御館様のその言葉を胸に刻み、これまで祖父や父は包丁を取っている。

「産屋敷様にはいつもお世話になっております。有難く頂戴致します」

恭しく両手で受け取った父は、折角足を運んでくださったのですから食べていってくださいと席を勧めた。断るその人をおいて父が消えてしまえばどうしようもない。

「父が無理に言ってすみません。こちらは初めてですか?」
「ええ…話は聞いていましたが、まだこちらで頂いたことは」
「なら是非食べていってください。娘の私が言うのもなんですが、父の料理はとても美味しいんですよ」

そうして出来上がったばかりの、白米と味噌汁。父得意の煮物とらっきょう漬けの小鉢をその方の前に置けば、少し迷ったような素振りを見せながらも箸を手に取った。
黙々と静かに食事をされていたのだが、白米の次に手を付けた煮物で異変が起こった。目をまん丸くしたかと思えば、大きな瞳からは一筋の涙が流れた。美味しいと感嘆するでもなく、涙を流すという反応に私達は戸惑いを隠せなかった。

「も、申し訳ありません。鬼狩り様のお口に合いませんでしたか」

慌てて頭を下げる父に、その人は左手で目を覆い、右手で違うんですと父を制す。

「すみません。私の…母が作った煮物と味付けが全く同じなものですから驚いてしまって。もっとも、肉も無くこんなに豪華な煮物ではありませんでしたが」

言い終えた頃には涙は消え去り、どこか追想にふける顔に。その顔はどこか物寂しくもあり穏やかでもあった。

「それは…左様でございましたか」
「とても懐かしい味です。お代わりを頂戴しても良いでしょうか。お代はお支払いします」
「いえ、お代は結構です。鬼殺隊の皆様に充分なおもてなしをするようにと産屋敷様から拝命仕っておりますので、心ゆくまで堪能してください」

父の言葉に、その人はゆっくりと瞳と頭を伏せた。鬼殺隊士の方をはじめ、他のお客様が来ても黙々と食事をされ、そうして御馳走様でしたと静かに席を立つ。戸口へと向かうその背中は、最初に見た時と違いどこか小さく、物悲しそうに見えて目が離せなかった。そのまま外に出ようとする後姿に、何かに急き立てられたかのように声を掛けた。

「あのっ…!あの煮物は父の得意料理でして、毎日ではないのですがよく作るんです。だから、だから…」

私は何を言っているんだ。
言葉を発しながらもそう思う。「またいらしてくださいね」何度も口にしたその一言が、この人を前にするとうまく言えないのは何故だろうか。

「…また、来ます」

そうしてその人は降り注ぐ朝日に照らされながら外へと歩みを進める。通りを歩くまばらな人影の中でも、その人の後姿は異彩を放っているようだった。


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『また来ます』

その一言を信じて戸口が開く度にあの人ではなかろうかと期待の眼差しを向ける。そして落胆。幾度となくこの繰り返しをした末に、ようやくその人は来訪した。前回とは違い、今回は夕方だ。これから任務に出るのだろう。一人で黙々と煮物を食す姿に胸が締め付けられるような思いがした。話しかけたいのだが、如何せんこの時間帯は人や注文が多くて忙しい。朝とは違いお酒を持って独楽鼠のように動き回っている。母も燗場からなかなか離れられない。

「お待たせしました」

注文のあった熱燗をお客様の前にトンと置く。空いたあの席を片付けなければと、すぐさま体を捻ろうとするがそれは叶わなかった。男性に腕を捕まれたからだ。

「姉ちゃん別嬪さんだなぁ」
「あ、ありがとうございます…」

赤ら顔の男性はニタリと笑う。同じ卓についているもう一人の男性は「かわいそうだから止めてやれよ」と口では言うものの、ニヤニヤと笑っている。どちらも酔っ払いであることは一目瞭然だ。

「ここは飯が美味いなぁ。そんでもって酒も美味いときた」
「お褒め頂き光栄です」
「そこでだ。姉ちゃんみたいな別嬪さんにお酌してもらえたら、もっと酒も飯も美味くなるんだが、やってくれるかい?」

掴んだ腕を引き寄せられ、更に腰へと手が回る。異様な雰囲気に気付いた父が「お客さん、お止めください!」と大声を出してこちらに来ようとしている。それを意に介さず、腰に回った手が徐々に下がっていきゾワゾワと身の毛がよだつ。

「オイ…」

次の瞬間には私の体は解放され、目の前には「殺」の文字が。私と男性客の間に、あの人が割って入っていたのだ。その人は、先程まで私に触れていた男性客の腕を捻り上げている。

「こいつァ酌婦じゃねぇんだぞ。そういうのが望みなら他所をあたりなァ」

苦悶の表情を見せる男性客はわかったからと大声で許しを請い、自由になった腕を擦りながらそそくさと外へ出ていった。

「兄ちゃんやるなぁ」

他の客がやんややんやと白髪の男性を褒め称える。だがそれらを一瞥することもなく、邪魔したと告げて開戸の外へと行ってしまった。ガタンという扉が閉まる音に我に返り、弾けるようにその場から走り出す。私の名を呼ぶ父の声が聞こえたが、今は聞こえなかったふりをする。

「あのっ…!」

お店を出たのはつい今しがただというのに、存外に離れた場所を歩くその人に走り寄り声を掛ける。立ち止まってもらえないかもしれないと思ったが、その人は歩みを止めてゆっくりと振り返ってくれた。

「あの、ありがとうございました!お礼を、ちゃんと言えていなかったので」
「別に…大した事はしてねェ」
「それでも…助かりました。ありがとうございました」
「もういいから店に戻れ。日も沈んでる。危ねぇのは鬼だけじゃねえんだぞ」
「はい」
「匂い袋は持ってんのかァ?」
「あ、いいえ…」

匂い袋は鬼が嫌う藤の花のものだ。本来ならば肌見離さず身につけるべきなのだろう。しかし慌てて飛び出してきたものだから今は身に付けていない。そもそも夜は基本的に店の中におり、店仕舞後はニ階の居住部分で過ごすので外に出ることはまずない。そのため身に付けていないことが多いのだ。
私の答えに眉根を寄せた男性は、何を思ったのか来た道を戻り始めた。呆けてその場に佇む私に、送ってやるからついてこいと言葉を掛けて。この位置からでもお店は辛うじてだが確認できる。人通りもそこそこある。この御方が心配しているのは鬼か先程のような酔っ払いかはわからないが、そこまで神経質にならなくてもと思う。けれども少しでも長くいられる事に喜び、逞しい背中を見つめながらついていった。
別れ際、なけなしの勇気を振り絞りその御方の名前を聞いた。

その人の名は不死川実弥といった。

次来るのはまたしばらく先だろうと考えたが、そう日を置かずに彼は来た。藤の花の匂い袋を携えて。持っていないというのはそういう事ではないのだけど、彼の優しさが嬉しくて愛おしくて素直に受け取った。懐に差し入れたそこから温かさが体に染み渡るようだった。
この一連の出来事が契機となり、私と実弥さんは幾度となくと巡る季節を経て恋仲へと至った。亀の歩みのような進展であったらしく、母親に報告した時は「我が娘ながら見ていてじれったかったわ」と優しく微笑んで祝福してくれた。


こうして実弥さんと晴れて恋仲になったものの、お互いなかなかに忙しい身。二人だけの時間は実弥さんの食事後に、人通りの少ないお店の裏側で一時の会話を楽しむか、非番の日中に会う程度。それでも休憩と称して会う時間を捻出してくれる両親には感謝している。
任務で負った怪我の手当、爽籟にご飯をあげる、二人の近況を語り合う。そんな些細な時間が、私はこの上なく愛おしかった。

実弥さんと最後に会った日から一月程経った頃、ようやく再びお店に来てくれた。ここまで長く姿を見せなかったのは初めてのため、何かあったのだろうか、大怪我でもしたのだろうかと気もそぞろな日々を送っていた。
ガラリとお店の開き戸が開き、待ち望んだ姿に驚きの後に歓喜が沸き起こり、商い中だというのも頭から飛んで駆け寄った。全身から迸る喜びを感じ取ったのか、実弥さんも少し頬を緩ませている。

「実弥さん!ご無事なようで何よりです」
「ああ、名前も元気そうだな。しばらく来れなくて悪かった」

遠方への任務やら色々な事が立て込んでいたから来れなかったと謝ってくれる。確かに会えない間は消息がわからないので不安になる。けれども貴方の姿を見れば、そんなのは一瞬で吹き飛ぶ。こうして来てくれただけでも嬉しいと伝えるため口を開いた。しかし私よりも早く、実弥さんの背後から現れたらその人が言葉を発する。

「師範は疲れているんです。早く朝餉を頂いてから休みたいのですが、いつになったら席に案内してくれるんですか」

突如実弥さんとの間に割って入った女性。その姿に驚いたが、この女性の言うことも最もだと思い慌てて席に案内した。そうしてから女性を伺い見れば、隊服を身に纏っているため鬼殺隊士であることはわかる。だが実弥さんを師範と呼んでいたがどういうことなのだろうか。聞きたいけどもその女性が常に実弥さんに語りかけており、私が話し掛ける隙きがなかった。帰り際、実弥さんからの説明により、継子を取った事を知った。
柱の主たる行いの一つに後進の育成がある。実弥さんはこれまで自分の鍛錬の時間が取れなくなると嫌がり、継子を取らずにいた。しかしいつまでもそういう訳にはいかなかったようで、今回半ば強制的に継子をつけさせられたそうだ。

「お前もこれからお世話になるだろうよ。ちゃんと挨拶しとけェ」
「……どうも。宜しくお願いします」

継子の女性が軽く下げた頭を上げた時、目が合った。こちらを値踏みするかのような瞳に直感が走る。

ーーこの人、実弥さんのことが好きなんだ。

根拠もないただの勘だが女の勘は侮れない。それを裏付けるかのように、継子の女性は「早く帰って稽古をつけてくださいよ」と実弥さんの腕を取り、私を見てひっそりと笑う。
柱と継子はどうしたって行動を共にする事が多いと聞く。同じ屋敷で寝泊まりしているのだろうか。どろりと墨のような黒いモヤが意識の底に流れ込む。立ち去る実弥さん達を笑顔で見送れた自信は、ない。


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食事は栄養を摂るのに必要不可欠な行為である。ならば実弥さんと会うのは、私の精神の安寧に必要不可欠なものだった。
実弥さんとの逢瀬の時間がなくなった私の気力は、萎びた大根のようになっている。
全く会えていないわけではない。食事に立ち寄ってくださる時もある。だがお話が全く出来ないのだ。いつものようにお膳をお出しする時に話しかけようとするも、それよりも前に継子の方が実弥さんに話し掛ける。帰りも早く帰って任務の打ち合わせをしましょうだの稽古だのとの言葉を前に、私が引き留めるわけにもいかずただただ見送っていた。
正午過ぎに店を一旦閉め、遅めのお昼を食べながら両親は夕時の提供について会話をしている。それを聞き流し、のろのろとご飯を食べる私に突如話が振られた。買い出しに行けとの指令だ。
買い付ける物と籠を渡され、最後に母親から「少し遅くなってもいいから、ついでに甘味でも食べておいで」とお小遣いを貰った。おそらく覇気のない私を気遣ってのことだろう。母からの心配りへの感謝と、心配をかけて申し訳ないなとの気持ちを胸に外へと出た。甘い物でも食べれば少しは気散じになるだろうと思って。

結果、これが良かった。

買い物に行く前に寄った甘味処で実弥さんと出会ったのだ。藍色の着流しであることから、どうやら休息中である様子。だが継子の方もいるのだろうかと辺を見回しながら浮上した気持ちがまた落ちた。

「アイツならいねぇよ。他の任務に呼び出されてる」
「そう、なんですね…」
「なんか食いに来たんだろ。なら一緒に食うか」
「っ、はい!」

嬉しい嬉しいと喜色満面の笑みで餡蜜を頬張る私に、そんなに甘い物に飢えていたのかと笑う。飢えていたのは甘いものではなく貴方なんですよとは恥ずかしくて言えない。これから買い出しに行くのだと伝えると、なんと実弥さんは付き合うと言い出すではないか。せっかくの休みなのだから、自宅で休まれてくださいと慌てるが結局押し切られた。
市場までの道すがら、隣にいる実弥さんを盗み見てはだらしなくなる頬を堪えるのに必死だった。無事に買い物を済ませて帰路に就くが足が重い。もっと二人でいたいのになぁとの願いも虚しく、もう少しで自宅という地点まで来てしまい、ますます歩みが遅くなる。

「どうしたァ?疲れたか」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
「なんだ。言ってみろ」

上から実弥さんの視線が降り落ちる。正直に口にしてもいいだろうか。

「もう少し…一緒にいたい、です…」

口を開くにつれ羞恥で顔が朱に染まる。ただでさえ買い出しに付き合ってくださっているのに、これ以上時間を取らすなんてやはり駄目だったかしら。実弥さんの顔を見るのが怖くて自分の草履の先をじっと見つめる。と、小さく笑う声が落ちる。

「なんだ、随分と可愛い願い事だなァ」

慈愛を帯びた声にそっと顔を上げれば、実弥さんは楽しそうに笑っていた。私の手を取り、こっちに来いと本来の家路から逸れる。そうしてから着いた場所は通りを幾つか外れた先の竹藪の中にある鄙びた神社。年末年始と酉の市以外は人の立ち入りも少ない閑静な場所だ。
鳥居を潜り抜け、拝殿扉前にある五段程の階段の一番下に腰を掛け、荷物を脇に置く。

「ここなら邪魔も入んねぇだろうし、もう少しだけならここにいてもいいだろ。時間は大丈夫か?」
「は、はい!…その、ありがとうございます」
「もう少し一緒にいてぇってのは俺も同じだったからなァ」

実弥さんも同じ気持ちだったんだ。
そうとわかれば現金なもので、先程までに感じていた罪悪感はキレイに消し飛ぶ。嬉しくて繋がれたままの左手をギュッと握れば、それに応えるように実弥さんの親指が私の手の甲をそっと撫でる。触れているのは手だけのはずなのに、優しく動く度に全身に熱いものが走る。
ちらりと実弥さんを見れば、視線が絡む。私の反応を楽しんでいるかのような顔をしているが、瞳には優しさが溢れている。
言葉はなく、時折風に揺れる木々の音が二人の間に落ちるだけ。それでも気まずいと思わないのは、物言わずとも互いの視線が、顔が、お互いを愛しいと語っているからか。
不意に互いの膝が付き合う程近かった距離が更に詰められ、もう片方の手が私の右頬に触れる。徐々に実弥さんの顔が近付けば、これから何をするかは流石の私にもわかる。震えを抑えるように右手をギュッと握り瞳を閉じれば、口にそっと触れる感触。少しカサつく唇と仄かな温かさ。実弥さんの匂い。額に触れる実弥さんの髪の柔らかさ。触れるだけの接吻だというのにこの情報量の多さはなんたることか。
やがて温もりが離れていけば、同時に感じる寂しさ。だが確かに多幸感もある。そして急速に沸き起こる恥じらい。恋仲に至るまでが長かったのならば、接吻を交わすのも実はこれが初めてだ。猛烈な恥ずかしさで耳まで熱いのがわかる。顔を上げる勇気もなく、ただただ俯き石段を見つめていると実弥さんの笑い声が頭上に落ちる。

「ははっ、耳まで真っ赤になってらァ」
「し、仕方ないじゃないですか…私は、その…は、初めてだったんですから」
「……初めてじゃなかったから困るわァ」
「え?今なんて言いましたか?」

ボソリと紡がれた言葉を聞き取れず、思わず顔をあげれば実弥さんがニヤリと笑う。

「いや。接吻くらいでこれじゃあ、次に進んだらどうなるんだろうなァと思ってよ」
「つ、次って…」
「なんだ、言わせてぇのか。まぐわ…」
「い、言わなくていです!!」

恥ずかしくて慌てて自分の両手で実弥さんの口を塞ぐ。が、何を思ったのか唇に触れている私の右の掌をペロリと舐めるではないか。サッと両手を離し驚愕のあまり真っ赤になって固まる。実弥さんは悪戯が成功した幼子のように楽しそうに笑っている。

「初々しいのもいいんだが、免疫がなさすぎるのも困りもんだなァ。これからちょっとずつ慣れていくか」
「うっ…お手柔らかにお願いします……」

慣れる日なんて来るのだろうか。この日は顔の火照りが治まるまでこの場を動けず、帰宅してからは両親の顔がまともに見られなかった。



20210921
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