かくて愛となりにけり




「ねぇ、実弥さんはナプキンの色はどれがいいと思う?」

その質問に対し、「どれでもいい」という言葉が男の喉元まで出かかったが、寸での所で飲み込んだ。

「そうだなァ…この色とかはどうだ?名前が好きな色だろ」
「やっぱり実弥さんもこの色いいと思う?じゃあこれにしちゃおっかなぁ」

名前が満足気にそう言えば、プランナーの女性も笑顔で小さく頷く。

ーーあっぶねぇ…

男はひっそりと心の中で息を吐く。
『どれでもいい』
『何でもいい』
『よくわからないからお前が決めてくれ』
これらの言葉は絶対に禁句だぞと、同僚の宇髄から言われた事を男は思い出す。隣をちらりと見れば、次はナプキンの飾りを凝った銀細工で留めるか、うさぎや動物等の可愛い形にして鎮座させるかで楽しそうに悩んでいる。
今日はまだまだ決める事が多そうだと、造りのいいソファにそっと背を預け、男は再度心の中で息を吐いた。



キメツ学園にて教鞭を取る不死川実弥は、この度めでたく同僚の名字名前と結婚をする事になった。就職した当初は別れた後が面倒だから職場恋愛なんて絶対にごめんだと思っていたのだが、蓋を開けてみれば同僚と結婚することになるのだから、人生どうなるかわからない。
何年か付き合い、結婚するならやっぱり彼女しか考えられないと思いプロポーズをすれば、名前は涙を流してそれはそれは喜んでくれた。そんな彼女の姿を見た不死川も嬉しく、絶対に彼女を幸せにしようと誓いを新たにした。

プロポーズをしたと同僚に報告すれば、お祭り好きな宇髄を筆頭に普段懇意にしている教師陣がお祝いの席を設けてくれた。馴染みの飲み屋に集まれば、名前は同僚女性の胡蝶カナエと「プロポーズはどうだったの!?」と楽しげに話している。途中で名前が御手洗いに立てば、宇髄をはじめとした数人の視線が不死川に集まる。

「んだよ」
「結婚式、やんの?」

宇髄が氷の入ったグラスを持ちながらびしりとこちらを指差す。カラリと音を立てて揺れるグラスから再度宇髄に視線をやれば、どこか楽しそうに笑っている。

「名前がやりたそうにしてるけど、俺は別にやんなくても良いんじゃねぇかとは言ってるが…」
「不死川先生、それはちょっと……」
「それはダメだ。非常に良くないぞ」
「はい、派手に振られるに一歩前進〜」

胡蝶、伊黒、宇髄がずいと身を乗り出して不死川を窘めた。結婚式に憧れる女性は多いこと、女性がやりたがってるなら家族だけでもいいから呼んでやるべきだと方方からの説得を受ける。

「これはなー、根に持つと思うぜ。将来結婚して何年か経った時の喧嘩で『私は結婚式したかったのに!あなたは私の意見を全然聞いてくれない』とブチ切れて離婚切り出されるに1万ペリカ」
「名字先生がやりたがってるなら、せめて家族だけとかフォトウェディングにするとか、色々と考えた方がいいわよ」
「お前は好いた女性のウェディング姿が見たくないのか?俺は見たい。とても見たいがお前は違うのか?」

ペリカってなんだ。との思いは、もしかして自分の対応はマズイのかと不安に変わる。これが冨岡なら「何言ってんだ」で終わらせるが、この3人が言うのなら、しっかり話し合ったほうがいいのかもしれないと背中に汗が流れる。御手洗いから戻った名前が席に着けば、自然と会話は別の話に戻った。
後日、よくよく名前から話を聞けば、やっぱり結婚式をしたいと口を開く。花嫁姿に憧れがあるのは勿論だが、結婚式をした友達が「もう1回やりたいくらい楽しかった」と言っていたので興味があると、ぽつりぽつりと話し出す。でもお金もすごく掛かるっていうから、ムリにするのもと思って…といじらしい姿に胸を打たれた不死川はやる決心をした。
お互いの家族だけにするとか、色々な方向で検討してみるかと言えば、名前は本当にいいの!?と大喜びだ。

「実弥さん、人前でキスとかありえねぇとか、1日であんな大金掛けるなんて信じらんねぇって言ってたから、もうムリかと思った」

薄っすらと涙目で言う名前に罪悪感が湧き出てきたと同時に、今後は言葉に気を付けようと男は反省する。
時を同じくして、幼い頃より一緒に暮らしていた彼女の祖母が、孫である名前の結婚を大層喜び、お金は出してあげるから結婚式をしてねと言い出した。大人なのにお金を出してもらうのは正直どうかとも思ったが、名前の両親からも「おばあちゃんの顔を立てて上げて」と言われたので、甘えることにした。浮いたお金は家を買うときや子供が出来たときに回せばいいとの言葉に納得したのも大きい。
そうして気付けば、親族のみからお互いの職場であるキメツ学園の教師も呼ぶ大掛かりな式をする事になった。



「やっぱり式、やる事にした」

後日、アドバイスをくれた3人にそう伝えればどこか安堵したようだ。

「お、じゃあ余興は俺達に任せろよ。ド派手な余興をしてやるよ」
「いや、いい。やんな。絶対にやるな」
「それ、フリか?」
「フリじゃねェ!!」

宇髄はゲラゲラと楽しそうに笑う。伊黒や胡蝶が音頭をとるならまだしも、宇髄が主導で余興となると嫌な予感しかしない。身内ばかりが盛り上がって名前の親族が置いてけぼりになるような事態は避けたい。
男がそう思っているところに、一頻り笑った宇髄から新たに忠告を受ける。

「まぁ、冗談は置いておいてよ。招待状の文章からブーケの形まで決める事は山のようにあるんだけどよぉ、そこで絶対に言っちゃならねぇ言葉を教えてやるよ。『どれでもいい』、『何でもいい』、『よくわからないからお前が決めてくれ』だ」
「宇髄君の言うとおりよ。ちなみにずっとこんな事を言われていた私の友達は、これが切っ掛けで結婚を止めたわよ…」
「ちゃんと話し合って決めるんだぞ」
「そうそう、話し合いは円満な夫婦生活を送る上でも必要不可欠よ」

重い。
この3人が言うと言葉の重みが違うのは何故だろうか。肝に銘じると答え、以降その言葉は絶対に言うまいと不死川は気をつけていた。

だが連日の多忙な仕事に加え、休みの日は式の打ち合わせのため式場に通う日々に、不死川は少し疲れていた。そのため、うっかりと「どれでもいい」という言葉が口をついて出そうになったのだ。とっくに温くなったコーヒーに手を付け、気合を入れ直して再度打ち合わせの会話に参加するため、背もたれから離れた。


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「はー、いよいよかぁ。緊張するね」
「そうだなァ」

やっと結婚式当日になったかという気持ちもあるのだが、昨日までペーパーアイテム搬入やら飾り付けのために幾度となく足を運んでいた式場。そんな場所とも今日で最後なのだと思うとそれなりに不死川にも思う所はある。

女性の方が支度に時間が掛かるからと、更衣室に呼ばれて名前がプランナーの後をついていく。
事前に打ち合わせたように化粧やヘアアレンジをプロの手により施されていけば、鏡に映るのはいつもの自分とは違う姿に面映い気持ちになる。

ーー実弥さん、キレイだって言ってくれるかなぁ。

好きな人により良い姿を見てもらいたい。この日のために名前はダイエットに励んできたし、早寝を心掛けてスキンケアにも余念がなかった。
補正下着でギュギュッと体を抑え込まれ、若干の息苦しさを感じたが姿見に映るウェディングドレスを着た自分を見たらそんなものは吹き飛び、自然と顔が綻ぶ。二十何年と毎日幾度となくと見た自分なのに、自分のようではない姿にシンデレラの魔法を掛けられたような心地になる。

「素敵です。よくお似合いですよ」

メイクさんとプランナーさんがニコリと褒め称えてくれるのでお世辞とわかっていても嬉しくなる。新郎様もご用意が整いましたとの言葉に、新郎新婦の待合室に再度案内されれば、眼前の光景に目が奪われた。

いつもは無造作な白銀の髪の毛が、後ろに撫で付けられしっかりとセットされている。首周りも大胆に空いているのが常だが、しっかりとタキシードを着込んでいるため、どこか窮屈そうな顔をしているが、それがまたいい塩梅に色気を醸し出しているのだ。
不死川の新鮮な姿に名前の気分が一気に高揚する。

「実弥さん!すっっごく素敵!格好いい!」

きゃあきゃあと興奮しながら近寄り、マジマジと見れば不死川はこそばゆそうな顔をして照れる。そんな顔もまた素敵と思ってしまうほど格好いい。何度惚れ直させれば気が済むのよと言いたいくらいだ。

「あんまジロジロ見んなよ」
「えー、だってこんなに格好いいんだもん。しっかり目に焼き付けとかなきゃ」
「あー、その………名前も、よく似合ってる」
「…ありがとう」

いつもは名前の服装にも化粧にも頓着する気配を見せないのだが、ここぞという時に欲しい言葉を掛けてくれるのだから嬉しくないわけがない。実の所、不死川は名前が身につけている物ならなんだって可愛いし似合うと思っている。口に出して言えばいいのだが、不死川は恥ずかしがって言えない、シャイな男なのだ。

そうとは知らず上機嫌で新郎姿の不死川を堪能していると、新郎のお母様のお支度が整いましたが会われますかと聞かれた。格好良い姿を見てもらおうよとはしゃぐ名前に苦笑いして頷けば、直ぐにこの部屋に通された。

「あら〜、とっても素敵よ。実弥」
「ありがとな、お袋。…それで、くどいようだけど親父のこと、頼む」
「はいはい。お酒の量をセーブするようにしっかり見とくから、こっちの心配はしなくていいんよ」

不死川が結婚式を渋った理由が、実はここにある。
不死川は幼少の頃より父親との折り合いが悪い。今でこそ丸くなったものの、母親に対して粗雑な態度を取ったり酒癖が悪かったりする父親に対して、あまりいい感情が持てなかったのが原因だ。
祝の場で酒癖の悪さが露呈して、名前の親族に悪印象を残したくなかったのだ。避けて通れぬ両家顔合わせの席でも胃が痛くなるような思いで臨んていたため、もうこういった席はこりごりだと不死川は感じていたのだ。

昨日も新郎父のスピーチ原稿を添削してやるから出せと言えば、ビールをグイッと煽り「頭ン中にあるからムリ」と笑う父親と一触即発の雰囲気になったのだ。頼むから酒は飲むな。大人しく座ってろ。名前に恥をかかせるような事だけはやめてくれと懇願すれば、当たり前だろ。俺を何だと思ってるんだと、どの口が言うのかと頭を抱えた苦々しい気持ちが蘇る。

その後合流した名前の母とも少しばかり話していると、プランナーが挙式のリハーサルをしましょうと呼び掛けにきた。
息をつく暇もない。だがこうして動き回っている方が変に緊張しなくていいねと、2人で笑い合って控室を出た。


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いよいよ挙式だ。
この教会の分厚い扉の向こうにはゲストが新郎新婦の入場を今か今かと待ち構えている。不死川もそれなりに緊張しているが、名前の方が緊張でガチガチになっている。背中をそっと撫で「大丈夫だ」と優しく声を掛ける。

「ドレスの裾を踏んですっ転んじゃったらどうしよう」
「そしたら俺がすぐに駆け寄ってお姫様抱っこで運んでやるよ」
「お姫様抱っこ…!されたいけど転びたくはないなぁ」

男の意外な返答にプッと笑えば、僅かではあるが名前の緊張が解れる。

「名前がミスしても、俺がなんとかしてやるから気にすんな」
「実弥さん…ありがとう」
「ああ」

力強い男の言葉に、肩の力が抜けていく。この人が結婚相手で本当に良かった。他人の目が無ければギュッと抱きしめてしまいたいのを堪え、プランナーに促されて名前は先に父親と教会の中へと消えていった。
名前を見送ってから、不死川も気持ちを落ち着かせるため、息を細く長く吐く。それを側で見ていた式場スタッフの男性が、大丈夫ですよとにこやかに話しかけて緊張を解そうとしてくれる。そうしてから「いってらっしゃいませ」と小声で言った後、教会の扉を静かに、だが大きく開く。
自分の足元から続くこのヴァージンロードの先には、父親と並んだ名前がいる。
そこに向けて、ゆっくりと一歩一歩歩みを進んでいく。

先程の挙式のリハーサルでは、幾度となく「新郎様はもう少しゆっくり歩きましょうね」「新婦様が素敵だから早く傍に行きたいお気持ちはわかりますよ」と、冗談でも勘弁して欲しい言葉を言われ、顔から火が出そうだった。
それを思い出し、グッと眉間に皺が寄る。
ふと、左側の新郎ゲストの列を見れば、今回呼んだ中高時代の友人である粂野匡近と目が合う。瞳を細め、自分の事のように嬉しそうに笑いながらスマホをこちらに向けている。
『おめでとうな』
声には出さず、口の動きでそう伝える匡近にフッと微笑めば、相手は破顔した。この結婚を伝えた時「お前が幸せになってくれて嬉しい」と目を潤わせて言われ、柄にもなく不死川も目頭が熱くなった。不死川が父親との不和や進学か就職するかの悩み、家族の悩みなど身の内側に留めていた澱を、匡近は一つ一つゆっくりと溶かしてくれていったから、大きく道を外すことなくここまで来れたのだ。

今度はお前が幸せになってくれよと、不死川は願う。
そうして視線を更に前へとずらせば、同僚達の顔が勢ぞろいしている。宇髄は楽しそうに、ゲラゲラと笑うのを堪えながらビデオカメラを回しているのが目に入り、ピクリと眉が動く。
だが伊黒や煉獄、冨岡、胡蝶、悲鳴嶼さん、そして多忙の中「実弥のためだからね」と予定を繰り合わせて出席してくれた産屋敷理事長の姿を見て、有り難い気持ちになる。みな一様に暖かい眼差しを向けてくれ、この結婚をいかに喜んでくれているのかがわかる。
万感の思いを胸に名前の父親の前に立てば、握手を求められた。

「娘を宜しく頼むよ」
「はい。必ず、幸せにします」
「うん。でも2人で幸せになるのが一番だからね」

歳を重ね、厚みのある少しカサつく名前の父親の手と固く握手を交わす。「2人で」の言葉に、不死川はこれまでの打ち合わせの日々を自然と回顧した。
そうして父親に代わり、不死川の腕を取った名前と神父の元へと再び歩み始める。これまでの、そしてこれからの人生を示すように。
誓いのキスのためベールアップすれば、先程見た時よりも更に綺麗な名前がそこにいた。

ーー結婚式、やって良かったわァ

そうでなければ、名前のこの顔を見ることは出来なかったのだから。


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緊張しっぱなしの挙式が終われば、次は披露宴だ。一挙手一投足が注目される挙式とは違い、フルコース料理やアルコール等に皆の視線がいくせいか、名前はそこまで緊張しなかった。
代わる代わる高砂に来るメンバーと写真を取り、「名前とってもキレイだよ!」と口々に言われ頬は終始緩んでいる。

「よぉよぉご両人、おめでとさん!」
「不死川、よく似合っているぞ」
「名字先生もとっても素敵よ〜」

待ってましたといわんばかりにキメツ学園の同僚がやってきて、高砂が一気に賑やかになる。

「誠に目出度い事だ!不死川、酒を注ごう!」
「あ、おい煉獄。あんまり飲ませすぎんなよ。今日が初夜なのに酒の飲み過ぎで勃たなくなったらどうすんだよ」
「よもや…!」
「オイ…今はいいけど名前の親の前でそういう話を振ったら式場から叩き出すからなァ…」
「さ、実弥さん落ち着いて」

ピキリと顔に青筋が浮かぶ様子を見て、慌てて名前が諌める。そもそも新郎の足元、客席から見えない位置にはバケツが置かれており、注がれたお酒を一口飲んだら捨てているのでそこまで酔うこともない。ましてやお酒に強い不死川なら尚更だ。

「不死川、今日は胸元を開けないんだな」
「だよなー冨岡、そこは俺も思った!冠婚葬祭といえど開けるのがお前じゃん」
「俺だって本当は開けててぇよ…でも名前の親や親戚がいる前でそんな事出来るわけねぇだろォ」

惚れた女性の両親に非常識なやつだと認識されて、今後の長い長い付き合いに支障をきたすのだけは避けたいと判断したのだ。
その後もやいのやいのと盛り上がり、いよいよ披露宴も終盤に近付く。

名前が両親に宛てた手紙を読み上げる最中、感極まったのかポロポロと涙を流すのでそっとハンカチを手渡す。ようやく全てを読み終えれば、次は両親へのプレゼントだ。数ある品物の中から選んだのは出生体重の重さの米だ。これは「どうせなら実用的なモンがいい」との不死川の案による。役目を終えればキレイに胃の中に消え、変に物が増えなくていいから合理的だと考えたようだ。

「ああ、こんな軽かったんねぇ…今はもう、抱っこなんてできんね」

米袋を両腕に抱えて楽しそうに笑う不死川の母の目の端に、光る物があったのを男は見逃さなかった。大きくなったねと瞳を細める母を見て、胸が痛むような感覚に陥る。もっと母を傍で支えてやりたいという気持ちがないわけではなかった。だがそれと同じくらい、いやそれよりも傍で支えたいと思う女性が出来たのだ。
色々な意味でマジで頼むぞという視線を父親に投げかければ、フンと小さく鼻を鳴らす。
そうして不死川が1番懸念していた新郎父の挨拶が始まる。

「えー、この度は…」

と定型の挨拶を述べ始めたので、出だしはいいじゃねぇかと胸を撫で下ろす。が、その後から風向きが変わった。

「コイツの顔を見て分かるかと思いますが、俺に似てこの通りの強面でしょう。以前、クワガタやらカブトムシを取りに弟達を連れて夜の山に行ったら、死体でも埋めに来たのかと思われたのか職質をされようでして」

同僚のキメツ学園教師陣(主に宇髄)はぶはっと笑っているが、他のゲストはどうリアクションを取ればいいのかと困惑している。「滑ってんじゃねぇよ!!」とギッと横を睨むが、こちらを一瞥することもなく男の父親は続ける。

「眉間に皺を寄せている事もしょっちゅうで、生徒達も近寄り難いんじゃないかと思っていました。…ですが、ある日を境に険が取れた顔をするようになりました。妻に聞いてわかったのですが、名前さん、あなたと付き合いだしてからです」

急に名前を出されたものだから、名前は驚き不死川の父親を見て固まる。

「名前さんとの付き合いの中で、息子の雰囲気は柔らかくなりよく笑うようになったと思います。そんな貴女が、生涯を共にする相手として息子を選んでくれた事は我々夫婦にとっても望外の喜びです」

最後に若い二人をどうぞ見守ってくださいとの言葉で締めれば、ゲストからは自然と拍手が沸き起こる。惨憺たる結果に終わるのではと心配していたのだが杞憂に終わった。それどころか、予想に反して息子の事をよく見ていたのだなとわかる内容に、何とも言えない気持ちになる。
不死川が父親を見れば「俺だってやる時はやるんだ」と口角を上げる。
毎日それ位でいてくれよとの言葉は、とりあえず引っ込めた。


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ゲストを見送り新郎新婦控室に戻れば、すぐさまドレス姿から平服へと着替えた。不死川も待ってましたといわんばかりに早速胸元広げて息を吐く。

「終わりましたねぇ〜」
「そーだなぁ…」

披露宴では新郎新婦は食べる時間がないという事で、コース料理のうち1皿しか出されなかった。その代わりにこうして披露宴を終えた今、残りの料理を出してくれるのでゆっくり食事を取ることができる。やっぱりこの料理にして良かったね。という話から、挙式や披露宴の感想などをお供に食事は進む。

「最後の実弥さんのお父さんの言葉、なんだがジーンと来ちゃったな…」

自分という存在が、実弥さんにとって良い影響を与えていたとの事実に名前は喜んだ。以前伊黒先生にも「お前と付き合うようになってから、不死川はよく笑うようになった」と言われたことがある。その時はそんなまさか。不死川先生は元々よく笑う人じゃないの?と思っていたのだが、どうやらそう思っていたのは自分だけだと気付くにそう時間は掛からなかった。

「まぁ、滑ってたけどな」
「職質されたって話?私知らなかったからちょっと笑っちゃいそうになったよ」
「新婦が笑ってくれたら他のゲストも心置きなく笑えたろうなァ」

眉根を寄せてはいるものの全て終えた開放感からか、どこか晴れやかな顔をしている。

「俺は名前のお義父さんの言葉に胸打たれたなァ。2人で幸せになるようにって言われてよ」
「そんな事言ってたんだ。小声だったから聞き取れなかったんだよね」
「その通りだって思った。そう思えば結婚式の準備であれこれ2人で決めるのにも意味があったんだな」

何事も相手に任せず投げず、2人で話し合って決めていくこと。その大切さを今回学んだ気がする。

「実弥さん、ちゃんと話し合いに参加してくれて嬉しかったなぁ。だからきっと大丈夫だよ」
「あー…、実はよォ…」

不死川は宇髄達に説教を受けた事を話す。隠し通すか悩んだが、尊敬の眼差しで見てくる名前を前に良心が痛んだ。
当の本人は「なぁんだ、そうだったの」と楽しそうに笑う。

「でもさ、それで忠告を聞いて実行してくれるから、やっぱり実弥さんはすごいよ。『何で俺がそんな事しなきゃならないんだ』って言う人もいると思うよ」
「そォかねェ…」

いまいちピンとこない不死川を余所に、そうでーすと楽しそうに笑う名前。

「私、実弥さんと結婚できて本当に幸せよ。これからも宜しくおねがいします」
「…こちらこそ、末永く宜しく」


結婚式は終えたが私達の夫婦生活はここから始まるのだ。



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