なめらかな嫉妬たち




拙い実弥さん呼びがすっかり消えた頃、週末はどちらかの家で過ごすのが恒例になった。今日は実弥さんの家に来ており、2人でゲームをして楽しんでいる。キャラクターがカートに乗り、バナナやら亀の甲羅で邪魔し合いながらゴールを目指すあのゲームだ。

「また負けたぁー!実弥さん手加減してくださいよ」
「してもいいけどよォ、あからさまな手加減で勝って嬉しいかァ?」
「……嬉しくない」

でも勝ちたいんですーと嘆く私は、これでも相当手加減されているとは知らなかった。もう1回やりましょうと再戦を申し込んだ時、私のスマホが鳴る。

「もしもーし」

表示された名前は大学時代の友人だ。実弥さんに目配せをしてから電話に出る。簡単な挨拶の後に切り出されたのは、結婚式をする事になったため出席できるかという確認だった。彼女は同じ学部で同じサークルと、4年間共に学び遊んだ仲間だ。しかも結婚相手は大学時代から付き合っていた男性で、同じサークルのメンバーのため私もよく見知っている。勿論出席するよと自分のことのように嬉しくなり答えたが、次の言葉に少しの戸惑いが生じた。

「そう…なんだ…いや、そうだよね。うん、うん。大丈夫だよ!花嫁姿見たいし出席するよ。気にしてくれてありがとう」

また改めて女性だけで集まろうと約束をして電話を終えた。

「誰か結婚すんのかァ?」
「はい。大学時代の友人です」

簡単に電話の内容を説明するが、私が口籠った事が実弥さんは気になったようだ。

「言いたくねぇなら無理に言わなくてもいいけどよォ」

実弥さんらしい配慮だなと思う。だが彼にも全く関係がないとは言えないため、説明する事にした。

「実はですね、新郎新婦と私は同じサークルに入っていまして」
「おう」
「同じ年代のサークル仲間はみんな呼びたいという意向らしくて」
「それでェ?」
「その中に、その…いるんです。私の元カレが…」
「…はーん、なるほどなァ」
「勿論、今の私には実弥さんがいますから、再会した所で何もないです!間違いも絶対に起きません!でも別れ方があまり良くなかったので、友人はそれを心配してくれているようでして…」

別れ方ァ?と頭に疑問符を浮かべる実弥さんにざっくりと説明する。元カレが有名大手企業に就職し、職場で新しい彼女を見つけ二股の末に振られたこと。仕事を散々バカにされたことを。一連の流れを聞き終えたあとに実弥さんから出た一言は「クソ男じゃねぇか」だった。

「ま、まぁ、そんな訳でして、本当に会ったところで何かが起きるとかは全然ないんです。…結婚式に行ってきてもいいですか?」
「俺が行くななんて言うわけねぇだろ。久しぶりに会う友達もいるんだろ?楽しんでこいよ」

なんて大人な態度だろう。私が逆の立場になった時、果たして同じように返せるだろうか。いや、仮定の話を考えても意味がない。私がすべき事は新郎新婦を盛大に祝いつつ、実弥さんに変な心配をかけないことだ。

友人から招待状が届いたのは、それから数日後のこと。結婚式後に2次会もあると知った実弥さんは、終了予定時刻を聞いて迎えに行くと言い出したのだ。

「でも遅い時間ですよ?」
「だから迎えに行くんだろォ。友達と3次会するつーならそれでもいいけど、どっちにしろ迎えに行く」

眉を顰め頑として譲るつもりのない態度に、珍しいなと思う。それが顔に出ていたのだろう「夜の繁華街なんて酔っ払いも多いし危ねぇだろ」と最もなことを付け足す。
本当にいいのだろうかと思ったが「俺がそうしたいから言ってるんだ」の言葉に、実弥さんの好意に甘える事にした。ついでにそのまま泊まっていけばいいとの言葉に、はにかんで頷いたのだった。


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美容院でヘアメイクを済ませてから、余裕をもって式場に到着した。クロークに荷物を預け、通された待合室にてウェルカムドリンクを飲みつつ友人達と談笑する。
既にお祝いと称して女性陣だけで飲み会を開いた後なので、積もる話は終えている。挙式楽しみだねと他愛もない話をしていると、次々とサークルメンバーの男性陣が合流する。懐かしい当時のメンバーが集まり、気付けば元カレも輪の中にいる。他のメンバーと談笑していたのだが、ふと私と目が合う。

「おー、名前。久しぶりじゃん」
「うん。久しぶりだね。元気だった?」
「超元気。と言いたい所だけど仕事が大変でさぁ」

この前なんかと長話になりそうな嫌な気配を察知する。しかし友人がそこへ割って入り、教会に移動だってと誘い出してくれた。私が元カレと別れた事は既にメンバーには周知のことだ。だが詳細は女性陣しか知らない。別れた経緯を知った彼女達は「アイツ何様なの!」と烈火の如く怒ってくれたのが懐かしい。
先だっての飲み会では新しい彼氏もいるし、もう全然気にしてないよと公言したのだが、それでも皆気遣ってくれているようだ。申し訳なさもあるが、友人達の気遣いがとても嬉しい。
滞りなく挙式を済ませた後披露宴会場へと移動する。席次はやはり、サークルメンバーで1つのテーブルだ。だが新婦の配慮なのか、私と元カレは円卓の対角線上という最も遠い座席だ。中央には装花があるため、正面といえどそこまで顔を見なくて済む。本当に何から何まで感謝だ。

私にとっては結婚式位でしかお目にかかれないフルコース料理を堪能し、カクテルを傾ける。この料理は実弥さんも好きかもしれない。今は何をしている頃だろうと、ここにいない相手を思う。
その時、お手洗いに立った左隣の友人席が動く。戻ってきたのかとそちらを向けば、友人席に座り込む元カレの姿が。

「さっきはあんまり話せなかったからさぁ。今って何してるの?まだ図書館にいんの?」
「今は学校図書館で働いてるよ」
「へぇ、それってまた1年契約とかなやつ?」
「正規職で採用してもらえたから違うよ」
「え、マジ?」
「そーそー、それに名前は彼氏も出来て公私共に絶好調なんだから」

右隣に座っていた友人がずいと身を乗り出し、加勢に入る。

「ふーん、彼氏できたんだ。…どんな奴?仕事は何やってんの?」

それ、あなたに関係ある?
真っ先に浮かんだ言葉をそのままぶつけるわけにもいかず、かと言って実弥さんの事をペラペラと喋りたくはない。
さてどうしたものかと思案していると、今度こそお手洗いに立った友人が戻ってきた。

「ねー、そろそろ皆で写真撮りに行こうよ。今なら高砂に誰もいないし」
「お、本当だ」
「行こうぜ」

その友人の一言により、サークルの面々が席を立つ。移動に紛れて元カレから離れれば、友人達から大丈夫?と耳打ちされた。

「根掘り葉掘り聞いてきそうだったから助かったよ、ありがとう」
「いいからいいから」
「さっきから妙に絡んでくるよねぇ、帰りとか大丈夫?」
「帰りは彼氏が迎えに来てくれるから大丈夫だよ」
「わ!ラブラブじゃーん。いいねぇ」

照れくさくなりながらも、まぁねと返して新郎新婦達に祝福の言葉をかけた。



恙無く披露宴を終え、2次会会場へと移動する。貸し切りにしたダイニングバーはカクテルが美味しく、今度実弥さんと2人で来れたらいいなぁとほろ酔い気分でひっそり思う。夜遅くのバーなら流石に生徒達と出くわす心配もないだろう。
2次会中に、新郎新婦を除いたサークルメンバーだけで3次会をするがどうかと打診があった。参加すると答えた者は半数近くだ。参加するか迷ったが、なんやかんやで朝から動き回っているので疲れた。実弥さんは何時になっても迎えに行くと言ってくれているが、あまり遅くに迎えに来てもらうのも悪い。
今回はやめておくよと言えば、彼氏が迎えに来てくれるもんねー!と女性陣からの冷やかしが入り、恥ずかしさで笑って誤魔化す。出口に立つ新郎新婦に見送られてお店を出れば、また皆で集まろうぜとあてのない約束を交わして別れた。


予め決めていた待ち合わせ場所に行こうとした時、実弥さんから電話が入った。

「実弥さん?もう着いたんですか?」
「いや、それが…」

今日の実弥さんの実家は、母親が急な残業になったため玄弥君を始めとした兄弟しかいない。それ自体はままあることらしい。だが兄弟喧嘩の末に癇癪を起こした弟達を宥めるのに、玄弥君1人では無理だと判断して実弥さんにSOSの要請がいったらしい。
母親ももうすぐ帰宅するというが迎えに行くのは厳しいと、スマホ越しでもわかるほど心苦しさを滲ませている。玄関にお金を置いておいたから、タクシーに乗って俺のアパートにいてくれと言われる。

「わかりました。待ってる間実弥さんに勝てるようゲームの特訓をしてますよ。なので時間とか気にしないでくださいね」

努めて明るく言えば、実弥さんの緊張感が少し和らいだような気がする。

「帰ったら勝負するか。1周遅れでスタートしてやるよ」
「それじゃあ面白くありませんから」

むっとして言えば、実弥さんがははと楽しそうに笑う。遠くから「兄ちゃんが声出して笑ってる」「だれだれー?彼女?」と賑やかそうな声が聞こえた。
そうして電話を終えた後、タクシー乗り場の列に並んだ。勿論お金は自分で出すつもりだ。戻ってきた実弥さんはきっと疲れているだろうから、引き菓子のお菓子を一緒に食べよう。甘い物はきっと彼の疲れを和らげてくれるはずだ。
そう気持ちが踊っている私を、元カレが見ていたとは知らなかった。


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それからしばらくして、実弥さんと本屋に出掛けた。生活範囲から外れた複数階にも及ぶ大型書店は、貴重なデート場所の1つだ。
多種多様な新刊や既刊をじっくりと見たい私と、数学系の本を見たい実弥さんとでは行動範囲が違う。そのため最初に何時にここで待ち合わせと決めて別れ、各々が好きに行動している。それでも待ち合わせた後は絵本コーナーに行き、実弥さんの下の兄弟達に良さそうな本を2人で探すので立派なデートだと胸を張って言いたい。
私の趣味と仕事を理解して、こんなデートでもいいと言ってくれる実弥さんは本当に優しい。このまま結婚できたらいいなとまで思うのは、最近結婚式に出席したからだろうか。
自然と口元がだらしなくなりそうなのを堪え、文芸書の新刊コーナーへと足を運んだ。

一通り見終え、好きな作家の新刊まで購入した。意外に早く済んだので文具コーナーで時間を潰そうかなと立ち寄れば、聞き覚えのある声が耳に入る。

「あれ、名前じゃん。奇遇だなぁ。1人?」

先日の結婚式で再会したばかりの元カレだ。まさかこんな場所で会うとはと動揺が走る。

「あー、うん。今日は彼氏と来てるよ」

動揺を悟られぬようにと、落ち着いて話すが相手は「彼氏ねぇ」とどこかしたり顔だ。

「なぁ、強がんなくたっていいんだぜ。お前、本当は彼氏なんていないんだろ?」
「……はぁ?」

いきなり何を言い出すんだと、素っ頓狂な声が出る。週末という事もあり店内は賑わっている。思わず出た私の声に過敏に反応する人がいなかったのが幸いだ。

「いや、ちゃんといるから。今は別行動してるだけだから」
「だから嘘つくなよ。この前の2次会の後だって彼氏が迎えに来るって言っときながらタクシーで帰ってたろ」
「あれは…!彼に急用が出来たからタクシー使うように言われただけだし」

見られていた事に一抹の薄気味悪さを感じる。もうさっさと実弥さんの所に行こう。ここから離れたい。もう行くからと話を切り上げて踵を返すが、腕を掴まれたためそれは叶わなかった。

「まぁ、待てよ。別に嘘ついてたからって責めてるわけじゃない。むしろ彼氏がいないってわかって良かったよ」
「…なにそれ」
「なぁ、俺達やり直さないか?」
「はあぁ?」

先程よりも大きめな声が出たため、今度は近くにいた人が何事かとこちらを一瞥する。冷静になれと呪文のように脳内で唱え、反論に出る。

「ない!やり直すとか本気でないから。彼氏だってちゃんといるから。ううん。彼氏がいなくてもあんたとやり直すのはムリ」
「酷い言いようだなぁ。振ったことまだ根に持ってんの?」
「別に、それはもういい。そもそも、その時の彼女とは続いてるって聞いてたけど、それはどうなってるのよ」
「アイツなぁー見た目もいいし連れて歩くにはいい女なんだけどなぁ。でも料理とか全然ダメ。金遣いも荒いクセに専業主婦になりたいとか結婚を匂わせてきて萎えるんだよなぁ。その点お前は料理も出来たし良かったなぁと思ってさ」

何を今更。別れ際には「ばあちゃんが作る料理みたい」と嘲笑っていたのはどこのどいつだ。イライラが増していく。

「だから俺とやり直そうぜ。今仕事が忙しくてさぁ、家のことやってくれるやつが欲しいんだよ」
「家事とかちゃんとやってくれるなら、仕事辞めて専業主婦になってもいいからさ。名前のやってる仕事なんて、誰がやったって同じだろ?途中で辞めても誰にも迷惑なんてかかんないって」

素晴らしい提案かのように、したり顔で口を開くその姿に、怒りが一気に沸き上がる。無償の家政婦を手に入れたいのかとか、女性はあんたのアクセサリーではないとか、色々と言いたい事は山程ある。何よりも、まだ私の仕事をバカにするその見識の狭さに怒りが治まりそうにない。
怒りをぶち撒けてやろうかと、キッと相手を睨む。未だに掴まれた手を強引に振り解いたその時、スッと間に誰かが入る。

「よォ…俺の彼女に何か用かァ?」
「実弥さん!?」

数学コーナーにいると思っていた実弥さんの登場に驚きの声が出る。どうして文具コーナーにいるのか?いつから話を聞いていたのかと、尋ねようとする私よりも先に、元カレが口を開く。

「はぁ?お前マジで彼氏がいんの?」
「だから、そうだって何度も言ったじゃん!」
「どうもォ、名前の彼氏ですけどォ?で、テメェが例の元カレかい。随分色々と好き勝手に言ってくれてたじゃねぇか」

そっと隣を見れば青筋を浮かべる実弥さんの姿が目に入る。その様子に自分の怒りがシュルシュルと収まり、まさとかは思うけど手を出したりはしませんよね?とハラハラしだす。

「誰でも出来る仕事だァ?用件を言っただけで迷いなく次から次へと本を出してくるなんて、誰でも簡単に出来ることじゃねぇぞ。これまで培ってきた経験と情熱のお陰でこっちがどんだけ助かってると思っていやがる。んな事もわからねぇ奴がコイツの傍にいる資格なんてねぇよ」
「…っ」
「それとなぁ、人の女に軽々しく手を出そうとすんな…もし次があったらその腕、たたっ斬ってやる」

鬼気迫る実弥さんの表情は、隣にいる私ですらゾッとするものだった。いかに彼が怒っているのか、目の前の男だってわからぬほど馬鹿ではないだろう。その証拠に、顔色を悪くし無言で背中を向けて立ち去っていった。

「すみません、私のせいで気分を害しましたよね」
「名前のせいじゃないだろ。つーか、女を見栄えで選ぶとかアイツと別れて正解だったぞ」
「そうですね…学生時代は良かったんですけどねぇ」

しみじみと好きだった頃の彼を思うが、過ぎた過去を振り返っても意味がない。

「ところで、実弥さんはどうしてここにいたんですか?」
「ああ、妹からお使い頼まれてな」

一通り数学系の面白そうな本を眺め、玄弥君に参考書でも買っていってやるかと思った矢先、妹さんから絵の具を買ってきてくれと連絡が来たそうだ。
目的地を文具コーナーに変更して辿り着いた時、やたらと上から目線で復縁を迫る男の声が聞こえた。こんなやつと復縁した所で先が見えているぞ、やめとけやめとけと興味半分でのぞいたら、その相手が私だと分かりギョッとしたそうだ。

「ご、ご迷惑をおかけしまして」
「別にィ…まぁ、あれだな。確かにあれなら再会したところでどうなるとかはねぇな。心配しただけ損だったわ」

その言葉におやと思う。実弥さんをちらりとみると、失言をした事に気付いたのか気まずそうな顔をしている。

「心配、してくれていたんですか?」
「………………まぁ」
「そんな素振りもなかったから驚きました」
「…余裕がない男とか、ダセェだろ」

ダサいなんて思うわけがない。
迎えにいくと言っていたのはそういうわけだったのかとわかり、胸に暖かいものが流れる。

「ダサくなんてないです!私は嬉しいですよ、すごく。…心配かけちゃってすみません。でもチョロい女はとっくに卒業して、今は実弥さん一筋ですから!」

臆面もなく好意を伝えれば実弥さんは少し照れたような顔をする。そして私の頭を優しく撫でる。その仕草と表情は、すっかりいつもの彼だ。

「ありがとな……っし、絵の具買って帰るか」
「はい!」


実弥さんの優しさを知ってしまったら、もう他の誰だって目が入らない。この先もずっとこの人の傍にいたいと、そう思うのだった。

20210808
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