雑談しよ!



月曜日に出勤すれば、早々に宇髄がやってきて詳細を聞きたがった。
「どうなったんだよ?連絡したのに返ってこねぇから派手に気になってんだわ」
うまくいったのなら、派手に飲み会しようぜと耳元で囁く。わくわくしている宇髄には悪いが、望んだ展開にはなっていない。告白が失敗に終わったことを掻い摘まんで話せば、何とも言えない表情をされ、肩をポンポンと叩かれた。

「明日の昼は奢るわ。近くの食堂行こうぜ」
「天ぷらそばァ」
「わかったわかった」
「と、焼き肉定食ゥ」
「...人の金で食う肉はうまいもんな。つーか、お前そこまで落ち込んでねぇな?何があった」

半ば冗談で言ったが了承してくれるとかいい奴だぜと思っていると、宇髄から指摘を受けた。こいつ鋭いな。
そう。そこまで悲観していないのには理由がある。

俺だって名字とのイルミネーションデートの帰り道は相当落ち込んだ。どこぞのキャッチコピーのように「友人と行き、恋人と帰ってきた」という展開を期待していたのだが、その目論見は元カレの登場により粉々に消えた。加えて自分の失態により絶対に名字に嫌われた。嫌うまではいかなくともドン引きされたと思い込んでいた。別れ際に「今度は私から誘ってもいいですか?」の言葉に一瞬気分も浮上したが、時間が経つにつれ、あれは遠まわしな「一生無いけどもし次があれば私から誘うので、もう不死川先生からは誘わないでください」ではないかと思うようになってしまった。
家族に癒されようと向かった実家の駐車場に車を停めれば、名字からメッセージが届いているのに気が付く。今までとは違う緊張感でおそるおそる名前をタップすれば、車を出してもらったこと、イルミネーションがとても綺麗だったことなど、お礼とちょっとした今日の感想が書かれていた。その内容に胸を撫でおろしつつも、俺も楽しかった事と改めて自分の失態についての謝罪を送る。送り終えた後、ハンドルに頭をこつんと当て、ふぅーーーと深く息を吐く。もうやってしまった事は仕方がない。どんなに悔いようとも時間は巻き戻らないのだ。これから考えるべき事は挽回策だと気持ちを切り替えて実家の玄関をくぐった。

やはり玄弥は起きていて、お袋と共に突然の俺の来訪に驚きつつも嬉しそうにしている。ビールを飲みながらテレビを見ていたクソ親父は俺の存在に気付き「急に来たんだ。てめぇの分の飯はねぇぞ」と言葉を投げかけてきた。慌てて何かを用意しようとするお袋に夕飯は食ってあることと、皆の顔を見たくなったから来たと言えば「はっ。いい歳こいてホームシックかよ」とクソ親父に嘲られた。いつもならそこでちょっとした諍いが始まるのだが、生憎今日の自分にはクソ親父の相手をする程の余裕はない。黙ってそれを流せば、おや、とそこにいた3人が思った。どうやら長男に何かあったらしいと察したようである。着替え出すから泊まっていきなね。とお袋が優しく言ってくれるので、それに甘えて一泊することにした。
翌朝、次々と起きてきた妹弟達が俺に気付き「実弥兄ちゃんがいる!」と興奮したため、不死川家は賑やかな日曜日の朝を迎えたのだった。午前中は弟や妹達の遊び相手話し相手となり、お昼ご飯の用意ができたとのお袋の声にようやく解放された。そこで昨晩から放置していたスマホを触れば何件かメッセージを受信していたようである。メールはメルマガであったが、メッセージアプリの方を開けば表示された名前を見て驚いた。

ーー宇髄と...名字からじゃねぇか

名字からの送信日時を見れば昨日となっている。いつもは名字から来るお礼メッセージに返信をすればそこでやり取りは止まってしまう。だが、昨日は俺が送った後も名字は更に返信してくれていたようだ。もっと早くに気付けば良かったと思いつつ開けば、向日葵の巨大迷路で撮った写真が欲しいとの事だった。実家に帰ってきていて慌ただしかったため今気付いたと謝り、次いで写真を送ったのだがそれで終わることはなかった。しばらくしたらまた名字から返事が来たため結局その日は寝る前までやり取りは続いたのだった。

一度、不死川先生が堅気の人間ではないと誤解されたままなのは不死川先生としても不本意ではないかと思うので、私の方から誤解を解いておきましょうか?と言われたが、丁重に断った。連絡を取った事がきっかけでヨリが戻りました。なんて言われたら後悔してもしきれない。それに勝手にそう思わせておけば向こうから名字に連絡が来ることもないはずだ。
優しい彼女の事だ。恐らく帰りの車中での俺の落ち込みように、気を使ってこうしてやり取りをしてくれているのだろう。その気持ちを有り難く思い、ようやくここで少なくとも嫌われたという思いは消し去ってもいいんじゃないかと思えてきたのだった。そのためそれ程落ち込まずに今日出勤できたのである。しかしそこまで宇髄に話す必要はないだろう。そうかァ?と適当に誤魔化しつつ仕事を始めたのだった。


だが、驚くべき事にこの名字とのやり取りは俺が長期休みに入った後も続いたのである。キャンプはどうかと聞かれたので、キャンプ飯やら釣った魚などの写真をメッセージと共に数枚送ってみた。昼休みや定時後に返ってくる返事に自然と顔が綻べば、目敏いクソ親父に「女か」とニヤニヤ顔で言われたので舌打ちで返す。
反対に、名字が帰省した時には様々な写真がメッセージと共に送られてきた。

[これが実家の猫です]
[わさびアイスクリーム食べてきました。不死川先生はわさびはお好きですか?]

そんな他愛もない事だが、それでも俺にとっては非常に嬉しい。メッセージの受信音が鳴る度に名字ではないかとそわそわするくらいだ。
帰省したら中学の同窓会に行くと知った時は心がざわついたが、終了後はそのまま元同級生の実家に泊まると知って少し安心した。なんでも田舎なので大勢が集まれる最寄りの飲み屋といっても、車で15分程掛かる距離にあるらしく、同級生の親が迎えに来てくれるらしい。



驚いた事はこれだけではなかった。それは名字が帰省から戻り初めて出勤した翌日に起きた。

「掲示物の貼り替えするから教室に行ってくるわァ」
離席する時は近くの人に声を掛けるよう言われているため、隣の席の胡蝶にそう言い残して職員室を出た。
じきに2学期が始まる。ついでに教室内のチョークの残量も確認して補充したり教室内の整理整頓するか。教室内にもエアコンは設置されているが、冷え始める頃には全て片付いてしまうはずだ。僅かな時間の為にエアコンをつけるのは憚られるし、8月末ともなれば暑さもだいぶ和らいでいるのでこのままでもいけるだろう。手早く済ませてさっさと涼しい職員室に戻ろうと決め、無心で作業をし始めた。
少しすると、コンコンという控え目な音が耳に届く。音のした方を見やれば名字が教室の出入口に立っていたのでドキリとした。
「名字先生どうした?俺宛に急ぎの外線でも来たのかァ?」
そう考えをつけて切り出せば「あ、いえ。そうじゃないんです」と返される。
ならなんだ?と疑問に思っていると、名字がおずおずと近付いて来て、手に持っていた紙袋をすっと差し出してくるではないか。
「これ、帰省のお土産です。不死川先生には色々とお世話になっているので」
その言葉に驚いた。この夏期休暇中に旅行やら帰省した者達はお土産としてお菓子などを買ってきてくれる。俺もキャンプ場からの帰り道に寄ったSAでクッキーを買ってきたが、それは職員全体宛であり、特定の個人宛ではない。
だがしかし、今名字から渡されたこれは明らかに自分だけの為に買ってきてくれたものだろう。その事実に言いようもない気持ちに包まれつつ受け取った。
やべェ。これはかなり嬉しい。
「なんかわりぃな。有り難く貰うわ」
だらしなく崩れてしまいそうになる顔を賢明に堪えてそっと紙袋を受け取れば、ずしりと重さを感じる。

「いえ!出掛ける度に車を出して頂いているので、何かお返ししなきゃと思っていたので」
「お返しつってもなァ。この前の公園の入園料だって車出してもらってるからって、名字先生が払ってくれてたろ」
「それはそれですよ!それで、不死川先生わさび好きって言っていたのでそれ関係のを買ってみたんです。お口に合えばいいんですが」

そう言えばそんな事を聞かれたっけな。そん時から考えていてくれたのかと嬉しくなった。中を見ていいか名字に確認してから紙袋を広げると、わさび漬けとわさび煎餅というわさびだらけのチョイスであったが、そこは不死川なので名字から貰えるならなんだって嬉しい。

「お酒のおつまみになりそうな物を選んでみたんですが...」
「どっちも美味そうだなァ。早速今日の夜これで一杯やるわ。マジでありがとうな」
「良かったー!他の人には買ってきていないので、不死川先生にだけどうやって渡そうかとずっと悩んでたんです」

俺の言葉に自信なさげな表情をしていた名字が嬉しそうに笑ってそう言うものだから、自惚れた気持ちが沸き上がってくる。もしかして昨日から渡す機会を伺ってくれていたのだろうか。
だが、いいやこれはただのお礼で深い意味はないんだ。またロケ地巡礼に付き合ってくれという事だろうと、冷静に思い直す。帰省はどうだったか、地元では何が美味いのかなどの雑談を振れば名字はイヤな顔もせずに返してくれる。いつも真面目に仕事をしているのだ。今くらいは勤務時間中に名字とお喋りをしても罰は当たらないはずだ。だがその楽しい時間もそう長くはなかった。

「あー、いちゃついてるところをわりぃんだけどよ。不死川、お前宛てに急ぎの外線が来たんだわ」

いつからそこにいたのか全く気が付かなかったが、宇髄がニヤニヤしながら立っていた。

「いちゃ...!お前なァ......あー、名字先生わりぃな。職員室に戻るわァ」
「あ、はい!お疲れさまです」
「机の上にメモ置いといたから、折り返し電話してやれよ」
「わーってるわァ」

教室の扉の所でニヤニヤしている宇髄を小突き、名字から受け取ったお土産を大事に抱えたまま職員室に戻った。その後の不死川は隣の席の胡蝶が少し引くくらい機嫌が良かったのだった。
その晩、貰ったわさび漬けをつまみに一杯やりつつ名字に改めてお礼のメッセージを送れば、やはり寝る前までそれは続いた。

ーーこれは、次のデートに誘ってもいいもんなんかねェ。

就寝するために暗くなった部屋でベッドに寝転べば、薄ぼんやりと見える天井を見つめつつ悩んだ。
誘ってもいいのなら直ぐにでも誘いたい。もう自分からロケ地をリストアップして何処にする?と聞いてしまおうか。
だが一度失態を犯した後なので、行動を起こすのはもう少し慎重になった方がいいのかもしれない。
それに2学期が始まった直後はお互いに忙しいため、誘うならもう少し後の方がいいんじゃないか。既に「3ヶ月以内に告る」と自ら定めた期限はとっくに過ぎてしまっているが、今更慌てても仕方がない。期限をクリスマス前までに変更してしまおうか。いや、それだと長すぎるか?

纏まらない考えを巡らせていれば、いつまで経っても眠気が訪れる事がなかったためその日はそれで考えるのを止めたのだった。



20210514


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