乾杯しよ!



「1学期おつかれさまでした!カンパーイ!」

乾杯の復唱とグラスのぶつかり合う音を皮切りに座敷内が一気に喧騒に包まれる。今日は高等部職員の全体の飲み会で、1学期のお疲れ様会兼暑気払いを兼ねている。例の如く職員御用達の店「藤ノ屋」にて、夏休みに入った直後の金曜日のことである。
お世話になっている悲鳴嶼先生や他の数学教師の元へと挨拶に回れば早々に宇髄や煉獄達に捕まり、酒を飲め飲めと並々注がれた。アルコールに弱い冨岡が真っ先に潰れ次の矛先が自分に回りそうな気配を察知したので席を立つと、そんな自分に宇髄が気付いて絡んでくる。

「あー、不死川〜逃げんなよー」
「トイレだァ」


お手洗いの中に入れば涼しい風が汗ばんだ体全体に吹き付けてくる。あー、涼しい。
飲み会の為に貸切になっているお座敷にもクーラーはついているのだが、大人数による人いきれでなかなか涼しくならない。
僅かな時間ながらも、アルコールで更に火照った体を冷やしてお座敷に戻ればまだ宇髄が騒いでいる。明日は兄弟をプールに連れて行くため車の運転をする必要があるので深酒は厳禁だ。前日の酒が残っていて飲酒運転なんて洒落にならない。
このまま宇髄達のいる場所に戻れば、明日運転できないほどアルコールを飲まされる可能性があるのではと危惧している。それぞれが最初に座っていた場所から散り散りになったため、人気のないテーブルに座ろうと考え探したところ、運良く隅っこの席が人気がなかったためそちらに足を進めた。大勢での飲み会の中盤以降なんて自分の席は有って無いようなものだ。
新品の割り箸を手に取り、まだ残っている大皿から適当に摘まんで食べ、近くに来た店員にウーロン茶を頼んだ。これで少し酔いを冷まさなければ。そう思っていると自分の右隣の座布団に誰かの足元が見えた。

「隣いいですか?」
「どーぞォ...」

アルコールで少しボーッとした頭で反射的に答えれば、失礼しますね。と隣に座った人物を見て驚いた。なぜなら相手が名字だったからだ。
お酌で回ってきてくれた事は今までも何回もあるが、その後すぐに他の先生の元へと行ってしまう。だが今回はお酌に来てくれたわけではないようだ。なぜなら名字の手にはビール瓶ではなく自分の飲み物が入ったグラスがあるからである。

「ウーロン茶のお客様ぁ!」
「ああ、俺です」

意図をはかりかねていると、自分が注文した飲み物を手に喧騒に負けじと大声をあげる店員に手を上げてアピールした。「お待たせしましたぁ〜」とトンとグラスを置いて「カシスソーダのお客様ぁ!」とまた大声をあげて去っていく。

「乾杯しましょうか」
「あ、ああ」

2人でグラスを合わせて飲めば「お酒じゃないんですか?」と聞かれたので、明日車の運転があることを告げれば納得していた。

「だいぶ飲んだみたいですね。顔真っ赤ですよ」
「飲み過ぎたわ。宇髄の近くにいると潰れるまで飲まされるから近付くのはやめとけェ」
「それは困っちゃうので、不死川先生の側にいます」

深い意味はないのだろうが、そう言って笑う名字に嬉しくなる。

「明日は地元から友達が来る予定なんです。公園に行くの、来週にしてくださってありがとうございました」
「あー、いや。俺も予定聞かずに誘っちまって悪かったなァ」

友人が来るなら断られても仕方ない。
そこから今度行く公園を調べていたら、動物の触れ合いコーナーがあるらしく、時間があったら寄ってもいいですかと聞いてくるので2つ返事で了承し、せっかく行くのだから気になる所はどんどん回ろうと伝えた。向かう途中で食べる予定のお昼ご飯をどこで食べようかと2人でスマホを見せ合いながら、ここはどうか、いやこっちもと話をするのがとても楽しかった。楽しすぎてここが職場の飲み会である事も忘れ、あれ?俺ってもう名字と付き合ってたっけか?なんて錯覚に陥ったりもしたが、宇髄のバカデカい笑い声で現実に戻される。
特撮仲間としか思われていないが、行動したことによりこんなに距離が近くなれたのならば、行動して良かったと心底思えた。

ふと気付けば、名字の頭越しに見える遠くから、宇髄と煉獄が目を細めてうんうんと頷きながらこっちを見て微笑んでいた。それはさながら、幼子が初めてのお使いが成功して喜びと一抹の寂しさを浮かべる親のような表情である。いつもなら内心「ウゼェ」と思うのだが、なんせ今は非常に気分がいい。「ばーか」と口パクをして笑い返し、すぐに名字に目線を戻して会話に集中し直した。

その後は自然とお互いの夏休みの予定などの話に移った。

「不死川先生はこの休みにどこか行くんですか?」
「うちは毎年キャンプに行ってるなァ」
「キャンプ!楽しそうですねぇ」

バンガローとテント区画が混在するオートキャンプ場であり、自分を筆頭に家族の中で希望する者はテント泊、母と他の家族はバンガローに泊まる。魚釣りができる池もあり、キャンプ場のすぐ近くにはアスレチックス施設もあるため、利便性がとても良いのだと説明すれば、名字は興味をそそられたようである。

「夜に焚き火見ながらカップ麺食べたり酒飲んだりして、ボーッとすんのがいいんだよなァ」
「いいですねぇ。大自然の中でのびのびとそんな風に過ごしてみたいです」

そんな感想を言う彼女に、付き合ったら絶対に連れて行こうと決めた。彼女と付き合えたら行きたい所、したい事は沢山あるが、それが1つ増えた。焚き火の爆ぜる音を聞きつつ夜空を見上げると、満天の星空を見ることができるのだが、いつか彼女にもそれを見せてやりたい。自分が好きなもの、好きな事を彼女と共有できたらどんなに良いだろうか。
それらが実現できるように、不死川は今度のイルミネーションデートに全てをかけるつもりでいるのだ。もしこれでうまくいけば、朝晩は冷えるものの9月とかに一緒にキャンプに行けるのではと浮かれた考えも持ったが、顔に出ぬように気をつけつつ、彼女へと別の話題を振った。

「名字先生は帰省とかすんのか?」
本当は帰省すると知ってはいるが、聞き耳を立てて得た情報なので敢えて知らないフリをして聞く。
「しますよ。1週間ほど長野の実家に帰る予定なんです」
久々に帰ると母親が張り切ってご飯作ってくれるので、ついつい食べ過ぎちゃうんですよねぇと苦笑いする姿も可愛い。不健康な増え方でない限り、体重が増えても全然気にしないから好きなだけ美味しく食べて欲しい。そう思いつつ他愛のない話を続けていれば、教頭が全体を締めて飲み会は終わった。
店を出れば店先から少し離れた所で二次会に行く者と帰る者で自然と別れていく。この後名字はどうするのかと聞けば、同じ方向の女性の先生と割り勘してタクシーに乗ると言うので安心して背中を見送ることができた。

「し・な・ず・が・わ〜」
がしりと肩に腕を回して楽しそうに笑うのは、やはり宇髄である。

「いい感じだったなぁ。名字から不死川の所に行くなんて初めてじゃねぇの?俺ちょっと泣きそうだったわ」
「おいやめろォ!こんな所で泣くな」

ぐすりと鼻を鳴らすものだから驚いて止めた。こいつも相当酔ってんな。景気づけに二次会に行こうぜと散々誘われたが、明日は大事な兄弟達との予定があるからとなんとか断り自宅に戻れば宇髄からメッセージが届いていた。

[いーもんやるわ]
そんな言葉に続いて現れたのは、先程の飲み会で俺と名字が1台のスマホを見ながら笑いあっている写真だった。



20210428


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