作戦会議しよ!



期末テストも終わり夏休みが3日後に迫っているこの時期、学園内の空気は浮ついている。その浮ついた空気を作っているのは生徒だけではない。現に昼休みに職員室で交わされる会話がそれを物語っている。

「名字先生は夏休み中どこかに行くの?」
「私は1週間ほど長野の実家に帰る予定です」
「あらー涼しそうでいいわねぇ」
「でも最近はあっちも暑いって両親が言ってましたよ」

温暖化の影響かしらねぇ。なんて会話が聞こえてくる。
ーー帰省すんのか。まぁそうだよなぁ。
そう思いながら不死川はデスクマットに挟み込んだ職員の夏期休暇の日程表を眺める。

長期休みは基本的に生徒は休みであるが、教師もまるまると休めるわけではない。2学期に備えて授業の準備や諸々の雑務を行わなければならない。だが、それでも授業がないので集中してデスクワークに取り組めるので仕事が捗る。
そして、普段有給を取得しづらい立場ではあるが、このような長期休暇には有給の積極的な取得が推奨されている。飛び飛びで休む者もいれば、纏まって休む者もおり、学校が無人にならないようにと幾つかのグループわけがされている。運が悪いことに俺と名字のグループは違う。そして俺が纏まった休みを取った後に名字が長期の有給を取るため、2週間ほど会えない事になる。
なんとかその前に、もう1回位は2人で出掛けたいと思っていたのだが、期末テストの準備や採点に追われていて余裕がなかったため、約束も何も出来ていないまま7月末まできてしまった。


既に2回目の映画は済んでしまっている。
1回目と同じように車を出して家まで送り届け、別れ際に以前借りた漫画と猫の形をしたクッキーをお礼にと渡したら名字はとても喜んでくれた。アイコンを猫にするくらいだから好きなんだろうと思い購入したが、当たりだったようだ。
良ければまたお茶でも飲んでいってください。の言葉に返事は決まっている。こっそりとゴムの用意はしてあるので何が起きてもいい。ほんのちょっぴりの期待と共に玄関をくぐった。

だが。

「不死川先生はこのシリーズ見ました?あの特撮が好きならこれもハマると思うんですよね」と喜々として特撮の話をする姿はやはり可愛い。可愛いのだが。
恋愛下手な俺でもなんとなくわかる。

ーーこいつ、俺のこと特撮仲間かなんかだと思ってんな?

距離が少し縮まったように思えたが、変な距離感になってしまったのではないかと心配になってきたし、男として見られていない事実にショックを受けた。
そして付き合ったのなら絶対に絶対に趣味仲間であろうと、俺以外の男は家にあげないようにと厳重注意しなければならないと決意した。例外があるとすれば親兄弟だけだ。

そんな事を思い出しながら頬杖をついて休暇表をボケーッと見る俺に気付いた宇髄が話しかけてきた。

「そろそろ3ヶ月になりそうだけど、進展は...ねぇんだな」
「...っせぇ...」
「だいぶキてんなー。どうよ。今晩は暑気払いも兼ねて作戦会議といくか?」
「いくゥ...」

ぐいっとジョッキを傾ける仕草をする宇髄に二つ返事で了承すれば、7時にいつもの店なと言われた。なんやかんやでこいつは面倒見がいいな。兄貴面してウゼェと思う事はあるものの、頼りになるやつだ。
就業後に馴染みの店『藤ノ屋』に行けば宇髄、伊黒、冨岡が集まった。


「今日も1日おつかれさーん!カンパーイ!」

宇髄の音頭で汗をかいたビールジョッキ達がカツンと小気味良い音を立ててぶつかり合う。

「今日は煉獄と胡蝶は予定があって無理だそうだ」
「鮭大根はないのか」
「ねェよ。お前いっつもそれ聞いてんなァ」
「あー、ビールがうめぇ。おねーさん!生1つ追加で」

各々が好きに飲み食いしながらテストの事に始まり、最近のお互いの近状、そして夏期休暇中に何処其処に行く予定だなどと話題に上る。

「で、不死川はどーすんの」
「うちは家族でキャンプだなァ」

毎年2泊3日でキャンプに行くのは不死川家の恒例行事である。贔屓にしているオートキャンプ場には大きな池があり管理人により魚が適宜放流されている。料金を払えば釣り道具一式を借りる事ができ、釣れたらその場で捌いて食べる事が出来る。
餌となる虫を釣り針を付ける時にきゃーきゃー言う妹達や自分が魚を捌く姿を見て自分も!とやりたがる弟達を見ると微笑ましくなるし、とてつもない幸せを感じる。そうやって釣った魚は、塩を振って焼いただけなのに様々なことがあいまってとても上手いのだ。
あー、虹鱒食いたくなってきた。ここって焼き魚あったっけかァ?

「あー、いや。そっちじゃなくて名字のことだよ」

名字の名前が出た事でメニューを取ろうとした手がビクッと止まる。

「甘露寺もお前の事を心配していたぞ。
彼女は心優しいから、会う度に『不死川さんはどうなったのかしら?』と聞いてくる。これ以上心配させないためにも早く名字とくっつけ。お前といえど、開口一番に他の男の名前が出るのが気にくわない」
「...善処する」

恐らく最後の言葉が本音だろう。
甘露寺とは伊黒が付き合っている女性だ。伊黒とは同僚のなかでも特に気が合うのでプライベートでも会う事があり、その流れで彼女を紹介された事がある。伊黒はそれはもう彼女の事が大好きで大事で仕方ないので、彼女が何か憂いがあるならそれは全力で取り除こうとする。そして今の彼女の憂いの一つは俺の事なのだろう。いや、憂いというよりも、恋愛話が好きな彼女の事なので興味津々といったところだろう。『まぁ不死川さんが?素敵!キュンキュンしちゃうわぁ〜』と笑顔な甘露寺が容易に浮かぶ。

「そうか。不死川は名字先生の事が好きだったのか。及ばずながら俺も協力しよう」
「いや、お前はいいわァ。気持ちだけ受け取っとく」
「何故だ!?」

心外!といわんばかりの顔をするがスルーする。悪気がないとはいえお前は既に2度程邪魔してんだよ。

名字とはたまにメッセージのやり取りはするものの、次にどこに行こうか等の約束は出来ていない。テストも終わり一段落ついたので、そろそろどこにどうやって誘おうか考えあぐねているところだと口にした。

「不死川は大変だな。俺はこの前甘露寺とデートに行ってきたぞ。彼女が向日葵で作られた迷路がやりたいというので行ってきた。向日葵は太陽に向かって咲くというが、あの時ばかりは全ての向日葵が甘露寺の方を向いていたと思う。彼女の笑顔は太陽のように明るく可愛いのだから向日葵が間違えるのも無理はないだろうがな」
「お、おう...そうかァ」
毎度のことながら伊黒がナチュラルに惚気てくる。多少なりとも酒が入っているためいつもより饒舌なので気圧されてしまうが、そんな俺に構わずスマホを寄越して写真を見せてくる。

「へぇ。向日葵の迷路って、結構でけぇんだな」
「縦にも横にも大きかったぞ。近々イルミネーションもやるらしいのでまた行こうという話になっている」

まぁイルミネーションと甘露寺ならば甘露寺の方が云々と長くなりそうなので聞き流しつつ、自分のスマホで施設名をググった。

広い公園の敷地内には季節の花々が植えられており、その一角にこの季節の目玉として向日葵の巨大迷路が作られているようだ。
そして伊黒の言うように、今週末から期間限定でサマーイルミネーションを行うらしく、参考として去年の写真が掲載されていた。それを見る限り広範囲に渡り展開されるようで見応えがありそうだ。時間によってはプロジェクションマッピングも行われるらしい。更には敷地内にレストランや子供向けの室内遊技場もあるので、1日中過ごせそうである。

「いいな、此処」
「イルミネーション見ながら告白とか名字も喜ぶんじゃねぇの?早速誘えよ」
「いや、でもなァ...」

今までは映画のチケットが余っているというていで誘ったのだが、今回こんな場所に誘えばいくら名字とはいえ、俺が好意を持っていることが自然と伝わるだろう。もし誘って「そんなつもりはないんです。ごめんなさい」なんて告白する前に断られたらどうすればいい。同じ職場である以上どちらかが辞めない限りはずっと顔を合わせる事になる。もう少しフランクな場所に誘って回数を重ねた方がいいのではないか?万に一つでも彼女に振られる可能性を低めたい。そんな弱気な俺の様子に宇髄は発破を掛ける。

「しっかりしろよ。名字が今度こそ他の男とラブホに行くなりなんなりしてもいいのかよ」
「......考えたくもねェ...」
「だろ?まー、万が一断られたら俺達が慰めてやるよ」

確かに1人で名字の返事を待ってウダウダするよりも、今ここで誘った方が気が紛れそうである。もし、もしも、想像したくはないがもしも断られたりでもしたら、その時は宇髄達の世話になろう。
そう腹を括りジョッキに残ったビールを一気飲みしてからメッセージアプリを開いて文字を打ち込んでいく。

[今度の土曜日空いてるか?もし良ければ此処に行かねぇか]
続いてURLを添付して送信ボタンを押せば、もう後戻りは出来ない。賽は投げられたのだ。
「ちょっと便所行ってくる」
このままこの場にいたらスマホが気になって気になって仕方ない。少し気持ちを落ち着かせるためにも、席を立った。
1人お手洗いに入れば、やっぱり早まったんじゃないか。せっかく縮まりかけてきた距離が遠のいたりしたらどうしよう。振られてこの関係がなくなるくらいならいっそもうこのままでもいいんじゃないか。
「あー...クッソ...」
後ろ向きな思考がグルグルと脳内を巡り、結局落ち着かないまま席に戻れば、冨岡からスマホを渡された。メッセージランプが点滅しているので、名字からの返事が来たのかもしれない。
心臓がバクバクと激しく動くのが自分でもわかる。ロックを解除してメッセージアプリを開けば、やはり名字からの返事が来ており、名字の名前が一番上にきていた。食い入るようにスマホを見つめていると、他の3人も固唾をのんで一緒にのぞき込んでくる。それらをそのままに、祈るような気持ちで名前をタップした。

[その日は用事があるんです。ごめんなさい]
ごめんなさいの文字が書かれた猫が泣いているスタンプが続いている。
これは、いわゆる遠まわしなお断りなのだろう。

「あー、なんだ...とりあえず飲んで忘れろ。今日は俺が奢ってやっから!」
「すまないが一番強い酒を持ってきてくれ」
「不死川、今度おはぎを買ってこよう...」
「......」

みんなの気遣いはとてもありがたい。ありがたいのだが、ちょっとだけそっとしておいて欲しい。画面を開いたままスマホを机の上に置き、ハァーーーと長く深い溜め息をついて机に突っ伏した。と、同時にまたポコンと音がする。もうスマホなんて見たくねぇと思ったが、宇髄が慌てたように俺にスマホを見るように促すので渋々見ることにした。

[でも来週の土日なら空いてますよ!向日葵の巨大迷路なんて面白そうですね]
わーい!と猫が両手を上げているスタンプがポコンと上がれば、俺の気分も一気に上がった。

「不死川!やったな!」
「予定の聞き方がまずかったんだな。早く返事をした方がいい」
「不死川、今度おはぎを買ってこよう」
「お前ら...マジでありがとなァ...」

日程のやり取りを進める俺を宇髄が温かい目で見てくるが、今はそんな事は気にならない。来週、つまりは夏休みに入った翌週の土曜日に行くことになった。
昼前に待ち合わせをして、向かう途中で昼飯を食いそのまま公園に向かう事になった。移動の時間も合わせれば半日近くは一緒にいられる。

[実はここ、前から不死川先生と一緒に行けたらいいなって思ってたんです]
そんな文面を見ればスマホを持つ手に思わず力が入る。今度こそ、今度こそ期待していいのか?そんな淡い気持ちは次のメッセージで粉々に消えた。
[ここって、不死川先生も好きなあの特撮のロケ地になってた場所なんですよー!]

やっぱり特撮仲間だと思われてんじゃねぇか!!!

「クッッッソがァ...!上等じゃねぇか...告白して俺が男だって事を意識させてやろうじゃねぇかァ!首洗って待っとけェ!!」
「惚れた女に対して言う台詞ではないな」
「やべぇwwマジでウケるwww」
「強いお酒が来たんだが、誰が飲むんだ?」




20210425


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