約束しよ!



名字がラブホに入った時はこの世の終わりかのように思えたが、それが女子会のためだとわかれば安堵して見送ることができた。そのまま近くの居酒屋で遅めの晩飯を食いつつ酒を呑めば、宇髄から恋愛に奥手すぎるだの中学生の恋愛かよ微笑ましくて泣けてくるなどと煽られた事で火がついた。
程よく酒が入っていたせいもあるだろうし、名字に結婚相手として優良物件だと思われていた事で気が大きくなっていたのかもしれない。

「3ヶ月以内に名字に告る」

そう宣言すれば「うむ!頑張れ不死川!」「やっと腹を決めたか!派手に応援するぜ」と背中をバンバン叩かれた。クソ痛ェ。
今までのようにのんびりしていたら、今度こそ名字は誰かと付き合ってしまうかもしれない。その時、今日のようにあの時ああしていればこうしていたらとタラレバを言っていても意味はないのだ。行動する時は今だ。今日の件で危機感を感じた俺は強くそう思ったのだった。


週が明けて月曜日。出勤すれば「ミーティングすっから、19時に『藤ノ屋』に集合な」と宇髄に声を掛けられた。
『藤ノ屋』とは学園の最寄り駅周辺にある飲み屋だ。飯がうまく値段もリーズナブルなためよく職員の飲み会で利用している場所である。
何のミーティングだ?テストはまだ先だし主だった行事もない筈だがと思いながらも仕事後に指定された飲み屋に向かう。約束の時間より少し遅れて店内に着けば、そこにいたのは宇髄、煉獄、そして何故か胡蝶カナエの3人がいたのだった。

「で、なんのミーティングだよ」
渡されたおしぼりで手を拭きつつ、注文を取りに来た店員にとりあえず生と頼んでお通しに箸をつける。

「うむ!不死川と名字の仲を取り持つ会のミーティングだ!」
「は?」
「ネーミングはともかく、マジで名字に告るならしっかり作戦立てた方がいいだろ。で、女の意見も聞いとこうと思って胡蝶も呼んだ」

伊黒と冨岡にも声掛けたんだけどよ、アイツら今日は予定があったみたいで来れねぇんだわ。そんな言葉が続いた。
伊黒はともかく、冨岡はアドバイスとかできんのか?そう思っていればニコニコ顔で胡蝶が話しかけてくる。

「不死川先生、聞いたわよ〜。いよいよ名字先生に想いを伝える気になったのね。名字先生が近くを通る度にそっと横目で後を追うなんて小学生みたいな可愛らしい様子も、飲み会の時に隣の席に移動しようとそわそわしている面白い姿も見ることが出来なくなるのは残念だけど、応援するわ」
「ぐっ...」

笑顔で辛辣な事を言ってくれる。だがこれで悪気がないし事実だから言い返せねェ。

「ま、まぁ、皆お前のこと派手に応援してるってわけだ!頑張ろうぜ、不死川!」
「...ありがとなァ」

なんやかんや言いつつも、皆俺の恋が成就するのを願ってくれているのだ。その優しさに思わずジーンと来てしまう。

「つーかよぉ。お前、今まで彼女いなかったわけじゃないだろ?どうやってアプローチしてたんだよ」
「向こうから好きだっつーから付き合ってただけだ。俺からは何もしてねぇ」
「すまない不死川!君の応援をしたくなくなってきた!」
「ンでだよ!」
「はーん。それで自分から好きになった事がないから今慌ててんのか」
「わりぃかよ...」

遅れてきた初恋ね。素敵だわぁ!と両手を合わせて楽しそうに胡蝶が笑えば、宇髄が腕を組み得意気に俺を見やる。
「それなら経験豊富な俺様がアドバイスしてやろう」
まぁ、基本的には共通点があるとそこから話が弾むし親近感が湧くからやりやすくなんだよ。でもお前と名字って今んとこそういうのなさそうだよな。
「そこでだ、お前映画に誘え」
なんでも先日連絡先を交換した名字の友人によると、あいつは観たい映画があるそうだ。一昔前に社会現象を引き起こしたアニメ映画で完結編が来月から上映されるらしい。アニメに詳しくない俺でも名前は聞いたことがある。
「映画のタダ券貰ったってていで誘えば、相手も気軽に乗ってくれんだろ。いきなり2人で食事っていうよりもハードルは低いんじゃねぇの?」
そうアドバイスをする宇髄になるほどと納得する。確かに映画を見た後に感想を言い合いながらご飯にでも行けば、いい感じに話も弾むのかもしれない。

「とりあえず、今から誘えよ」
「...ねぇ...」
「え?」
「あいつの連絡先、知らねェ...」

そこからかよ!と宇髄が突っ込むが、知らないものは知らない。俺だってずっと連絡先を交換したかったが、交換する機会も理由も思い浮かばずにズルズルとここまできてしまったのだ。

「よもや!俺だって知っているぞ!」
「俺もー」
「私もよ」

胡蝶は同性だからわかるとしても、煉獄と宇髄、なんでこいつら知ってんだ。そう問いただせば歓迎会の時に何かあった時の為にということで交換していたらしい。
「まぁ、もう今はその手使えないよな」
連絡先を交換せずとも問題なくここまで来てしまったのだ。完全に機を逸していた。

「大丈夫よ不死川先生。映画に誘った時に交換すればいいじゃない。映画は...そうね、学校にいる時にお誘いしたらどうかしら」
「...そうするわァ」
「つーかよ。あいつ、オタクっつーの?アニメとか漫画とか好きらしいぜ。そういうのは大丈夫なんか?」
「別に、好きなのがあるのはいいことじゃねェか。それでアイツが楽しそうにしてんなら言うことねェよ」
「不死川先生、見直したわ」
「うむ!やはり応援しよう!」

「実はね」名字先生それを気にしているようで、なかなか恋愛に踏み出せないみたいなの。相手も好きになってくれとは言わないから、こういう趣味を理解してくれる人と付き合いたいです。なんて言っていた事があったのよと胡蝶が教えてくれた。
そんなんいくらでも理解する。理解するから俺を好きになって欲しい。側にいてほしい。切実にそう思う。


やることは決まったな!と宇髄が言えば、後は普通と変わらぬ飲み会となった。だがまだ月曜日であり明日からも仕事があるので、深酒にならぬようにと適度なタイミングで会はお開きになった。

「ほい」
「あ?」

宇髄から渡された伝票を疑問に思いながら受け取れば、「情報料とアドバイス料ってことでよろしく〜」と奢らされるハメになった。「次は個室の店にすっか」「焼き肉もいいぞ!」宇髄と煉獄が楽しそうに言うので、いろんな意味で絶対に短期間で決めてやると固く誓った。

のだったのだが。

授業のために職員室に出入りする俺と基本的に職員室にて仕事をしている名字とではなかなか2人きりになれるチャンスがない。ならば出勤直後か退勤前だと意気込むのだが、名字は駅で一緒になる他の女性の先生と一緒に出勤しているので無理だ。逆に退勤時はオレが忙しかったりしてダメだ。
今日も退勤のタイミングを狙っていたのだが、数学を聞きにきた生徒に教えていたら、帰宅してしまったようだ。
「ハァ...」
自然と漏れ出る溜め息をそのままに、缶コーヒーでも買いに行こうと職員室を出て自販機へと向かう。どうせ今日も残業で帰宅は遅い。コーヒーで眠気を覚ましつつ仕事をしようと思ったのだ。

「...っ、名字、先生」
「あ、不死川先生、お疲れさまです。先生も飲み物買いに来たんですか?」

なんたる僥倖か。自販機の前には既に帰宅したと思った名字がいたのだ。既に購入を終えたようで、その手には2本の飲料が握られていた。鞄を持って帰り支度が済んでいるので、まさに帰る直前だったのだろう。

「あ、ああ。仕事がまだ掛かりそうだからコーヒーでもと思ってよ...名字先生は、もう帰宅したと思ってたが...」
「私はさっきまで図書室にいたんです。予約本が用意出来たって司書の先生から連絡がきて。その後つい話し込んじゃってこんな時間になったんです」

喋りすぎて喉が渇いちゃったんですよね。と笑う名字を見て司書の先生に心の中で激しく感謝する。
「あ、不死川先生ってコーヒーはブラック派ですか?もし甘いのでも良ければこれ、もらってください」
すっと差し出されたのは、手に2つ持っている飲料のうちの1つでコーヒー牛乳だった。突然のことに理解しかねていると、手に持っているもう1本を掲げて、実はこれを買ったら当たりが出てもう1本選べたんです。と名字が説明しだす。

「いいのか?」
「勿論です!不死川先生最近お疲れのようだから、差し入れです」

仕事量はいつもと変わらないのだが、疲れているように見えるのは恐らく名字を誘おうと必死になっているからだろう。そして正直にいうと俺はコーヒーはブラック派だが、名字から貰えるなら水道水だって喜んで飲む。はぁー優しい。絶対嫁にする。そう固く決めて礼を言いながら飲料を受け取る。

ふと、これはチャンスなんじゃねぇか?図らずも今は2人きりである。コーヒーのお礼だと言って映画に誘うのは自然ではないか?
「名字先生、あの「不死川」......は?」
意を決して発した言葉は誰かに遮られた。誰かなんてわかってる。この声は。

「冨岡ァ...!」
「不死川、悲鳴嶼先生が呼んでたぞ」
「あ、お仕事がまだあるのに引き留めちゃってすみませんでした。では、私はこれで」
「あ...」
お先に失礼します。と俺達にぺこりと一礼して帰ってしまった。

「不死川、悲鳴嶼先生が」
「っせぇな!わかってるわァ!!」

わかっている。冨岡も悲鳴嶼先生に頼まれて探しに来ただけで悪気がないということはわかっている。ただ、なんでよりによって今なんだとタイミングの悪さに無性に腹が立った。
公開日まであと2週間。チャンスはまだあるハズだと自分に言い聞かせて悲鳴嶼先生の元へと向かった。



「ハァ...」
今日何回目かもわからぬ溜め息が口から出る。まだチャンスはあるハズだと思っていたのだが、なかなか巡ってこないまま映画の公開日が今週金曜日というところまできてしまった。過去を悔やんでも仕方ないのだが、つくづくあの時を逃したのが惜しい。

「あらあら。その様子だとまだ誘えてないんですねぇ」
「...わりぃかよ」

隣の席の胡蝶が呆れたような声を出すが、聞き流してハァと溜め息をつきタイピングを再開する。定時まで残り数分。今日こそは名字が帰るのを見計らって声を掛けようと思い機を伺っているため気もそぞろになり、思うように仕事に手がつかない。
「お先に失礼します。お疲れさまでした」
きた!
更衣室に行く前か出た直後に声を掛けよう。そう考え自分も席を立つ。すると。
「不死川」
またお前か冨岡ァ...!

「今度は何だ。急ぎじゃねぇなら後にしてくれねェか?」
「すまないが急ぎだ。お前のクラスの生徒が喧嘩している」
「クッソがァ!今行くわァ!」

こんな時間にこんな所で喧嘩なんかしてんじゃねェ!!と仲裁に入れば、喧嘩していたはずの2人はすみませんでしたぁ!と仲良く逃げていった。職員室に戻れば当然ながら名字の姿はない。既に帰宅した後だろう。タイミングが悪い。悪すぎる。こうもタイミングが悪いと名字の相手は俺じゃないと暗に言われているかのようだ。
ハァーと、また深いため息をつくとブブッとスマホが震えた。胡蝶からのメッセージだ。

[今すぐ備品室に来てください]

なんだ?またなんかのトラブルか?もう勘弁してくれ。そう思いつつ重い腰を上げて指定された場所へ向かう。備品室の扉を開けると中から胡蝶が誰かと話をしている声が聞こえた。相手は...名字だ。なんでまだいるんだ?しかも何故ここに?と思っていたら俺に気付いた胡蝶がこちらを見た。

「あら〜不死川先生も備品取りに来たのね」
「ん?あ、ああ」

よくは分からないが、話を会わせた方がいいのだろう。
「今名字先生にオススメの漫画やアニメを聞いてた所なのよ」
この一言で全てを察した。

「不死川先生もそういうの見るんですか?」
「ああ、まぁな。最近はあれが気になってる」

誘う予定の映画の名前を出せば、名字の目が輝いた。

「それー!私も気になってます。もう観に行く気満々です!」
「人気みたいだけど面白いのかしら?」

なんて3人で少し話せば、あらいけない。電話だわー私はこれで。と棒読みで胡蝶がスマホを片手に退出した。
胡蝶...お前って奴は...お前って奴はできる女だなァ!
2人きりになった備品室。今度こそ邪魔が入らないように速攻で誘う。

「あー...、そのよォ。もしよかったらその映画、一緒に観に行かねェか?実は映画のタダ券貰ったんだよ」
「え?あー......」

この反応...まずったか?既にもう一緒に行く奴がいるのか?それとも俺と一緒ってのが嫌なのか?様々な疑問が脳内を瞬時に駆け巡り背中につうと汗が流れる。

「あ、違うんです!実は特典目当てで前売り券を何枚か買ってまして。もし不死川先生さえよければそれで行きませんか?」
「いいのか!?」

勿論です!むしろありがたいですよー!友人と行く予定だったんですが、ムリになったって言われちゃって困ってたんです。前売り券の消化に付き合ってくれると嬉しいです。後で行く予定を詰めましょう。私の連絡先って知ってましたっけ?不死川先生の連絡先を聞いてもいいですか?
と名字がスマホを取り出す様子を見て、夢じゃないかとすら思えた。

トークアプリで連絡先を交換すれば、自分のスマホ画面に名字の名前とアイコンが出た。猫が欠伸している写真がアイコンとか、アイコンまでクソ可愛いのかよ。

「不死川先生は何を取りに来たんですか?」
トントン拍子に進んだことに心がホワホワしているとそんな事を言われたものだから、内心少し慌てた。
「あー、ファイルを取りに来たんだったわァ」
A3で横長のやつと適当に言えば名字がこれですね。と手渡してくれる。
「さっき、胡蝶先生にもこれの場所がわからないから教えてほしいって言われたんですよね。確かにちょっとわかりにくいかもですね。明日整理しときますね」
笑顔で言う名字に癒されつつその場で別れた。


職員室に戻れば胡蝶がこちらを見て笑顔で聞いてくる。

「どうです?誘えましたか?」
「ああ、マジで助かった。ありがとなァ」
「いいのよ。流石に毎日毎日隣で重い溜め息をつかれていたら、なんだか私まで気分が落ち込んじゃって辛かったのよねぇ...」
「ぐっ...悪かった...」

苦笑いしながらそう言ってくる胡蝶に申し訳なさを感じつつも感謝した。


2人の予定を摺り合わせ、更に名字の希望により、映画公開日の仕事終わりに行こうということになった。
定時で仕事を終えたとしてもご飯食べてから映画になるからこの上映時間か。すると終わりは...23時近くか。遅ェな。
終電に間に合わなくはないが、女性が1人で帰宅するのは危ない時間ではないか。
当日は車で行って自宅まで送ればいいか。そうすりゃあギリギリまで一緒にいられる。明日は出来るだけ早めに退勤して車の掃除を念入りに行おうと決めたのだった。

 続
20210420


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