募る愛をあなたに 前編



「宇髄先生、助けてください…」

切羽詰まり、どうしようもなくなった私は宇髄先生に助けを求めた。藁にも縋るような思いだ。正直に言えば躊躇いがないわけではない。茶化されて終わりの可能性だってある。しかし私にはもう、宇髄先生しかいないのだ。
昼下がりの美術準備室。美術室より狭い部屋は、宇髄先生や美術部員が描いたであろキャンバスでごった返し、更に狭小になっている。今が空き時間である宇髄先生は、スツールに腰掛けてキャンバスに向き合い、くちゃくちゃとガムを噛んでいた。筆を止めてから私の顔を見た後、壁に掛けられたカレンダーに視線を向ける。そうして合点がいったようでああと呟く。

「不死川の誕生日か」
「理解が早いですね。仰るとおりです」
「んで、不死川への誕生日プレゼントを何にするかで悩んでんだろ」
「その通りでございます。流石です」
「まぁな。俺様に掛かればこれくらい朝メシ前よ」

その調子で実弥さんへのプレゼント問題も解決してほしい。まぁ座れよと、宇髄先生が側にあったスツールを足で指す。それを引き寄せて先生の側に私も腰掛けた。陽射しは暖かいが換気のために開いた窓からは、冷たい空気が室内に流れ込み微かな寒気を覚える。室内に一歩足を踏み入れた時から油絵独特の匂いがしたが、元となるキャンバスに近づけばより強力な匂いが鼻を刺激する。
自然とキャンバスが目に入るかたちになったが、何を描いているのか私にはサッパリだ。けれども、宇髄先生が描く絵は何かしらの賞を受賞したりコアなファンがいるのだから、芸術は奥が深い。この絵だって見る人が見れば「素晴らしい」と称賛するのだろう。キャンバスを見つめる私に構わず、宇髄先生はぷぅと膨らませたガムを割ってから口を開く。
「本人に聞くのが1番いいんじゃねぇの?」
迷うことなく筆を走らせ、事も無げに言う。勿論本人にだって聞いた。聞いた上で悩んでいるのだ。



実弥さんの誕生日を知ったのは、付き合い始めてすぐのことだ。何かのきっかけでお互いの誕生日の話題が上がった。私の誕生日を知っていたのには驚いたが、どこか言いにくそうに胡蝶先生から聞いたと言う。確かに胡蝶先生からは、毎年オススメのハーブティーの詰め合わせを貰っている。その様子を見ていたのだろうと納得した。実弥さんはいつなんですかと質問すれば、少し目を泳がせてからボソリと言う。

「11月29日…」
「11月29日って…あと1ヶ月もないじゃないですか!わ、どうしよう。何か欲しい物あります?」

慌てる私に実弥さんは「別に何もいらない」「名前がいてくれたらそれでいいから」とキュンとする台詞を掛けてくれる。
そうは言っても付き合って初めての誕生日だ。相手を喜ばせたい気持ちが強く、本当にないんですか?と何度も質問を投げかける。苦笑いしつつも実弥さんは顎に手をあて、そうだなぁとしばし考え込んだ末、やはり思いつかなかったようだ。
「欲しい物できたら言うわ。ありがとなァ」
優しく頭を撫でてくれるが、どこかの釈然としない思いでそれを受けていた。

その日から実弥さんへのプレゼントで頭を悩ませる日が始まった。彼のことだ。おそらく欲しいものはあの調子なら本当にないのだろう。それを真に受けてせっかくの誕生日に何も渡さない、なんて事はしたくない。付き合ってからの実弥さんは、それはもう優しい。とにかく優しい。夜の方は優しくない時もあるけれど。
そんな彼のためにも、始めて2人で迎える誕生日は盛大にお祝いしたいのだ。彼に喜んで欲しい。何かプレゼントに相応しい物はあるだろうか。お財布や時計は成人や社会人になった際にお母様からプレゼントされた物らしい。名刺ケースや電卓は下の兄弟達からのプレゼントだと聞いた。それらを大事に大事に使用しているのは付き合う前から知っている。まだ使用できるそれらを押しのけて、私がプレゼントした物を使ってくださいと言うのは気が引けるから却下だ。
ならば他はどうかと考える。寒くなる季節に向けてマフラーはどうだろうか。しかし胸元ガバーな実弥さんがマフラーをするとは考えにくい。ネクタイはそもそもしていないので論外。

次々と浮かんでは消えていくプレゼント候補。何か他にないだろうかと、実弥さんと仲がいい伊黒先生にこっそり聞いた。実弥さんの隣の席の胡蝶先生にだって聞いた。私達の関係を既に知っているため、相談するのに抵抗はなかった。2人とも快く聞いてくれたのだが、返答は「名字先生がくれたものなら何でも喜ぶ」だった。別々の時に聞いたのに、まるっと同じ返答が来て面食らい、何も解決しない事に再び頭を抱えるハメに。冨岡先生にも相談しようかと思ったが、それは止めておけと伊黒先生に言われた。ちなみに煉獄先生から提案されたのはおはぎだ。

これらの事を話せば宇髄先生も「だろうなぁ」と納得顔になる。

「まぁ、アイツがずっと欲しかったのはあったけどよ」
「それ、何ですか?私でも買えるものでしょうか?!」

私の圧に少し引き気味になりながらも、私の顔をじっと見つめてくる。私の恋人は実弥さんであるし、他の3次元の男性には興味もわかない。が、美形の宇髄先生に見つめられると平静ではいられないのは誰だってそうだろう。

「最近手に入ってド派手に喜んでる」
「そうですかぁ…」

がくりと項垂れる。あの実弥さんが喜ぶくらい欲しい物って何だったんだろう。できることならば私がそれをプレゼントして喜ばせたかったな。彼の喜ぶ顔が見たい。
「まぁ、あとはアレだな。エロい下着でもつけて私を好きにしてって言えば喜ぶだろ」
投げやりとも取れる言葉にそんなバカなと返す。

「じゃあコスプレも追加で」
「もう!こっちは真剣なんですからね!もういいです。自分で考えます」

失礼しましたと扉に向かう私の背に「いや、こっちもマジなアドバイスなんだけど…」と小さな呟きが掛かる。聞こえなかったフリをしてそのまま廊下へと出た。

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「え、会議になっちゃったんですか?」
「ああ、数学の先生達とな。終わりは何時になるかはわからねェ。待たせるのもわりぃし当日は気にしなくていいぞ」

誕生日も2週間を切った週末、私たちは実弥さんの家で寛いでいた。ミルクたっぷりのホットココアを作ってくれた実弥さんは、熱いから気をつけろよとテーブルに置き隣に座り込んだ。そうして誕生日に突発的な会議が入ってしまった事を告げる。社会人なのだから、誕生日といえど仕事はあるし残業だってある。他の先生達との兼ね合いによりその日になったのだと理解はできる。それでも29日じゃなくてもいいのにと思ってしまう。日曜日は実家の家族がお祝いしてくれるそうなので、土曜日に誕生日お祝いのデートをする事で落ち着いた。

「あー、それとなァ…あれから色々と考えたがそういえば欲しい物あったわ」
「なんですか?!」
「靴下が欲しいと思ってたんだよなァ」
「靴下、ですか…?」

余りにも欲がなさすぎるリクエストに拍子抜けした。最近嘴平君を追い掛ける事が多く、元々長年の付き合いだったそれらが何足かダメになったらしい。靴も買いますか?と聞くが、そっちは問題ないから気にしないでくれとハッキリ言われてしまった。
1人で過ごす休日に早速買い物に出かけたが、あまりの安さにこれでいいのかと再度心配になった。金額よりも気持ちが大事だとは分かっているが、社会人の、それも付き合って初めての誕生日プレゼントとしては破格すぎやしないだろうか。
誕生日デートまで残り2週間弱。私はやはり焦っていた。


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どすっと脇腹に走る衝撃で目が覚めた。
覚醒し切らぬ頭で眺める天井は、アパートのものとは違う。しかし酷く懐かしい天井だ。右側の窓に掛けられた見覚えのあるカーテンの隙間からは、仄かな光が差し込んでいる。続いて自分の周囲を確認すると脇腹に当たる小さな足が。スーピーと複数の心地よさそうな寝息が聞こえる。

ーーそういや実家に泊まったんだっけっか

未だ夢の中にいる弟達を起こさぬよう、そっと布団から抜け出す。布団から大きくはみ出た寝相の悪い弟に布団をそっとかけ、充電器に繋いだスマホを手に取り部屋の隅へと移動した。冷えた壁に背を預けて座り込み、スマホを見れば時刻はアラームをセットした30分前。日付は11月29日を示していた。
今日は自分の誕生日だ。

金曜日の仕事終わりからそのまま俺の家に泊まり、日曜日の昼前まで甘く濃密な時間を名前と過ごす。そうして日曜日は実家の家族からのお祝いを受ける。そんな楽しい週末を過ごす予定だった。
実際、途中までは順調に進んでいたのだ。

金曜日の夜に大人の時間をたっぷり楽しみ、心地よい疲労感と幸福感と共に入眠した。翌日の朝に目を開ければ眼前に可愛い名前の寝顔が。やがて目を覚ました名前に、朝の生理現象で肥大した己をグイグイと押し付ければ真っ赤になる様子も大層可愛かった。
夜も沢山したから、今日はお出かけするからとアワアワしながらも首を小さく横に振り俺から逃げようとする。そんな様子が可愛くて少しの悪戯心が出た。誕生日だからいいだろ?と耳元で囁やき、より下半身を密着させれば、名前の顔は先程よりも赤く染まる。クツクツと笑い、これ以上迫って嫌われたら元も子もないなと、僅かに残っていた冷静さで引き際だと判断する。が、
「い、1回だけなら…」
耳まで赤く染めた顔を隠すように、俺の胸元で蚊の鳴くような声で許可が降りた。マジかよ。言ってみるもんだ。誕生日だから許してくれるならば、毎日が俺の誕生日であればいいのにとさえ思う。

貴重な1回をじっくり堪能しお互いに服を着た後、気怠さが滲む体で「少し早いですが、プレゼントです」と包を差し出す。
「すげぇ嬉しい。ありがとなァ」
中身は見ずとも分かる。許可を取って包を開けば、予想通り俺がリクエストした靴下が入っていた。これからの冬にぴったりな厚手のものから、ブランド物まで入っており、色々と考えてくれたんだろうと推察すれば胸が暖かくなる。

事実「欲しい物は特にない」と伝えた事で、彼女は相当悩んだらしい。伊黒や胡蝶、果てには宇髄までもから「何でもいいから何か欲しい物を言ってやれ」とお叱りを受けた。俺からすれば名前が側にいて祝ってくれるだけで充分過ぎるくらいだ。ずっと欲しかった名前が彼女になった今、欲しい物はない。
何かあったかァ?と考えに考えた末、ようやく絞り出たのが靴下だ。案の定どこか不服そうな顔をされたが、本当にこれしか思い浮かばないのだから仕方ない。そんな経緯を辿って手元に来た靴下は、大事に大事に使用するつもりだ。

朝メシを軽く済ませてから車に乗り込んだ。目的地はここから車を少し走らせた先にある紅葉スポット。駐車場から少し歩いた先にはハート型の湖があり、最近恋人の聖地と謳い始めた場所だ。そんなロマンティックな場所だが、聖地などと喧伝される前は知る人ぞ知る名前と俺の好きな特撮のロケ地。いつぞやのように一通り写真撮影を楽しんだ後は昼メシを食い、気になった場所をブラブラと散策する。
晩メシは俺のために名前が作ってくれるという。幸せだ。実に幸せな週末だ。こんなに幸せ過ぎたら罰が当たりそうだ。なんて考えたのがいけなかったのか。

スマホが震え、表示された名前は悲鳴嶼先生である事に微かな胸騒ぎを覚える。悪い予感は当たるもので、受け持ちのクラスの生徒が他校の生徒と揉め事を起こしたらしい。名前に平謝りして学校へと駆けつけ、悲鳴嶼先生と対応にあたった。揉め事を起こした相手とは、他校とはいえバイト仲間であり元々面識はあったようだ。双方の親、学校、警察をも巻き込んだこの騒動は、何とか収束した。
疲れ果てた体を引き摺り夜遅くに自宅に戻れば、名前は寝ていた。それでも頑張って起きようとしてくれていたのだろう。パジャマ姿でローテーブルに突っ伏している姿に罪悪感が滲む。起こさぬよう彼女をそっと布団に入れ、ラップが掛けられたご飯を1人食べてその日は終えた。疲労が色濃く残っていたようで、翌日は「とにかく休んでくださいね」と言い残して名前は早々に帰宅してしまった。有難いやら申し訳ないやらだ。

もう一眠りした後、気持ちを取り直して実家に帰れば弟妹達からの暖かい歓迎を受けた。俺の年齢を2つの風船で表した物を中心に、折り紙を輪っかにして繋げたもの等で装飾され、リビングはすっかり様相を変えている。2台のホットプレートを用いて焼肉が始まり、食後は誕生日ケーキが出された。ひどく歪なそれは、弟妹達の手作りであることが一目瞭然で愛おしさが募る。
きゃあきゃあと賑やかな食卓を囲み、子供体温の弟達に挟まれて眠りに就く頃には、身に巣食った薄暗い気持ちがすっかり晴れていた。


この2日間を回想していると、包丁をリズミカルに動かす音が耳に入る。お袋が朝メシの準備をしているのだろう。手伝うべく、薄暗い部屋を静かに抜け出た。


出勤すれば職員室で同僚をはじめとした先生方からのお祝いの言葉が身に降り注ぐ。他の先生方に混じり、名前からも直接お祝いの言葉を掛けて貰え心がほくほくとした。彼女からは早朝にメッセージが届いていたが、やはり直接言われる嬉しさには叶わない。
職員室を出れば授業の前後や移動中の廊下など、至る場所で生徒達から声が掛かる。

「さねみーん、誕生日おめでとー!誕プレに何が欲しい?」
「お前らが数学でいい点取ってくれたらそれで十分だ」
「じゃあムリだわ!ごめんねー」
「諦めはやっ!!」

きゃはきゃはと笑い合う女子生徒達に、諦めんなよと天を仰ぎそうになる。「で、さねみんはさ、彼女から何貰うのー?」「え、ってか、さねみんって彼女いるの!?」突如おかしな方向に話題が変わった。説教を紡ごうとした口を閉じ、次の授業に遅れんなよと言い残し、足早にその場を立ち去った。
お祝いムードが落ち着いた昼メシ時。職員室の自席でお袋が作ってくれた弁当を開く。透明なタッパーにおはぎまで入っている。弁当のおかずはどれも俺が好きだと言った物ばかりだ。中には幼少期には確かに好きだったが、成長と共に好みから外れたおかずもある。いつ振りかも分からぬお袋作の弁当を噛み締めながら腹に収めた。煉獄が「誕生日おめでとう!ささやかだが受け取ってくれ!」と差し入れてくれた缶コーヒーを煽り、身も心も温まる食事となった。

土曜日の喧嘩の件の報告書を上げ、数学の教科担当会議など諸々が終わったのは7時過ぎだった。想定よりも早い時間に終わったのは、「不死川先生は今日誕生日だったんだね。予定があったろうに会議になってごめんよ」と年配の教員が気を利かせた事による。職員室にいるのは片手で数えられる位だが、俺が帰ろうとする様子に他の教員達も「そろそろ帰ろうかな」と帰り支度を始めた。

「不死川先生、今日が誕生日なんだっけ。月曜日だけど飲みに行く?」
「あー、気持ちは有り難いんですが今日は車で来てしまって」
「そりゃダメだね。ま、週末辺りにでも飲みに行こうよ。美味そうな串焼きの店を見つけてね」

えびす顔で串焼きを食べる仕草をする先輩教員に笑い、職員用玄関で別れた。
串焼きなんて話を聞いたせいか、無性に串焼きを食べたい気分になってきた。かといって帰宅してから作るのも面倒だ。コンビニで済ませようと思ったが、スーパーで串焼きでも買って帰るかと職員用駐車場へと歩き出した。

串焼き以外にも酒や2,3日分の食材で重くなったエコバッグを手に自宅の鍵を開ける。外の世界と変わらぬ冷えた空気と暗い部屋が自分を出迎える。ハズだった。
煌々と灯る室内の明かりが俺の足元を照らし、暖かな空気に混じって味噌の香ばしい匂いが寒さで強張った顔を撫でる。
「お帰りなさい」
柔らかな笑みを浮かべた名前が優しく出迎えてくれるではないか。驚きのあまりしばしその場に立ち竦むが、慌てて体を扉の内に滑らせる。

「勝手にお邪魔しちゃっててすみません」
「いや。それは構わねぇんだが…とうしたんだ?」

付き合いはじめてすぐに合鍵は交換した。見られて困るもんはないし、いつでも好きな時に来てくれとの言葉を添えたので、こうして来てもらっても全く問題はない。むしろやっと使ってくれたかと嬉しさしかない。
「土曜日はちゃんとお祝い出来なかったので、仕切り直しができたらいいなと思いまして。迷惑かなとも悩んだんですが来ちゃいました」

眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をするがこちらは大歓迎だ。そもそも、今日だって本当は会いたかった。しかし仕事がいつ終わるともわからぬのに、また家で1人待たせるのは悪いなと自重していたのだ。
「ああ、やっぱりお弁当買ってきましたよね。連絡するか迷ったんですが、家で待ってるって伝えて変なプレッシャーをかけるのもなと思って」
部屋に入れば名前も色々と買ってきてくれていたようで、テーブルの上に総菜が並んでいる。俺が買ってきたようなスーパーのものではなく、トレーからして高級感が漂っている。どうやら駅前のデパ地下で購入してくれたものらしい。味噌汁だけは作ってくれたようで、鍋の蓋の隙間から蒸気が漏れ出ている。
「もしかしたら、実弥さんも何か買ってくるかなと思ったので、お弁当系は外しました」
おかずだけなら、最悪明日のお弁当にも利用できるかなと思って。
控えめに話す名前に感心する。よく考えてくれている。先々の事を考える姿勢が身についているから、仕事が早いのだろう。この調子ならば結婚したら家計管理を任せたい。いや、やはり一緒にああでもない、こうでもないと悩みたいから一緒にやろう。例え俺が先に死んだとしても、彼女と授かれたらその子供が決して苦労することがないよう万全を期したい。
食器棚から皿を出し、お茶を用意する手際の良さを眺めつつ、未来に想いを馳せた。

思いがけず2人で囲んだ食卓は、とても穏やかで幸せなものだった。職場だけでなく帰宅してからも彼女と過ごせる。結婚したら、毎日がこんな感じなのだろうかと心が浮つく。食後は予め切り分けられたケーキを食べ、終始和やかな雰囲気で終えた。
「あの、実はもう一つプレゼントがあって」
食事の後片付けを終えた後、名前が鞄から取り出したものをおずおずと差し出してきた。細長く小さな箱を受け取れば、予想に反して軽い。想像がつかぬまま包みを開ければボールペンが出てきた。見た目は黒く、黒、赤、シャーペンと3つの用途ができるものだ。よく見れば筆記体で俺の名が刻印されている。
「靴下だけじゃなんだなと思って色々と考えたんですが、結局これしか思い浮かばなかったんです」
近くにあった紙に試し書きをしてみれば、ペンの運びがよく力を入れずとも筆跡は明瞭だ。程よい重量感と高級そうな見た目に、現在使用している貰い物のボールペンとは一線を画しているのは明らかである。
「仕事が捗りそうだなァ。大事に使う。ありがとな」
俺の反応に、試し書きを心配そうに見守っていた名前に笑顔が戻り笑いあう。


誕生日といえば幼少期の頃は、プレゼントを貰えて美味いものを好きに食べられる特別な日だった。そんな心浮き立つ特別な日も、年を重ねるにつれそんな特別感は薄れてしまった。しかし今年は違う。昔のような高揚感を少し思い出し、隣ですやすや眠る名前の頭をそっと撫でる。

翌日、早速プレゼントしてもらったボールペンを使い仕事に取り組んだ。ふとした拍子に目に入るそれに、あの時の気持ちが蘇り頬が緩みそうになるのを懸命に堪える。「キレイにネイルした自分の手が視界に入るとテンションが上がるの。男のさね兄にはわっかんないよね〜」なんて小生意気な事を言っていた寿美を思い出す。今ならその気持ちが分かるぞ。寿美には言うつもりはないが。

自分がプレゼントしたボールペンを使っている俺を見て、名前が似たような事を思っていたと知るのは随分経ってからだった。


20211129


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