感謝しよ!



冨岡に呼ばれて屋上から去っていく名字を見送れば自然と溜め息が出た。だが以前ほど後ろ向きな溜め息ではない。

ここ最近の、俺に対する名字の態度はおかしかった。最初はやはり危険から守るためとはいえ、生徒達の前で抱き締めてしまった事で嫌われたのだろうかと落ち込んだ。だが相手が誰であれ、あの場はああしていただろうし不可抗力なのだと説明したい。
落ち込みつつそれでも何度か名字と会話をするうちに、よくよく見れば俺と話す時に名字の頬が僅かに赤らんでいるのに気がついた。もしかしたら嫌われたというのは杞憂ではないのかと希望の兆しが見えた気がした。都合の良い考えなのかもしれないが、あの球技大会の時の行動でようやく男として意識してもらえたのかと思うと、伊之助に感謝したい気持ちすら湧いてきた。こうなれば後は押すのみだ。今はお互い多忙のため時間が取れないが、文化祭が終わればもう自分から誘うなりなんなりして、告白しよう。そう決意した。

----------

今日も今日とて残業で、帰宅してから飯を作るのもダルい。コンビニなりスーパーなりで弁当買って帰ろうと職員室を出た矢先に、同じくこれから帰宅しようとする宇髄と会いそのまま2人で飲みに来た。そうして最近名字とはどうよとニヤニヤ顔で言ってきて若干のムカつきを覚えたものの、文化祭が終われば動くつもりだと話せば宇髄から提案された。

「ならあそこいいんじゃねぇの?ほら、去年は俺達屋上で後夜祭見てたろ。お前と名字は後夜祭の担当じゃねぇから後片付け終われば自由だろ。屋上で告白してキスの1つや2つでもすりゃいいだろ」
「お前なァ...まぁでも、そこで見るってのはいいかもな」
「今年は後夜祭担当のメンバーの中に俺と煉獄がいるからな、ド派手な炎柱あげてやるぜ。丁度良かったな!」
「おい、消防署に届けてあるし近隣住民に事前説明しているとはいえ、周囲に火事だと誤解を招くような真似はマジでやめろよ」

コイツなら本気でやりかねないという一抹の不安を感じたのでしっかりと釘を刺す。何かあった時に、真っ先にクレームを受け付けるのは名字なんだぞ。そこを分かっているのかと問い詰めたくなったが、またからかわれそうだなと思い、言葉と一緒にビールを飲み込んだ。


その翌日からどのタイミングでどう切り出して誘おうかと再び悩みに悩み続けたある日、チャンスが巡ってきた。書類の確認のため名字を探していた所、1人で台車を押す姿を見つけ、内心喜んだものの文化祭を目前に控え準備等で普段より忙しそうにしていて顔色が悪い様子を見れば、下心よりも先に大丈夫かと不安が募った。こういう時に、俺に彼氏という肩書がついていたら遠慮なく甘やかしてやれるのにと、今の自分の立場を歯痒く思ったりもした。
結局誘うことはおろか気の利いた言葉も掛けてやれずに村田と去っていく後姿をただ見送り、台車を握る手をぎゅっと握った。


そうこうしているうちに結局文化祭当日を迎えてしまった。まだ誘えていない事を宇髄が知ったら「だからお前はヘタレなんだ」と笑いそうである。
だが文化祭2日目、ガイダンス担当の村田が急遽欠席というハプニングが起きた。突然の事態に顔が真っ青になっている名字を見たらなんとかしてやりてェと思い、瞬時に今日の自分の仕事を洗い出す。クラスの方には昨日何度も顔を出したし、ガイダンスは午前と午後の2回だから昼飯を食いがてらクラスの方に顔を出せばいいだろう。各教員に割り振られた分担は駐車場係だが昨日済ませたので今日は特にやる事はない。
結果、いけると判断したので悲鳴嶼先生に代打として名乗りを上げれば、周囲の先生達も急にこんな役はやりたくないと思っていたのか、ホッとした雰囲気になった。クラスの奴等には急遽ガイダンス担当になった事、午前と午後の部の間にしっかり顔を出す事、何かあったら副担と宇髄先生に言えと伝えてからガイダンス会場へと急いだ。

何とかガイダンスも無事に終わり後片付けをしている時、最近感じた余所余所しさはなくなり名字と普通に会話が出来ている事に胸を撫で下ろした。意識してくれるのは勿論喜ばしい事だが、やはりこうして普通に笑い合える方が嬉しい。
先程クラスに顔を出したついでに職員室に寄り、マスターキーを1つ拝借してきた。
首尾良く片付けを終えてから屋上まで誘ったものの、またしても冨岡に邪魔をされて徒労に終わり今に至る。
「まぁいいか」
それでも久しぶりに2人だけの時間を共有出来た喜びはある。週明け辺りに直接でもメッセージでも何でもいいからデートに誘おうと密かに決めて、気分良く屋上を後にした。

---------

「おはようございます!不死川先生、その...自分の代わりにガイダンス担当を引き受けてくださったそうで申し訳ありませんでした!!!」
月曜日、出勤するなり俺に向けて90度よりも深く頭を下げる村田がいた。

「ああ、水ぶっ掛けられたんだって?災難だったなァ。もう調子はいいのかい」
「え?あ、はい!全快しています!」
「そりゃ良かったな」

「大事な時になに風邪引いてんだ」と俺に怒鳴られると思っていたのだろうか。俺の返答に一瞬呆けた面をしていたが、すぐに顔を真顔に戻してありがとうございます!と再度頭を下げてその足で名字の元へと向かっていった。
確かに何時もならそう言っただろう。だが風邪を引いた原因が原因であるし、村田が風邪を引いたお陰で名字との時間が作れたのだと思えば怒る理由もない。まぁ剣道部の奴等はしっかりと放課後に呼び出したのだが。


月曜日の本日は金曜日に片付かなかった細々とした物を片付ける日である。そして終わったクラスから、それぞれ割り当てられた学園周辺の区域で住宅街のゴミ拾いを行うのだ。これは社会奉仕の一環かつ後夜祭で騒がしくした事へのお詫びも兼ねている。
軍手を嵌めビニール袋にタバコの吸い殻やら中途半端に中身入りのペットボトルなどを次々と入れていく。マナーがわりぃな。まさかとは思うがうちの生徒がやっているわけではないだろうなと内心の苛つきを隠していると、少し先に名字の姿が見えた。

「名字先生、ゴミ拾いに参加とは珍しいな。いつもは職員室で待機だったと思うが」
「村田先生が病み上がりなので電話番を変わるよう悲鳴嶼先生に言われたんです」
「ああなるほど。村田先生も災難だったよなァ」
「そうですね。では失礼します」

こちらの顔を見ず、一方的に会話を切り上げて離れていく名字に戸惑いを隠せない。一時余所余所しかったものの、後夜祭の時には元通りに話せていたではないか。いや、もしかしたら今は忙しかっただけなのかもしれない。そう思い直して、放課後に再度声を掛けたが、やはりこちらの顔を見ず口調もどこか冷たい。
もしかして後夜祭の時に花火ではなく、それに夢中になっている名字をこっそりと見ていたのがバレたのか?いや、だが屋上で別れる間際までは普通だったよなぁ。帰宅してからも散々悩みに悩み、もしかしたら自分の思い違いかもしれないと一縷の望みをかけて名字にメッセージを送った。

[文化祭も終わってお互い落ち着いたと思うんだが、良かったらどこかの週末に出掛けねぇか?行きたい場所が決まらないなら、先ずは近い所から行くのはどうだ?]

文面はこれでいいだろうか。もっと気の利いた事を言うべきなのだろうが、今の自分では思い浮かばない。返事が来るかもしれないとマナーモードを解除しているにも関わらず、何かにつけてスマホを見てしまう。
そうして1時間程経ち、烏の行水よろしくさっさと済ませたシャワーを終えリビングに戻れば、メッセージランプがチカチカと点灯している事に気がついた。乱雑にタオルで髪の毛を拭く手を止め、慌ててスマホを見ると名字からの返事が来ている。
いつぞやの居酒屋のように、祈るような気持ちで名前をタップする。

[私生活が忙しいので出掛けるのは無理です。他の方を誘ってください。今までありがとうございました]

スタンプも何もないそのメッセージは、紛れもなく拒絶を示していた。
今し方シャワーとはいえ体が温まったはずなのに、自分の体温が急速に冷えていくように感じた。


----------

「お前らマジでどうしたの?」

ここ最近の俺と名字のやり取りに疑問を持つ者はやはりおり、宇髄と煉獄、伊黒、冨岡、胡蝶が落ち込む俺を心配して飲みに連れ出してくれたのだった。

「俺にもサッパリわかんねぇ...」
「よもや!まさかとは思うが屋上で押し倒したりしてはいないだろうな!」
「するわけねぇだろ!」
「不死川が学校でそこまで大胆になるとは考えにくい」
「じゃあ、名字先生の頭を撫でたりしてないかしら?頭ポンポンや壁ドンは彼氏とかにしてもらえて初めてときめくものよ。今の不死川先生がやったらただのセクハラになっちゃうわ」
「そ...れも、してねェ...」
「今言い淀んだぞ!」
「まさか不死川、やったのか!?」
「やってねぇよ!」

今の俺がやったらセクハラ。という言葉に少なからずショックを受けた。実はガイダンス終了後に後片付けをお願いされた時、やっと素直に頼ってくれたかと頭を撫でようと勝手に手が動いた。だがすぐに理性が邪魔をしたため叶わなかったので未遂だ。俺はセクハラはしてねぇ。

「まぁからかうのはここら辺までしといてだ」
「からかってたのかよ!」
「おーおー、そんだけ元気が出れば十分だろ」

あ?と片眉がぐっと上がる。確かにバカなやり取りをしながら大声を出したせいか、先程と比べると少し気が晴れた心地がする。

「実際お前らいい感じに思えたんだよなぁ」
「そうねぇ。元々名字先生も不死川先生に興味が無さそうというわけでもなかったし」
「は?そうだったのか?」 
「私は不死川先生の味方というより名字先生の味方よ。数少ない女性の同僚なんだから、幸せになって欲しいじゃない?名字先生にその気が無さそうなら、不死川先生には悪いけど最初から協力してないわ」
「まぁぶっちゃけると俺もそうだな。全く脈が無さそうなのに、それをド派手に無視してくっつけようとするのはこっちも気分良くねぇしよ」
「俺は...正直名字先生の事はわからない。だが親友とも言えるお前には好いた相手と幸せになってほしいと思っているだけだ」
「すまないが俺は恋愛事には疎い!だが、同じく職場を共にする仲間として、お前達が幸せになればいいと思っていた!」
「お前ら…」

茶化しながら応援してくれていると思っていたが、皆各々に思う所があったのだろう。俺の恋は想像以上に優しく見守られていたのだなと思った時、それまで黙々と鰤大根をつついていた冨岡がゆっくりと口を開いた。

「…不死川は良い奴だ。なかなか店に置いていない鮭大根が食べたいと言えば、偶にだが作ってくれる。そうして作ってくれた鮭大根を食べる時、俺は幸せを感じる。鮭大根の恩に報いるためにも、俺は俺が出来る事をして不死川に幸せになって欲しい。その一心だ」

一言一言話すその言葉を聞き、鮭大根って所は本当にブレねぇんだなと、ふっと自然に笑みが零れる。周りの奴らも同じようで不器用だが真っ直ぐな冨岡の言葉に空気が一気に和らいだ。

「名字がどうしてああなったのかはわからねぇが、これで諦めるも諦めないもお前の自由だ。どの道を選ぼうが、俺達はお前の意見を尊重するぜ。どうする?」
そんなの決まっている。
「前に胡蝶にも言ったが、ここまできて諦められねぇ。俺が諦めるとすれば、きっぱり名字の口から断られた時だけだ」

言いながらもそう決意を新たに固める。
頑張れよと口々に応援の言葉を掛ける同僚達に励まされながら今後どうすべきか頭の中で考えを巡らせていったのだった。



20210627


prev
next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -