文化祭しよ!



文化祭用に注文した物品が続々と届く中、備品室にそれらを置く場所がなくなったため、一時的に空き教室を倉庫として使用し始めた。今日も届いた品を台車に載せてここまで運んできたところだ。納品書には「キメツ学園高等部 煉獄様」と記されているので煉獄先生のクラスで使うものだろう。一目で分かるようにと煉獄先生のクラス名を書いた紙を段ボールに貼り付ける。職員室に戻ったら煉獄先生に書き置きしておかねばと考えながら施錠をし、空になった台車をゴロゴロと押す。そしてこの後の今日の仕事の段取りを脳内で整理していく。文化祭もいよいよ来週に差し迫った為やることはまだまだいっぱいある。

とりわけ今日一番大事な案件は村田先生とのミーティングだ。
キメツ学園は中高一貫校ではあるが、高校からの受験編入組もいる。文化祭では受験を考えている受験生やその親御さん達を対象に、模擬授業をはじめとしたガイダンスを行っている。在校生や高校受験を経験した者達からの話を聞く機会も設けているため、例年参加者は多い。
私は去年に引き続きそのガイダンス会場の進行からセッティング等の諸々を村田先生と共に任されているのだ。
ガイダンス希望者は事前予約制を取っているため、予め人数が分かるのは有り難いのだが参加者が多いと大変さも増す。グループを2つに分けて模擬授業組、在校生との懇談組と分けて交代しながら進めていく。
私達の行動でネットのクチコミやSNSで学園の悪評が書かれる可能性があるのかと思うと、キリキリとした胃の痛みを感じる。

胃の痛みだけではなく、最近は体の疲れもなかなか取れない。やってもやっても終わらぬ仕事のせいで残業続きだから仕方ないのだろう。もう遅い時間だからと悲鳴嶼先生に促されて帰宅の途に着けば、夕飯を作る気力も起きずスーパーで見切り品を買って帰るのが日常になってしまった。
金曜日の今日こそは早く帰宅したい。そしてお湯を張って湯船でゆっくり浸かってから寝たい。いや、やっぱりさっさとシャワーを浴びて寝たいかも。あー、アニメの録画が溜まっていく。
まだ午前中だというのに脳内が現実逃避をしはじめた時、背後から声が掛かりびくりと肩が震えた。
「名字先生、今いいかァ?」
声の主は会いたいけど、出来れば会いたくない人だ。だがそれを顔に出さぬよう、こっそりと深呼吸してから振り向く。冷静に。冷静にだ。

「はい。なんでしょうか?」
「これなんだが...」

不死川先生が手に持っていた紙を私にも見えるように差し出しつつ、太くて節榑立つ指で該当箇所を指し示していく。自然と袖を捲られた腕も目に入り、この腕に抱き締められたのかとあの時の事が勝手に脳内に蘇り体がカァッと熱くなる。

あの球技大会以降、私は不死川先生を見る度に抱き締められた時の事を鮮明思い起こしてしまう為まともに顔が見られなくなっているのだ。
よって、接する態度もたどたどしい。そんな私に対して明らかに先生は不審がっている。申し訳ないとは思っているが、私の心臓は限界です。これ以上ドキドキさせられたら壊れてしまう。
熱が顔にも回ってきそうだ。

「って事なんだが、どう思う?」
「...っ、え?あ、はい」
「俺の話、聞いてたかァ?」

まずい。脳内トリップを起こして気がそぞろになっていたのがバレてしまったかもしれない。真面目に仕事をしろと怒られるだろうか。熱がすうっと一気に冷め、背中に汗がつうと流れる。

「...顔色」
「え?」
「最近顔色、悪いんじゃねぇか?ちゃんと飯食ってるかァ?残業続いてンだろ」
「あ...はい、一応。お惣菜とか買った物になってますが...」

怒られると身構えていた私に掛けられた言葉は想像とはかけ離れたものであった。呆れるでもなく、優しく慈しみを含んだその声色は、明らかに私を心配している。
そんなに心配される程顔色が悪かったのだろうか。自分では分からなかった。

「...今晩、飯食いに行かねぇか?」
「え?」
「安くて腹一杯食えて、体に良さそうなもん出してくれる飯屋があるんだよ」

以前なら「いいですね!行きましょう」と二つ返事で答えていたお誘いだが、今の私には不死川先生と2人でご飯は刺激が強すぎる。いや、もしかしたら2人だけではないのかもしれないのだが。
どうしようかと悩み目線を下に向けて固まっている私を、不死川先生はじっと黙って見つめているのが視界の端でもわかる。
「名字先生、俺は...」
沈黙に耐えかねたのか不死川先生が口を開いて何かを言い掛けたが、最後まで言い切る事はなかった。私を探しに来た村田先生が声を掛けてきたからだ。

「あー、いたいた!名字先生〜、探しまし...ひっ!し、不死川先生もいたんですか?あ、その、俺邪魔しちゃいましたかね!?」
「....................................大丈夫だ」
「大丈夫って感じじゃないですよね!?」
「む、村田先生、どうかしましたか?」

この場の雰囲気を変えるためにも慌てて村田先生に声を掛ければ、他の業務が急遽入ったので出来たら今からガイダンスの打ち合わせがしたいと、不死川先生の顔をちらちらと伺いながら言ってきた。
それに頷いて台車に手を掛けようとするが、私よりも先に誰かの手が台車の取っ手を掴む。不死川先生の手だ。

「いい。台車は俺が戻しておいてやるから、打合せに行ってこい」
「すみません、助かります。それと、さっきの件ですが胡蝶先生にも同じ事を聞かれたので資料を渡しておきました。すみませんが胡蝶先生に聞いてみてください」
「...聞いてたんかィ」
「す、すみません。あの、本当に大丈夫ですので!ご心配お掛けしてすみませんでした」

不死川先生にぺこりと一礼してから、村田先生に行きましょうと伝えて職員室に向かった。背中にはあの時の居酒屋のように視線が突き刺さっている気がする。


------

出勤時に校門に取り付けられた文化祭のアーチをくぐり抜ければ、お揃いのクラスTシャツを着ている生徒達やジャージ姿の生徒達が玄関や廊下で忙しそうに、だが楽しく動き回っているのを見ていよいよ今日から文化祭なのだなと自分の気持ちも引き締まる思いだった。

金曜日の今日は学園内の生徒だけで、土曜日の明日が一般公開の日となる。従ってガイダンスも土曜日となるため、特に忙しいのは土曜日だ。
今日もそれなりに忙しいが、少しは見て回る余裕があるのでお昼は模擬店で買っちゃおうとお弁当は作ってこなかった。他の先生達もそういった腹積もりなのだろう。提携しているお弁当屋さんへの注文が本日は1件しかない。
「お弁当の注文締め切りまーす」
職員室内にいる先生達にそう声を掛ければ、はーいとパラパラと返事がくるのを確認してから受話器を上げた。
「もしもし、いつもお世話になってます。キメツ学園高等部の名字です。本日のお昼のお弁当は1つでお願いします。...ええ、今日は少ないみたいです。また宜しくお願いします」
お弁当1つの配達の為に来てもらうのはちょっと申し訳ないなと思いながら電話を切れば、近くにいた宇髄先生から話掛けられた。

「今日は弁当少ねぇんだな」
「皆さん生徒達のお店から買うつもりじゃないでしょうか。私もそのつもりですし」
「お、じゃあ俺のクラスの模擬店で買っていけよ。派手にうめぇぞ!」
「宇髄先生のクラスは何を出すんでしたっけ?」
「お好み焼きだ」

お好み焼きかぁ。屋台の定番だし粉物でお腹に溜まりそうでいいなぁ。
いいですね。行っちゃおうかなと返せば宇髄先生も笑顔で応えてくれる。

「何時頃来るとか分かったら教えろよ。直ぐに渡せるように取り置き指示しといてやるよ」
「え、いいんですか?なんかVIP待遇ですね」
「はは。こんなのでVIP待遇とか、安上がりでお前可愛いなぁ」

ケラケラと楽しそうに笑う宇髄先生にすっと影が掛かる。
「オイ宇髄ィ、ミーティングすっぞォ」
不死川先生だ。眉間に深い皺を寄せ宇髄先生に向かって顎をくいっとやる。その姿を見て宇髄先生はニヤ〜と悪い笑みを浮かべた。

「ははぁん。名字先生よぉ、餅は好きか?」
「え、お餅ですか?好きですけど...お餅を提供するクラスなんてありましたっけ?」

保健所に書類を提出する関係で全ての模擬店を把握していたつもりだったが抜けがあったのだろうか。慌ててパンフレットを捲る私に、宇髄先生が手で制してくる。

「あー、ちげぇちげぇ。餅は餅でもヤキモ「宇髄ィ!!テメェ...」...悪かったって。そう睨むなよ」
「フン」

なんだか今日の不死川先生は機嫌が悪いようだ。今は顔を合わせる恥ずかしさよりも、私の行動で怒らせませんようにと恐怖心が勝っている。

「で、不死川のクラスは何やんだよ?名字先生お昼に模擬店で何食べようか考えてるみたいだせ」
「...うちは喫茶店だァ」
「喫茶店かぁ、持ち帰りは出来ねぇよなぁ。いっそ不死川と2人でそこで食べてきたらどうだ?」
「へ?」
「あァ?」

私と不死川先生の怪訝な声が重なるが、それどころではない。

「む、むむむ無理ですよ!そんなに長く職員室を空けていられませんし!」
「電話番なら俺が派手にやっといてやるぜ。地味な仕事だけどよ」
「え、いや...その」
「...オイ、あんまり困らせてやるなよ。先行くぞォ」
「あ...」

そう言って不死川先生は私達に背を向けて離れてしまった。今の私の態度はあまり良くなかったかもしれない。怒らせてしまっただろうか。ここ最近の私の不死川先生に対する行動は決して褒められたものではないはずだ。どうしよう。
「そんな気にすんなよ。今のは揶揄いすぎた俺が悪かったしな。じゃあお好み焼きの件、後で連絡しろよ」
そう言って職員室の片隅にあるミーティング用の席に座りプリントを眺めている不死川先生の元へと行ってしまった。


そうして9時になると、軽快な音楽と共に生徒会長により文化祭の開幕が高らかに宣言された。
いつもとは違い、そこかしこから生徒達の楽しく賑やかな声が聞こえてくる。職員室が空きになることがないようにと、先生達も受け持ちのクラスの様子を見る合間に何人かは此処にいてくれる。

少し席を外しますと声を掛けてからお手洗いを済ませれば、中庭より低く響く音楽が聞こえてくる。廊下の窓からそっと覗けば、ダンス部のステージ発表の真っ最中だった。音楽に合わせて立ち位置をくるくると変えながらもキレのある踊りを見せる生徒達を感嘆の眼差しで見つめる。今日のために必死に練習してきたのが伺える。
少ししてから職員室に戻れば、煉獄先生と生徒がいて私を見るなり此方に駆け寄ってきた。

「すまない!どうやらクラスでトラブルがあったらしい!少しの間席を外すが名字先生1人で大丈夫だろうか?」
「大丈夫です。お手洗いから戻るの遅くなっちゃってすみません。行ってきてください」
「すまない!すぐに戻る!」

煉獄先生が慌てたように生徒と走り去っていくのを見届けてから席に戻った。もう少ししたら他の先生達も戻ってくるって言ってたし、宇髄先生のクラスの所に行けるのは11時頃かなぁ。確約はできないがそれ位には行きますとメッセージを送り終えたと同時に職員室の扉ががらりと開かれた。
煉獄先生がもう戻ってきてくれたのかと思い、スマホから視線を上げれば扉の所にいたのは不死川先生だった。

「お、お疲れさまです」
「...おう」

予想外の人物だったため、声が上擦ってしまった。どうしよう。朝の事とか最近の私の態度があまり良くない事を謝った方がいいかな。でもなんて説明すればいいのだろう。不死川先生の事が好きで意識しすぎちゃいました?
いやいやいや、それじゃ告白じゃないか。でも何時までもああしていると、不死川先生に嫌われてしまうかもしれない。
ああ、なんて言おうとスマホを握る手にググッと力を入れていると、不死川先生はコツコツと靴音を鳴らして職員室内に入ってきた。そうして自分の席に着くのかと思いきや、そこを素通りして此方に向かってくる。
なんだろう?あ、お茶でも飲むのかな?
自分の席から給湯スペースは徒歩5歩という近さだ。1人納得していると、不死川先生は給湯スペースではなく私の机の前で止まった。
「......ん」
そうしてそっと机の上に何かを置いた。置かれたそれは、透明な袋に包まれたカップケーキだった。

「わっ!美味しそうですね。これ、どうしたんですか?」
「うちのクラスで出してるやつだ。これ位しか持って来れそうなのがなかった」
「え...わざわざ買ってきてくれたんですか?」

私の為に?
申し訳なさと嬉しさとが綯い交ぜになり、今の自分の感情がうまく言い表せない。だが確実に言えるのは嬉しい気持ちが半分以上を占めているということだ。

「迷惑だったら他の奴にでもあげてくれ」
「迷惑じゃないです!その、とっても嬉しいです。勿体なくて食べられないくらい...」
「...ふっ。食べねェ方が勿体ないだろォ」

何を言ってんだと眉尻を下げながら笑う不死川先生を見たら、いいじゃないか。もう告白したって。そう気持ちがむくむくと芽生え自然と口が開いた。自分でも気付かぬうちに生徒達が醸し出す文化祭の熱気に当てられたのかもしれない。
ダンス部のステージがまだ続いているのだろう。テンポの速い音楽が遠くから聞こえてくるが、それに呼応するかのように私の心臓も早鐘を打つ。

「あの...不死川先生、私...私はっ...」
「すまない!遅くなってしまった!」

決死の思いで打ち明けようとした想いは、煉獄先生が扉をすぱーんと開けて入ってきた事で中断された。

「む?すまない!もしかして邪魔だったろうか!?」
「あー、いえ...あはは」

微妙な空気の職員室に私の乾いた笑いが響いたのだった。



20210603


prev
next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -