球技大会しよ!



9月中旬ともなれば殺人的な暑さは鳴りを潜め、吹く風もさらりとした涼しさを纏うようになってきた。朝晩になれば肌寒いと感じる事も増えてきて、秋の気配を如実に感じ取ることができる。
そんな中、秋晴れの本日はキメツ学園高等部の球技大会が執り行われている。ソフトボール、バレー、バスケ、卓球の4種目に分かれて繰り広げられる球技大会は、それぞれの部活に所属している生徒を中心にそれはそれは盛り上がっているようだ。

先生達はそれぞれ受け持ちのクラスの応援のために出払っており、職員室には事務の私1人しかいない。教頭先生は終日出張、校長先生も本日は校長室に籠もり執務を行っている。正直校長先生と2人だけというのは気疲れしそうだったので、そちらに籠もってくれていて助かる。もしかしたらそんな私の気持ちを察してくれてのかもしれない。


開け放たれた窓からはグラウンドにいる生徒達の歓声と、カキィンとバッドがボールを打つ小気味良い音が風に乗って耳にまで届く。その音に誘われるようにして窓際に行けば、生徒達がひしめくグラウンドが見下ろすことができ、広いグラウンドではソフトボールの試合の真っ只中だ。

私の学生時代にも球技大会はあったが、運動がからきしだった私にとっては苦痛でしかなかった行事だ。足を引っ張らないようにする事に懸命になり、楽しめる事は終ぞなかった。そんな苦い思い出が蘇るも、今は職員のためプレイヤーとして関わる事がないので高みの見物ができる。稀に女子生徒達が「錆兎センパーイ!」と黄色い応援を送る声が聞こえてきて、うんうん青春だね。なんて思う余裕さえある。

ふと、もし私と不死川先生が職場ではなく学生時代に出会っていたらどうだったのだろうかと思った。好きな人の活躍を見て胸を時めかせ、憂鬱な球技大会も少しは楽しいものに変わっていたのかもしれない。想いを自覚したせいか、そんなありもしない妄想を考えてしまう自分に自嘲する。

「名字先生、今いいか?」
「うわっ!」

後ろから突如かけられる声に驚き振り返れば、そこには伊黒先生が立っていた。一体いつの間に職員室に入ってきていたのだろう。気付かなかったとはいえ色気も可愛らしさの欠片もない声をあげた事が恥ずかしい。

「い、伊黒先生、お疲れ様です」
「本当にな。だいぶ涼しくなったとはいえ、この時期に球技大会をやるなんてどうかしている。もっと涼しくなってからやるべきだと思わないか?」

それはこの後すぐに文化祭が控えているからだと思いますよ。という言葉はぐっと飲み込む。

「ところで、先生1人なのか」
「あ、はい。皆さん生徒達の様子を見て回ったりしています。たまに戻ってくる先生もいますがすぐに出ていっちゃいます」
「なるほどな。名字先生は見て回らなくていいのか?」
「私は電話番があるので」

そう告げれば、ああと納得したようだった。

「折角だから名字先生も見て回ってくればいい。電話番なら俺がしてやろう」
「え、いや...伊黒先生にそんな事をさせる訳には」
「気にするな。むしろ電話番という体で俺を堂々と此処で休ませてくれ」

俺は副担だからそこまでやる事もないしな。そう言ってのけるその姿には、僅かに疲れの色が浮かんでいる。あまり騒がしい事が得意ではないのだろうか。本当に良いんでしょうかとおずおずと確認すれば、俺はその気がない事は最初から言わない。とキッパリ断言された。

「その代わりと言っては何だが、頼みがある」
「何でしょうか?」
「これを不死川に届けて欲しい。アイツは第1体育館にいるハズだ」

突如出てきたその名前に、動揺が顔に出ていないか不安になった。だが、そんな私をよそに伊黒先生は頼んだぞと私に紙を渡して自分の机にどかりと座り込み背もたれに寄りかかった。どうやら相当に疲れているようである。
校長先生は校長室にいることと、何かあったらすぐに戻るので呼んでくださいと伝えて職員室を出た。


ーーやった。不死川先生と話せる

2学期に入ってからというもの、不死川先生はとても忙しそうで私が退勤する頃になっても帰る気配を一向に見せない。通常業務に加えて長期休み明けで風紀が乱れた生徒達への指導やら文化祭のための書類などに追われているらしい。仕事中は業務の関係で話すことはあるものの、雑談なんてできる雰囲気ではとてもない。
ではプライベートはどうかというと、多忙を極め帰宅時間の遅いであろう先生に呑気に雑談メッセージを送るのは憚られ、2学期に入って早々にトークアプリでのやり取り消滅した。それまではあれだけ夜にメッセージのやり取りをしていたのに、それが無くなってしまうと夜の時間がとても寂しいものに感じた。不死川先生とのやり取りは、自分にとって大事な時間になっていたのだと気付かされる。

そんな状況なので2人で出掛けるなんて事は更に難しい。来月に控えた文化祭が近付くにつれ、不死川先生をはじめ他の先生達は勿論、私も忙しくなってしまう。
今度は私から誘いますと言ったはいいものの、文化祭が終わるまではどちらも余裕がないので2人でのお出掛けも当分お預けだろう。

これまでの事をそう思い返し、書類を渡しがてら少しでも話せればいいなぁという不純な思いを胸に、足取りも軽く体育館へと歩みを進めたのだった。


体育館に近付くにつれ、全開になった扉からはキュッキュッと靴と床の摩擦音やボールが壁にぶつかる音、ピッと鳴る笛の音、そして歓声が大きくなる。久しく聞いていなかった音を耳にして、懐かしさで胸がいっぱいになりそうだ。
体育館には外に面した扉が全部で4つあり、その全てが全開になっているのだが扉付近に辿り着けば体育館の中の熱気がもわぁと全身にかかる。この感じも懐かしい。

ここ第1体育館はバレーボールの会場となっている。2面に分かれたコートではそれぞれ試合が。得点ボートの横や空いている場所では生徒達が座り込んで応援をしていた。ドキドキしながら体育館の中に一歩踏み込めば不死川先生がどこにいるのかは一目瞭然であった。あの背丈に髪色なので遠くからでも目立つ。こちらに背を向け、壁に貼られたトーナメント表に向き合って何かを書き記しているようだ。何時ものスーツ姿ではなくジャージ姿というのが新鮮で、後ろ姿だけでも胸がキュンとしてしまう。

不死川先生を目指して壁伝いに移動していると、私がここにいるのが珍しいのだろう、生徒達が声を掛けてきた。不死川先生に書類を渡しに来たんだよと伝えれば「先生もやってけばいいのにー」「私の代わりに出てよ」なんて言われてしまう。苦笑いしつつそれを交わして目的地に近付くと、私の横を入れ違いに通り過ぎていく一団がいた。
竈門君、我妻君、嘴平君、そして不死川先生の弟の玄弥君だ。

「お!丁度あそこが空いてるじゃねぇか。アタック練しようぜ」
「いやいやいや、あんな狭い所でお前の強烈アタックとか受けたくねぇよ。それよりもさ、クラスの女子達の応援しようよ〜」
「でも善逸、次の試合で格好良い所を見せれば女子からモテるんじゃないか?」
「はっ!ということはバレンタインも...」

賑やかでバレンタインなんてまだまだ先の事を気にしている会話が耳に入り、微笑ましい気持ちになり口元が緩む。
そうして不死川先生の元に到着したものの、先生は私に気付く様子はなかった。
「不死川先生」
そっと声を掛ければクリップボートに挟み込んだ紙に書き付ける手を止め、こちらをバッと見てなんで此処にいるんだといわんばかりに驚いた。

「伊黒先生からこれを渡して欲しいと頼まれまして」
「伊黒に?......あー、なるほどなァ。あいつめェ......悪かったなァ」
「いえ!ところで此処まで持ってきておいてなんですが、これって何なんですか?」
「ああ、他の場所でやってる試合の進行状況だ。一応此処が本部って事になってるから全体を把握しておきたくてな」

全試合の勝敗をここに書いていくんだと説明してくれる不死川先生は、球技大会というせいだろうか。ここ最近の根を詰めたような表情が抜け、どこかリラックスしているようである。これなら多少雑談を振っても良いだろうか。再びドキドキしつつもそんな不埒な事を考えていると、先に口を開いたのは不死川先生だった。
「もうすぐ教師同士のバレーボール対決があるんだが、名字先生もやってくかァ?」
聞けば毎年箸休め的な意味で、教師同士で2つのグループに分かれて何かしら対戦をしているらしい。お遊びの試合なので、途中で抜けたり入ったりする先生達もいるから、1人増えた所で全く問題ないぞと言われるが、激しく首を横に振った。

「むむむむ、無理です!私、運動は本当にからっきしでして。授業でバレーやった時なんか顔面レシーブしちゃったくらいなんですよ!?」
「ふはっ。顔面レシーブは痛ェよなァ」

くくっと笑う先生を見て、馬鹿にされているとか嫌な気持ちには全くないならないのは、この人に恋をしているからだろうか。

「もうっ!どうせ運動音痴ですよ」
「わりぃわりぃ、バカにしたつもりはなかったんだが。気ぃ悪くさせちまったなら謝る」

形だけの抗議の声をあげればふわりと優しい笑みでそう返された。

「いえ。なので私は応援に徹します。不死川先生、頑張ってくださいね」
「そうかィ...名字先生が応援してくれるなら、いいとこ見せなきゃなァ」
「不死川先生は背が高いから、格好良くアタック決めそうですね」
「格好良いかはわかんねぇが、まぁバシバシ決めてやりてぇなァ」

そう2人で笑い合うこの時間がひどく懐かしく、幸せなものに感じられた。伊黒先生には申し訳ないけれど、もう少しだけ此処にいたいなぁと思った時、私の背後から叫び声が聞こえた。
「食らえ!伊之助様のスーパーアタックだぁ!!」
嘴平君相変わらず元気だなぁなんて思ったのも束の間、次の瞬間には何故か不死川先生に力強く抱きしめられていた。

ぎゅっと背中に回される逞しい左腕。
Tシャツ越しでもわかる鍛えられた堅い胸元に顔が押し付けられる。
呼吸をすれば自然と不死川先生の匂いが鼻に届く。

そうして、キャー!という女子生徒達の甲高い声と、すぐ近くでバシン!とボールを強く弾く音が同時にした。
もう情報過多である。何がどうなっているというのか。

「さねせーん!セクハラー!」
「生徒達の前でイチャついていいのかよー!?」

ぎゃあぎゃあと囃し立てる声が次々と聞こえるも、それは瞬時になくなった。囃し立てる声どころか、体育館内が無音になった。それもそうだろう。辺りの状況を判断するため、そっと胸元から顔を離しておずおずと不死川先生を仰ぎ見れば、とこか遠くを見つめながらビキビキと顔に青筋を立て、目を血走らせている不死川先生がいたのだから。その迫力に別の意味で私も固まってしまう。
そうして固まる私からそっと離れたかと思えば、ドカドカと音を立てて視線の先に向かう。嘴平君達の所だ。

「伊之助ェェェ!!!!テメェはもっと周りを見ろやァァァ!!」
「ヒッ!だから俺言ったじゃん!こんな狭いところでアタック練とか嫌だってさぁぁぁ!!」
「不死川先生すみませんでした!でも伊之助だけが悪いわけではないんです!」
「ったりめぇだァァァ!クソボケナスがァ!他の奴らに当たって大怪我でもしたらどーすんだァ!こいつのバカ力を忘れたわけじゃねぇだろうがァ!最悪死人が出るぞ!」

そう竈門君達に怒鳴ってからざっと体の向きを変えると、その先にいたのは弟の玄弥君だ。

「玄弥ァ!お前もついていながら何やってんだァ!」
「ご、ごめん兄貴!」

嘴平君達を一通り怒鳴って落ち着きを取り戻した不死川先生は、体育館内の生徒達に練習してェならステージ上だけにしろと大声で指示を出していた。

「さねせーん!私のことも守ってよー!」
「先生って呼べェ!守ってほしいならンな所に座ってんな。そこだって試合の流れ弾が来て危ねぇぞ」
「めっちゃ優しい!ウケる」

不死川先生は女子生徒達から掛けられる声に答えながらこちらに戻り、少し眉根を寄せて気まずそうに私の方を見た。

「あー、名字先生。その......急に悪かったなぁ。ケガ、してねぇか?」
「あ、は、はい!大丈夫です!あの、では、私はこれで!!」
「あ...」

不死川先生の顔を見た途端に、先程の事を思い出してしまい顔に熱が集まりはじめ平静ではいられなくなる。こんな顔を見られたくなくて、あわあわと急いで不死川先生にお辞儀をし、そのままくるりと背を向けて体育館から逃げ出してしまった。
職員室に戻る途中で冨岡先生に遭遇し「廊下を走るな!」と一喝されて慌てて走るのを止めたが、心臓の高鳴りは職員室に入っても止むことがなかった。



20210602


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