第3話


図書室にて書架整理を行いつつ、来月のテーマ本として紹介できそうな本はないかなと探していれば、準備室に設置されている電話が突如鳴り響いた。
慌てて隣接する準備室に向かい電話の受話器を取れば、事務の先生からの内線で図書室宛ての荷物が届いたから取りに来てくれとのことだった。

「失礼しまーす...」
普段図書室で過ごす事が多いため、職員室にはあまり馴染みがない。朝礼のために入室することはあるものの、どうしたって慣れないので、いつも隅っこでひっそりと聞いている。
緊張しつつ職員室に入れば、事務の先生が名字先生こっちだよと手招きをしてくれた。招かれるままに向かえば大きい段ボールが3箱置かれてるのを見つけ、送り状を確認すれば相互貸借で頼んだ本が届いたのだと理解した。

「届いたのはこれね。運んであげようかとも思ったんだけど、重すぎて私には持ち上がらなくて。悪いわねぇ」
「いえ!量も量ですし、自分で運びます。台車お借りしてもいいですか?」

自分の母と同じ年代の先生に重い物を持たせるのは気が引ける。早速台車に段ボールごと載せようと試みるが、如何せん重い。「ふっ...」と歯を食いしばってみるものの、屈んだまま腰が上がらない。中身は装丁がしっかりしている美術全集が主だ。1冊単位ならそれほどではない重さだが、こうしてダンボールの中にみっしり詰まっていれば相当な重さである。
面倒だがここで開封して、中身を台車に載せようかと考えていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「持てねェのか?」
声の主は不死川先生だ。気が付かなかったが職員室にずっといて、今までのやり取りを見ていたのだろう。ちょっと退いてろと言ったかと思えば、軽々と箱を持ち上げて台車に載せていく。

「わっ、ありがとうございます。助かります」
「どこに運ぶんだ?このまま持って行ってやる」
「さすがにそこまでご迷惑はかけられないので...」
「台車に載ってるったって、結構な重さだぞ。ちゃんと運べんのか」
「うっ」

ヨロヨロしながら台車を押す自分の姿が容易に想像出来て答えに詰まる。
「いいじゃない。不死川先生のお言葉に甘えたら」
事務の先生にもそう促され、結局お願いすることにした。


「不死川先生も忙しいのにすみません」
「いや、ちょっとテスト作成に煮詰まってたからな。気分転換にもなるし、気にすんな」

ゴロゴロと鈍い音を立てて不死川先生の押す台車は進んでいく。私はその横を半歩遅れて歩いている。すぐ隣を並び歩くのは、やはりまだ緊張するからだ。

「しっかし、すごい量だな」
「宇髄先生が授業に必要だからということで、近隣の図書館からいろいろとお借りしたんです」
「これ全部か?ンなもんアイツに運ばせろや」

あいつはテスト作成とは無関係だし、こき使っても構わねぇよ。大体アイツは美術室を爆破したりと自由すぎんだと眉根を寄せていれば、職員室からそう遠くない図書室に着いた。


このまま台車を持って帰るから荷物はどこに置けばいいんだ。と尋ねてくる不死川先生に恐縮しつつ準備室の隅を案内すれば段ボールをまた軽々と持ち上げて指定の場所へと置いていってくれる。先程は気が付かなかったが、段ボールを持つ度に袖が捲られていることで露わになった腕にぐぐっと力が入っている様子がよくわかる。筋肉すごいな。その様子を後ろからひっそりと眺めていれば、不死川先生が突然こちらを振り向いたので慌てて視線を段ボールへと向ける。まずい。ジロジロ見ていたことに気付かれたかな。この人は後ろに目でもついているのか。

「そういやァ、この前紹介してもらった本のことだけどよ」
「え、あ、はい。その件でしたら、その日の放課後に生徒さんが本を借りに来ましたよ」

不死川先生から借りるなら図書室に行ってこいと言われました。
おずおずと放課後訪ねてきた件の生徒の手には、紹介した本が握られていた。普段図書室を利用する事がなかったようで、こんな本も置いてるなんて知らなかったです。すげぇ参考になりました。とお礼を述べる男子生徒を前に、内心ガッツポーズを取ったことは記憶に新しい。

その話の流れで、以前から考えていた事が
自然と口から出た。
「前から思っていたのですが」
進路相談室に図書室にて所蔵している本で職種別にパスファインダーを作って掲示したらどうかと考えていた。進路相談室にも仕事に関する本は置いてあるが、メジャーな職種が僅かにあるだけだ。進路相談室に留まらず、図書室にも更に豊富な本があるのだと誘導出来るようになれば、生徒にも利用増加を図りたいこちらとしても利があるのではないだろうか。だが着任して早々にそんな提案をするのは憚られたし、出しゃばり過ぎかと悩んでいたのだが。
「今回の件でやってみる価値はあるのではないかと思ったんですよね」

と、そこまで言い終えてハッとする。
こんな事を急に言われても不死川先生だって困るだろう。
もしくは「それで?」「好きにすりゃいいだろ」などウザイと思われたかもしれない。この前のお昼で緩和されたものの、やっぱり不死川先生には怖さや苦手意識は多少残っている。いい加減にこうだと思ったら周りが見えなくなる癖をなんとかしなければと猛省した。
「す、すみません。こんな事を言われても好きにしろって感じですよね」

反応が怖くて顔を見ずにあははと作り笑いをしてその場を取り取り繕っていると、降ってきたのは存外真面目で優しい声だった。
「いや、いいんじゃねぇか」
驚き不死川先生の顔を仰ぎ見れば目が合った。だがすぐに目線を逸らされ、思案したような顔をして続ける。
「生徒にすぐ提案できる環境が整うのは有りだと思う」
進路指導室には大学や専門学校のパンフレットなどは沢山あるが、職業に関する本がほぼないのは確かに気になっていた。大学を選ぶならある程度は職業の事も知れる環境があった方が良いのではないか。だが40人近い生徒の、将来を見据えた進路を細かく追っていくのは、多忙を極める教師1人では限界がある。今はネットが主流だが、今回のように本を通して得る事も少なくないだろう。それなら資料に精通している司書の力を借りるのが道理だ。

「餅は餅屋っていうしな。とりあえず悲鳴嶼先生に軽く話しといてやるよ」
「いいんですか?」

おう。あの人が納得すれば誰も反対しないだろ。至極当然というように答える不死川先生を見て、今まで先生に苦手意識や恐怖を抱いていたことが申し訳ないとさえ思えてきた。

「ありがとうございます!...その、背中を押してもらえて嬉しいです」
「...前も思ったが、名字先生は本の事になると人が変わったように喋るよなァ」
「す、すみません、よく言われます...本の事だけじゃなくて、好きな事とか興味があるとつい熱が入ってしまう時がありまして...以後気をつけるようにします」

これは前の職場でも言われていたことだった。幸いそれでも接客中は自制出来ていたが、同僚といる時など少し気が緩んだ状態だとスイッチが入ってしまう事がたまにあるので注意をしてきたつもりだったのだが。ガバッと頭を下げれば、少し慌てたように不死川先生が口を開いた。
「あー、いや。責めてるわけじゃねぇから気にしないでくれ。ただ、俺の前ではビビってる事が多かったから、ギャップにちょっと驚いただけだ」

その言葉にギクリとした。
不死川先生の人となりを知った最近はそうでもなくなってきたが、以前は先生の姿を見る度に怖さや苦手意識から挙動不審になっていたのは自覚している。必要に迫られて会話をする時も目線をなるべく合わせないようにしていた。そんな事があるから内心「こいつ失礼な奴だな」と思われていたに違いない。

「すみませんでした!前はちょっと...その、なんと言いますか、近寄りがたい方だなぁと思っていました」
「まぁ、普段の俺の態度も一因だろうけどよォ」
「いえ、でも!最近は不死川先生のことをそうは思ってないですよ!そりゃあ、玄弥君の賞状を破っちゃったのはやり過ぎでは?とも思いますけど、基本兄弟想いで優しい所は素敵だなぁとも思いますし、生徒達からは怖がられてるだけじゃなくて結構慕われていますよね。それだけ生徒に対して真摯に向き合っているからだと思います。あと、長男というせいかもですが、面倒見が良いなと思うこともあります。現に今だって...」

今だって、気をつけますと言ったばかりなのに、また1人で喋ってしまっているじゃないか。さぁっと冷静になれば不死川先生の眉間に皺が寄っているのに気付く。ああ、舌の根の乾かぬうちにと怒っているに違いない。だがよくよく見れば、怒っている、というよりは何か耐えているような表情にも見えなくもない。そして気のせいかうっすら頬が赤らんでいるような――

「ンンッ。あー...まぁ、今はそんなにビビってねぇってのはわかったわァ」
「あ、はい」

軽く咳払いをしたかと思えば、目の錯覚だったのかなと思うほど瞬時に表情はいつもの様子に切り替わっていた。
「またなんかあったら相談くらいならいつでも乗るぜ。...まぁ煉獄がいるから俺じゃなくてもいいんだろうけどよ」
なぜ煉獄先生の名前が?そう疑問に思ったが「次の授業の準備があるから」と不死川先生は台車を押しながら職員室へと去っていってしまったので聞けなかった。
数時間後、不死川先生は本当に話を通してくれたようで悲鳴嶼先生から話を進めたいから起案書を提出するようにと連絡がきた。
もう話をしてくれたのか。フットワークが軽いことに感心しながらパソコンへと向かえば、自分が本人を前にしてなかなかな事を言っていたという事にふと気付いた。あれは照れの表情だったのだと今更ながら理解し、自分も恥ずかしさのあまりデスクに突っ伏してしまいしばらく動けなかった。



20210416



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