第1話


昼休みを告げるチャイムが校舎に鳴り響けば私は打ちかけの文章を保存し、そっとパソコンを閉じた。椅子を引いて席を立ち、お茶の準備をする。

今日は緑茶かほうじ茶にしようか。少し悩み急須に茶葉を落とし、ほうじ茶を2人分入れる。そうしているうちに、ここ、図書準備室に近付く足音が聞こえてきた。
「きたきた」
にんまりと笑いながら扉の方へと顔を向ければ、ガララッと豪快に開いた扉の向こうから待ち望んでいた人が立っていた。
「名字先生!邪魔をする!」

今日も元気な煉獄先生である。



ここ、中高一貫であるキメツ学園高等部の図書室司書として私は働いている。
大学で司書課程を修了し、将来は司書として働きたいと願っていた。だが狭き門をくぐり抜ける事は叶わず、卒業後2年ほど公共図書館の嘱託職員として働いていた。新卒のチャンスを潰してまで非正規になるなんてと周りから言われたし私自身も悩んだが、やはり司書という仕事が好きなのだ。非正規で働きつつ、司書の正規募集があれば片っ端から受験しては落ちるを繰り返していた。
そんな時、念願叶いキメツ学園高等部の図書室司書として正規採用された時は、飛び上がるほど喜んだ。
夢を諦めなくて良かったと自身を誇らしく思い、もう面接対策も履歴書の大量作成をしなくてもいいのだと思うと晴れやかな気持ちにもなった。

採用されて1年目は前任者のやり方を踏襲しつつ、学校図書室という新たな分野に慣れるのに必死だった。高校生が興味を持つことに敏感になり、時事や進路に関する本を収集し、教科担当の先生方と授業で使用する資料、先生自身が授業進行や研究のため読みたい資料を手に入れるなど、公共図書館とは違う仕事にやりがいを感じていた。

だが2年目である今は、それらの通常業務に加えて様々な企画展を催して図書室利用人口を増やすぞと燃えている。


そんな仕事に燃える私だったが、悩み。というには少し大げさかもしれないが、とにかく悩みがあった。

お昼休み直後といえども、本を借りに図書室を訪れる生徒は稀にいる。そんななか、図書室を空にするわけにもいかず、私は毎日ここ、図書準備室で1人寂しくご飯を食べているのだ。

それがどうして煉獄先生とご飯を一緒にするまでになったのか。
きっかけは、先生同士の飲み会の時に煉獄先生と席が隣同士になり、お昼ご飯を1人で食べるのが少し寂しいんですよね。とぼやいた事だった。
日中も基本1人なので、せめてお昼時位は誰かと雑談したいんですよね。と零した言葉を煉獄先生は拾い上げてくれた。

「そうか!なら俺と一緒に食べよう!」
「え、いいんですか?」
「うむ!ついでと言ってはなんだが、オススメの本があったら教えてほしい。千寿郎に教えてやりたいのだ」

俺と千寿郎の好むジャンルが違うので困っているので頼りたい、と続いた言葉に納得した。
煉獄先生の弟の千寿郎君はキメツ学園の中等部に在籍しており、中等部の図書室常連のようだ。興味の幅が広がりもう少しステップアップした本が読みたいが、中等部の蔵書では物足りないそうである。
中等部と高等部の図書室は分かれているものの、希望があれば双方の図書室を利用しても良いことになっている。
だがちょっぴり内気な千寿郎君は高等部の図書室に行きにくいらしく、変わりに自分が借りたいと煉獄先生が言った。

煉獄先生はクラスを受け持っていて基本忙しい人なのだが、金曜日は4時限目が空きであり、仕事を片付けてここまで来てくれる。こうして、時間にしてみれば20分程度ではあるが、煉獄先生と一緒に食べるようになり半年ほど経つ。

「今日は藤ノ屋のおはぎをお取り寄せしました」
おはぎの入った箱を掲げ、食後に食べましょうと言う。
本の紹介をするとはいえ、お昼を一緒食べてくれるのだから何かお礼をしたいなぁと考えた結果的、最早趣味の一つであるお取り寄せしたお菓子を食後に出してみた。するといたく好評であり、一緒にお取り寄せ仲間にもなった。2人分の注文で送料が無料になることもあるし、色々とwin-winの関係だ。

「先週の芋羊羹は美味だった!もう一度食べたいと思い再注文してしまったくらいだ!」
「煉獄先生はお芋好きですもんね。あ、お芋のお菓子といえば、次はこれなんてどうです?」

食後のデザートであるおはぎを食べながらスマホを差し出せば、煉獄先生は気になったようで「来週はこれを頼もう!」と自分のスマホにURLを送っていた。


どれを頼もうかと2人で話している時、コンコンとノックの音が室内に響く。はい、と返事をすれば現れたのは不死川先生だった。

「し、不死川先生、どうされましたか?」
「ちょっと煉獄に用があってな」
「む?どうした?」

手に持っていた書類で何か確認を始めた2人に、私は居心地が悪くなる思いだった。

なぜなら、私は不死川先生が苦手なのだ。
私より1年先にここで教鞭を取る不死川先生は、数学教師である。その見た目や体格の良さに近寄りがたさを感じていたのだが、青筋を立てて嘴平くんを追いかける様や、「数学なんて将来必要ない」とのたまった生徒がスマブラの如く飛んでいったと聞き、ますます近寄りがたく、苦手になった。幸い会うことも話すことも滅多にないので、仕事には支障がないのだが。

早く終わらないかな...
申し訳ないがそんな事をひっそりと思っていると、問題が解決したらしい。

「わざわざ手間を掛けて済まなかったな!」
「いや、こっちこそ昼時に悪かったな。この件は俺の方から連絡しておく」
「ああ、助かる!そうだ、お礼と言ってはなんだが、これを食べていってくれ」

煉獄先生がずいと差し出したのは、お取り寄せしたおはぎだった。

「あ?」
「俺はもう1つ食べたからな!藤ノ屋のおはぎだぞ!不死川はおはぎが好きだろう?」

にこりと笑い、尚も不死川先生におはぎを差し出す。不死川先生はおはぎが好きなのか。意外な情報に驚く。
「藤ノ屋...」
ポツリと呟きじっとおはぎを見つめている。少し迷ったが有名店のおはぎという誘惑に負けたのか、煉獄先生からおはぎを受け取り口に入れた。

「...うめぇな」
「そうだろう!名字先生が取り寄せてくれたんだ!」

突如話がこちらに振られて驚きつつもこたえる
「あ、その、お取り寄せが趣味でして」
煉獄先生と頼めば送料が無料になることなどを話せば納得した顔をした。

「悪かったな。ンな貴重な一つ食べちまって」
「いえ!美味しい食べ物は皆で分け合った方が楽しいですから」

これは本心である。いくら美味しい物を1人で食べても心寂しいし味気ない。だが大勢で囲んで食べるご飯はその場の雰囲気も相俟ってより美味しく感じられる。こう思うからこそ、1人でご飯を食べるのがイヤだなと思っていたのだ。

「そうだ!不死川も今度からここで食べよう!」
「ハァ?」

名案だとばかりに煉獄先生が膝を打つ。来週金曜日、チャイムが鳴ったらここに集合だ!と言い出す煉獄先生をどうやって止めようかと内心慌てていると「先生、本借りたいんだけど」と生徒が図書室と準備室を繋ぐ扉から声を掛けてきた。
「あ、はーい!今行くね。煉獄先生、その件はあとで」

どうして不死川先生を誘ったんですか!?私は不死川先生が苦手なので、それはちょっと勘弁してほしいんです。

という思いを本人の前でぶつけるわけにもいかず、後でと言い残して生徒の元へと向かう。
「うむ!大丈夫だ!任せろ!」
背中に煉獄先生の大きな声が掛かるが、何が大丈夫なのだろうか。

その言葉の意味を悟ったのは、放課後になった時だった。
[名字先生が心配していた来週のお取り寄せは不死川と決めておいたぞ!味比べができるスイートポテトにした!]
[不死川も何か買ってきてくれるそうだぞ!楽しみだな!]

煉獄先生から送られてきたメッセージを見て、来週は3人でご飯という事実に私は頭を抱えたのだった。

20210404


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