第15話


大きめのバッグに入れたのは、パジャマとスキンケアも含めた化粧用品一式。お泊り用のミニボトルのスキンケア用品は、昨日の仕事帰りにドラッグストアで購入したものだ。
他に何かいるものあるかなぁと、店内をブラついているとスキンコーナーが目に入りボッと顔に火がついた。辺りを見回し、誰も近くにいないのを確認してからそっとコーナーに近付く。

ーーこういうの、買っていったほうがいいのかな?

「めちゃうす」とデカデカと書かれているものや、一見スキンには見えぬような可愛らしい蝶のデザインのパッケージをしげしげと見つめる。
だが待てよ。これ買ってきました、と渡すなんて、いかにも楽しみにしてました。と言っているようなものじゃないか。それにサイズがあるっていうし、変に購入しない方が正解だ。きっと、不死川先生が用意してくれているだろう。そう一人納得しながら買い物を終えた事を思い出し、また変に緊張してきてしまった。
今の時間は9時30分前。
あと10分程で不死川先生が我が家に迎えに来る。そうして先日書店さんから貰ったチケットを使い、美術館に行くのが今日のメインだ。その後はご飯を食べたり道中で面白そうな場所があったら寄って、そうして夜は…。あらぬ妄想に耽りかけた時、スマホが鳴る。どうやらアパート前に不死川先生が来たようだ。


印象派の企画展というだけあり、美術館はなかなかの混みようだった。

「不死川先生は、こういう場所に来たりしますか?」
「実弥、な」

あっと口に手を当てる私に、実弥さんは仕方ねぇなと少し笑う。

「滅多に来ねぇな。たまーに、お袋が観たいって言うから連れてくるくらいだ。それだって飽きた弟達が騒ぎそうになれば、お袋を残してサッサと出ちまうからなァ」
「そうなんですね。それなのに付き合ってもらっちゃってすみません」
「俺から行こうって誘ったんだから、そこらへんは気にすんなよ」

そう、週末はどこでデートしようかとなった時「チケット貰ったんだろ?ならそこに行こうぜ」と提案してきたのは実弥さんなのだ。手に入った経緯が経緯なので、実弥さんは嫌がるのかと思ったがそんな事はなかった。曰く、使えるもんは何でも使う主義らしい。私も観に行きたかったものであるから、実弥さんがいいならと同意して今日に至る。

企画展開催の概要や各画家の年表のパネルの群れを過ぎると絵画の海が広がっていた。順路に沿って流れていく人の波に乗り、壁に飾られた大小様々な絵画を眺めていく。

「ああ、この絵はなんか見覚えがあるなァ」
「モネの睡蓮ですね。有名なので何かしらで見たことがあると思います。ちなみに睡蓮の絵は100枚以上あるんですよ」

100枚…と気が遠くなるような顔をしながらボソリと呟く。その顔がなんだかおかしくて、ひっそりと口の端が緩みそうになった。声を潜めつつ、私はこの絵が好きですと言えば、ある絵を指して妹が描いた絵に似てると少し誇らしげな笑みを浮かべて相手が言う。派手派手しい猫の絵画が妙に気になったようで「宇髄が描きそう」と漏らした言葉に、噴き出しそうなったのを必死に堪える場面もあった。
やがて薄暗い照明から太陽光と明るい照明が入り混じった部屋へと辿り着く。

「少しだけ物販コーナー見てもいいんですか?」
「ああ。俺はちょっと向こうで休んでるから、気にせずゆっくり見てろよ」

窓際には座りの良さそうな布製のソファが幾つも置かれていた。同じく買い物中の連れを待っていると思われる男性達や、ベビーカーの子供に話しかけている女性がいる。そちらに向かって歩き出す実弥さんを見送り、自分もいざ!と展示コーナーよりもごった返す人混みの中に身を投じた。
戦利品を手に、ホクホク顔で実弥さんの元へと戻れば「いい顔をしてんな」と笑われた。メシにしようとの言葉に頷きネットで見つけたお店へと向かう。イタリアンのお店でピザが美味しいらしい。ネットで出てきた近隣のお店一覧からピザの文字に反応した私に気付き、実弥さんがここにするかと言ってくれたのだ。
シェアするために2枚のピザを頼み、前菜で出されたサラダに手を付けつつ先程の絵画展の話になった。

「楽しめました?」
「思っていたよりは、な。すげぇなってのもあれば、なんでこれが?って絵まであるからやっぱ芸術はよくわかんねぇわ。あの猫のやつとかよォ」

宇髄先生が描きそうだと漏らした絵が浮かび、今度は我慢せずに笑う。

「そういうの、ありますよね。わかります」
「名前でもそう思う時あるのか」
「ありますよ。あとは…その時は良さが分からなかったけど、歳を重ねるにつれて好きになることとかもあります。本と一緒かもしれません」

評判に釣られて購入したはいいものの、あまり心を揺さぶられず途中で止めてしまった本がある。数年後、売払う前にサッと目を通せば何故かグイグイと引き込まれ、最後まで読み切ってしまった。
なぜあの時は引き込まれなかったのだろうと司書仲間で話し合えば、様々な経験や環境を経て共感できるようになったのではないかと言われた。その逆も然りなのだが。
この話をすれば実弥さんは「歳を重ねたからこそ分かる良さってやつか」と得心がいったようだ。

「実弥さんもありますか?そういうの」
「あるなぁ。まぁ俺はそういう高尚なもんじゃなくてビールとか酒だな」
「ビールですかぁ。私は正直、まだ美味しいと思えないんですよね」

飲み会で飲むのだって専らカクテルやサワー系の飲みやすいものだ。前の職場は飲み会では最初の1杯はビールと何故か決まっており、その1杯を空けるのに苦戦していた苦々しい記憶が蘇る。今の職場は生徒だけでなく教師も自由度が高く、1杯目からノンアルでも問題ないのが嬉しい。しかし、ビールをごくごくと美味しそうに飲む宇髄さんや煉獄さん、実弥さん達を目にして、自分もビールを美味しく飲めたらいいのになと思う気持ちもある。もっと飲み続けたら美味しいと思えるようになるのだろうか。

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「ここが俺の家だ」

車のヘッドライトが消え、エンジンが停止したと同時にルームランプが点灯した。オレンジの光を浴びながらシートベルトを外す。実弥さんは早々に運転席を降りて後部座席に周り、先程スーパーで買い込んだ荷物を纏めている。

ーー遂に…着いてしまった。

自分の荷物を纏めて、車から降りて実弥さんが住んでいるアパートを仰ぎ見る。5階建てのどこにでもあるようなアパートが、敷地内に設置された電灯によって全貌が明らかになっている。どこにでもある建物なのに、ここに実弥さんが住んでいる事実が特別な建物に変化させる。既に夕飯も済ませているため、部屋に入ったらする事なんて残り少ない。着々と近付くその時を思い、バッグを持つ手に力が入るのを感じながら実弥さんの後をついていった。


20211219


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