第14話


大量購入した書籍をブックトラックに並べ、一冊ずつパソコンで登録作業をする。背ラベルと資料バーコードを印刷し、本に貼ったらいよいよブッカー掛けだ。ロール状の透明なフィルムを、本のカバーに貼り付けることで耐久性が上がるし、汚れ防止にも繋がる。本より少し大きめに切り出した粘着フィルムを、シートから少し剥がして本に載せる。定規を当てながら空気が入らぬよう、少しずつ本全体にフィルムを掛けていく。
「あっ」
途中まではうまくいっていたのに、背表紙を過ぎた辺で気泡が出来てしまった。無理に剥がす訳にもいかず、そのまま最後までフィルムを掛けてから溜め息をついた。
『気泡の入りは心の乱れ』
前の職場ではこんな言葉が冗談半分ではあるが合言葉になっていた。気泡が入るのは今日だけで3冊目だ。初心者ならともかく、もう何千冊とブッカーを掛けているのにこれなのだから、私の心が乱れまくっている証拠だろう。それもそのはず。
あの日、不死川先生とここでキスをして以来、準備室にいるとどうも落ち着かないのた。キスをした部屋の隅を見るだけでも心臓が大きく脈打つ。そうして、明日に迫ったお泊りが頭を過る。

お泊りって何を持っていけばいいんだっけ?
下心あるって言ってたし、夜は…当然スルよね?久しぶりだからきっと痛いだろうな。

そんな事をグルグルと頭の中で巡らせていると、ふと気付いてしまった。私は何年も彼氏がいなかったけど、不死川先生はどうなんだろう。あのルックスに性格なのだから、間違いなくモテるのだろう。取っ替え引っ替え、なんて事はしていないだろうが、どれ位彼女がいないんだろうか。
…不死川先生の彼女は、どんな人達だったんだろうか。どんな風に彼女を抱いていたのだろう。私なんかで、満足できるのかな…。

仄暗い感情が腹の底から滲み出てきた時、備え付けの電話が鳴った。慌てて電話対応をした後、兎に角今は仕事に集中だと気持ちを切り替える。引き出しからお土産として貰った小振りの菓子缶を取り出し、その中に収められた針を取り出す。出来てしまった気泡へと、そっと針を刺して空気を抜いた。
私の不安な気持ちも、針で刺せればいいのに。

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「よーよー、不死川。邪魔するぜぇ」
「邪魔だって自覚してんなら帰れェ」

時刻は夜の22時近く。俺のアパートの玄関で、一進一退の攻防が繰り広げられている。


金曜日だから飲みに行こうぜと、帰り際に宇髄から誘われたが断った。なぜなら明日はいよいよ名前が家に来るからだ。部屋や車を綺麗に掃除をしたりと、準備することは山のようにあるため付き合えない。飲みに行こうぜ〜そんでお前んちに泊めてくれよと縋る宇髄を振り払う。
「んだよ、付き合いわりぃなぁ。彼女でも出来たのか?」
その言葉に反応しそうになる体を抑え込み「疲れたからさっさと休みたいだけだ」と言い残して職員室を出た。
自分と名前との関係は、職場では内緒にしようと最初に決めている。宇髄に知られた日にはとことんからかい尽くされるに決まっていると言えば「た、確かに…」と名前も納得していた。

帰り道で真っ先に寄ったのはドラッグストア。目的は勿論夜の営みに必要な物を購入するため。最後の彼女は何年前だったっけか。大学生の時だったような気がする。
別れた時にもう必要ねぇなと、元カノの私物と一緒にゴムも捨てた。別れる直前に私と家族どっちが大事なのと泣き喚かれた事を思い、しばらく彼女はいいやと思った。どっちが大事なのと聞かれれば、どちらも大事だ。しかしある程度自立した女性とまだまだ手の掛かる弟妹だったら、どうしたって後者の方に構ってしまうのは仕方がないだろう。母子家庭のため母親の苦労は身に沁みている。冬の時期になれば下の兄弟が学校等で貰った風邪菌が家族中に蔓延するなんて、最早恒例行事だ。仕事に行かねばならない母親に代わり、代わる代わる風邪を引く下の兄弟達の看病にあたるのは俺の役目だった。そのためデートの予定もキャンセルする事が多く、その度に「またなの!?」と電話口で耳が痛くなる程大声を出された。そうして「私と家族、どっちが大事なの!?」発言。

ああ、もう無理だと自覚した。
次に会った時に別れを切り出せばすんなりと納得した彼女は、翌週には大学構内で別の男と腕を組んで歩いていた。おそらくは、最後の方は二股だったのだろう。そう気付くも最早なんの感情も沸かなかった。やっと心苦しい思いから解放されたと思ってしまったのだから、俺も酷い男だと自嘲したのを覚えている。
その後は彼女を作る気も起こらず、就職して実家を出たものの週末になれば実家に戻り下の兄弟の世話に励んだ。
「こうして来てくれるのはすごく助かるんだけどね、就也も手がかからなくなってきたし、実弥も自分の幸せを考えていいんよ」
兄弟達が寝付き、母親と2人で晩酌をしていると時折心配そうに言われる。自分の幸せと言われても、今でも十分幸せなのだが、母親が言いたいことはそうではないだろう。「まぁ、そのうちな」そう濁していた。

名前と一緒にご飯を食べるようになり、人となりを知っていくうちに徐々に惹かれていった。煉獄と付き合っていないと知った時、俺がどれだけ喜んだかなんて名前は知らないだろう。
自分の幸せはなんだと考えた時に、家族といる自分を思い描く。それと同時に、名前が隣にいたらいいなと、そんな事も思うようになった。そうして、半ば強引に付き合ったものの、イヤイヤ付き合っているのではないか、他の奴に言い寄られたらそっちにいってしまうのかと不安だった。しかし遂に名前から「私も好きです」と真っ赤な顔で言われて嬉しくないわけがない。衝動的とはいえ、職場であんな事をしたくらいだ。職場でなかったらおそらく最後までしていたと思う。

そんな彼女がいよいよ明日は家に泊まりにくるのだから、準備は念入りにしておきたい。部屋の隅々からベッド下まで掃除機を掛け、シーツも新しい物に変えた。先程購入したゴムも、パッケージから出し2個ほど切り取ってからベットフレームと布団の隙間に押し込んだ。残りのゴムはクローゼットにしまおうかとしたが、いや、待てよと気付く。もしも盛り上がり、2回で足りなくなったらどうする?3個目を出すために素っ裸でクローゼットを漁る自分を想像し、間抜けだなと眉を顰めた。ならばどこにしまおうか。
そう考えた時、チャイムが鳴りビクリとする。ドアホンを見たら手にしていたゴムの箱からメキリと音がした。仄かに頬を赤くした宇髄が笑っており、その後ろに富岡と煉獄もいる。おそらく飲み会帰りなのだろう。

ーー何しに来やがった

舌打ちをしてから、ゴムの箱を布団の中に一旦隠して通話対応すれば、兎に角玄関を開けろと騒ぐ。

「よーよー、不死川。邪魔するぜぇ」
「邪魔だって自覚してんなら帰れェ」
「つれない事言うなって。いいもん持ってきたからよ」
「お前のいいもんは碌なもんじゃねぇだろォ!!」

そんな押し問答が玄関で繰り広げられたが、折れたのは俺だ。こんな時間にバカでかい声で入れろ入れろと喚く宇髄を野放しにして、通報でもされたら敵わない。渋々部屋に入れれば1Kの俺の部屋はあっという間に野郎5人で埋まった。

「絶対に泊めねぇからな!終電の時間までには帰れよ!」
「わーった、わーったよ」
「すまない不死川、水を1杯貰えるか!?冨岡が吐きそうだ!」
「なっ!テメェ、絶対に吐くんじゃねぇぞ!」

コップに入れた水を、富岡の前にダンと置けば「すまない…」とげっそりとした声を出す。ちびちびと水を飲む冨岡を見ていたら、宇髄が鞄から徐に何かを取り出した。
「じゃーん!いいもん持ってきたからよ、皆で鑑賞会しようぜ」
取り出した紙袋から出したのは、未成年者が見てはいけないDVDだった。
「これのどこがいいもんなんだよォ……」
想定外の物を出され、思わず脱力する。

「面白そうだろう?ネットで福袋って銘打って売られててよ。酔ってた勢いで買っちまったわ」
「買うなァ!」
「まぁまぁ、見てみろよ。AVの福袋なだけあって、ニッチなジャンルが大半でマジでウケるんだわ」
「宇髄!なぜこの女性は金粉塗れなんだ!?」
「あー、これなぁ…」

机に並んだAVに頭が痛くなった。全裸の女性がパッケージにデカデカといるのに、食指が全く動かない。先程の金粉塗れもそうだが、透明人間だの大勢でのプレイなど自分の好みとはかけ離れたそれらにゲンナリするも、物珍しさでついつい見てしまう。と、数少ないノーマルと思われる物の1つにピクリと眉が動く。
制服を着た女性がスカートを捲りあげて扇情的なポーズを取っており、「先生、これで私も進級できますか?」の煽り文が目についた。だが目が奪われたのはそこではない。その女性の背後に本棚が広がっているのだ。おそらく図書室で事に及ぶのだろうと容易に想像できる。つい先日の自分と重なるようなそれに、つい目が離せないでいた。

「お、不死川はこういうのが好みなのかぁ」
「よもや!教え子に手を出すなよ!」
「出すわきゃねぇだろォ!」
「不死川は…女子高生が好きなのか…?」

真っ青な顔をした冨岡までそう言うものだから、ブチンと切れる音が近くで聞こえた。冨岡の胸ぐらを掴み「なわけねぇだろォが!」とぎゃんぎゃん怒鳴っていると、宇髄が急に帰ると言い出した。
「いや、急に来て悪かったな。俺達はこれで帰るからよ」
いつの間にかキレイに片付けられたAVにホッとしつつも、突然の宇髄の態度に困惑する。冨岡の肩を支えて玄関前に立った宇髄は、ニヤニヤと楽しそうにこちらを振り向いた。

「楽しい週末を過ごせよな、実弥ちゃん」
「ああ?」

急になんだと思うが、宇髄達が去った事でようやく安堵した。この短い間ではあるが、せっかくキレイに片付けた部屋がまた少し荒れて苛立つ。それらをキレイに片付け終えればドッと疲れが出たのでさっさと寝ることにした。布団の中に隠したパッケージを取り出し、迷ったものの一旦机の上に置いた。ため息をつき、ベッドに横になれば明日の今頃は隣にいるであろう名前を思い、沈んだ気持ちが再度高揚する。こんな気分は久し振りだ。行為も久し振りであるからして、決してがっつかないようにしなければと己を諌める。
浮かれていた俺は、明日すぐに使えるようにとベットフレームと布団の間に隠したゴムが、元の位置からズレていたなんて全く気付かなかった。



20211115


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