第10話


昨晩の出来事は夢だったのだろうか。

一夜空けて目が覚めた時に、見慣れた天井を眺めながら真っ先にそう思った。
自分が見ていた、とても都合の良い夢。
まだ覚醒しきらない状態で布団から抜け出し、朝食を作ったり洗濯など家のことをするが、ふとした拍子に昨晩の不死川先生の真剣な顔や言葉が浮かんできて、赤面し悶えてしまう。

一体いつから好意を寄せてくれていたというのか。全く気が付かなかった。もしかして昨日の食事は最初からそのつもりだったのだろうか。念の為スカートに着替えておいて良かったな。いやいや、そうじゃなくて。
不死川先生の事だ。恐らく冗談ではなく本気で言ってくれているのだろう。となると、いつからなのか、どこを好きになってくれたのかと疑問が募る。1人で思案するも考えが纏まらないし、やはり昨晩の不死川先生を思い出して悶るという、見事なまでに堂々巡りに陥っていた。

そこでふと気付く。

そういえば付き合おうとは言われていない。不死川先生と付き合う事になるのだろうか。元彼には付き合おうと言われたから付き合ったが、今回のケースはどうなんだ?恋愛経験が乏しい上に、しばらくそういった事とは離れていたので昨今の恋愛に関するものがよくわからない。
本を読んでいて「あー、こんな恋がしたい」とは思うものの、それがいざ自分の身に起こるとなると、どうすればいいのかよくわからない。

だめだ、誰かに話を聞いてほしい。

そう思い、心安い例の合コンメンバーのグループにこれから会える人はいないかと投げかけてみた。彼女達は前の図書館で働いていた同僚という繋がりではあるものの、妙に馬が合う。恋愛相談から今晩のおかず何にしようという雑談まで楽しくできる貴重な友人とも言える存在だ。

彼女達は図書館勤務なのでカレンダー通りの休みではない。もしかしたら土曜日の今日は全員仕事かもしれない。だが今すぐはムリでも夜ご飯を食べながら話を聞いてほしい。縋るような思いでいると、パッと既読が1つ付いた。

[ちょうど今買い物に出てるから、こっちまで来てくれるなら会えるよ]
[ありがとう!すぐに行く!]

バッグにスマホ等の必需品を入れ、燦々と太陽が輝く外の世界へと踏み出した。



指定された駅へと向かう途中、暑すぎて外にいるのは無理。このお店にいるねと現在地が送られてきた。確かに今日は暑い。というか、ここ最近は毎日のように暑い。天気予報でも7月並です。熱中症にはお気をつけくださいと注意喚起をしている。
キンキンに冷えた電車内から降りれば、むわりと湿度を孕んだ熱気が体に纏わりつく。駅の外に出て陽射しを遮る物がなくなれば、汗が滲み出る。そうして目的地のコーヒーショップの店内に着けば、ここは天国かと思うほどの涼しさだ。
ここだよと友人が小さく手を振り居場所を教えてくれるので、それに振り返してからカウンターで注文した飲み物を受け取ってから合流した。


「マジか、おめでとう」

大量の氷によりヒンヤリとしたコーヒーで体の暑さを鎮めつつ、昨日までの事を一通り話せば友人は楽しそうに祝ってくれた。

「で、ここからが本題なんだけど、これって付き合ってるのかな?」
「告白しておいて付き合わないとかある?」
「やっぱり?」

ということは、今の私は不死川先生の彼女なのか。そして不死川先生は私の彼氏。
そう思うだけで、鎮まったはずの熱がぶり返してきそうになる。

「そんなに心配なら直接聞いてみれば?」
「そんなこと出来ないよ!それに自分から連絡したこともないしさぁ...あ」

そこではたと気が付いた。昨晩ご飯をご馳走になった事や、家まで送り届けてくれたこと等のお礼の連絡をしていない。完全な言い訳だが告白された事で動揺しすぎていて頭から抜け落ちてしまったのだ。いつもならちゃんとしている。慌ててスマホを手にし昨晩の諸々のお礼、そして今更ですが無事に帰れたか確認のメッセージを送った。
基本的に不死川先生はレスポンスが早い。今回も少しすれば既読が付いたのだがなかなか返事が来ない。礼儀がなってない奴だと思われたのだろうか。不死川先生はそういう所に厳しそうだ。もしかして怒らせちゃったかな。
悪い方向へと思考が進み、気落ちする私をそういつもすぐに返せるわけないよと友人が励ましてくれる。

「そんなに凹むってことは、好きなんじゃん」
「うーん…多分、好きだと思う。でも好きって言われて好きになっちゃってるだけかもしれないって気持ちも拭えなくてさぁ」
「あんた惚れっぽいところあるもんね」
「うん…真剣に好きだって言ってくれてるのに、私がこんな気持ちなのは相手に対して申し訳ない気持ちがして」
「じゃあ、本当に好き!ってなったらあんたからちゃんと言いなよ。その方が相手も嬉しいでしょ」
「だよね...そうする」

真剣な気持ちには真剣に返したい。心から不死川先生の事が好きだと思えるようになったら、ちゃんと私からも言おうと決めた。だが、既に別れの危機に瀕しているのかもしれないのだけど。そのままお昼ご飯だけでなくデザートも食べ終え、お互いの近状やら最近読んだ本、互いの職場の動向まで会話が弾むままに語り合えば夕方になった。それでも不死川先生からの連絡は来ない。
結局、最近集まってないから近々皆で会おうと約束して友人とは別れた。


不死川先生からメッセージが来ている事に気付いたのは、自宅に戻ってからだ。
反応があった事に胸を撫で下ろしつつメッセージを読めば、家族で出掛けていたものの、妹さんの1人が具合悪くなり救急に連れて行ったりしていたため、慌ただしく連絡が遅くなったらしい。
軽度の熱中症との診断で、まだ6月とはいえ急に暑くなったため、暑さに体が慣れていない今熱中症になる人が多いようだ。点滴を受けて幾分か回復したので先程帰宅してきたらしい。遅くなっちまって悪かったと律儀に謝ってくれる。
確かに今日は暑かったもんなぁ。返事が来なかった理由がわかり安堵しつつ、大事がなくて良かったですと返した。
[来週どっちか空いてるなら、どこかに行かないか?]
これは、間違いなくデートのお誘いだろう。文面を何度も何度も読み返せば次第に顔が緩んでいく。
[どっちも空いてます。行きたいです]
わーいと楽しそうに笑っているキャラクターのスタンプも押せば、すぐに返事がきた。
[行きたい場所があるなら教えてくれ]
[いろいろ調べてみます!]

返事をし終えてからクローゼットを開く。仕事し易いような服が中心であり、いわゆるデートに着て行けそうな服がない。合コンで知り合った人と食事に行った時の服は、不死川先生と会う時に着る気がしない。明日の予定は買い物で決まりだなと、心躍るこの気持ちも久し振りだ。



翌日、駅ビル内のお店を次々と見て回る事にした。こういう服はどうかなと手に取っていると、店員さんが近付いてきた。デートに着ていく服を探しているんですと馬鹿正直に答えてしまうのは、やはり浮かれているからだろう。
「いいですねー!お相手はどんな系統の服なんですか?」
そういえば、スーツ姿しか見たことがないなと気付く。まだ私服を見たことなくて、と言えば初デートですか?初々しくてキュンキュンしちゃいますね。じゃあお客様に似合う服を中心に選びましょうねと店内の方方から服を持ってきてくれる。
予算の関係もあるので手持ちの服と組み合わせできそうなものをと思っていたのだが、ふわふわと浮かれた気持ちにお姉さんの上手なトークが次々と突き刺さり、予算オーバーになりながらも買い物を終えた。まぁ、仕事でも着られそうな服もあるしと気持ちを切り替え、足取りも軽くお店を出た。
不死川先生の私服はどんな感じなんだろう。帰宅しながらすれ違う男性の服をちらちら見ては、あれは不死川先生に似合いそうだなと1人妄想に耽っていた。


翌日の月曜日。昼休みのチャイムが鳴ったのでキリの良いところで仕事を切り上げてお弁当を広げた。やはり1人で食べるご飯は味気ないなと思っていると、こちらに近付く足音がする。
早いな。もう生徒が来たのだろうか。進路指導室にパスファインダーを置くようになってから、図書室の利用者は明らかに増えた。これが一時的なものだとしても、やはり行動した結果が目に見えるのは嬉しいものだ。
近づく人物を迎え入れるため図書室へ移動しようと立ち上がった時、開いたのは図書室ではなく準備室の扉だった。そして引き戸から現れた人物は生徒ではなく、不死川先生だった。

「不死川先生!どうされたんですか」
「これ、持ってきた」

不死川先生が小さな紙袋を掲げて見せる。そうしておもむろに手をいれ、紙袋の中の物を取り出した。

「マグカップ、ですか...?」
「ああ。煉獄はマイカップ置いてんのに、俺が置かねぇとかないだろ」

僅かに拗ねたような顔をして、視線を逸らす。そんな姿を見てどうしようもなく可愛いと思えてしまった。今まで怖いな、苦手だなと思っていた人を可愛いと思うようになるなんて、恋って凄い。
煉獄先生に嫉妬してくれたのだろうかと、頬が緩みそうになる。
「あと、土曜日に家族で動物園に行って来たから、その土産」
そう言って紙袋ごと渡してくれた。中身は動物を象ったクッキーのようだ。

「可愛い!ありがとうございます!」
「ん。それで、行きたい所は決まったか?」
「あー、実はまだ決まらなくて」

行きたい所が多すぎてと言えば、候補地を聞かれたので挙げていく。無難に映画、水族館、今の時期特有の紫陽花寺などを挙げていく。不死川先生はそれらをちゃんと聞いた上で少し思案するような顔をした。
「その中なら紫陽花寺だろうなぁ。他だと生徒に見られる可能性がある」
そういうものなのか。でも2人は独身なのだし、悪いことをしているわけではないのだから別に生徒に見られてもいいのでは?という気持ちがあるのだが。
「悪いことしてるわけじゃねぇんだけどな。変に生徒にからかわれて関係がギクシャクするのも癪だからなァ」
不死川先生はそんな私の思いを見透かしたように言葉を続ける。
実際、デート現場を見られて生徒達のからかいの対象になり、別れてしまった先生達がいるらしい。それを聞いたら納得せざるを得ない。
「窮屈な思いをさせて悪いな」
先生が悪いわけでもないのに、少し申し訳無さそうな顔をしてみせる。そのまま「車出すから少し遠い場所にするか。また連絡するわ」と言い残して行ってしまった。

不死川先生から渡されたマグカップを食器棚にそっと置く。マグカップ一つがこの部屋に増えただけなのに、不死川先生の存在を感じる。これからはこのマグカップを見る度ににやけてしまいそうだ。先程まで感じていた味気ない気持ちは、いつの間にか満たされた気持ちへと変わっていた。


20210710


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