第8話


「最近、図書室の雰囲気が違うの」

昼休み中に職員室で昼飯を食べていると、そんな声が聞こえてきた。声のする方を見やれば、事務の先生が本を片手に悲鳴嶼先生と立ち話をしている。

「前の司書の先生も、決して良くないわけではなかったんだけどね。室内の装飾とかも凝ってて見違えちゃった。名字先生若いからやる気っていうのかしら、パワーがあって羨ましいわぁ」
「やる気に満ちる若人がいるのは喜ばしいことだ」


やる気があってもらわないと困る。ここキメツ学園は敬愛する産屋敷理事長が経営する学校だ。なぁなぁな気持ちで教師をやってるような奴は張っ倒したくなる。数学教師である不死川実弥は常々そう思っていた。
今年着任した司書の先生は、若い女性だった。これまでいた司書は定年退職されたくらいなので、年配の女性であった。そこに20代中頃の若い女性が着任すれば、年頃の高校生達が色めき立つのはムリもない。
「名前ちゃん先生に会いに行こう」
と廊下を走る男子生徒達を怒鳴りつけた事もあった。「胡蝶先生や保健室の珠世先生とはまた違っていい」と男性教師達が話しをしているのを聞いたこともある。

だが自分にはどうでもいい。職務を全うしてくれる人間であればそれでいい。


夏休みを間近に控え、校舎内に浮ついた空気が流れていたある日。不死川が空き時間に廊下を歩いていると、どこからともなく騒ぎ声が微かに聞こえきた。

ーー自習のやつらかサボリのやつらか。どちらにせよタダじゃおかねェ

そう思いながら声のする方へと足を運べば、辿り着いたのは本来騒がしさとは無縁であるはずの図書室前。授業で図書室を使用しているクラスの奴らだろうか。それにしたって教師は何やってんだと思いつつ扉の前で聞き耳を立てていると、中の会話がハッキリと聞こえてきた。

「君たち、今は授業中だよ。いい加減に教室に戻りなよ」
「えーいいじゃん」
「俺達のクラス今自習中だからさ、ここでお勉強したいのよ」
「そーそー、教室じゃ分かんない事があるからここで調べ物しようと思って来たんだからさ〜」
「ええ、本当?どんな内容かな。本のタイトルとか判ってたりする?」
「セックスについての本」
「セッ...」

なんなら実技でもいいよー。
センセー教えてー。
ギャハハと下卑た笑い声や野次が聞こえ、ブチブチと青筋が立ち自分の感情が怒りに染まっていく。

「うっせぇぞテメェらァァ!!今は授業中だろうがァ!」

怒りに任せて扉を開き怒鳴りたてれば、困惑する司書の女性を囲うようにカウンターに腰を掛けたりとたむろしていた男子生徒達がいた。俺の姿を確認するなり「ヤベッ、さねせんだ!」と慌てふためくそいつらに向かい「さっさと教室に戻れ!!...テメェらの顔、よォく覚えておくからな」とギロリと睨みつければ、すいませんでした!と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

残されたのは自分と呆然としている新任の司書だった。確か名前は名字といったか。先日の悲鳴嶼先生達の会話が脳内に蘇っていると、彼女がおずおずと話しかけてきた。

「あ、あの...」
「名字先生。年が近いからって舐められたままだとアイツらつけあがりますよ。毅然とした態度でいてもらわなきゃ困ります」
「はい...申し訳ありませんでした...」

もう少し優しい言葉を掛けてやるべきだったのかもしれないが、男子生徒達にいいように翻弄されている様子に「コイツ大丈夫かよ」という気持ちが占めていたため、口から出たのはそんな厳しさを孕んだ言葉だった。そうして俯いた女性をそのままに部屋を後にした。


その件があったからだろうか。呑み会などで彼女と接する機会があれば、自分を見てビクついたりする姿を見て自分の事が怖いのだろうとすぐに察した。あの図書室の一件だけではなく、普段の自分の素行も怖がられる一因なのだろうと思ったが、どうでもいいと思う人間にどう思われようが構わない。仕事に支障をきたさない限りはこちらもとやかく言うつもりはない。そう思って過ごしていた。


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今日は母親の帰宅が遅く玄弥も部活で遅くなると聞いたので、終業後は実家に行かねばならない。定時であがるためには昼休み中も進められる所まで仕事を進めたい。その一心でパソコンに向き合いカタカタと指をひたすら動かしていた。
作成内容は近々希望者のみで行われる職業体験について、企業への正式な依頼文書である。フォーマットは既に出来ているので、予め内諾が取れた企業と生徒の名前が纏めてある資料を元に企業名と生徒の名前を入れ替えて印刷していけばいいだけなのだが、如何せん数が多い。部活動の顧問を受け持っていない俺が職業体験の学年全体の責任者になっているため、1人でやらねばならない。

ーーそういえばこの企業に煉獄のクラスからも希望者が急遽出たような事を言ってたっけか

企業名を見てふと思い出す。もし増えるなら今直ぐにでも相手企業に電話をして承諾してもらわなければならない。そうしないと書類が作成できないからだ。
煉獄の席をちらりと見るが不在だ。まぁ昼休みだから当然だろう。
「チッ」
別に煉獄が悪いわけではない。ただ間が悪いことに対して自然と舌打ちが出た。

「あらあら、不死川先生はご機嫌斜めかしら」
「別に。煉獄に聞きたいことがあったんだが、今いねぇしな」
「煉獄先生なら多分、図書室じゃないかしら。金曜日は名字先生と食べてるって言ってたから」

隣の席の胡蝶が舌打ちを耳敏く聞きつけ話しかけてきた。そういえば、そんなような事も言っていた気がする。図書室の近くには自販機もあったな。煉獄に聞きに行きがてらコーヒーでも買ってくるかと思い席を立った。
「やっぱりあの2人、お付き合いしてるのかしらねぇ」という言葉には返事をせず職員室を後にした。

確かに他の生徒達からもそういった噂を聞いたことがあった。噂は所詮噂だと思っていたが、わざわざ一緒にご飯を食べているならそうなんだろう。仕事さえしっかりしているなら別にとやかく言うつもりはない。ましてや相手が古くからの友人である煉獄なら尚更だ。

そんな事を思いながら図書室へと歩みを進めたのだった。



20210528


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