第7話


不死川先生が予約を取ってくれたお店は学園の最寄り駅の近くだった。事前に送られてきたお店のURLと地図を元にお店を訪ねれば、すぐに席へと案内される。
不死川先生と話すことに慣れてきたとはいえ、正面きって2人だけというのは初めてのため、緊張した面持ちで店員の後を追っていく。
だが、予想に反して通された席には誰もいなかった。

ホッとしつつ席に座り、スマホを取り出せば少し遅れるとのメッセージが届いていた。それに返事を返せば手持ち無沙汰になったので辺りをキョロキョロと見回す。
チェーン店ではない雰囲気の良さそうなご飯屋である。完全な個室ではなく、コの字型の壁に囲われている半個室の造りになっている。通路に面した所には薄いカーテンが掛かっているため、お互いの座席は見えにくい。
個室だったらもっと緊張してしまうところだったが、周囲の喧騒も程よく聞こえてくることに安堵した。これなら間が持たなくて沈黙して気まずい、なんて事もなさそうだ。

一通り店内を観察し終えた後、次はメニュー表を広げてみた。何かしていないと緊張でどうにかなってしまいそうだからだ。
カクテルなどのアルコールは勿論、ノンアルやスイーツが豊富であり女性受けしそうなお店だなと感じた。何より値段が手頃である。奢ると言ってくれているが、自分もお金を支払うつもりで来ているので程よい値段に胸を撫でおろす。
と、その時視界の端が揺れ動くのに気が付き、心臓がどくんと跳ね上がった。

「わりぃ。遅くなっちまった」
「いえ、私も来たばかりなので」


不死川先生が渡されるおしぼりとお通しを受け取りながら、店員に「とりあえず生」と頼むので、私も続いてファジーネーブルを頼んだ。
店員が去ってしまえば、いよいよ2人きりになってしまう。何を話そうかと思っていると「ここは釜飯が旨いんだよ」とメニュー表を捲りながら教えてくれる。食欲をそそりそうな写真を見れば、定番系の鶏釜飯から海鮮系があり、確かにどれも美味しそうで悩んでしまう。壁には季節限定の釜飯のチラシも貼ってあり、そちらも気になるところだ。
「何で迷ってんだ」
じぃっと写真を見つめる私に不死川先生が聞いてきた。決めるの遅いって思われてるかな。まずい。

「鶏釜とこの鮭といくらの釜飯です。定番系も気になるけど海鮮系も美味しそうで迷っちゃって」
「じゃあ、その両方頼んで半分ずつ食うかァ」
「いいんですか?」
「おう。食いたいもん食った方がいいだろ」

釜飯は時間が掛かるから、その間に摘まめるやつも頼むぞと言われ、2人であれやこれやと選ぶ。呼び出しボタンを押せば直ぐに来た店員にてきぱきと注文をしてくれた。入れ違いにドリンクが運ばれてきたので、1日お疲れと乾杯をして口をつければ、甘く冷たい液体が体に染み渡り緊張を流していくようだった。

「注文の仕方が手慣れてますね。来たことがあるんですか?」
「宇髄や煉獄たちと何回かなァ。デザートが豊富だからいいかと思ってここに決めちまった。よく煉獄と甘いお菓子を取り寄せてるから好きなんだろ?」

そこまで考えてくれていたのか。嬉しくてお礼を言えば、おーとだけ返されたが悪い気はしない。きっとこれが彼の平常運転なのだろう。

不死川先生は私が勧めた本を半分以上読んでくれていたようで、現時点での感想を伝えてくれた。忙しいながらも本当に読んでいてくれた事が嬉しく、今後の参考にと今までの読書歴なども聞いてみれば、数学教師らしく理数系が好みそうな内容の本のタイトルがいくつか挙がる。バリバリの文系でこれまで来た私には、それが新鮮で興味深く感じられた。

「何冊かは図書室にあった気がします。読んでみようかな」
「もしわからねぇところあったら解説してやるよ」
「不死川先生の特別授業ですね」
「ハッ。たけぇぞ」

なんて笑いあっていれば、熱々の釜飯が店員の手によってテーブルの上に置かれていく。
蓋を取ればツヤツヤと輝く白米や鶏肉、椎茸などが現れ、食欲をそそる匂いが鼻を刺激する。小さなしゃもじを持つ不死川先生の大きな手でご飯を解していけば、美味しそうなお焦げが底から顔を出す。なるほど、不死川先生がオススメする理由がわかる気がする。
そうして慣れた手付きで釜飯をお椀によそってくれた。

釜飯はやはり美味しく、途中まで食べたらお茶漬けにして食べるとまた旨いと出汁の入ったポットを寄越してきた。言われるがままに掛けて食べれば、鶏出汁がよく効いており先程とは一味違う美味しさに舌鼓を打つ。

「美味しい!」
「そうだろォ」

してやったりと、嬉しそうに目を細めて笑う不死川先生のその表情は初めて見る。
ああ、とても楽しい。素直にそう思えた。

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「そろそろ帰るか」
お手洗いから戻れば、そう声を掛けられた。スマホを見ればもうすぐ22時という時間である。もうこんなに時間が経っていたのかと驚き了承した。先に行く不死川先生の後を追えば、店員に見送られてレジを素通りしてしまうではないか。慌てて聞けば「もう払った」と返された。いつの間に支払ってくれていたのだろう。
お店の外に出てすぐに「半分出します!」と鞄から財布を出そうとする私に、いいから帰んぞ。家の場所教えろと手で制してくる。何から何までお世話になるのは申し訳ないと恐縮するが、こんな時間に女1人で歩かせる方があり得ねぇだろと言うので、結局不死川先生に甘える形となった。

「不死川先生って、モテそうですよね」
「はぁ?なんだよ急に」
「だってお店選びとか、お会計済ませちゃってる所とか、スマートじゃないですか。慣れてるっていうのかな」
「別に...どーでもいい奴から好かれたって仕方ねぇだろ」

その言葉になぜかグサリとくる。
私はどう思われているんだろうか。
何故そんなことを思うのだろう。つい最近まで合コンで出会った男性に惹かれていたのに、今は不死川先生に惹かれ始めている気がする。いつもとは違い、よく笑う不死川先生に魔法を掛けられてしまったようだ。それとも私が酔っているからだろうか。いずれにせよ、私はやっぱりチョロい人間だなとつくづく思う。
そうこうしているうちにアパートに到着し、ちゃっかり自宅の前まで送り届けて貰ってしまった。

「今日は色々とありがとうございました」
頭を下げれば「ん」という言葉が降りかかってきた。
頭を上げれば不死川先生と視線が絡む。そのままどちらも言葉を発せず、ただお互い見つめ合うまま時間が過ぎる。いつもなら気まずさに耐えかねてすぐ目線を反らしてしまうが、今はそれをしてはいけないように思えた。

「さっきの続きだけどよォ。どーでもいい奴にはここまでしねぇぞ」
沈黙を破るように不死川先生の口から出た言葉に固まる。
それは、どういう。

「少なくとも俺は、お前の仕事に掛ける情熱や仕事内容はすげぇと思ってる。仕事に対する理解だってあるつもりだ」
「好きだって押されまくったら好きになってくれんだろ」

次々と出てくる言葉に頭が情報を処理しきれずにいたが、突如言葉の意味を理解して、ボッと顔に火がつく。
それは、まさか。もしかして。
私のその反応に、不死川先生はようやく満足したかのように笑った。

「で、俺のこと好きになってくれんのかァ?名字先生?」
意地悪くニヤリと問いかけるその表情も初めて見た。今日一日で不死川先生の見たことがない表情を沢山見ている気がする。

「す、好きになってると思います...多分...」 
「多分、ねぇ......まぁ、今はそれでもいいか」

多分ってなんだ。と自分でも思ったが、本当に好きだと自信を持って言えるかと聞かれたら不安だったから、そう答えた。
案の定、不死川先生は少し不服そうな表情を見せたものの、すぐにまた気を取り直したようだ。
「もう合コン野郎から連絡来ても返すなよ。合コンにも行くな。いいな?」
顔に火がついたままこくこくと頷く私に、「よし、良い子だァ」と頭を撫でてくれる。そんな子供みたいな扱い方。でも大きな手が優しく撫でてくれる事に、とてつもない安心感を得てしまうのは何故だろうか。

見ててやるからちゃんと家の中に入れとの言葉に、再度お礼を伝えて玄関の中に入った。扉を閉めてその姿が見えなくなるまで不死川先生は穏やかに笑ってそこにいてくれた。
扉が完全に閉まり玄関に1人蹲れば、扉の向こうから不死川先生が去っていく足音が聞こえてくる。

「なんで?いつから?」

口から出た言葉に答えてくれる人はもうそこにはいない。結局私は、火照りが静まるまでその場を動けなかった。だが、この胸には確かに多幸感があった。



20210516


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